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転生乙女ゲーヒロインは第2の人生もエンジョイしたい  作者: 雨花 まる


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13.壁ドンではときめかない

 レラが抱いた感想は、“久方ぶりに会ったな”ただそれだけであった。ビアンカはというと、何故か慌てたようにレラ達の方へと寄ってくる。


「アルフ? ええと、何で……?」

「おはよう、ビアンカ嬢」

「お、おはよう。アルフ、それって」


 ビアンカは、ちらちらとレラを意味ありげに見ながらアルフが手に持つ物に言及する。アルフは不思議そうにしながらも「ペルリタ嬢に頂いた」と、素直にそう答えた。


「ペルリタ様に? え? どういう……?」


 本気で戸惑った声を出しながら、ビアンカがペルリタを見遣る。ペルリタは席を立つとコップを椅子に置き、淑女らしく礼をした。


「ご機嫌麗しゅうございます」


 それに、セレーナとレラも続く。ビアンカは心ここにあらずといった風に、「ごきげんよう……」とだけ返した。


「少し見ない間に、雰囲気が変わられていて」

「……可笑しいでしょうか」

「まさか! とても素敵よ」

「光栄でございます」


 毎朝のランニングの効果はしっかりと現れ、ペルリタの美しさには磨きがかかっている。しかし、褒められているというのにペルリタの表情はあまり嬉しそうではなかった。

 セレーナも落ち着かない様子で、オロオロとしている。レラはあまり関係が良くないのかと心の中でだけ、はてと小首を傾げた。

 その空気に何を思ったのか、アルフは蜂蜜レモンをぐっと一気に飲み干す。そのまま席を立った。


「何か買いに来たのだろう」

「え? あぁ、そうなの。ステファノ様とお茶会をするから」

「では、早く買って行かなくては」


 然り気無くビアンカを誘導し、アルフは早々とこの場を離れようとする。ビアンカは花のように笑むと、「そうね」と返した。


「では、ごきげんよう」


 ビアンカは一変して、機嫌良さそうにミケーレの方へと去っていった。アルフは最後にレラ達を申し訳なさそうに一瞥し、ビアンカの後を追いかけていく。


「アルフ様は優しいですね」

「そ、そうですね。守って下さったようです」


 レラとセレーナに見つめられたペルリタは、「な、何よ!? その目は!」と顔を真っ赤に染め上げた。


「応援しますよ」

「きっと、ペルリタを幸せにして下さいます!」

「そ、そういうのではないわよ!!」


 アルフは口下手ではあるが、真面目で優しく頼りになる。ランニングの途中でペルリタを気遣う様子を見せているのを彼女らは、何度も目撃していた。

 そのため、レラもセレーナもペルリタがアルフに好感を抱いていても特に驚きはしないのである。まぁ、ペルリタ自身はまだ自覚の途中であるのかもしれないが。


「か、からかわないで!」

「そのようなつもりはなかったのですが、失礼をしました」

「わ、私は本気です!」

「うぅ……っ!!」


 セレーナはペルリタには、結構はっきりと言うようで。ペルリタもセレーナの性格をよく知っているので、反論できずに撃沈した。

 レラはそんな二人のやり取りに、頬を緩める。次いで、購買部を出ていくビアンカとアルフへと視線を遣った。

 ビアンカの目的は、いったい何であったのか。まさか牽制でもしに近付いてきたのだろうか。よく分からない御人だ。

 婚約者のステファノ相手であるのならば、理解できる。しかし、アルフはただの幼馴染みでしかない筈だ。

 アルフとて生涯の伴侶を探さなければならないのだから、本人が嫌がっていないのならばご令嬢方との交流など放っておいてあげれば良いだろうに。それとも、“ヒロインのレラ”と共にいたのが気に食わなかったのだろうか。


「ふむ……」


 レラにその気はないし、アルフにもなさそうであるが。ビアンカには、そうは見えなかったと。なのにアルフの口から出てきたのはペルリタの名で、ビアンカは混乱したのだろうか。

 まぁ、アルフが上手くフォローしてくれることを祈るしかない。いや、やはりそれは期待出来ないかもしれない。アルフは、不器用な男であるのだから。

 レラは面倒事にならなければ良いなと、深々と溜息を吐き出したのだった。


******


 違う意味で面倒なことになった。レラは、背に本棚の感触を感じながら目の前の翡翠色の瞳を見上げる。

 本日もいつも通り勉強を教えて貰いに来たレラであったが、何故か今現在。ジルドと本棚に挟まれ、身動きが取れなくなっていた。

 レラの退路を塞ぐように、ジルドは右手を本棚についている。まぁ、反対側から逃げられないことはないが。レラは、ジルドの出方を窺うことにした。

 ジルドは急にレラの方へと近寄ってきて、無言で本棚まで追い詰め、この体勢になったのだから。反射で拳を出さなかった自分をレラは褒め称えたい気分だった。


「殿下?」

「…………」


 不機嫌そうな表情を隠しもしないで、ジルドは無言でレラを見下ろしてくる。レラは何か不興を買うことをしただろうかと、小首を傾げた。


「随分と」

「はい?」

「アルフと親しくなったようだな」


 ジルドの口から出てきた名に、レラはキョトンと目を瞬く。そこでアルフの名が出てくる理由を測りかねたのだ。


「……あぁいうのが、好みか?」


 小馬鹿にするような声音とは裏腹に、ジルドの瞳に滲んだのは怒りのような哀しみのような。複雑で、しかし、見知った感情であった。

 とはいえ、それがどこから来るものなのかまでは、現状レラには判断出来ない。嫉妬という感情は、何も恋情だけに直結するものではないのだから。


「彼とは、そういった関係ではありませんよ」


 そのため、レラは無難に返す事にした。実際問題、アルフとは本気でそういった仲ではない。しかし、ジルドの信用は勝ち取れなかったようだ。

 更に眉間の皺が深くなる。まるで耐え難い痛みを我慢しているようだと、レラは冷静にそんなことを思った。


「あんな、楽しそうな、顔……」

「……?」

「俺に向ける価値はねぇって?」


 自嘲気味に落とされたジルドの言葉に、レラはどんどんと冷静になっていく。これは、どうしたというのだろうか。そんな気配は一切なかったと記憶しているのだが、と。


「そんなに楽しそうでしたか?」

「……あぁ」

「勘違いするくらいに?」

「あくまでもシラを切る気か?」

「うう~ん……」


 これは本気で面倒な事になった。綺麗な翡翠色の瞳が疑心で濁って見える。そこでレラはふと、ジルドは何がしたいのかという至極全うな疑問にぶつかる。

 ここでもし万が一にもないが、レラがアルフを想っていることを認めたとしてだ。この体勢は、色々と不味いだろう。もしかして、無理矢理キスくらいする気なのだろうか。


「殿下」

「……何だ」

「どこまでするおつもりなのですか?」

「は?」


 レラの質問の意味が理解できなかったのか、ジルドが怪訝そうに片眉を上げる。それに、レラは人差し指で自身の唇をトントンと指し示した。

 察しのよいジルドには、それだけで伝わったらしい。みるみる顔を真っ赤に染め上げると、勢いよくレラから距離を取った。


「はぁ!? ぐっ、~~~っっ!!」


 後退り過ぎて、机に強かにぶつかったジルドが痛みに呻いている。恨めしそうにこちらを涙目で睨んでくるジルドに、レラは「ふむ」と思案するように指を顎に添えた。

 皇族なのだから、そういった事について習っていても可笑しくはないと思うが。それにジルドには、未だ婚約者はいないと聞いた。少しばかり遊んでいても別に驚きはしない。

 しかし、この反応。納得したように、レラは一つ頷く。火遊びはしないタイプだったか、と。


「おまっ、お前は何を言ってんだ! レディが、お前、そんっ、やめろ!!」


 ここが図書館であることを思い出したのか、ジルドはあくまでも小声で語気を強める。器用なことだ。


「では、何故あのように近付いてきたのですか?」

「そ、それは……」

「それは?」

「あぁいうのが、好きだって聞いたんだよ」

「はい?」

「だから! 女性の間で流行ってるんだろーが!」


 自棄糞気味に、ジルドが白状する。それに、レラは合点がいった。だからゲームのスチルでよくヒロインは壁に追い詰められていたのか、と。

 あれが壁ドンというものだったらしい。実際に体験する日がくるとは。これだから、人生というものは楽しいのだ。


「なるほど! トキメキというモノですね」

「お前は全くしてないみたいだがな」


 ジルドは先程までとは違う意味で、随分とご立腹な様子であった。本来の予定では、赤面するのはレラの方だったのだろう。

 しかし、あれくらいでレラの心を乱そうなどと。随分と甘くみられたものだ。レラはゆったりとその顔に笑みを浮かべた。

 ジルドの肌がぶわりと粟立つ。本能で逃げなくてはと、ジルドの頭が警鐘を鳴らした。だというのに、足が地面に縫い付けられたかのように動かない。


「皇子殿下」

「な、んだよ」


 コツ、コツ、一歩一歩とレラが近付いてくる足音がやけに耳についた。


「私を口説きたいのであれば、もっと情熱的に」

「は、あ?」


 無駄に吐息を多分に含ませ、レラは「ね?」と囁いた。ジリジリと陽に焼かれたように、ジルドの肌から赤みは抜けない。

 ジルドは、はくはくと口を開閉していたが良い返しが何も思い浮かばなかったのか。悔しそうに眉を顰めると、口を引き結んだ。


「さて、では今日もよろしくお願いします」


 コロッとレラは、態度を一変させる。いつも通りの毒気のない笑顔を浮かべたレラに、しかしジルドの表情は変わらなかった。


「出来るわけねぇだろ!!」


 ジルドはそう捨て台詞を吐くと、足早にその場から去っていく。


「少々、刺激が強かっただろうか」


 随分とくすぐられる御方だと、レラは困ったように笑んだのだった。

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