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アスフール  作者: まゐ
30/49

30

「何コイツ」


 環はさっきからご機嫌斜めだ。


「やだなー環、お友達の蒼だよー。ア・オ」


 私の机のすぐ右横にはしゃがみ込んだ安井蒼、蒼君が、にこにこしながら前に立つ環に笑いかけていた。自分の顔の横に手を広げて、挨拶の様にヒラヒラと振っている。


 冷ややかな目で蒼君を見下ろす環。かなり怖い。


 私は何も言えない。空気の悪さに冷や汗が出て来てしまう。


「透子、これ渡しとく」


 斜め後ろから雅彦の声が聞こえた。トントンと何かの角で肩を叩かれ、振り返ると、ノートを手にした雅彦がいた。


「あ、雅彦。ノート?」


 そのノートを受け取りながら私は聞く。開いてみると、今日の数学の授業の黒板に書かれていた内容と、それについての詳しい解説が、雅彦のちょっと達筆で読みにくい字で書かれていた。


「朝言ってたろ?見せてって。コピーするの面倒だから今日持ってって良いよ」


「え!ありがとう。助かるけど、良いの?雅彦大丈夫?」


「問題無い」


 雅彦はそう言って、他の授業のも使うか?と聞いてくれる。鞄を開けながらノート類を探る雅彦。なんて優しいのだろう。


「へぇー、雅彦優しい。俺にも貸してよ」


 蒼君が立ち上がって、私が開いて見ていた数学のノートを覗き込んで言った。顔が近い。


 とその時、雅彦が私のノートを持った手をグッと自分の方に引っ張った。同じタイミングで、環が蒼君のおでこに自分の折り畳み傘を押し付けて強めに押す。「わっ」と声を上げて蒼君は後ろに倒れそうになり、松葉杖で支えて堪えた。


「危ないよ環」


 おでこをさすりながら蒼君は口を尖らせる。その様子は、我儘な子供みたいだ。


「てか何なのホントに、勝手に呼び捨てだし」


 キレ気味にそう言う環。


 結局体育の授業で、私は何の怪我をする事もなく、無事に見学して終了する事が出来た。(環は見事に、女子で1位になった!)保健室に行く事もなく、そこで先輩と話す事もなく。だから下校の時に、私と環と雅彦と、そして先輩と、4人で自転車で家まで帰る事も無いだろう。


 ただ、サッカーコートの真ん中に立つ先輩と、校庭の隅で見学する私とが、一度目を合わせただけ・・・。


 その代わり(なのだろうか)に、安井蒼と友達になった訳だが、環と雅彦の態度が、まるで最初の頃に先輩に対して取っていたものと同じに思えてしまう・・・。


「俺は、仲良くなりたいだけだよ。透子と、雅彦と、あと環と」


 蒼君は、説明しながら、私の名を呼ぶ時には私を指差し、雅彦の名を呼ぶ時には雅彦を指差し、そして、環を呼ぶ時には環を指差して、そのまま環の顔に自分の顔を近付けた。


 そして、環と雅彦の顔を交互に見て「ん?こっちは怒られないの?」と聞く。


「怒るわよ!」


 すかさず折り畳み傘で蒼君のおでこを押す環。先程と同じように蒼君は転びそうになるのだが、何だか楽しそうに見えてしまう。


 蒼君は、2人の事を、からかってる・・・?


 その時、廊下から蒼君を呼ぶ声が掛かった。


 各クラス、ほぼ同じタイミングでHRが終わって、生徒達が廊下を右へ左へと各々行きたい方向へと移動している。友達を見つけて声を掛ける者、一目散に帰路につく者、職員室へ向かう担任を捕まえる者。そんな中から、私達に向かって「安井、行くぞ」と、他のクラスの男子生徒が大きな声を張り上げていた。


「ほら呼んでるよ、安井。とっとと行きな」


 環が蒼君を折り畳み傘でグイグイと押し出そうとしている。


「『安井』じゃなくて『蒼』って呼んでよ」


 蒼君は、そう言いながらも、嬉しそうに体をくねらせている。


「部活だろ、友達待たせるなよ安井」


 雅彦がそう言いながら、隣の席に投げ出してあった蒼君の荷物を本人に向かって放り投げる。


 環の傘に加えて雅彦の投げた荷物で、蒼君は更に廊下へと押される。


「わっ、危ない。もう、しょうがないから行くけどさ、次は名前で呼んでよね」


 喋りながら荷物を背負い、器用に松葉杖で体の向きを廊下の方に向ける蒼君。「また明日ねー」と言いながら、凄いスピードで移動して、廊下で待っていた友達と合流した。肩を叩き合って、仲が良さそう。


「はや・・・」


 思わず呟く私。残された形になった3人で一回目を合わせた。そして、何事も無かったかのように、雅彦は私に化学と世界史のノートも貸してくれた。


「蒼君ってさ・・・、こんな感じの人だったっけ・・・?」


 借りたノートをしまいながら、私は呟いた。


 明るくて懐っこくて、友達が多そうな感じに見える。例え同じクラスで過ごすのが一年だけだったとしても、もう少し印象に残っていても良さそうな気がするけど・・・。


「なに透子、安井の事下の名前で呼んでるの?」


「え、うん。蒼って呼んでって言うから」


「・・・優しい・・・」


 環が呆れ顔で言った。


「まだ入学して1カ月だしね、慣れてきたんじゃない?」


「うん・・・そうかな・・・」


 納得いかない気持ちのままで、私達は家路についた。




 正門からは、家の方向が逆の環と別れて、雅彦と2人になる。


 私は、まだ蒼君と、そして出会う筈だった先輩の事を考えてしまっていた。


 もしも、もしもだ。先輩と出会えなかった代わりに蒼君と仲良くなったのだとしたらば、私はこのまま先輩とは、何の関わりも無いままで、この先の時間を過ごしてしまうのだろうか。


 蒼君に対する雅彦と環の態度、見てると嫌でも先輩に対してのものと比べてしまう。


 でも・・・。


 サッカーコートの真ん中で立っていた先輩を見て、私の胸は高鳴った。頬が熱くなるのを感じた。


 私は、やっぱり今でも先輩の事が好きだ・・・。


「透子、考え事?」


 前から雅彦に声を掛けられる。見ると、少し距離が離れてしまっていた。


 雅彦は背が高い分脚も長い。一緒に歩いている時は、油断するとすぐに置いて行かれてしまう。


「あ、ううん。別に」


 私は小走りに急いで雅彦に追いつき、そして置いて行かれないように雅彦の腕に掴まった。


 持久走を見学すると決めた時から、先輩と出会えない可能性は分かっていた。


 だとしたら、だ。これから取るべき行動としては、改めて先輩と出会う方法を考える事。


 先輩は三年生。私のような帰宅部の一年生との接点は、たまたま校内ですれ違うとか、何かの委員会とか、そういうの位だろうか・・・。


 蒼君の事は一度置いといて、何とかして先輩と・・・


「・・・透子・・・」


 雅彦が私を呼んだ。


「ん?」


 何かと思いながら、私は雅彦を仰ぎ見た。相変わらず背が高い。


「あのさ・・・腕・・・」


 雅彦は立ち止まって、空いている方の手で掴まっている私の手を指差した。


「・・・あっ!」


 ハッとして私は手を離した。うっかりいつものクセで雅彦の腕に掴まってしまったけれども、今の私は、雅彦とはただの幼馴染。付き合っていない状態なのでこれはおかしい。


「ゴメン、つい・・・」


 小声でそう言って、離して宙に浮いた手をゆっくりと背後に隠すようにする。どんな顔をしていいの分からなくなって下を向く。でも、雅彦の反応が気になってしまうから、少しだけ伺うように顔を上げた。


 雅彦は、いつも通りの無表情のまま片手で口元を押さえて、私から視線を外していた。何ともなさそうだけど耳が赤い。


 照れてる、可愛い・・・。


 じゃなくて。ああ、何やってるんだ私は。


「『つい』って・・・何・・・?」


「えと・・・」


 何と言えば良いのか全く思い付かない。


「・・・ちょっと俺、あっちのコンビニ寄って帰る。透子先に帰って」


 オロオロと焦る私から目を逸らしたままで、雅彦は耳を赤くしたままそう言い、そのまま道を逸れて行ってしまった。


 ・・・置いて行かれちゃった・・・。

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