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アスフール  作者: まゐ
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4

「何で、こうなった・・・?」


 宮本先輩が納得いかない顔で呟く。


 その後、保健室を何とか後にした私は、痛みに耐えながら制服に着替え、環に支えられながら教室へと戻った。そこで待っていた担任と少し話をして、家まで歩いて帰るのが困難な私を、環が自転車に乗せて送ってくれる事になった・・・のだが。


「文句あるなら来なくて良いけど」


 強気で答える環。先輩に向かって・・・。


 場所は校舎横の自転車置き場。私は最初の予定通りに環の自転車の背後に乗せて貰っていた。


「てか誰だよ!コイツ!」


 キレる宮本先輩。はい、ゴメンナサイ。


 私と環が乗った自転車のすぐ後ろには、自分の自転車に乗った宮本先輩と、その荷台にドッシリと大きな図体を乗せた雅彦の姿がある。


 少し前の事、教室から昇降口まで降りて来ると、そこには宮本先輩の姿があった。歩くのが困難な私を自分の自転車に乗せて送って行くと言い出したのだ。最初は、自転車で来ている環と宮本先輩の、どちらの後ろに私が乗るかで揉めていたのだが、そこにタイミング良く(悪く?)やって来た雅彦が『俺も一緒に帰る』と加わって来たのだ。身長180超えの雅彦を、環が後ろに乗せて走れるはずも無く、必然的に宮本先輩の後ろに雅彦が、環の後ろに私が乗る事になってしまったのだ。


「元木雅彦です。よろしくお願いします」


 そう言ってペコッと頭を下げる雅彦。


 礼儀は正しい。でも、何だろう、宮本先輩が納得行かないのはすごく良くわかる。


「すみません宮本先輩、私が一人で歩けないせいで・・・」


 居た堪れず、私はそう言って頭を下げた。


「いや、透子ちゃんは全然悪く無いよ。全くね、100%。元木君、キミ何なの?突然出て来てさ。俺と透子ちゃんの仲を羨んでるの?まだ何も始まって無いのに逆恨みなの?」


「先輩、凄い喋りますね。とりあえず行きましょう」


 環がバッサリと切り捨てるように言って自転車を漕ぎ出した。カタンと揺れる車体。私は横座りで不安定だったので「わっ」という声と共に環の背中にギュッと抱き付いた。


「あ、ズルイ・・・。その役目は俺がやる筈だったのに」


「煩いですよ先輩」


 何がズルいのかは分からないけど、宮本先輩と環は相性があまり良く無いみたい。ずーっと言い合いしている。


 そもそも私がボールに気付いて避ければこんな事にはならなかったのだ。雅彦まで心配してついて来てくれているし、何だか申し訳なくなってくる。


「ゴメンなさい・・・」


 小声で呟いて、環の背中に寄り掛かった。背中が暖かい。


「謝る事なんて無いんだよ、透子は被害者なんだから。沢山甘えて」


 環の声が優しい。もう、本当に優しいんだから。甘えちゃうぞ。


 私はますます環の背中に密着した。暖かい。


 後ろの自転車からは、舌打ちの音と咳払いが聞こえて来たが、環の体温に安心している私には聞こえず、環は聞こえないフリをした。




 自宅前まではあっという間だった。徒歩と比べて自転車のなんと早い事か。私は3人にお礼を言った。


「送ってくれてありがとう」


「良いのよ、気にしないで」


 環が笑顔で答える。私も釣られて笑顔になった。


「元はと言えば俺がボールぶつけたせいだからな、逆にゴメン」


 宮本先輩はそう言って頭をぺこりと下げた。


「俺はついでに送って貰っただけだ。礼には及ばない」


 雅彦は言いながら自分の荷物を下ろす。無表情のままだけど、心配してくれていたんだろうな。


 環が私の荷物を自分の自転車から下ろして渡してくれる。


「はい、荷物。中まで運ぶ?」


「ううん、大丈夫。今日お母さんいるから」


 丁度その時、外の音で気付いたのかお母さんがドアを開けて顔を覗かせた。環と雅彦と先輩が気付いて挨拶をする。お母さんは「わざわざありがとう」と3人にお礼を言った。


「じゃあね、また明日!」


 環のその声に、私は手を振って中に入った。


「環、雅彦、それに宮本先輩、送ってくれてありがとうございました」


 ドアが閉まる前にそう言い残した。外では、手を振る3人。閉まるドアの隙間から、この辺りに初めて来たらしい宮本先輩が「しかしデカい家だらけだなぁ、この辺りは」と話しているのが聞こえて来た。


 その後、環と雅彦の手によって、宮本先輩は雅彦の家に引き摺り込まれるのだが、それは私には預かり知らぬ事なのでした。




「ただいま」


 玄関で声を掛けながら靴を脱ぐ。痛くて動きが遅いのでなかなか脱げない。もたもたしていると、お母さんが一度受け取った荷物を置いて、脱ぐの手伝ってくれた。その時、間近で私の足の怪我を見た。


「確かに酷いね。上がれる?」


 先にLINEで状況を伝えていたので驚きは薄い。私は荷物を運ぶのを頼んで、何とか自力でリビング迄移動した。


 そこで私のスマホが鳴った。お母さんが鞄の中からスマホを取り出して私に渡してくれる。表示は和樹だった。私はソファに座りながらすぐに出た。


「和樹?何?」


 風邪を感染された事もあり、私の声は少し尖気味。


「透子久しぶり。どう?熱下がった?」


 久しぶりって、風邪を感染されたのは一昨日の事なのに。しかも感染してしまって悪かった、という反省は全く感じられなく、明るい調子でそう言われて、私はムッとしてしまう。けれども、呼吸の苦しさが電話口でも伝わってくるので、心配は心配だ。


「まず感染してゴメンって言うんじゃないの?」


 心配にはなったが、そう気取られるのがなんだか悔しくて、そんな風に言ってしまった。


「あ、怒ってる?そんな声も可愛いけど」


「もぅ、熱は昨日から出てないよ。今日は普通に登校して、今帰ってきた所」


「は!?治るの早くない?俺まだ辛いんだけど。38℃以上あるよ?」


 驚いた拍子に咽せてしまう和樹。咳が収まると、小声で失礼、と呟いた。


「日頃の行いじゃ無いかな?」


 辛いなら・・・用件だけ伝えて寝てて欲しい・・・。そんな心とは裏腹に出てくるのはドライな言葉。確かに感染されて腹立たしく思ってもいるのだけれど、一度出た言葉と感情を続けようとしてしまうのは、兄のような和樹への甘えなのだろうか・・・。


「元気なら御見舞い来てよ。透子の顔見たい」


 本当に熱のある状態で、そんな熱っぽいセリフを言う。行けるなら行ってあげたいのだけれども・・・。


「あのね、実は今日体育の授業中に怪我しちゃって。だからちょっと無理。学校から帰るのも辛いから環の自転車で送って貰ったし」


「・・・え、何それ。大丈夫なの?どんな怪我?」


 和樹の声のトーンが変わった。相変わらず息は切れているものの、温度が下がったみたいに一段階低くなる。


「転んでぶつけて内出血、ちょっと広めに。結構痛いんだ」


「・・・転んでって、誰かに押されたとかじゃないよね?足掛けられたとか」


 どんどん声色が変わる。和樹の中に怒りが湧き上がってくるのが分かる。どうしよう、止めなきゃ・・・。


「・・・そんな訳無いじゃん。持久走で走ってて、ちょっと躓いただけだよ」


 ボールが頭に当たった、とは言えなかった。


「痕が残ったらどうする・・・そう。姉さんいる?変わって」


「・・・うん、待ってね」


 私はスマホをお母さんに渡した。気不味い思いが胸の中に残る。お母さんが出して貰った麦茶を飲んだ。冷たくて美味しい。


 お母さんは、キッチンで何か作業をしながら和樹と話している。通話を終えてお母さんはスマホを返してきた。


「怪我の事心配してたよ。絶対に痕が残らないようにしろって。内出血だから大丈夫だって言ったけど、相変わらず過保護だね」


 何でわざわざお母さんに変わって聞くのかな。怪我の状況なんて私に直接聞けば良いのに。


「透子が大した事ないって強がると思ったのかね」


 私の心を覗いたように、お母さんがそう言った。顔に出てたのかな。


「食べる物が無いって言うから届けに行ってくるね。本当いい歳して世話の焼ける弟だよ」


 「冷やしときな」と言う言葉と同時に保冷剤が飛んで来る。キャッチしながら私はお母さんを見送った。


 保冷剤を内出血に当てると気持ちいい。和樹の事が気掛かりではあるけど、お母さんが上手くなだめてくれることを祈ろう。




 そのまま落ち着いてテレビを観ていると、庭の窓からコツコツという音が聞こえて来た。何かな?と思ってそちらを見て、私は驚いた。


 背の高い20歳位の男の人が居た。茶系のお洒落なスーツ姿。揃いの帽子を片手で胸元に持ち、長いまつ毛とブラウンの瞳、目尻の小さな泣きぼくろ。


 この前の人が、軽く窓を叩いて私を呼んでいる。


 私は立ち上がり、足の痛みに顔を顰める。


 男の人は、焦った表情をする。


 私は痛みを我慢しながらゆっくり窓まで歩き、窓を開けた。


「無理をさせてしまって申し訳有りません。痛みが酷いですか?」


 彼は、屈んで内出血している足に触れた。そっとなので痛くは無い。逆にその手が冷たくて気持ちよかった。


「えっと、足は大丈夫です。痛いけど。それよりも、ここうちの庭なんですが、勝手に入られると困ります」


 悪い人には見えない。でもこれは不法侵入。いくらイケメンでも許されない。


「それは申し訳有りません。私共にとって、空と繋がっている所は何の制限も存在しないもので」


 そう言いながら私を見上げてくる。優しい笑顔が眩しい。ああ、許してしまう・・・。


 男の人は、前と同じように私の手を取ってそこに口付けた。そして、同じように手に持っていた帽子を被り、空いたその手で、懐から手で握れるくらいの大きさの小瓶を取り出す。小瓶の中には、シュワシュワと炭酸水のようなものが入っているが、今度の物は色付き。濃い紫色だ。私の両手に小瓶をしっかり握らせると、その上から包み込むように自分の両手を重ねて優しく力を入れた。体温が伝わって来る。やっぱり冷たい。


「では」


 ニコっと笑って、玄関の方へ歩いて行ってしまった。追い掛けたくても、足が痛くて行けない・・・。すがる様に出した右手が空を切る。


 私は諦めて窓を閉めて、ソファに戻った。そして、手の中にある小瓶を見詰める。


 シュワシュワとした濃い紫色は、とても美味しそうに私を誘う。


 喉が、渇いたな・・・。


 すぐそこに麦茶があるのに、私はどうしてもその炭酸を飲みたくなった。




 そして、その小瓶の口を開けて飲み、前と同じく意識を失ったのだった。

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