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アスフール  作者: まゐ
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3

 行ってきます、と挨拶を残し、玄関のドアを開けると、外はとても良い天気だった。カラッと晴れて、空気も清々しい。私は、外の世界の明るさに目を細めた。風が吹く。耳に掛かった髪がなびいて視界を遮る。再び耳に掛け直すと、声をかけられた。


「透子。熱下がったの?」


 雅彦だった。通りの向かい側、大きなスポーツバックを肩に掛けてこちらを見ていた。同じ高校に同じ時間に行くのだ。大体いつも顔を合わせる事になる。


「あ、おはよう雅彦。うん、お陰様で。プリンが効いたかな?昨日はありがとう」


 私は笑顔で答える。そう、昨日謎の液体を飲んで意識を失い、気が付くと風邪の症状が綺麗に無くなっていた。それだけでは無い。日頃から抱えていた肩の痛みや目の疲れ、何となく怠かったりという不快感も無くなっていたのだ。むくみも取れて顔や足もスッキリ。絶好調である。自然と笑みが溢れる。


 あっ、と、思い出して私は雅彦に言った。


「雅彦昨日の夜LINEでさ、私がお礼言ったら・・・」


「あー、もう煩い。忘れて」


 私が喋ると、雅彦は途中で遮って、片手で払うような仕草をする。


 私はクスクスと笑った。


 昨夜、私が送ったプリンとプリントのお礼のLINEを見て、自分の誤変換に気付き、送信を取り消したのだ。


「1週間は笑えそうだよ」


 私のその言葉に、雅彦は頭を抱えて項垂れる。大きな図体なのに、こういう所がちょいちょいあるのだから可愛い奴だ。


「でもよく一晩で下がったな。結構熱高そうだったのに・・・」


 雅彦はそう言って、私の胸元を見ながら口元を覆って黙り込む。そして、何故か頬を赤らめた。謎。

 謎だけど、雅彦と一緒に学校に向かいながら、私はそのまま話を続けた。


「それね、実は雅彦が帰った後に来客があって。見覚えのない人だったんだけど、私、突然お礼を言われたの」


「お礼?」


「うん。『先日はありがとうございました』って。で、薬だったのかな?ビン入りの液体を貰って、それを飲んだらあっという間に元気に・・・」


「は?何それ。知らない人に貰った物口にしたの?あり得ないよ」


 怒ったように言う雅彦。話しながら横に並んで歩いていた私に顔を近づけて睨んでくる。形相が怖い。焦って私は顔の前に両手を広げてバリケードを作る。早口で続きを伝えた。


「ちょっと熱で頭おかしかったのかも。でもね、最後まで聞いて。飲んだらすぐ寝ちゃって、起きたら空き容器とか無かったから、夢だったのかも知れない」


「夢って、薬を貰った所から?」


「うんそう。インターフォンの履歴も無かったし」


 そうなのだ。目覚めてから、流石に自分の行いをおかしいと思った私は、インターフォンの履歴を確認した。呼び鈴を押すと押した人の顔が画像として残る筈なのだが、何も無かったのだ。


「・・・夢だな」


「だよね・・・」


「まぁ、元気になって良かったんじゃない?」


「うん。本当元気。まるで羽が生えたみたいに体が軽いしねー」


 言いながら私は走り出した。本当に体が軽いのだ。走りながら軽くジャンプする。楽しい気分が溢れて笑顔になる。


「夢で良かったけど、これから気を付けろよ。知らない人から何か貰って食べるとかやめとけよ。何かあったら・・・」


「分かってるってば。雅彦、学校まで競争しよー!」


 その時、雅彦の目には、透子の背中に鳥の翼のような物がチラッと見えたのだが、何度か瞬きをして見直した時には無くなっていた。




「五限目体育か。しかも持久走」


 私は肩を落として呟いた。持久走は苦手だ。環が私の肩に手を置いて、慰めの表情を見せる。


 環は、今日も私が休むと思っていたらしい。所が、朝普通に登校してきた私を見て、泣きそうな顔で喜んでくれた。本当に優しい、そして可愛い女の子。


「病み上がりなんだから、透子は休んでも良かったんじゃない?」


 環がそう言う。


 それは一瞬私も脳裏を掠めた。でも元気だし(休む前より調子が良い程だ)ずるいな、という罪悪感のようなものを感じたので参加する事にしたのだ。


「私、逃げないわ」


 低く渋い声でそう言って拳を作り気合を入れる。


「よっ、透子カッコいい」


 環の拍手。


 そして、走り始めた長距離。春の体力測定の一つ。校庭を一周してから外に出て、学校外周を3周して、再び校庭を一周してゴール。計3km。終わった人から帰って良いという地獄のようなシステムだ。


 逃げないと意気込んで参加したは良いものの、私の息は直ぐに上がった。脚は重く中々前に進まず、肺はキャパオーバーを訴える。


「はぁ、はぁ、環、私の事は置いていって、いいよ?」


「ダメだよ。一緒に、ゴールしよ!ほら頑張って。ファイトファイト!」


 環は勉強も出来るが運動もまあまあ出来る、バランスの良い子だ。私とは違って。そしてとても優しい。今も私の為に、余裕のある表情を見せながら、決して速くはないスピードに合わせてくれている。


「もう、私、無理。環、お願い、行って」


「透子頑張ろう!行く時は、一緒よ」


 そう言いながら頑張る私達の横を、何周か多く走る男子の集団が追い越して行く。追い越しながら、何人かはプッと吹き出していた。


「お前ら息切らせながらヤバすぎ」


 1人の男子が余裕そうにからかいながら通り過ぎる。他の男子も笑いながらそれに続く。いいな、みんな余裕そうだ。


 突然誰かに頭を撫でられた。その集団の最後にいた雅彦だった。


「無理せず頑張れよ」


 そう声を掛けてくれる。


「うん、ありがとう」


 後ろ手で手を振って行ってしまった。それを見て環が舌打ちをする。


「環?」


 負けて悔しいのかな?



 その後、何とか校庭に戻って来た。半分以上の生徒がもう走り終わって校庭を後にしている。


 ああ、あと最後校庭一周・・・。


 少し前を行く環は、時々振り返りながら励ましの言葉をかけ続けてくれている。しかしながら、ゴールを前にして気が緩んでスピードが落ちる私。最後の力を振り絞って頑張っていた時の事だった。環との距離が少し開いたその時。


 校庭の内側では三年生が授業をやっている。男女半面ずつに分かれて球技を。女子はバレーボール、男子はサッカー。そのサッカーのボールが一つ、コントロールを失って、なんと運の悪い事か私に向かって飛んできたのだ。


「透子、危ない!」


 環のその声と同時に、私の頭に強い衝撃が。


 一瞬意識が飛んだ。体も飛んだのかも知れない。パッと気が付くと、校庭から校舎に上がるコンクリートの踏段が迫っていた。


 ひぃぃ!


 慌てて手を付いたものの、間に合わず、私は太ももから関節を経てふくらはぎの真ん中辺り迄をスライドさせながら強打。そのまま倒れてしまった。痛くて声も出ない。


「透子!」


 叫んで駆け寄ってくれる環。そして遠くから先生と三年生の男子が掛けてくる。


「大丈夫か?」


「ゴメン!コントロール外した」


 短パンの生徒が多い中、私はジャージを履いていたので派手に擦り剥くことは無かったが、それでも凄く痛い。目に涙が滲む。


「痛くて、喋れません」


 そう言う私に


「いや喋ってるから」


 とツッコミを入れる環。三年生の男子がプッと吹き出した。


 笑わないで下さい、あなたのせいですよ!


 1人では上手く歩けない為、先生とその三年生の男子に肩を借りて保健室に行った。環もついて来てくれた。


 ジャージを脱いで短パンになると、広範囲の内出血で、私の足の右側面は見事青紫色に変わっていた。ジャージも所々黒く光りながら穴が開き(擦れて化繊が溶けたのかも)太ももとふくらはぎの一番出っ張っている所は少し擦り剥けて血が滲んでいた。


 見ると余計に痛くなる。涙が出そうだ。


「うわ、マジゴメン!」


 三年生の男子は、私の前に屈んで内出血にそっと触った。いや触ったら痛いんだけど。


 苦痛の声が漏れた時、環がその手をはたき落としてくれた。


「ちょっと触んないでよ!」


 私の代わりに怒ってくれる。環ありがとう!でも相手は先輩・・・。


「あぁ、ゴメン・・・。こんなに酷くしちゃって・・・」


 先輩は、しゅん、となって謝ってくれた。元々私と同じ位の身長で大きくはないその先輩は、身を縮めて更に小さくなる。なんだか可哀想に見えて来た・・・。


「気にしないで下さい。わざと当ててきた訳ではないでしょうし、たまたま私の運が悪かっただけです。それに、血も殆ど出て無いから直ぐに治ります」


 私はそう言った。勿論痛いけど、しばらくすれば治る筈。


 すると、先輩はビックリして目を見開いて私を見た。縮こまっていた体が緩み、固まっていた表情が解けるように明るくなっていく。


「許してくれんの・・・?天使じゃん・・・。ねね、俺と付き合う?」


 ん?と思い、私は固まった。今なんて言われたんだろう?


「あんた何言ってんの?」


 固まった私の横で、環がキレた。


「俺、優しくするよ?歩けないでしょ?チャリで送るし。ああ、俺3-Bの宮本、宮本礼央。ヨロシク」


 そう言って右手を出して握手を求めて来る。軽い。


 その手を環が叩顔とした。環、それ先輩だよ・・・。


「そんなの透子も許さないし私も許さない。透子は私が自転車で送るので結構です!」


 私と宮本先輩の間に割って入る環。それを生暖かい目で見守る先生。


「青春だな」


 先生のその呟きが、保健室に静かに響いた。

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