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転生乙女ゲーヒロインは第2の人生もエンジョイしたい  作者: 雨花 まる


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09.大事なことを思い出す

 その日も、いつも通りの朝であった。

 セレーナとの鍛練を終え、ペルリタから受け取ったタオルでレラは汗を拭う。ふと、視線を感じて顔を上げた。

 校舎からこちらを見下ろす男子生徒と目が合った気がした。美しい銀の髪が朝日に照らされ、キラキラと輝いて見える。

 長い前髪が男子生徒の目元を隠していた。微かに眼鏡の丸い縁が前髪の下から覗いている。


「レラさん? ど、どうかしましたか?」

「え? あぁ、いや、あそこに人が」

「……? 誰もいないわよ」


 少し目を離した隙に、男子生徒は去ってしまったらしい。レラは「いなくなってしまったようです」と素直にそう口にした。

 しかし、何だろうか。何か大事なことを忘れているような……。レラは、はてと小首を傾げた。


「ほら、授業が始まるわよ」


 ペルリタに促されて、レラは思考を中断する。三人で連れ立って、校舎へと向かった。


 今は放課後。レラは一人、図書館へと向かっていた。

 あれからずっとあの男子生徒のことを考えていたレラは、昼休みにやっと彼が誰なのかを思い出したのだ。

 様々なヒントをヒロインに授けてくれるお助けキャラ。バラノアルッテ帝国が第二皇子。ジルド・ロア・バラノアルッテ殿下だと。

 彼はこの国で一番、陽守の民について詳しいという設定であった。ヒントを聞くためには様々な条件があり、レベルがどのくらいや、誰かとの好感度がこれくらい等々。到達すれば鍵が開いて、質問が出来たとレラは記憶していた。


「誰との好感度も上げていないのだが……」


 陽守の民について、詳しく教えて貰えるだろうか。これから先どのような道を進むにしろ、夜の神との対峙は避けられないだろうとレラは考えていた。夜は確実に昼を侵食しているのだから。

 ジルドがいるのは、図書館の最奥。歴史書が並ぶスペースである筈だ。どうか居てくれと、レラはそのスペースへと足を踏み入れた。

 さらりと銀の髪が揺れる。ちょうど本を片付けていたらしいジルドは、レラの気配を感じたのか顔を彼女の方へと緩慢に向けた。


「ご機嫌麗しゅうございます」

「……どうも」


 ギリギリ聞き取れるかという小さな声が返ってきて、レラはそういえばジルドは大人しいキャラであったことも思い出す。セレーナよりも小声かもしれない。


「私は、レラと申します」

「……僕は、ジルド・ロア・バラノアルッテ。もう少し小さな声で話しなよ。ここは、図書館だ」

「そうでしたね。申し訳ありませんでした」


 ジルドの指摘は最もだ。レラは眉尻を下げて、謝罪する。前髪の隙間からこちらを観察するジルドの視線を感じて、レラはニコッと笑っておいた。


「僕に何か用?」

「はい。殿下が一番、この国で陽守の民について詳しいとお聞きしました」

「それで?」

「私に陽守の民についてお教え願えないでしょうか?」

「なぜ? そんな事を知ってどうする?」

「後学のために」


 これで無理だったら自力で調べるしかないなと、レラはジルドの様子を窺う。ジルドはたっぷりとした間のあと、「ひとまず、座れば」とレラに着席を促した。ジルド自身も椅子に座る。

 レラはジルドに従い、机を挟んで向かい側に着席した。目元が見えないというのは、何とも不便だなと思う。表情が読みにくかった。


「僕も聞きたいことがある」

「私にですか?」

「あの剣技、誰に教わった?」


 どうやらジルドは、早朝の鍛練を見ていたらしい。しかし、何故そのようなことを聞くのか。レラは不思議そうに目を瞬いた。


「理由をお聞きしてもよろしいですか?」

「お前の剣筋が知り合いに似ていた」


 なるほどと、レラは納得する。相手は第二皇子だ。元近衛騎士団に所属していたベネデットの存在を知っていても何ら可笑しくはない。しかし、目的が分からない。暇を出した側の人間が、師匠に何用なのか。


「それは、不思議な縁もございますね。しかし、我が師匠からそのような話を聞いた記憶は……どうでしたかな。人違いではないでしょうか?」

「師匠、ね」


 何か? と問うようにレラは首を傾げて見せる。それにジルドが、煽るような笑みを返した。


「陽守の民に剣を仕込んで、あいつは何をするつもりだ?」

「何のお話で――」

「お前が自分で言ったんだろうが。俺がこの国で一番、陽守の民に詳しいって。なぁ?」


 ジルドの纏う雰囲気がガラリと変わる。一人称も“僕”から“俺”になっていた。それに、流石のレラも驚いてキョトンと目を瞬く。


「皇族に言えねぇような悪巧みでもしてるってか?」


 何故そのような飛躍した話になるのか。そこでレラは『国を怨んでいるとか、荒唐無稽なこと言われてたりしてな?』というベネデットの言葉を思い出した。まさか、本当にそのような噂が立っているというのだろうか。


「ふむ……。最初から私の師匠が誰であるのか、知っていて質問されたのですか?」

「帝都の広場で、あれだけの騒ぎを起こせばな」

「それはまた、皇子殿下もお人が悪い」

「妙な噂の真偽を皇族として確かめておかねぇと。そうだろう?」

「左様ですか。師匠の名誉のために言わせていただきますが。悪巧みしているのであれば態々、広場で人助けなど致しませんよ」


 苛立ちを抑えながら、努めてレラは冷静にそう言った。レラにもベネデットにも後ろ暗いことなど何もない。そのため、ジルドの探るような視線を正々堂々真正面からレラは受けて立った。

 ジルドはそんなレラの様子に、深々と溜息を吐き出す。グシャグシャと腹立たしげに手で髪を乱し「やはりか」と呟いた。


「いつから騎士団長は、保身的な行動ばかり取るクズに成り下がったのか」

「少々、お言葉が過ぎるのでは……」

「ハッ! 広場の手柄は全て我が国の兵によるもの。ベネデットは悪戯にその場を混乱させただけとの報告だ」

「は……?」

「俺は兄上程、寛容な人間ではなくてな。小心者故に疑り深い」


 ジルドはニヤリと口角を上げると、前髪を掻き上げる。獰猛な肉食獣のような翡翠色の瞳が、好戦的な色を宿して鋭く光っていた。


「あの聡慧で二手も三手も先読みする男が、無意味に近衛騎士団を自ら去るなんざ有り得ねぇ。何があったのか、真相をあらゆる手を尽くして調べ上げた」

「ベネ師匠は、暇を出されたのであって!」

「あぁ、そうだ。知ってる」

「……待ってください。もしや、私を試したのですか?」


 眉を顰めたレラに、ジルドは意地の悪い笑みを返した。それにレラは、ゲームの印象と違い過ぎるだろうと頬を引き攣らせる。

 つまりジルドは、ベネデットの身に何が起こったのか全て知っていて。広場での件も正確に把握した上でレラを煽ったと。


「まぁ結局、ベネデットの現状は最後まで掴めなかったからな。探りを入れさせても、何故かバレて撒かれる」

「師匠は凄い方ですからね」

「陽守の民と共にいる理由も、本当に悪巧みしていないのかの確証も、何も手に入らなくてな」

「共にいる理由は、ご近所さん方に聞いてご存知なのでは?」

「……本気で特別な意味はないって?」

「師匠も私でさえもあの広場の件で、私が陽守の民であることを知ったくらいですからね」

「はぁ?」


 ジルドが胡乱な目を向けてくる。レラは、「母も知らなかったようなので」と肩を竦めた。


「いや、そうか。だから俺の所に? 嘘だろ。本気で陽守の民について聞きに来ただけ……?」

「そうですが?」


 ジルドは気まずげに「あー……」と視線を逸らす。まさか、妙な企みがあって近寄って来たと思われたのだろうか。


「兄貴周辺の生徒会の奴らに見向きもしないで、“地味で物足りない第二皇子”の俺に近寄ってくる奴なんざ滅多にいねぇんだよ」

「地味で物足りない……? それは、ご自身が作り上げたイメージではないのですか?」


 今目の前にいるジルドが素であるのならば、“僕”の方は演技ということになる。ジルドは図星であったのか、ムッとした顔をした。


「俺はなぁ。楽しくもねぇのに、ニコニコニコニコ……っ! 絶対に兄貴みたいになりたくないんだよ。それなら、地味だの物足りないだの言われる方がマシだ」

「そこまでですか?」

「俺は繊細なんだよ。人に囲まれて騒がしいのより、一人で歴史に没入してる方が好きでね」


 ジルドがフンッと鼻を鳴らす。言い回しはあれであるが、騒がしいのが嫌というのは本心であるのだろうとレラには感じられた。

 この国の第二皇子は、遺跡が多く残るという北部の地を守ることが産まれながらに決まっている。大公レーヴェスティの姓を継ぐのだ。

 そこまで考えて、レラはふと思い出す。そうだ。それで、エリゼオと第二皇子との間には確執があってどうのこうのというシナリオであった。


「何だよ」

「……? 何も。そういうのは、人それぞれですからね。皇子殿下がそれでよろしいのでしたら、それが全てだと思います」


 ジルドが面食らったような顔をする。ついで、掻き上げたせいで左右に分かれていた前髪を乱暴に乱して元通りにすると、急に席を立った。


「白けた。話はまた明日にしろ。じゃあな」


 口早にそれだけ言うと、レラの返事は聞かずにその場からジルドは去っていってしまう。随分と一方的な約束だ。何か不快にさせてしまうような事を言っただろうかと、レラは思案するように目を伏せたのだった。

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