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アスフール  作者: まゐ
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40

 その後、姉さんが家に様子を見に来てくれた。そんなに高熱だという自覚は無かったのだが、熱を測られると40℃を超えていた。


「高いわね、病院行くよ」


 姉さんはそう言って俺を車に乗せ病院へと連れて行き、着いた先では看護師達に各種検査を行われた。幸い全て陰性だった。そのまま解熱剤と総合感冒薬を処方されて帰宅する事となった。


 家に居ても病院に行っても、ずっと目眩がしていた。少し動いただけで息が上がる。こんな高熱を出すのは産まれて初めてで、いくら医者に「安静にしていれば問題有りません」と言われても、常に不安が付き纏って離れない。


 一人暮らしと言うものは、こんなにも神経を擦り減らすものだったのかと、家を出て3年目にして思い知らされた。


 誰かに、透子に、横にいて欲しいな・・・。


 そう思いながら俺は眠った。薬のせいか眠りは深く、気が付くと翌日の夕方で、その日の午前中に再び姉さんが様子を見に来てくれた形跡があった。


 一つは勝手に変えられた氷枕と、もう一つはベッド横に姉さんの綺麗な字で書かれた置き手紙があったのだ。


『昨夜透子も熱を出しました。今朝病院で検査をしたけど、全部陰性。和樹の風邪を貰ったみたいです』


 同じ部屋の中で、喋りながら一緒に過ごしていたのだ。予測出来る事だったが、その可能性を俺は全く考えていなかった。


 なんて事だ・・・。


 透子が心配で電話をしようと携帯を待ち、すぐに考えを改めて元の場所に戻した。


 透子も熱で苦しいだろう。寝ているところに電話を掛けてしまっては可哀想だ。少し時間を置いてから、そうだな、明日の昼過ぎ位まで待とう。


 俺はため息を吐いて、再び目を閉じた。


 解熱剤はとっくに切れていたのだろうが、体が眠りを求めているらしい。そのまますぐに眠った。


 眠りに落ちる時に、窓の外でカラスの鳴く声が聞こえたような気がした・・・。


 次に目が覚めたのは夜中だった。酷く喉が渇いていた。起き上がると目眩は治っていたが、高熱特有のフワリと胸が浮き上がるような感覚と、若干の息切れはまだ残っていた。キッチンまで降りて行ってコップになみなみと注いだ水を飲み干す。足りずにもう一杯飲んでようやく落ち着き、トイレに寄ってからベッドに戻った。


 たったそれだけしか動いていないのに、酷く疲れた。瞼が自然と降りて、すぐに眠ってしまった。


 その時にまた、カラスの声を聞いたような気がした・・・。


 翌朝は、少し体が楽になったようだった。横になったままで熱を測ると38.0℃だった。まだ少し高いが、昨日よりは大分楽だったし、何よりも空腹を感じたので、回復に向かっている事を実感出来た。


 体を起こして背筋を伸ばす。と、気配を感じて振り返った。窓の外から感じたその気配を探ると、黒い影が少し動くのが見えた。2リットルのペットボトル程の大きさのその黒い影は、よく見ると鳥の形をしている。


 俺はベッドから降りて窓辺に寄り、窓を静かに開けた。その影は、外開きの窓が開いても全く動じる事なく、そのままそこに居た。


 大きなカラスだった。


 カラスは、木の枝の上に止まり、じっと俺を見ていた。


「何か用か?」


 分かるはずもない、そう思いながらも、俺はカラスに向かってそう言った。1人きりで寝込んでいたので、例えカラスであっても、何か生き物が側に居てくれる事が嬉しかった。


 俺の声に答えたのか、カラスは「カァ」と鳴き、大きな羽を広げて羽ばたいた。風が舞い起こる。カラスの体が浮かんでこちらに向かって来る。そして、窓の前で止まってくるりと反転して、再び元の枝に戻った。


「・・・何だ?中に入りたいのか?」


 俺がそう言うと、また「カァ」と鳴いて答える。


 俺は窓の前から体をズラして、カラスに向かって「来いよ」と言う。すると、まるで言葉を理解しているかのようにカラスは小さく頷き、窓を越えて部屋の中に入って来た。


「カァ」


 ベッド横の棚の上に乗ると、カラスは礼を言うようにそう小さく鳴いた。


 濡れたように黒くツヤやかな羽は、決まった方向へと向きを整えられて並んでいて、一枚一枚が丁寧にコーティングされたかのように光っている。カラスの濡れ羽とはよく言うが、とても美しかった。


 試しに手を伸ばし、カラスに触れてみた。カラスは大人しく、俺に頭を撫でられるままになっている。


 カラスという生き物は、もっと警戒心の強い生き物かと思っていたが、そうでは無いのだろうか。初対面(恐らくそうだと思う)の人間が触れてきても、特に逃げるでもなく受け入れている様子を見て、俺は不思議な気持ちになった。


 そのままカラスを放置してキッチンで水を飲み、何か食べようと思って冷蔵庫を開ける。知らない間に、食べやすいヨーグルトなどが補充されていた。空腹を感じるものの、いざ食べ物を目の前にすると食べる気にはなれず、横にあった小さなオレンジジュースのパックを一つ取ってストローを差し一口飲んだ。酸っぱさと甘さを伴って、冷たい液体が喉を通り抜けて行くのを感じた。一気に飲み干すと、大きな息を吐き出して、部屋に戻った。


 カラスはまだ部屋から出ていく前と同じ所に止まっていて、戻ってきた俺を見た。「カァ」と鳴く。


 ベッドの上に腰を降ろすと、横からスケッチブックを取り出した。まだ何も描かれていないページを開き、鉛筆で線を走らせる。


 どうせ動かずにここに居てくれるのなら、描かせてもらおう。


 そう思って、俺はカラスを描き始めた。不思議と筆が進む。さらっと一枚描き上げると、二枚目に取り掛かった。


 三枚、四枚と描き続け、ふと熱があったという事を思い出す。思い出した途端に目眩を感じた。そのままベッドに倒れ込んで目を閉じる。「カァ」という鳴き声が聞こえた。薄く目を開けると、顔のすぐ横にカラスが来ていた。


 もしかしたら、弱った俺を食うのだろうか。ずっと側で大人しくしているのは、俺が動けなくなるのを待っているのかも知れない。


 そんな事を考えながらも、俺は再び眠りについた。


 次に目覚めたのは夕方だった。ベッドに腰掛けて倒れ込んだ姿勢のままで寝ていたせいか、体に軋みを感じる。


 カラスも、そのまま俺の横にいた。食われることは無かった。俺が起きたのに気付くと「カァ」と小さく鳴く。


 俺はカラスの頭を撫でた。目を閉じて嬉しそうに首を傾げ、俺の手に頭を擦り付けるようにしてくる。


 よくは分からないが、懐かれたようだ。


 窓の外の夕日を見ながら、俺は携帯を手に取った。透子に電話を掛ける。


 少し待つと、透子の声が聞こえてきた。


『もしもし?』


 その声を聞いただけで、俺の胸は締め付けられるように痛んだ。


「透子久し振り。どう、熱下がった?」


 俺から感染ったのだから、熱が下がるのは俺の後だろうと思ったのだが、どうやら透子の方はそこまで悪くならなかったようだ。


『心配してくれてありがとう。私はもう熱下がったよ。和樹はまだまだ高そうだね。大丈夫?』


 その言葉に、俺はホッとした。悪くなって無くて良かった。おまけに俺の心配までしてくれている。そんな透子の気遣いに、俺の胸は更に締め付けられる。


「心配してくれるの?嬉しいなぁ。ねぇ、熱下がったなら、来てよ。透子の顔が見たい」


 声を聞くと、もう会いたかった。俺は、そう言って透子に来て貰えるように頼んでみた。


『うん、行くよ。何か欲しい物ある?持って行くよ』


 俺は、胸が浮き立つのを感じた。透子が来てくれる。もうそれだけで十分だった。


「何も要らないよ。透子が来てくれれば」


 俺は嬉しさが零れ出ないように目を閉じてそう言った。


 俺のその嬉しい気持ちに反応するように、横でカラスが羽ばたいた。俺は笑いながらカラスの頭を撫でてやった。


 その時、電話口の向こうで透子が息を呑む音がする。


「透子、どうかした?」


 何かあったのかと思いそう聞いてみる。


『・・・ううん、何でもない。すぐ行くから、待っててね』


 声に少し動揺した様子があったものの、透子はそう答えた。


「ん」


 俺は、そう短く答えて通話を終了した。


 ああ、透子が来てくれる。


 早く、来ないかな・・・。


 そのまま、再び眠った。

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