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アスフール  作者: まゐ
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6

 HRが終わり放課後、帰ろうと立ち上がって振り返ると、環と雅彦が二人で何かを話していた。


「・・・さ、もういっそアレを囮にして、証拠を掴めば・・・」


「・・・万が一の・・・だろ。透子が・・・たら」


 何を話しているのだろう?小声なのでハッキリとは聞き取れない。気になって、私は2人に近づこうとした。


 その時の事だった。


「ねぇ、なっ・・・!」


 話し掛けようとした所で、後ろから誰かに羽交い締めにされて口を塞がれた。環も雅彦も、自分達の話に夢中で全く気付いていない。


 びっくりして暴れると、耳元で「シーッ」と言われる。横目で見ると宮本先輩だった。


「透子ちゃん、話があるの。あの2人に内緒でちょっと来て。お願い」


 耳元で小声で囁かれるのが凄くくすぐったい。息が掛かって、背筋がゾワゾワとしてしまう。


「すぐ済むからちょっとだけ。お願い。いいかな?」


 かかり続ける息と声。背筋のゾワゾワが広がって体中がムズムズしてくる。一刻も早く止めて欲しくて、私は涙目になりながら弱々しく頷いた。


 早く離して欲しいのに、先輩は後ろから私を抱き締めるように羽交い締めにしたその姿勢のまま私を廊下に連れて行く。廊下に出ると、口を塞ぐ手だけを離して、改めて背中から私を抱き締めてきた。


「あぁ、いい匂い・・・」


 吐息と共に耳元でそう呟かれる。


 もう、限界・・・。


「先輩、離してください。これじゃ、痴漢ですよ」


「あ、そうだね。ゴメンゴメン」


 パッと手を離す先輩。ようやく解放された私は、荷物を抱き締めて先輩から距離を取った。


「ゴメンね、嬉しくてつい・・・」


 そう言って先輩はニコッと笑った。正面から見た先輩の笑顔は、とても可愛らしく見えた。クシャッと目元がシワになり、口角が上がって優しい感じになる。そう言えば、先輩の顔はよく海外ドラマで見かける俳優さん達のように、表情の動きが大きい。そのせいか、感情豊かな印象を受ける。見ているだけで、今の気持ちがストレートに伝わってくる。


 今までに出会った事のないタイプの人だなぁ・・・。でも、何だか素敵かも・・・。


 粟立ちそうになっていた肌が収まる。と同時に、先輩に見惚れている自分に気が付いて、私は慌ててしまった。


「そ、それで、何ですか?お話って」


 ちょっと慌てて上擦った声でそう言う私。先輩は少し屈んで、私を見上げるようにして言った。


「あのね、透子ちゃん土日暇かな?もしどっちか空いてたら一緒に出掛けたいなーって。駄目?」


 語尾を上げるのと同時に首を傾げる。あざとい仕草だけれども、そこはやはりちゃんとした男性がやっている事なので、可愛いと言うよりは面白いと思える。なんだかんだで、楽しい人だ。


「・・・お誘いですか?」


「うん。デートしよ?」


 ・・・どうしよう。両方とも空いてる。暇だけど・・・。


「・・・2人で、ですか?」


 先輩の事は、まだ出会ったばかりだからほとんど知らない。怪我をさせたお詫びとかだったら、申し出を受けてもおかしく無いのかも知れないけど。でも、2人だけというのは・・・。


「勿論、デートだから2人」


 うーん、もう少し先輩の事を知ってからでないと『2人で出掛ける』という気にはなれない。今回は、どうにかして断らないと。


 どうやって断ろうか迷っていると、先輩は教室の中の様子を気にして少し慌てた。ズボンの後ろポケットを探り、スマホを取り出すと操作しながら早口で言う。


「あっと、取り敢えずLINE交換しよ?ね?」


「え、はい」


 弾みでそう答えて、鞄の中から私もスマホを取り出した。LINE交換して、後でどうやって断るかゆっくり考えて答えよう。


 そう思い、私は宮本先輩とLINE交換をした。


「じゃ、後でLINEするね!」


 言って、宮本先輩は逃げる様に走り去った。


 嵐のような人だなぁ。嵐というよりは、お祭りだろうか。常に前向きで明るい人、それが今の私の先輩の印象だった。






「あれ・・・透子なんか・・・変わった?」


 その後、私は和樹の家に来た。風邪を感染されたとは言え、感染した本人の方が具合が悪そうだったし、来て欲しいと言われて来られなかったお見舞いの障害である私の足の怪我も治ったのだ。来ない理由は無かった。


 そんな私に向かっての、和樹の第一声が、それ。お見舞いへの感謝でもなく、足の心配も無く、相変わらず風邪を感染した事への謝罪も無い。


「え?そうかな・・・?足は治ったけど、他には特に何もしてないよ?」


 少し考えて私は、今朝の登校の時の事を思い出した。雅彦の自転車の後ろに乗って、赤信号で止まって、振り返って言われた、その時の雅彦の言葉を。そして、その続きの事が頭の中に浮かんできて、恥ずかしくなってしまった。頬が熱を持つのを感じる。俯いて隠しながら、誤魔化すようにわざと大きめの声で喋り始めた。


「それより風邪どう?学校帰りだから何のお見舞いも持って来てないけど。ゴメンね」


 頬が見えないように強引に、勝手知ったるで和樹を押し退けて上がり込む。リビングに荷物を置かせて貰ってキッチンに向かった。


 スウェット姿の和樹は、寝起きの顔でフラフラと私の後をずっと付いてくる。まるでまだ夢の中みたい。


「・・・熱下がった」


 ボソリとそう言う。


「良かったね。寝てたんでしょ?横になってて良いよ。お茶入れるね」


 顔をなるべく見せないように気を付けながら流しで手を洗い、振り返ってそう言うと、目の前に和樹の顔があった。そして、どんどん近付いて来る。


「え、何?近いよ」


「前より可愛い・・・」


「はい?」


 突如、私は和樹に顔を両手で挟み込まれた。ずっとシャワーも浴びれてなかったんだろう。近付くと少し汗臭い。


「どうしたの透子、今日凄く可愛く見えるよ?」


 近い近い近い!


 朝の出来事のせいではなく、今のこの状況のおかげで、私の頬の赤味は上書きされた。


「そっ、それはどうも有難う。やっぱり、まだ熱あるんじゃない?」


 堪えられずに両目をギュッと閉じて、濡れた手を拭くタオルで和樹の胸を押した。しかしながら和樹の体はびくともしない。目を開けていなくても、和樹の視線が刺さってくるのが分かって痛い。


「熱は下がったって。透子、何かあった?何でそんなに可愛くなったの?俺の為?俺の為だと思って良いの?」


 グイグイと和樹が迫って来る。


「もー、煩い。別に何も無いよ。気のせいでしょ?近い、離れて」


 再び和樹の胸を力一杯押すと、今度は呆気なく引いていった。ブツブツ呟きながら。


「照れてる?俺の為か・・・」


「ハイ!もうソファで良いから座って休んで!」


 私が大きい声でそう言うと、大人しくリビングに戻ってソファに座った。


「緑茶で良いよね」


「ん。透子が入れてくれるなら何でも」


 嬉しそうな声で返事が帰ってくる。お茶と薬飲ませたら、とっとと退散しよう。


 そこで、私の鞄の中のスマホが鳴った。


「透子、なんか鳴ってる」


 多分宮本先輩だろうと思った。行動が早い。


「後で見るから、そのまま放っておいていいよ」


「・・・」


 和樹は特に返事をするでもなく、大人しくしているようだった。


 和樹の家も、お母さんが用意したのだろう、家と同じ銘柄のお茶があった。薬缶でお湯を沸かしてティーポットに入れた茶葉に注ぐ。しかしながら急須や湯呑みは無かったので、マグカップに半分ずつ位の量を注いだ。多分私かお母さんが使わない限り、この緑茶は使用される事は無いのだろうな。


 そして、お盆にマグカップを二つ乗せてリビングのテーブルに運んだ。


 和樹はテレビも付けずに静かにしている。やっぱり調子が良くなっていないのかな?


 そう思って和樹を見て、私は驚いた。


 和樹が手に持っているのは私のスマホ。勝手に見ている。


「ちょっと!何勝手に・・・」


 私はそこまで言って固まった。パスコード、知ってるの・・・?


 スマホを取り返そうと出した腕を強く掴まれる。


「・・・ダレコレ・・・」


 温度の無い声。


「・・・え?」


「宮本ってダレ?透子のナニ?透子、コイツの事好きなの?」


 そう言って、和樹は画面から私に顔を動かした。その目には、驚きと怒りと疑いと、あらゆる負の感情が混ぜこぜになって詰まっている。そらす事も許されず、視線を絡め取られた。


 怖い・・・。


「宮本先輩は、昨日怪我した時の・・・」


「怪我?コイツの所為で怪我したの?」


 ギロっと睨まれる。凄く怒ってる。


「・・・違うよ。私が怪我した時に、助けてくれた人」


 私は、咄嗟に嘘を付いた。


「好きな人じゃないよ。私は、誰も好きじゃないよ」


 和樹の目を見ながら、ゆっくり説明する様に言った。恐怖で、段々と声が小さくなってしまう。


 私の腕を掴む和樹の手に、私は反対側の手を重ねた。

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