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転生乙女ゲーヒロインは第2の人生もエンジョイしたい  作者: 雨花 まる


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14.ホリデーを満喫したい

 あれから、ジルドともアルフとも関係が特に変わることはなく。まぁ、ジルドからは少々不満げな目をされることが増えたが。

 時は過ぎ。学院は、ウィンターホリデーを迎えようとしていた。


「ご機嫌ね、レラ」


 今は放課後。バラ園の東屋でレラは、セレーナとペルリタとお茶会をしている。因みにバラ園は、学院長の趣味らしい。


「長期休みというのは、心踊るものでしょう?」

「そ、そうですね。家族に会えるのが楽しみです」

「えぇ、本当に!」


 そこまで寂しいとは感じていないと思っていたレラであるが、やはり久方ぶりにベネデットに会えると思うとウキウキが止められない。というか、師匠の食生活が普通に心配なのもある。


「ふぅん……。そういうもの?」

「ペルリタ様は、違うのですか?」

「わたくしは、そうね。早く婚約者をと両親が煩くて……。あまり、楽しみではないわ」


 本気で憂鬱そうに、ペルリタが溜息を吐き出した。伯爵令嬢ともなれば、色々と面倒事も多いのだろう。


「ペルリタなら、引く手あまただと思います」

「どうかしら。政治的なものも絡んでくるでしょう。もう、両親が決めてくれてもいいのに」


 切なげに目を伏せたペルリタに、セレーナがオロオロとしている。レラは、そんなセレーナに近寄ると耳打ちをした。「アルフ様は嫡男でしたよね?」、と。


「そ、そうです。将来は侯爵家を継がれるかと」

「正直な所、グラッカロ伯爵家とはどうなのですか? 政治的に問題が?」

「ない、と、思います。陛下も祝福して下さる、はず、です!」

「なるほど」


 コソコソとそのような会話をしていれば、ペルリタにギロリと睨まれる。


「ちょっと、そこ!! 何の話をしているの!!」


 ペルリタの圧に、二人して肩を跳ねさせる。レラもセレーナも何の事やらと、示し合わせた訳でもないのに同時に視線を明後日の方向へと向けた。


「いい度胸がおありね? セレーナこそ、ジェミンブル公爵家との縁談はどうなったのかしら?」

「ひぇ!? そ、その話はやめて下さい」

「その様子では、着実に進んでいるのね」

「あぅ……。私には分不相応なのに」

「そ、そんなことないわよ!」


 それは初耳だと、レラは目を瞬く。ジェミンブル公爵家ということは、相手はネヴィオか。まぁ、アラトーヴォ辺境伯家は由緒ある家門。公爵家のお相手として申し分はないのだろう。

 しかし、乙女ゲームにそのような設定は存在していなかった筈だ。やはりシナリオなどこの世界では、当てにならないということか。

 どうしても乙女ゲームが脳裏にちらつくのを何とかしたいものだと、レラは頭を軽く左右に振る。とはいえ、完全に切り離してしまうのも危険な気もする。難儀なことだ。


「お相手とは、親しくしているのですか?」

「え!? あの、お茶を共に……」

「どうでした?」

「き、緊張で記憶があまり……」

「あぁ、なるほど」

「極度の緊張で前日から倒れそうになってたものね」

「それで、白紙になると、お、思っていましたのに……」


 セレーナが両手で顔を覆い隠す。政略結婚が珍しくない世界観だ。今世ではそういったことに無縁なレラは、友達の幸せを切に願うことしか出来なかった。


「ホリデー中もお会いに?」

「ない! です! きゅ、急に決まらなければ……」

「そこは、何とも言えないわね」

「覚悟を決めるしかありませんね」

「ひょえ……」


 流石にお茶会に武器を握り締めながら参加するわけにもいかないだろう。淑女のマナー違反である。

 辺境伯家が侮られるということは、国境の守りが揺らぐと同義。最終的な皺寄せは、民に降り掛かることを考えると。軽率な助言は避けなければならない。

 レラは平民として部を弁えることにして、これ以上は首を突っ込むのをやめておいた。触らぬ神に何とやら。


「他人事のような顔をしているけれど、貴女にはいないの? レラ」

「私ですか?」

「レラさんも素敵ですから、きっと、引く手あまた、ですよね!」

「んー……」


 そう言われて一番に浮かんだのがジルドの顔だったのには、レラ自身も少し驚いた。しかし、直ぐに心配性な保護者の渋い顔がそれを上書きする。


「いませんね!」


 結果レラは、ニコッと笑ってセレーナの言葉を否定したのだった。


「師匠よりも強い殿方でなければ、話になりませんので!」

「師匠というと、貴女よりも強い?」

「そうです」

「そんなお相手いるのかしら」

「ど、どうでしょう……」

「いませんね!」


 堂々と言い切ったレラに、ペルリタは「えぇ……?」と呆れたように溢す。セレーナでさえも苦笑していた。


「まぁ、半分は冗談です」

「半分は本気なのね」

「あははっ! しかし、この世には楽しいことが沢山ありますからね。それら全てが霞む程に、私を虜にして下さる方が現れたら考えますよ」

「レラさんを虜に、ですか……」

「それもまた、無理難題ね」

「目下の楽しみはホリデー! 今のところ、それを超える魅力ある方はいませんね」


 レラは、態とらしく肩を竦めてみせる。セレーナとペルリタは、レラらしいと頬を緩めたのだった。


******


 ホリデー前最後の勉強会で、ジルドは「ん」と仏頂面で数冊の本をレラの前に置いた。


「これは?」

「ホリデー中の課題で、役立ちそうなの見繕ってやった。泣いて感謝してもいいぞ」


 それは何とも面倒見の良いことで。そう思いながらレラは、ジルドの横顔をじっと見つめる。その視線が煩わしかったのか、ジルドの眉間の皺が深くなった。


「何だよ」

「いえ、ありがとうございます。有り難く使わせて頂きますね」

「そうしろ」


 視線だけを動かしたジルドは、ニコニコと笑うレラに毒気が抜かれたのか。深々と溜息を吐き出して、机に項垂れた。


「どうかされたのですか?」

「色恋よりもホリデーが大事か?」


 拗ねたような声音にレラは、はてと目を瞬く。どこから情報が漏れたのやら。もしかして、隠密のような見張りを付けられていたりするのか。


「見張りはお断りしたいです」

「……は? あぁ、いや、無理言うな」

「そんな私が我が儘みたいな。ベネ師匠には、見破られますよ」

「止めろよ」

「自己責任では?」


 斬り捨てるような事は、流石にしないだろうとは思うが。不法侵入者に対して、気絶させて道に放るぐらいは、正当防衛なのではないだろうか。

 そんなレラの心情が伝わったのか。それとも、ベネデットは既にやったことがあるのか。ジルドは考えるような間のあと、困ったようにグシャグシャと前髪を乱した。


「あー……。そうか。いや、だがなぁ」

「はい」

「……どのくらいの距離なら勘づかれない?」

「ご無理をおっしゃられる」


 仕返しとばかりに、レラは良い笑顔でそう答える。それにジルドが、頬を引き攣らせた。


「お前ぇ……っ!!」

「見破られる時点で、実力不足なのでは? ベネ師匠よりも強い方なら、師匠も文句ないでしょうから」

「そうかよ。まぁ、賭けだな」


 ジルドは、色々と諦めたらしい。しかし、見張りをレラから外す方向にはならなかったようだ。仕事とはいえ、不憫だ。そうレラは、顔も名も知らない見張りの方々に心の中で合掌した。


「まぁ、そちらにも事情があるのでしょうから。しかし、乙女の会話を密告するのは如何なものかと」

「は? いや、別に……。会話の詳しい内容までは知らねぇよ。当たり前だろ」

「ふむ? では、先程のお言葉はいったい?」


 本気で不思議そうに首を傾げたレラに、ジルドはその時の事を思い出しているのか、妙な沈黙が落ちる。次いで、ブスッと心の底から不服そうな顔をした。


「何でもねぇよ。やはり忘れろ」


 見張りの方々から何を言われたのやら。クスクスと笑い声を漏らしたレラに、ジルドはバツが悪そうに目元を前髪で隠してしまった。


******


 ホリデー初日。レラは早速、家に帰ることにして今現在、馬車に揺られている。しかし、平民も馬車で送ってくれるとは、流石は平等を謳う学院なだけはある。

 暫くすると見慣れた街並みが見えてきて、レラはソワソワと車窓の景色を眺めた。はしたないと怒られてしまいそうだ。いや、今は誰の目もない。きっと大丈夫だろう。

 ふとレラは家の前にいる人物を目にとめて、嬉しそうに目尻を下げた。家の前に椅子を出して、ベネデットがぼんやりと空を見上げていたからだ。

 馬車がゆっくりと停まる。レラは御者が扉を開けるのを待たずに、手荷物を持って外へと飛び出した。


「師匠!!」


 凛と響く声が嬉しそうに跳ねるのに、ベネデットは穏やかに頬を緩める。椅子から緩慢に立ち上がったベネデットに、レラは駆け寄ると勢いよく抱き付いた。


「ただいま!」

「あぁ、おかえり。うん。よし。元気そうだな」


 レラを難なく受け止めたベネデットは、心底ほっとした声音でそう言った。


「で?」

「うん?」

「朝から彷徨いてる妙な連中は何なんだろうな」


 ニッコリと笑ったベネデットに、やはり秒速でバレたなと、レラは周囲に視線を遣る。瞬間、複数の気配が散開したような気がした。


「……逃げたな」

「やっぱり?」

「全く以て、いいご趣味だよ」

「困るねぇ」

「本当になぁ」


 やれやれと、二人はそっくりな仕草で肩を竦める。ベネデットは、気を取り直すように息を吐き出した。


「さて、どうする? 今から行くか?」

「勿論! ママに報告することが沢山あるからね」


 レラとベネデットは、御者に感謝を告げて馬車を見送る。手荷物を家に置くと、墓前に供える花束を買いに、隣り合って歩き出したのだった。

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