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11.謝罪され和解する

 ジルドの勉強会は、毎週末の放課後に開催されている。その週に起こった困り事を毎回聞かれるので、レラは試しに貴族の方々から頂戴した嫌味を今日は報告してみた。

 結果、これでもかと渋い顔のジルドが出来上がった訳である。今日は目元が見えているので、殊更に渋く見えた。


「あっはっはっ!」

「オイ、何を爆笑してやがる」

「いや失礼。そんな顔をなされるとは思わず。んんふふっ!」

「お前なぁ……」


 一変して、ジルドは呆れ返ったような溜息を吐き出した。レラは特に気にした様子もなく、尚もニコニコとジルドを眺める。


「……傷付くだろ、誰だって」


 それは、傷付いた経験がある者の声音だった。それにレラは、おや? と笑うのをやめる。この感じは、何だろうか。どこかで……。そこまで考えて、ふとレラの記憶が甦る。


――――この家は、兄が継ぐべきだったんだ! 僕には、何の……。何の才能もないのに! お前の母親は、疫病神だ!!


 鈴來は、叔父に酷く嫌われていたことを思い出した。しかしあれは、追い詰められた人間の防衛本能であったのだろうと今ではよく分かる。

 鈴來の父は、優秀だったらしい。将来を期待されていた。少なくない人間の生活を背負って、生きていく期待を。その重圧を不意に一人で背負うことになった叔父の心労は、相当なものだったのだろう。

 本人の望む望まないに関わらず、ジルドも皇族に産まれた以上は常に厳しい目が向けられる。とりわけ、優秀な兄がいようものなら。

 レラは、まだこの方の事を何も知らないのだなぁと至極当たり前の事を思った。


「軽く受け流す事にしておりますので」

「そんな簡単な話じゃねぇだろ」

「ふむ……。殿下はご存じですか? 相手を傷付けてやろうという意思のもと発した言葉に、価値など一欠片もないのですよ」


 レラの言葉に、ジルドはパチクリと目を瞬く。やけに幼い仕草に見えた。


「その言葉を真摯に受け止め、傷付いて差し上げるだなんて優しさを私は残念ながら持ち合わせておりません」


 本気で残念そうに、レラは首を軽く左右に振る。レラとて人間だ。確かにその瞬間は、傷付く事もある。しかし負の感情を成る丈、引き摺らないようにレラはしていた。だって、時間は有限なのだから。


「自分を嫌っている人間に割く時間は、最小限にしたいと殿下も思いませんか?」

「くっ、はははっ! お前、いい性格してるよ」

「お褒めに預かり光栄です」

「全くもって同感だな。あぁ、そうさ。時間の無駄だからな」


 まるで自分に言い聞かせるようにジルドはそう言うと、嘲笑混じりに鼻を鳴らす。相変わらず感じは悪いが、彼のことをよく知りもしないで非難する気にはならなかった。


「但し、エスカレートするようなら絶対に報告しろ。いいな?」

「承知しました」

「本当かよ」

「えぇ、勿論です」


 ジルドから疑わしげな視線を向けられたが、レラは笑顔で躱す。恐らくもう嫌味以上の過激なものは受けないのではないかと、レラは考えていたからだ。

 というのも、レラを階段から突き落としたご令嬢は、停学処分となったのである。私邸で謹慎するようにとのことらしい。期間的に彼女は一年長く学院に通うことになりそうだと聞いた。問題を起こさなければ、憧れのビアンカと共に卒業できた筈であろうに。

 家門の恥だとせせら笑う声が学院中に波紋のように広がっていく様子は、十分に抑止力に成り得る程の破壊力があった。皇太子殿下には、感謝しなくてはならない。


「さて、では今日もよろしくお願いします」


 ジルドは尚も何か言いたげにしながらも、溜息を吐くに留める。「あぁ、分かった」と、いつも通りに勉強会を始めた。


******


 早朝のランニング、その集合場所にいつもはいない人物が立っていて、レラは目を鋭く細めた。

 セレーナとペルリタはまだ来ていないようだ。どうしたものかと、レラは距離を取り様子を窺う。不意に視線を上げたその人物と、レラは目が合ってしまった。

 数秒、見つめ合う。目を逸らしては、負けのような気がした。何故なら、そこにいたのは近衛騎士団団長の息子、アルフ・ドゥーレクだったからである。

 アルフは一瞬、逡巡するようにレラから目を背けた。しかし瞬時に意を決したような顔になり、真っ直ぐとレラの方へと歩いて来る。

 レラは一歩も引かなかった。その場で仁王立ちをし、アルフを真正面から見上げる。力強い夜明け色の瞳に射貫かれたアルフは、顔を強張らせた。


「……おはよう」

「おはようございます」

「…………」

「…………」


 アルフは、懸命に続く言葉を探している様子であった。そんなアルフを観察していて、レラはふと敵意を感じないことに気付く。

 苦情でも言いに来たのかと思ったが、はてとレラは訝しむように小首を傾げた。それに、アルフは何を思ったのか、オロッと視線を泳がせる。


「その……」

「はい」

「今、時間はあるだろうか」

「少しでしたら」

「そうか」


 再び、無言。

 正直に白状するならば、レラはアルフの事をよく知らないのである。何故なら乙女ゲームは、後輩に勧められたステファノルートの攻略の途中であったからだ。

 ステファノ以外の方々の好感度を上げて攻略しろと言われても、何から始めていいのやら。レラは後輩から聞いた情報を思い出そうと、記憶を探ってみることにした。

 確か、アルフは寡黙で不器用。つまりは、口下手なのだ。好感度が上がるにつれ、微かな笑顔を見せてくれるようになり、会話も多くなっていくとか何とか……。鈴來の後輩は、言っていたような気がする。

 つまりこの静寂は好感度の低さを表している、と。何の解決の糸口にもならなかったなと、レラは色々と諦めることにした。


「何のご用でしょうか?」


 ひとまず用件を聞かないことには始まらないと、警戒は解かずにレラはそう問いかける。瞬間、アルフが勢いよく頭を下げた。


「すまなかった!!」


 早朝の静かな空気を盛大に震わせる声量に、レラは目を白黒とさせる。「おぉ……?」と、戸惑った声がレラの口からは漏れでた。


「貴女の事情も考慮せず、申し訳ないことをした……」


 しょんぼりと反省しきりのアルフの様子に、レラは目を瞬く。どうやらレラが階段から突き落とされた事件を受けて、アルフなりにレラのビアンカへの対応の意図を考えたらしい。


「いや、謝罪をされても迷惑かと迷いはしたのだが……。貴女への態度は失礼極まりなかった。許してくれとは言わない。しかし、やはり、けじめとして、だな……」


 結果、こうして態々謝罪をしにきたと。なんとも律儀な男である。


――――許す許さないは個人の自由。世の中には、どうしても許せないこともあります。しかし、それでも。許しを与えられる人になりたいものですね。


 レラは、おばあ様の穏やかな顔と声を思い出して目を細める。そもそもとして、アルフの態度をそこまで気にはしていなかった。主君を守るのが騎士の役目だろう。まぁ、面倒であったのは本音だが。

 それにレラが絶対に許せないのは、アルフの父親な訳で。アルフ本人ではないのだ。


「分かりました。しかと受け取らせて頂きます。どうか、あまりお気になさらず」

「そういう訳にはいかない!」

「んん!?」

「責任を取らせてくれ!!」


 アルフの勢いに、レラは目を点にした。それは、どういった意味の責任なのだろうか。


「ええと?」

「俺に出来ることはあるだろうか?」

「なるほどそういう」


 妙な意味ではなかったらしい。レラはアルフルートに突入したのかと、ハラハラしてしまった。乙女ゲームはビアンカにお任せしたので、レラにその気は最早ないのだから。


「ふむ、今の所は特にないのですが」

「そう、か……」


 肩を落としたアルフに、気まずい空気が漂った。どうしたものかと、レラは思案するように目を伏せる。


「あら? どうしてドゥーレク卿がいらっしゃるのですか?」

「あぅ……。お、お邪魔してしまいました、か?」


 セレーナとペルリタが来たことによって、空気が変わった。レラは助かったと、表情を明るくさせる。そして、折角ならとアルフも誘ってみることにした。


「今から、早朝の鍛練をするのです。ドゥーレク様もお暇なら共にどうですか?」

「鍛練? あぁ、そうか。アラトーヴォ辺境伯令嬢は、槍の名手と聞く」

「へ? い、いえ、その、私なんて、まだまだ未熟で」

「そう謙遜しなくとも」

「あの、ええと、レ、レラさんは、凄いです、よ」

「そうなのか?」

「それは、光栄です。しかし、私もまだまだ道半ばですよ」


 アルフは一瞬キョトンとしたが、すぐに納得したような顔をする。


「階段から突き落とされて無傷だったという話は、真実だったか」

「着地には成功しましたので」


 自慢気に胸を張ったレラに、セレーナはうんうんと憧れの視線を向けた。ペルリタは、どこか呆れたような目をする。


「無事だったから良かったようなものの。危ない所ではあったんでしょう」

「油断があり、背後を取られましたからね」

「ま、まぁ……。階段から突き落とされるなんて普通は思わないものね」

「で、ですね……」


 アルフは、ここに混ざる勇気が持てずに黙り込んだ。しかし、レラの実力を見たいという好奇心がどんどんと膨らんでいく。


「さて、ドゥーレク様どうされますか? 勿論、無理にとは言いませんが」


 吸い込まれそうな夜明け色の瞳に見つめられ、アルフは気付けば首を縦に振っていた。


「よろしく頼む」

「こちらこそ、勉強させて頂きます」


 今日も楽しい鍛練になりそうだと、レラは太陽のように笑んだのだった。

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