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アスフール  作者: まゐ
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 熱は下がった。体調も良い。信じられないくらいの絶好調。そして玄関のドアを開けると、外はやはり素晴らしく晴れ渡った青空の、好天だった。


 前と全く同じ・・・。


 そう、同じだ。全く変わっていない。


 昨日、まさにここ、我が家の玄関で、アスさんと再会して話すことが出来た。助けて貰った事のお礼を伝えられたし、『やり直し』しに来たという事も伝えられた。でも・・・。


 伝えられた。ただそれだけ・・・。


 結局、小瓶の薬を、覚えてはいないのだが、恐らくアスさん本人の手から飲ませて貰ったのだろう。ソファの上で。そして、そのままぐっすりと眠り、気が付くと、熱は下がっていた。


 強いて言えば・・・。


 私は右側の背後を振り返る。心なしか右肩、肩甲骨辺りに『重み』を感じる。ような気がする。


 昨日ここで目にした『右側のカラスの翼』も、『左側のスズメの翼』も、今は見えない。見えないだけなのか、はたまた存在しないのか、私には分からなかった。


 絶好調な体調とは裏腹に、心の中はモヤモヤと霞が掛かったようにハッキリしない『不』達成感?とでも言うような物に覆われている。


 こんな事で、『やり直す』事が出来るのだろうか・・・。


 同じ事を繰り返すだけで、何も変わらないまま、同じ未来を迎えてしまうのではないだろうかと不安になる。


 そんな、私の沈んだ気分とは裏腹に、カラッと気持ちの良い爽やかな風が顔を撫でた。下ろしている髪が顔に掛かってきたので耳にかけ直す。


 私は、思わず特大の溜息を吐いた。


 その時、通りの向かい側から声を掛けられた。


「透子。熱下がったの?」


 あ・・・、雅彦・・・。


 雅彦は高校の制服に身を包み、大きなスポーツバッグを肩に掛けていた。高い身長とガッシリとした肩幅、無駄に良い姿勢と、真面目にしか見えない眼鏡は相変わらずだが、日焼けした肌が()()()()


 雅彦とは、あの事件の後、しばらくしてから付き合い始めた。雅彦の祖父母が世話をしている畑の手伝いをしている時に、プロポーズ紛いの告白を受けたのがキッカケで。


 雅彦はとても優しくて、そして頼もしかった。事件の所為で落ち込んでいた私に寄り添ってくれて、励まし、笑わせ、助けてくれた。いつでも横にいてくれた。そのおかげで、私は徐々に前と同じように過ごす事が出来るようになっていったのだ。


 雅彦は、紛れもなく恩人。私を助けてくれた人だ。


 ・・・なのだけれども・・・。


 私には思い出す事があった。段々と普通に過ごせるようになった私は、ある日雅彦に言った。


「雅彦は、よく畑のお手伝いをするでしょ?紫外線とか気にした事ある?」


 案の定、雅彦はその点には無頓着だった。日によっては頬が赤くなり、皮が剥けてしまっている事さえあった。


 私は、ずっと気にしない様にしていたのだが、やっぱり見てて痛々しいし、自分の彼氏が身嗜みに不器用だと思われるのが嫌だったので、雅彦に日焼け止めを塗る事を勧めた。


 最初のうちは、強引に自分の日焼け止めを塗り付けた。面倒臭がる雅彦の、顔や、逞しい腕やら首に、日々無理矢理日焼け止めを塗り続けた。そのうちに、雅彦は、自分で日焼け止めを買って使うようになり、頬が赤く剥ける事もなくなり、肌も白く、綺麗になっていった。


 あーあ、また黒くなってる。・・・と言うか、まだ白くなっていないのか。


 私は、雅彦の『元通り』な様子に、思わず苦笑いをしてしまう。


「・・・何その顔・・・」


 私のそんな表情を見て、雅彦は不愉快そうな顔をした。


 おっといけない。


「ううん、ゴメン何でもない。雅彦、昨日はプリンありがとう。そのお陰かな、すっかり熱も下がったし、何だか風邪を引く前より元気だよ」


 私は笑顔でそう言いながら、雅彦の横まで小走りに近付いていった。横に辿り着くと「一緒に行こ」と並んで歩き出す。


「・・・なんか、いつもより距離近くないか・・・」


 雅彦がボソリと何か言った。けれども、声が小さくて私には聞こえなかった。


「ん?何か言った?」


「いや、何も。でも、よく一晩で熱下がったな。結構高そうだったのに・・・」


 雅彦はそう言って口籠る。何かと思って顔を見ると、私の胸元を見ていた。視線に気付いて横を向く雅彦。頬が少し赤くなっている。


「・・・」


 私は、雅彦の横顔を見つめた。デジャブ、と言うと違うのだろうけれども、2度、同じ事を体験するというのは、何とも奇妙なものだ。


 前も、こんなだったなぁ。


「よく寝たからだよ、きっと・・・」


 前はアスさんに貰った小瓶の話をした。名前も知らない異性から貰った物を、何の疑いも無く飲んでしまった私を、雅彦は叱ってくれた。


 今は、その話をしないでおこうと思った。だって、必要ない。


「授業のノートのコピーもありがとうね。すごく分かりやすかったよ」


「・・・ああ・・・」


 休んでいない時にも、ノートのコピーが欲しいとか、昨日の学校の様子とか、他にも他愛の無い話をしながら2人で登校した。


 そして、校門が見えてきた所で、雅彦は言った。


「LINEの事、からかわれるかと思ったのに、言わないのな」


 そう言えば、と私は思う。


 そんな事もあった。プリンとプリントの打ち間違い。それを指摘して、私は雅彦の事を笑ったのだった。


 すっかり忘れていた。何故なら、私が『やり直し』をしたのは、昨日雅彦が私の家を訪ね、やり取りをして帰った後からだったから。その後アスさんが小瓶を渡してくれた所からだ。


 だから、打ち間違えていた事は、私にとって遥か昔の事。それに気付いたであろう雅彦がその一文を削除した事は、確認すらしていなかった。


 わざわざ雅彦を笑い物にしようなどと言う事は、思い付きもしなかった。


「透子、そういうの好きだから絶対言われると思ったのに」


 私は、思わず立ち止まってしまった。


 それは、どう言う意味だろうか・・・。


 眉をひそめて立ち止まった私をそのまま置いて、雅彦は校門へと進む。振り返りながら私に言った。


「ありがとう、透子、何だか大人になったな」


 雅彦は笑顔を見せた。嬉しそうな笑顔だった。


 お礼を、言われてしまった・・・。


 そしてその笑顔が眩しく思えて、私はしばらく動けなかった。


 雅彦のその発言が上から目線で、いつもの私ならば、腹立たしく思う筈なのに。立ち止まった時は、カチンとしかけていたというのに。


 私は、成長を褒められたようで、嬉しかった。


 雅彦の笑顔に見惚れていた。

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