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アスフール  作者: まゐ
25/49

25 雅彦root bad end

「元木、これ終わったら行って良いよ」


 同じ長さに切り揃えたクヌギの原木にドリルで穴を開け、種菌を植え付ける『植菌』の作業を行っている最中、同期の金田にそう言われた。


「良いのか?ありがとう」


 透子のウエディングドレスの試着画像を見て、俺は透子に無性に逢いたくなっていた。


 金田には、先程の休憩時間中に、送られてきた透子の画像を見られていた。3ヶ月後に結婚する事は伝えてあり「今すぐ逢いたくなった」と話したところ、早目に上がって顔を見て来いと言ってもらえたのだ。ありがたい。


 今やっているのは、椎茸の育成。お世話になっている教授のほぼ趣味のような活動で、俺のようにボランティア希望の学生が数人ずつ、交代で作業を分担して手伝っている。


 2年掛かりの作業の最初の一手である。収穫する時にはもう俺達は居ない。2年後、何の問題もなく収穫出来るよう、気を引き締めて臨まねばならない。俺達は、急ぎながらも正確に丁寧に、作業を進めていった。


 俺には、椎茸に思い入れがあった。ボランティアに参加した理由の一つでもある。椎茸というと必ず思い出す事がある。幼稚園の頃、透子の家と俺の家とでバーベキューを行なった時の事だ。


 俺は、初めてのバーベキューで、初めての椎茸を味わい、その美味さに感動して椎茸を食べまくった。


 そんな様子を見て透子が「私も!」と言い出して、2人で競うように食べ始めたのだ。両家の親達も、まさか椎茸がこんなに人気者になるとは思っていなかったのだろう。2人で笑い合いながらパクパクと口に運び、用意した椎茸はあっという間に無くなった。そして、最後の一つを争って、俺と透子は泣いた。


 そんな時、和樹がその最後の一つを透子の皿に乗せた。透子は目を輝かせて和樹にお礼を言った。「大好き」とも言っていた。


 俺は二重の意味でショックを受けたが、和樹はすぐに、自分用に取ってあった椎茸を、俺の皿へと移してくれる。


「しょうがないからやるよ」


 そう言って笑った顔を、今でも覚えている。


 和樹は優しかった。いや、今でも優しいのだ。『身内』には。


 透子との交際を和樹に伝える時、俺は非常に緊張した。殴られたら殴り返すかどうか、そんな事ばかり考えていたのだが、実際に伝えてみたら、和樹はあっさりと引き退った。


「透子も雅彦の事が好きなんだろ?ならしょうがない」


 あの時と、椎茸を俺の皿に移してくれた時と同じ顔で笑って、俺と透子が付き合うのを認めた。


「良いんですか?」


 思わずそう聞いた俺に、和樹は言った。


「俺も透子が好きだよ。他の奴なら許さないが、雅彦なら透子を大切にすると知っているから」


 透子はありがとうと言って和樹に抱きついた。和樹は、切なそうに笑って透子の頭を撫でて、俺に向かって透子を押し出した。


 和樹は、それから少しずつ変わっていった。内向的に、暗い表情ばかりを見せる様になった。


 それと共に、描く絵も変わっていった。それまでは透子の絵ばかりを描いていたのが、自然の風景や鳥、特にカラスの絵を描く様になったのだ。


 濡れたような黒羽のカラスが、一羽から二羽、大きなキャンバスの中心でこちらを、或いは何処かを哀しげに見詰める絵。暗くて気味の悪い、と言うよりはどこかしら哀愁を感じさせるその絵は、芸術の良し悪しの分からない俺でさえも、時間を忘れて見入ってしまう不思議な魅力に溢れていた。


 だがそれは、良い方向への変化だったらしく、和樹の絵の評価は鰻登りらしい。あの出来事が、和樹にとっての大きな変動であったのには違いない。


 あの時人を刺したナイフを、和樹は拾って持ち帰った。大切に仕舞い込んでいるのか、あの時以来、俺はそのナイフを目にしたことは無い。正直、気掛かりでないとは言えない。だからと言って、わざわざ確認する為に出して来させる気にもならなかったのでそのままだ。


 カラスとナイフ・・・。引っ掛かるものの、だからと言ってどうにもしようがない。


 今後、絵の評価が上がることによって、和樹の表情が明るくなる事を祈らずにはいられなかった。




 電車に乗り込む時、珍しく透子にLINEを送った。


『今から逢いに行く』


 だが、透子にしては珍しく既読が付かない。


 ・・・風呂かな。


 俺は、先程送られてきた何枚かの画像を、もう一度開いて見た。ノースリーブのタイプがほとんどで、首、肩、鎖骨から胸元まで大胆に肌を見せたものが多い。


 綺麗だ、とても良い。だが、これを他の奴も見るのかと思うと容認出来ない。中にはバックショットで背中がヒップの上ギリギリまで露出している物もある。


 とても良い。だがダメだ。絶対にこれは許されない。


 一枚一枚しっかりと、見れば見る程本物が恋しくなる。


 早く逢いたい。


 LINEはまだ既読になっていなかった。


 風呂だな。


 ああ、早く逢いたい。待っていてくれ、すぐに帰るよ。




 透子、愛してる。

約2年前、この話を書いた時は、ここで終わりでした。今、修正しながら読み返し終わって、途中で終わらせた感が半端ないなと。

透子が消えて、それにまだ気付いていない雅彦の、気付いた時の気持ちを想像しつつ、透子の心の幼さを・・・とか考えていたのですが、あんまり分からないですね。


次からは完全な加筆になります。

何も無いところから書きますので、少々時間を要します。

ここまでお読み頂いた方々、長々とありがとうございます!

続きもお読み頂けましたらこれ幸。

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