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アスフール  作者: まゐ
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 カラスは、何かを考えるようにそのままの姿勢でじっとしていた。でも少しすると、広げていた羽を畳んで、毛繕いをして、改めてこちらを見た。


「ここでこのまま話すのも何です。()()()()()()()()()()()()()()()私の()()()()()姿()()


 トクンと心臓の音が聞こえた。以前の事を思い出す。


 一度家に招待されたから、と言って、毎夜私の部屋に現れたミヤマさん。ここで私がYESと言えば、再び毎夜部屋の中に現れる事になるのだろうか・・・。


「そういう事です」


 私が答えに悩んでいると、返事を聞かないうちにカラスは喋り出した。


「家の住人の許しを得ずに家の中に入ってはいけないのです。その『ルール』を()()は破った。なので『ペナルティ』、罰を受けます。貴方には想像も付かないような多くの『ルール』に、我々は縛られているのですよ」


 以前と同じく、私の頭の中を読み取るような受け答えをする。


「ルール・・・」


 呟く私に頷くと、カラスは再び羽を広げた。


「家の中には入れて頂かなくても結構です。私は、今現在この家に入る必要はありませんから」


 バサバサと羽を羽ばたかせながら続けるカラス。


()()はルールを破り、許しを得ていない家に入りました。貴女の叔父上の家にです」


「・・・え・・・?」


 アスさんが、和樹の家に・・・。そうだ。私は和樹の家にお見舞いに行って、勝手に携帯を見られて口論になって、それで・・・。


 首を絞められて・・・私・・・。


 心臓が、止まってた・・・。


 感覚が消えて、それから聞こえて来た2人の声。1人はミヤマさんで、もう1人はアスさんだった。アスさんの声は近く、多分私の蘇生をしてくれた・・・。


 では、アスさんは私を助ける為にルールを破って、入る事を許されていない和樹の家の中に入ったの?


 心臓が止まった状態で周囲の音が聞こえたのは謎だけど、アスさんがペナルティを受けたのは私の所為なんじゃ・・・。


「そういう事です。ご理解頂けましたね。では失礼」


 言ってカラスは飛び立った。


「あ、待って!」


 そう声を掛けたものの、今度は止まらずに行ってしまった。


 カラスの羽音が遠ざかって聞こえなくなると、全く音が無くなった。静かだった。


 その静かな空間の中に、スマホの音が響く。私の鞄の中からだ。


「・・・!」


 和樹からだ。


 そう思った。


 寒気がした。スッと室温も体温も下がった。体が動かなかった。思考も固まった。


 この通話に出たら、私死ぬ・・・。


 頭の中に『どうしよう』という言葉が並ぶ。どんどん打ち込まれて『どうしよう』という文字で埋め尽くされる。『どうしよう』が足りないと、その隙間から何か怖い物が出て来そうだった。その何かから目を逸らしていたくて、だからひたすらに頭の中に『どうしよう』を連打する。


 スマホの音が止んだ。


 私は、大きく息を吐いた。鞄の中からスマホを取り出して見てみた。着信は、やはり和樹からで、その文字を見て私はもう一度大きく『どうしよう』と思った。


 悩んでいても何も始まらない。何も変わらない。まず、やる事を、やるべき事をやろう。


 思って私は、真っ先にパスコードを変更した。


 よし、これで和樹が私のスマホを勝手に見る事は出来なくなった。


 そして、これからの事を考えた。


 今、私は着信を無視した。無視はしたものの、和樹からしたら単に『出なかった』だけのはず。忙しかったり、手元にスマホが無かったり、着信に気付かなかったりしたのかな?と考えるだろう。


 そうしたら、次はどうするか・・・。


 考えていたら、持っていたスマホが急に震えた。ビックリして思わず落としてしまった。拾い上げて見てみるとLINEが届いている。それは思った通りに和樹からだった。


 通知として見える短い文章には「透子、今忙しい?」とある。


 私は今、スマホを見る事が出来ない状態だ、という事にしておこう。だから、決して「既読」にしてはならない。


 心臓が激しく鼓動を刻む。恋のそれとは明らかに異なる「生命の危機」を察してのもの。体温を上げて即時対応出来るように体が準備しているみたいだ。


 そのまま、私はスマホを勉強机の上に置いた。パッと手を離して、その手を胸元で握り締めて、後ずさるように勉強机から離れる。


 私は、帰宅して勉強机の上にスマホを置いて、そして着替えて出掛けた。


 と、いう事にしよう!


 慌てて床に落ちているルームウェアを畳んでベッドの上に置き、クローゼットからジーンズとTシャツを引っ張り出して着替える。そしてポシェットに財布と家の鍵だけを入れて、そのまま逃げる様に外に出た。


 行く先なんて決めていない。小走りにただ進んだ。和樹の家とは逆の方向へ。


 横断歩道を渡って右に曲がって左に曲がって、目的地の定まらない闇雲な歩行。知らない道の早歩きは、時間の感覚と方向感覚の麻痺と不安を混ぜ合わせて、あっという間に私を迷子にした。


 気付くと、未だかつて見た事の無い場所だった。


 まさか、この歳になって(しかも人生2周目みたいなものなのに)地元で迷子になるとは・・・。


 右手に森(?)、左手には色褪せた看板の古いクリーニング店と、明らかにもう営業していない理髪店。正面には大きな団地の一画が現れ、道なりに進んで行くと川に出た。


 スマホがあればすぐにググれるのになぁ・・・。


 なんて事を考えながら、記憶の中の地元の地図を思い描く。川は、この地域には一つしかないはずだから、多分あの辺かな?もう少し行くと、図書館と大きな医療センターが見えてくる・・・はず・・・のような気がする。


 という感じで。


 川の横は、舗装された長い散歩道になっていた。所々にベンチが置かれている。好天で日向で、日焼けが少し気になったけど、身心共に疲れていたので少し座って休む事にした。


 座ってみると座面が熱い。ジーンズを履いてきて良かった。


 前を向くと、川面がキラキラ光って綺麗に見える。日差しは西に傾き始めていてとても強かった。けれども川から上がってくる風は涼しく、穏やかで気持ちが良い。


 こんな場所があったんだ・・・。


 そこで暫く、私はボンヤリと過ごした。


 スマホ無しで1人でボーッと考える時間と言うものが近頃無かったなぁとか、雅彦と海はよく行ったけど川は一緒に見た事はなかったなぁとか。そんな風に思考を巡らせていると、ずっと考えないようにしていた和樹の事に巡り当たった。


 ずっと過保護なだけかと思っていた。そこに恋愛感情が絡んでいるのかもと思い至ったのは、あの時だった筈だ・・・。


 2年前、私に初めて『恋人』と呼べる存在が出来た時だ。彼と一緒に歩いている所に和樹がたまたま居合わせて、それで喧嘩になってしまったあの時。


 和樹は喧嘩が強い。それはうちのお父さんの影響なのだが、まぁそれはさて置き、当時付き合っていた彼は和樹にやられるがままに殴り蹴られて、酷い怪我を負い病院に送られた。


 ショックが大きかった所為か、ハッキリとは覚えていないけれども、あの時和樹は私に『浮気なんて許さない』と言っていた。違和感があったのでそこだけよく覚えている。


 その時の私は全てが嫌だった。好きな人と円満に付き合えない事も、浮気者扱いされた事も、家族が他者に暴力を振るったという事実も、何もしていないお母さんが他人に頭を下げるのも。


 そして、和樹が私を異性として見ている事も。


 周囲が優しく、全てを『無かった事』にしてくれた。


 だから、私もその事を胸の奥に仕舞い込んで見ないようにした。


 そのせいで・・・和樹は何一つ変わる事なく、今も私に恋愛感情を抱いている・・・みたいだ・・・。


 ぜーんぶ、私が事を有耶無耶にしていた所為だ。


 そして、今はまだ起こってはいないけども、この先和樹は礼央先輩と鉢合わせして、また同じ事を繰り返す。


 問題の『透子は俺のでしょ?』発言をする。


 これは非常に驚いたし、意味がわからなくて凄く腹が立った事を忘れられない。


 今回、それを避ける為に『和樹が恋愛対象では無い』と指摘するのも、ダメだった・・・。


 はぁ、と大きな溜め息が出た。


 このままじゃ、私一生独り身だわ。


 俯いて頭を抱え込んだ。


 その時だった。


「あれ・・・?透子?」


 誰かが私の名前を呼んだ。


 顔を上げて見ると、雅彦がいた。


 雅彦は私の顔を見て、不思議そうな、納得いかないような、安心したような変な顔をしていた。


「・・・え?雅彦?何でこんな所に・・・」


 そう言って雅彦の顔を見て、私は何か大きな引っ掛かりを覚えた。


 『このままじゃ、私一生独り身だわ』?


 さっき考えた事を思い浮かべつつ雅彦の顔をジッと見続ける。


 私・・・礼央先輩と別れる事になった後、雅彦と付き合って結婚する所・・・だった・・・よね?


「何?俺の顔に何か付いてる?」


 固まったまま雅彦の顔を見続ける私に、雅彦がそう言った。


 和樹もそれを知っていたし、結婚すると報告しても、特に何の騒動も起こらなかった・・・?


「・・・雅彦・・・なら大丈夫なの・・・?」


 呟きながらも、私の頭の中は混乱してメチャクチャになっていた。


「・・・何が?」


 雅彦が不思議そうな、そして複雑そうな顔で私を見る。


 川面がキラキラと光ってとても綺麗に見えるその前で、雅彦と見つめ合いながら、和樹と雅彦の顔を交互に思い浮かべる。


 一度殺されたショックと、これから先への不安と、何が良くて何が悪いのか、いや、何が許されて何がダメなのかという疑問で頭の中が埋まる。


 そして私の混迷にはお構いなしに、川はずっと綺麗だ。


 雅彦とは海よりも先に、川を一緒に見る事になった・・・。


 混乱する思考の中で、それだけが真実として脳裏にポッカリと浮かび上がった。

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