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アスフール  作者: まゐ
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「・・・俺の事ばっかりじゃん・・・」


 捲っても捲っても目に飛びこむ『三島君』の文字に、俺は動揺した。これじゃまるで、俺の事が・・・。


「あなたの事、大好きだったみたい」


 ミキの母親は、日記を自分の前に持ち直した。何枚か捲って文字を辿り、悲しそうに笑った。


「内気な子だったから、告白なんて出来なかったんでしょうね。だから私が代わりに伝えてしまったの。ゴメンなさい。三島君にとっては、負担にしかならないって分かってる。それでもあの子の為に、どうしても伝えてあげたくて」


 告白自体は、何度もされた事はあった。小学校の頃から、中学に通っていた少しの期間にも。でも、誰とも付き合わなかった。理由は2つ。


 1つは既に透子という婚約者がいるから。


 と言うのは、俺自身が断る為の理由として自分の心の罪悪感から逃れる為に都合良く利用していた理由なのではあるが。一応理由の一つとして上げておく。


 もう一つは、俺が単純に『付き合いたい』と思えなかったからだ。


 告白してくる子達のみんなが、本気だとは思えなかった。ただ「両想い」「彼氏持ち」という状態に憧れているだけで、俺が必要という気持ちを待ち合わせていないように見えたのだ。そもそも、俺がどういう人間なのか分かってもいないくせに、と。


 恋や愛という気持ちが、付き合い始めてから湧いてくるという事もあるのだろうが、だったらば『俺でなくても良い』と、思ってしまっていた。誰でも良いじゃねぇかと。


 けれども・・・。


 日記を読む事で伝わって来るミキの思いは本物だった。


 名前すらろくに呼んだことも無かった。顔だって、ほとんど見ちゃいない。ミキの前髪は長くて、いつも顔を半分以上隠していて、見ても見えなかった。画面越しではその前髪を退かす事も出来ない。


 俺の事を好きだったなんて、全然気が付かなかった。


「あの・・・」


 俺は、ミキの母親に、日記をしばらく貸して貰えないか?と頼んでみた。何も知らないままで終わってしまった彼女との関係を、死んだ後で日記を読んでも、その関係は変わらないままなのだが、それでも、知りたいと思った。知って、その上で俺自身がどう思うのか、それを確かめたかった。


 告白もされてないから、受ける事も断る事も出来ず、俺は何も出来ていない。


 ずるいじゃないか。


 居なくなってから、こんな形で知らされる方の身にもなってくれ。


 初めてだよ。誰かに本気で好きになられたのは。いや、なられていたのは。


 ミキの母親は、日記を貸し出すのを渋った。何故なら、俺への気持ち以外の事も、事細かく書かれているからだった。例えば、ミキの自死の原因となる出来事も、だ。


 でも、俺は知りたかった。初めて俺に恋をしてくれた人が、何を思い、何に苦しみ、どうして死を選んだのかを。


 結局、一晩だけという約束で、俺は日記を借りて帰った。帰り際にミキの父親が、玄関先で小さな言い合いをしているのが見えた。20代後半位の喪服姿の男と、何処かの中学校の制服を着た男子1人と女子2人。ミキの母親は、その様子を自分の体で俺の目から隠した。見せたくないのだろうと、俺はなるべくその様子を視界に入れないようにして帰った。




 ミキの字は小さく、丸っこくて読みにくい。けれどもその小ささが彼女の気の弱さや自信の無さを、丸さが争い事を嫌う性格を表しているように感じた。


 日記を読み進めると、授業によく出ていた頃の物は、ほぼ俺と、授業の様子について書かれていた。たまに家でのご飯の事や、やっぱり好きなのか虫の事がちらほらと出て来る。


 そして授業に出て来なくなり始める頃に、ある出来事があったようだった。


『今日、斉藤先生が来た。あの3人を連れて。教室のみんなで書いた寄せ書きを持って来たみたいだった。私は見ていない。お母さんが捨ててくれたから。「帰って下さい」というお母さんの声と「ぜひ直接謝らせて下さい」という先生の声が何度も聞こえた。先生の声が聞こえるだけで、体が震えた。息が苦しくなった。部屋のドアは閉まっている。窓も開いていない。でも怖かった。今にもそこがバタンと開いて、あの人達が入って来るのではないかと思うと、怖くてたまらない。「ミキさんもこのままでは前に進めないように、この子達も心が傷付いたままで前に進めないんです。解決するには、直接話すのが1番です!」そう先生が大声で叫んで、ガタンという大きな音が聞こえて、それから静かになった。隣やその隣、裏の家にまで聞こえたかも知れない。まだ来る。学校から逃げても、まだあの人達はやって来る。私を追い詰める。怖い。怖いよ』


『夕方になると声が聞こえる。あの3人の声だ。「弱虫の虫だからな」「被害者ズラして、こっちだけ悪者にするなよ」「全部おまえのせいだろうが」大きな声で、私に届くように喚き散らす。同時に嫌な感じの笑い声も聞こえて来る。その度に体が震える。窓を閉めても、ドアを閉めても聞こえて来る。誰か助けて』


『カレンダーを見つめる。月水金。週に3回、夕方になると聞こえて来る。3人の塾の日なんだ。うちの前なんか通らなくても良いはずなのに、わざわざこっちを回って行くんだ。わざと大きな声で、私に聞こえるようにお喋りして行く。月水金、その時間が近付くと体が震え出す。今か、今かと待つうちに体の震えは激しくなる。息も苦しい。私、このままじゃ死ぬかも知れない』


『日曜日、昼前にも聞こえた。週3回から4回に増えた。これからも増えていくのかな、毎日になるのかな』


 ・・・何があったのかは分からないが、ここからはずっと、毎日その()()の声が聞こえてくるのを怯えて待つか、声が聞こえて来て、部屋に入ってくるかもと怯えるか、そのどちらかだけで日記のページが埋められていた。


 そして、最後に『限界』とだけ書かれている。


 恐らくだが、最後の方は自分の部屋から、出る事すら出来なくなっていたのではないだろうか。食事も運んで貰い、トイレ等もその3人が絶対にやって来ない時間帯を選んで、素早く済ませていたのかも知れない。そんな様子が容易に想像出来た。


 安心出来るはずの自分の部屋の中で、恐怖に押し潰されそうになりながら震え続けた約1ヶ月。


 そして、命を絶った。


 これは、一種の殺人ではないのだろうか。


 俺は、怒りを覚えていた。


 ミキの父親と言い合いをしていた4人。喪服の男が先生で、制服の3人が、問題の()()か、と思う。




 翌日は水曜だった。俺は夕方、再びミキの家を訪れた。


 そして、そこで出会った。葬儀の日にミキの父親と言い合いをしていた4人のうちの、制服姿の3人組に。


 ミキ、君がこれを望むかどうかは分からない。でも、俺の気が済まないんだ。だからこれは、俺の勝手だ。


「背が高い鈴木君。冬でも夏でも半袖でそんなに暑いのかな」


 俺はそう言いながらその3人組に近付いた。3人が一斉に俺を見る。


「髪の長い平野さん。コロンの臭いがキツくて普通に苦手」


 ミキの日記に、3人について書かれた所があった。一度読んだだけで、俺は全てのページをほぼ暗記してしまっていた。3人を見た瞬間に、その文字が頭に浮かんで来た。


「丸い眼鏡の渡辺さん。小学校の頃は親友だったのに」


 3人の特徴を書かれた箇所を暗唱しながら、3人のすぐ目の前で立ち止まった。


「何だよお前」


 3人のうちの1人、男子生徒の鈴木がそう言った。それには答えずに、俺は質問を被せた。


「お前ら3人で、よってたかって島津ミキに何したの?」


 3人の顔が一瞬歪んだ。思い当たる事があるのだ。もう、それだけで十分だった。


「は?急に出て来て何だよ。訳わかんねー」


 鈴木はそう言って一歩前に出た。女子2人は逆に一歩下がる。


 何をしたかなんて、もうその時はどうでも良かった。ミキは死んだんだ。いや、殺されたんだ。しかも、殺した当人達には自覚が無い。


 腹が立った。


 学校から離れたのに、家にまで追いかけて来て追い詰めた。ただ自分達が楽になる為か?それとも楽しかったのか?いや、今はどっちでも良い。


 俺は、鈴木の顔面を殴った。女子2人が悲鳴を上げる。踏み止まった鈴木が、軽く頭を振って俺を睨んだ。


「っんだよ急に!」


 言って、俺に殴りかかって来た。俺は頭を下げて避けて、そのまま腹に膝蹴りを入れる。鈴木は、呻きながらも右手で俺の胸倉を掴んできた。左腕を大きく振りかぶる。


 左利きか、面倒くさいな。


 思いながら俺は鈴木の顔面に頭突きを喰らわす。鈴木は鼻血を吐きながら背後に尻餅を付いた。


 女子2人が逃げようと踵を返した。俺は長髪の平野の肩を掴み、地面に向けて引き落とした。平野は見事にすっ転ぶ。続けて眼鏡の渡辺の手を掴んで引き寄せた。簡単に側まで体が来る。俺は躊躇せずに顔を殴った。眼鏡が飛んで行く。そのまま髪を掴んですぐ横の塀に打ち付けた。鈍い音がして体から力が抜ける。意識が飛んだのが分かった。脱力した渡辺をそのまま捨てて、さっき転んだ平野の背中を蹴り上げた。平野はギャっと悲鳴を上げると、這って鈴木の元へと逃げた。鈴木の背後で込み上げて来たものを吐く。


「お前誰だよ、説明してくれよ」


 立ち上がって鼻血を拭いながら鈴木が聞いてくる。俺は、答える必要性を感じなかった。


 再び殴り掛かろうとした俺を、優しい手が肩を叩いて止めた。荒れてささくれだった小さな手だった。振り返ると、ミキの母親がいた。


「あ・・・」


 小さく声を漏らした俺の顔を見ながら、ミキの母親は首を横に弱く振る。


 俺が止まった隙に、鈴木は渡辺の腕を取って肩に掛けた。反対側の腕を平野が背負って、3人で逃げて行った。


「ありがとう三島君、もう十分よ」


 俺は、3人を見つけて、いつの間にか放り出していた自分の荷物を拾いに行った。そして、その荷物の中からミキの日記を取り出してミキの母親に渡す。


 ミキの母親は、俯いて俺の腕を2回ポンポンと叩いた。そして顔を上げて、ニッコリと笑った。悲しそうな笑顔ではない、晴れやかな笑顔だった。


 この顔に、ミキの顔も似ていたのだろうか。だったら、そんなに悪くない。


 俺は、ミキの母親に一礼して、家路に着いた。


 

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