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アスフール  作者: まゐ
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 月曜の朝、信じられない報告を受けた。


「宮本先輩と付き合い始めたの」


 朝一番の透子の爆弾発言。何と言う事だろう。俺は耳を疑った。金曜の帰りに『LINE交換されたな』とは思っていたが、まさか土日の2日開けただけでくっついているとは・・・。


 付き合うまでの経緯を聞いて、俺はため息しか出なかった。透子があまりにも簡単に落ち過ぎという事もあったが、透子の言う『先輩のココが好き!』という所が、全て俺とは真逆だったのだ。前回の和食と同じく、である。


 それを聞いて俺は思った。透子は、恐らく今後もずっと、俺を選ぶ事は無いのだろう。そう、思い知らされた。


 しかしそうだとしても、俺は諦め切れない。例えそれが、ずっと片想いだったとしても。自分でもどうする事も出来ない。きっと、死ぬまで生殺しだ。


 学校に着くまでの間、透子から先輩の話を聞きながら、抜けそうになる魂を必死で逃さぬように捕まえ続けた。半分白眼で校門前に辿り着くと、先輩が待ち構えていた。そうなるとは思ったが、一緒の登校を非難される。そして、当然の様に透子を連れて行かれた。


 先輩の横で、透子は笑顔だった。とても幸せそうな。


 俺は、透子を取られて悔しいという思いと、透子の幸せそうな笑顔が見られて喜ばしいという思いと、隣に立つのが俺だったらという願望と、綺麗に笑えて良かったという安心感と、他にも色々、多くの感情に同時に襲われて、混乱状態だった。


 しばらくそこから歩き出せなかった。そのまま、2人の後ろ姿が視界から消えてしまうまで、立ち止まって見ている事しか出来なかった。


 またこれだ・・・。


 俺は、ただただ両手を握り締めた。




「宮本先輩、LINE交換して下さいよ」


 俺は教室前で、透子を教室まで送り届けて自分の教室に向かう途中の先輩を捕まえた。そしてそう要求した。別に仲良くなりたかった訳じゃない。


 透子が選んだ人に、キチンと透子を見てもらいたかった。だから、出来る事をしようと思った。ただ、それだけだ。


「は?何でお前と交換しなきゃなんないんだよ」


 先輩は、そう言って嫌そうな素振りをみせるものの、交換はしてくれた。


「無駄にスタ連とかすんなよ」


 交換が終わると最後にそう言って、三年の教室へ行ってしまう。口数が多くてハラスメントが多いが、何だかんだで悪い人では無い。俺の先輩への評価はそんな感じだった。




 午前中、環が消えた。


 俺は『ああ、限界を迎えたのだな』と思った。


 先輩と透子の様子を見て、感情が爆発して、自分の気持ちを透子にぶつけたんだろう。1人で教室に残る透子は、受け止めきれずにフラフラだ。


 休み時間毎にフラフラと教室を後にし、環を探して方々を彷徨い、そして時間になるとまたフラフラと1人戻って来る透子は、見ていて痛々しかった。しかし『親友・環』を探すその行為に、俺が手を出す事は憚られた。


 これは透子と環の問題なのだ。横から俺が手を出すのはマナー違反だろう。


 昼休みになって環を見つけたんだろう。その後、2人は揃って教室に戻って来た。どんな『環』が帰って来るのか心配して待っていたが、戻って来た環は『親友』だった。


 だが、今まで通りの『親友』では無く、一枚皮を破って、良くも悪くも新陳代謝をした『新しい形の親友』に変わっているように見えた。


 お互いに気を使い合う、少し大人の関係。今迄ピッタリはまり合っていたパズルのピースの形が崩れて、隣に並べても歪な隙間が出来る。『その隙間の距離が必要なの』そう訴えて強がっている、そんな関係。




 その日の放課後、新しい『皮』に包まれた『親友・環』に教室から送り出された透子は、迎えに来た先輩と共に駐輪場に行き、そこでしばらくいちゃついていた。腹立たしいが、俺はずっと姿を隠してその様子を見ていた。


 見たくはないが、見ないでいたくもなかったのだ。


 そして、その日は用事でもあるのか、校門前で先輩は透子と別れて反対側の道をチャリに乗って行ってしまった。


 俺は、1人帰路を早足で進む透子の事を、少し離れて見守りながら歩いた。別に声を掛けて一緒に帰っても良かったのだが、先輩と別れた途端に姿を現すというのも気が引けた(コッソリ後を付けていたと思われでもしたら嫌だった)ので、そのまま見守り続けたのだ。


 そして、起こった。事故とも言えない事故が。


 透子が歩く通りの、すぐ前の角の先から突如響く自動車の激しいブレーキ音。と、ほぼ同時に角から、自動車に驚いてハンドルを切ったと思われる自転車が、猛スピードで飛び出して来た。自転車に乗っていたのは男性で、透子に気付いて避けようとしたものの避け切れず、ブレーキも間に合わず、自ら倒れる事で止まろうとした。が、その所為でその男性の背負っていた硬い荷物が透子の目の前に迫ってきた。


「透子!危ない!」


 俺は急ぎ駆け寄り、透子を腕の中に抱き込んで思いっきり後ろに飛んだ。受身を取って衝撃を緩和させつつ回転して更に距離を取る。転がる時に透子が傷つかない様にしっかり梱包するかの如く抱き締めて。


 透子にも俺にも、幸い怪我は無かった。俺の制服が少し破れた程度だ。


 透子は、只々びっくりしていた。その目の中に不安と怯えが見えたが、そう大きな物では無かったようだ。


 良かった。




 その日の夜、先輩からLINEが来た。


『朝、透子と一緒に登校するな』


 というメッセージと、怒りのスタンプ。


 まさか、向こうから先に送って来るとは思わなかった。


『了解しました』


 と俺は送り返す。


 そして、和樹の事をもう少し教えておこうかと思い、メッセージを入力し始める。が、長くなって収集がつかなくなってしまったので、消して通話する。やっぱりLINEは苦手だ。


「何で通話なんだよ。お前の声なんか聞きたくねーよ」


「すいません」


 開口一番怒られる。でも、不思議と腹は立たなかった。


 俺は、透子の叔父和樹と、2年前の和食の一件を掻い摘んで伝えた。そして、透子は和樹を兄の様に慕っているが、和樹は透子を自分の女扱いしているという事も。


「ふーん、相当ヤバいのね」


 先輩は、軽い感じでそう言った。


 俺が1番優先したいのは透子だ。透子が傷付くような事は、可能な限り止めたい。もう、2年前のような思いをさせたくは無かった。和樹が、先輩と透子の事を知ったらどうなるのか簡単に想像がつく。和樹は荒れるだろう。その矛先がどこに向くのか、また、それによってどうなるのか・・・。


 悪い想像しか出来なかった。俺は頼んだ。透子が傷付かないように守って欲しいと。そんな事しか出来ない。相変わらずの不甲斐なさに泣きたくなる。


「・・・理解した。守るよ」


 先輩は、いつものふざけた口調とは違うトーンでそう言った。多分先輩には、もう分かっていたのだろう。俺が透子を好きだという事が。それと、環の異常な突っ掛かりの原因がどういう物なのかという事も。


『守るよ』


 先輩のその言葉からは、それらの想いを全部背負い込んで、どっしり受け止めてくれている感じがした。


 やっぱり、和食とは違う。しっかりした人だ。


「だから朝、透子と一緒に登校するな」


 先輩は、最後にそう言った。

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