12.騎士の事情を知る
鍛練を共にしたアルフの爛々と輝いて見える瞳に見つめられ、レラは小首を傾げた。普通に打ち合っただけであるのだが。
「この剣筋は……っ!!」
「剣筋?」
「まさか、いや、しかし……」
興奮した様子のアルフに、レラだけではなくセレーナとペルリタも怪訝そうな顔になっている。それに気付いて、アルフは咳払いをして姿勢を正した。
「す、すまない。その、あれだ。貴女の剣筋が、尊敬する方のものと似ていたものだから」
「尊敬する方、ですか? はて、私は貴方の父君にお会いしたこともないのですが……?」
「父、か……。確かに団長を務められる実力を持っている点で、立派な方だとは思っている。しかし、俺は……」
顔を顰めたアルフに、レラは軽率な発言だったらしいことを察する。てっきり、アルフの父親の話だとばかり。不仲などという噂は聞かなかったが、内情は分からないものだ。
「失礼を致しました」
「いや、良いんだ。気にしないでくれ。俺はあの方のように、知略に長けた騎士になりたいのだが……。父の目指す所は、だな」
「違っていると?」
「あぁ、折り合いがつかず……」
現近衛騎士団団長は、ベネデットの話を聞く限り、かなりの脳筋と思われる。小賢しい策など不要、力で捩じ伏せろ派だとか。
まぁ、圧倒的力の前に小細工など通用しない場面がないということもないだろうが。レラもアルフの言う通り、知略も重要だという意見に賛同する。何より、「頭を使え」が師匠の教えだ。
そこでふと、アルフの言う“尊敬する方”とベネデットがレラの頭の中で結び付く。アルフは、団長の息子だ。ベネデットに会ったことがあると言われても可笑しくはない。
「その方の名を伺っても?」
「あぁ、勿論。その方は、ベネデット卿という」
やはり、そうであったか。まぁ、それならばレラの剣筋が似ているのは当たり前である。アルフの尊敬する方本人に師事したのだから。
「素晴らしい方であった。しかし結局のらりくらりと躱され、一度も剣を見ては貰えなかったが」
「そうなのですか?」
「あぁ、父に教えて貰えと」
そこは、上司である団長を立てたらしい。アルフはステファノやビアンカと同じく三年生だ。幼少の頃より剣の道に励んでいたのならば、話に矛盾はなさそうである。
「なぜ、近衛騎士団を去られたのか。今でも不思議でならない……」
貴方の父親が辞めさせたんだよとは、流石に言える雰囲気ではなかった。そのためレラは、「んんっ、なるほど」としか言えず。
「その、だな……。貴女は誰に、剣技を習ったのだろうか」
ソワソワと隠しきれない期待が籠った瞳を向けられ、レラはニコッと笑うことしか出来なかった。しかし、アルフにはそれで十分に伝わったらしく。
「本当か!?」
「どうでしょうね。確かに同じ名ではありますが、同一人物かどうかまでは私には」
「いや、そうか。そうだな」
アルフは目を閉じると、深く息を吐いた。己を律するように。再び目を開けたアルフの表情は、元通り凪いだ水面のように落ち着いたものになっていた。流石は皇太子付きといった所か。
「すまない。取り乱した」
「いいえ、それだけ尊敬しておられたということなのでしょう。また会いたいと思いますか?」
「そう、だな……。理由は、知りたい」
「叶うといいですね」
アルフはただ、どこか困ったように眉尻を微かに下げる。それに、もしかしたら自分の父が関係していると薄々は勘づいているのかもしれないと、レラは目を伏せた。知るということは時に残酷な行為だ。
******
次の日もアルフが集合場所にいたのには、全員が驚いた。参加できる日は、共に鍛練に励みたいとのことで。
まぁ、レラ個人とではなく皆でやる分には問題ないだろうと、レラは了承する。セレーナとペルリタも構わないとのことだった。
そのため、アルフは週に二~三回くらいだろうか。早朝の鍛練に参加するようになった。
「本日もありがとうございました」
「こちらこそ、勉強になる」
「わ、私なんて、そんな……」
「セレーナ様の槍の腕前は本当に凄いと思いますよ」
「あぅ……。お二人に褒められると、う、嬉しい、です」
ふわふわと笑うセレーナに、場の雰囲気が一変して柔らかくなる。先程までの豪傑さが夢幻のようで少々、脳がバグりそうではあるが。
「ねぇ、この後ご予定はあるかしら」
ペルリタが、タオルを差し出しながらそのような事を問う。本日は、授業のない休日だ。そのため、鍛練後も時間に余裕がある。
「私は、特に予定はありませんよ」
「わ、私もです」
「俺もないが……」
「で、では! 皆で購買部に行きませんか?」
落ち着きなく髪に触れながら「別に嫌ならいいのよ!」と、ペルリタが早口に言う。レラとセレーナは顔を見合わせ、一つ頷いた。
「是非、行きましょう」
「そうですね。そ、そうしましょう」
アルフは最初こそ、ペルリタの照れ隠しに狼狽したものだが、今では少し慣れてきていた。レラとセレーナの対応を見たのも大きい。今回もそれなのだろうと判断して、アルフも首を縦に振る。
「俺も構わない」
皆の返事を聞いて、ペルリタは分かりやすく表情を明るくさせる。それにアルフが微かに相好を崩したように、レラには見えた気がした。
アウローラ魔法学院の購買部は、品揃えが良いことで有名だ。とはいえ商売であるため、食堂とは違い全品有料である。貴族の方々向けの商品も多く、レラはあまり利用したことがない。
「ようこそ! いらっしゃ~い♪」
「ごきげんよう、ミケーレさん」
「おやおや? 伯爵家のお嬢さんか。例の物をお求めで?」
「そうなの。あるかしら」
「もっちろん! 少~々、お待ちを♪」
店主のミケーレの勢いを物ともせずに、ペルリタは話を進める。レラは、あのモノクルの奥にある弧を描くキツネのような糸目がどうにも。品定めされている気分になる。
まぁ、ミケーレは商売人だ。欲しいのは太客というのも、理解できる。冷やかし客は、ノーセンキューなのだろう。時間は有限、構う相手を選ぶ権利が店側にもある。
「お待ちど~さま♪」
「ありがとう。皆に配って貰えるかしら」
「ミケさんにお任せ! は~い、どうぞ♪」
ミケーレから銀製のコップを受け取る。漂ってきた香りに、レラは嬉しそうに瞳を輝かせた。
「蜂蜜レモン!!」
「疲労回復に良いと、ミケーレさんに聞いたのよ。だから、その……。わ、わたくしが飲んでみたかっただけだから!!」
ペルリタは照れて、プイッと顔を背ける。それに三人は、それぞれ顔を見合せ穏やかに笑んだ。
レラは「有り難く頂きます」と、ペルリタの好意を素直に受け取る。
「あそこに、寛ぎスペースがあるからね。お好きに、どうぞ♪」
「ありがとうございます」
「いいえ~! 今後もご贔屓に♪」
茶色の瞳に射貫かれ、レラは思わず顔を強張らせる。ゲーム画面越しでさえも油断ならないと思わせられたのだ。間近で見るとお察しだろう。
レラは何とか笑顔を作り、会釈をして離れた。まるで獲物の小動物にでもなったかのような気分になる。ミケーレ、恐ろしい男だ。
四人で“寛ぎスペース”に移動する。横並びに置いてある椅子に、セレーナ・ペルリタ・アルフ・レラの順に腰掛けた。
「ペルリタ嬢、ありがとう」
「感謝されるようなことでは……」
「俺はこれが、特別に好きなんだ」
「そう、なのですね」
アルフの周りに花が舞って見える。ペルリタは頬を赤らめ、コップをもじもじと握り締めていた。何やら良い雰囲気を察知して、セレーナとレラは黙って見守ることにする。
そこでふと、レラは好感度アップアイテムがあったことを思い出した。そうだった。確か購買部で買えたはず。アルフの好物は知らないが、ステファノは……。と、レラは店内を見回す。
購買部オリジナルブレンドティー。その札が見えて、視線をそこで止める。ステファノは紅茶に目がない設定だったのだ。
「――えっ?」
丁度そのブレンドティーが入った缶を手に取ったご令嬢の深紅の瞳と目が合う。ビアンカは、大層驚いたといった顔でこちらを見ていた。




