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アスフール  作者: まゐ
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「ねえ、どうかな?」


 リビングの大きな窓から差し込む太陽の光を浴びて、明るい栗色に見えるロングヘアをフワリと広げながら、透子はその場でくるりと回った。届いたばかりのセーラー服を身に纏い、鏡越しに俺を見る。


 「どうかな?」と聞いておきながら透子は、俺の返事を聞く前に、プリーツスカートの裾の長さを手で調整しながら鏡の前で考え込み、呟きを漏らす。


「やっぱり、もうちょっと短い方が良いよね」


 校則では膝下までの長さにしなければならない筈だが、膝を出したり隠したりしている。その度に見え隠れする脚のラインに俺は目を奪われていた。


 この春から中学生になる透子は、とても綺麗になった。決して家族目線の贔屓ではなく、本当に綺麗だった。整った顔立ちは姉さん譲りで、少女から大人の女性へと変わって行く過程の、少しむっちりとした柔らかな感じが目を惹きつける。


「校則は守れよ」


 俺は脚を見たままで言った。なるべく肌は隠した方が良い。可能な限り他の男に見せない方が良い。生徒の約半数は男だし、若い男性教師もいるだろう。そいつらが透子の脚を見てどう思うか・・・。スカートを短くするなんてダメだ。


 透子は唇を尖らせている。「この分からずや」とでも言いたそうにしている。


 透子の進学と時を同じくして、俺は山城さんの母校である芸大に行く事になった。それと共に家を出る事を決め、既に荷物を新居に移し始めている。


 新居は元の家から歩いて10分程しか離れていないご近所だった。たまたま近所に住んでいた義兄さんの知人が、海外赴任で家を早く売りたかったという事で、破格の値段で売ってくれたのだ。


 俺は、高校時代に描いた作品を販売した利益で頭金を出した。流石にローンは組めなかったので、名義は義兄さんだが、支払いは自分でする事になっている。完済した暁には、名実共に自分の家となる予定だ。


 すべては順調だった。


 俺の心を除いては、である。


 俺は、座っていたソファから立ち上がって透子の頭を撫でた。小さかった身長は伸び、俺の胸の辺りまで届いている。


 透子は、頭を撫でられて嬉しかったのか、照れくさそうに身を捩って俺から少し離れた。


「いつまでも子供扱いしないでよ」


 一人前な物言いをするようになった。もう、子供ではない。俺の腕に絡みついて来ることも無くなったし、頬にキスをしてくる事も無くなった。そうされていた頃は、俺がそれを許してあげる立場だった。でも今は・・・。


 その細い肩に触れたいと思うのは俺の方だった。頬に触れ、抱き寄せ、腕の中に閉じ込めたいという願望が常に付き纏う。どうにも抑えられなくなって、家を出る事にしたものの、今度は毎日会えなくなってしまう事が辛くて仕方が無い。


「スカートが長くても、透子は十分可愛いよ」


 俺がそう言うと、透子は嬉しそうにスカートを左右の手で持って、裾をヒラヒラと揺らした。喜びを押さえ込んだみたいに力の入った口元には、笑みを隠し切れず深くエクボが浮かんでいる。俺に褒められて、嬉しくて仕方がないみたいだ。


 ・・・可愛い過ぎるだろ・・・。


 俺は、透子に触れたい気持ちを押さえ込んで、そのまま通いのアトリエと化している新居へと逃げた。




 引越しが完了して無事に入学を終えると、大学にはたまに顔を出しつつ、基本的には家のアトリエで絵を描く日々が始まった。時折山城さんの所にも顔を出したり、逆に山城さんがうちにやって来たり。


 やはり透子に会いたいので、3日に一度は義兄さんの家に行き、夕食を一緒させて貰った。行く度に透子は俺を笑顔で迎えてくれた。そんな透子を、その都度抱きしめたくなったが、俺に出来るのはただ頭を撫でるだけだった。それ以上は堪えた。


 頭を撫でると、透子はいつも恥ずかしそうに逃げたり、俺の手を掴んで頭から外して、そのまま手を繋いでしばらく一緒に中学の話をしたりした。


 それでも透子が足りなくて、一月もしないうちに俺は透子に絵のモデルになってくれるようにお願いした。


 バイト代も出すという条件で、勉強に支障が出ない程度で家に通って欲しいと言うと、透子は快諾して、夏休みから家に通って来てくれるようになった。以来、俺は透子だけを描くようになった。


 普段着でくつろぐ姿、庭で花に囲まれる姿(庭の手入れは姉さんがしてくれていた)制服姿で畏まる姿。様々な顔の透子を描き、描いている間は、中学校での出来事や、新しい友達の事など、俺が見ていない時間の透子の話をしてくれた。


 俺は、非常に充実した日々を穏やかに過ごせていた。描いた絵の評価も上がり、幸せというものがあるのならば、まさに今なのだろうと思う程だった。


 ただ、まだ中学生なので、手を出す訳には行かない。透子に触れたいという思いはグッと抑え込んだ。


 その日が来るまでは・・・。


 俺は大学、透子は中学の、それぞれが2年目に入ったある日の事だ。


 透子が浮気をした・・・。


 透子は益々綺麗になっていた。入学式から一年と少しで更に伸びた身長、伴ってスラっと伸びた手指と綺麗なラインの脚。ウエストは細く、胸は膨らみを増しつつある。相変わらず髪は美しく真っ直ぐで、いつも甘い良い香りがする。


 誰が見ても、魅力的な女の子になっていた。


 それは、山城さんのアトリエに行った帰りだった。


 日の暮れ始めた夕方、自分の影が道路に長く伸びるのを見ながら歩いていると、影の先に見覚えのある制服姿が見えた。視線を上げるとそれは透子で、俺は胸の中が暖かくなるのを感じた。


 しかし声を掛けようとして、透子の隣に誰かが居るのに気付いた。


 それは、透子と同じか少し高いくらいの身長の男で、同じ中学の制服を着ていた。


 『まさか』と思った。透子に限って、俺以外の男と特別に仲良くなる事なんて無いはずだ。『もしかしたら』単なる友達なのだろうか。しかしそれにしては距離が近い。


 混乱して見ていると、男が透子の手を取り握り締めた。透子は、特に抵抗する素振りも無く、そのまま自然に男の顔を見ながら楽しそうに話していた。


 俺は、暖かくなった胸の中が、スーッと冷めていくのを感じた。それに反して、体中の血が駆け巡り、頭に集まって来て暴れ出しそうに熱くなる。足が勝手に歩みを早めた。目の前に2人が迫る。


 ・・・そして、気付くと俺は背中を雅彦に羽交締めにされていた。


「んだよ!雅彦、離せや!」


 雅彦の力は強く、簡単には抜け出せそうに無かった。


 背の高い奴は足元を狙わなくては。


 そう思って身を屈めて、雅彦の重心の乗っている左脚に狙いを定めた時、雅彦が俺の耳元で言った。


「透子が怖がってる。もう止めてあげて下さい」


 それを聞いて、俺はハッとした。横を見ると、青い顔をした透子が、友達の女子に支えられて震えながら俺を見ていた。見開いた目は恐怖に染まっていて、いつもの甘えたような輝きは何処にも見当たらない。その目から、大粒の涙が零れ落ちた。


「透子・・・」


 俺は呟いて脱力した。


 目の前には、鼻と口から血を流して何本か歯を折られた男が気を失って仰向けで倒れていた。


 俺が、やったのか・・・?

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