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アスフール  作者: まゐ
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 翌日、母は仕事を休み、私を発熱外来に連れて行ってくれた。インフルエンザとコロナの陰陽性を同時に調べられる抗原検査を行い、陰性診断が出ると、薬を貰って私を家に送り届け、続けて和樹の様子を見る為に家を出て行った。


「お母さん、本当ごめん。ありがとう」


 そう言った私に、気にしないでと軽く笑ってくれた。


 その後私は昼食も取らずにぐっすりと眠り、時刻は夕方。一旦目は覚めたものの、解熱剤が効いて熱も引き、ウトウトと半分眠ったような夢見心地でベッドに入っていた時だった。

 来客を知らせるチャイムが鳴った。


 誰だろう、こんな時間に・・・。


 面倒だから無視していると、二度三度と繰り返し鳴り、静かになると今度はスマホが鳴る。LINEだ。


 見ると、採れたての瑞々しいほうれん草の写真のアイコンが表示される。すぐ近所に住む幼馴染で、同じ高校の同じ学年、しかも同じクラスに通っている元木雅彦からだった。

 雅彦とは腐れ縁だ。幼稚園からずっと同じ所に通っている。斜向かいという事もあり、家同士の交流も多く、小さい頃からよく一緒に旅行やキャンプや、様々な行事を一緒にしていた。


『風邪大丈夫?プリンとプリン持って来た』


 ん?と思い、私は二度見した。


 タイミング的に考えて、来客は雅彦なのだろう。プリンを2個?お見舞いに来てくれて、上がって一緒に食べるって事かな・・・。


 続けてLINEが送られてくる。


『今家の前にいるけど、出て来れる?辛かったらドアに引っ掛けておく』


 私は、どのみち出ない訳には行かないと思い、『今出る』と返信して玄関に向かった。少しふらつくので、壁や手すりに捕まりながらゆっくりと移動する。


 念の為マスクを付けて、荷物も離れて受け取ろう。


 雅彦は凄く背が高い。昔は私の方が大きかったものの、小学校を卒業した頃から一気に伸びて、今では見上げる程だ。180cmはあるだろう。父方の祖父母が農家をやっていて、その手伝いをしている所為か、身体付きもガッシリとして丈夫そう。風邪など感染りそうにもないけれども、まぁ念の為。


 玄関に付いて、お父さんのゴルフクラブが置いてあるのを見て閃いた。中からアイアンを一本取り出して握り締める。


 少しドアを開けてこれを伸ばし、先に荷物を掛けてもらえば、無用な接触は避けられる。そもそもパジャマだ。幼馴染とは言え同じクラスの男子にあまりこんな姿を見られたくはない。


 そう思って、私はドアを少し開けた。隙間から顔だけを出し、外の様子を伺う。


 すると、呼び鈴の横に立つ同じ高校の制服姿の男子生徒が目に入った。夕日を背中から浴びて、逆光になったその姿は、シルエットを際立たせる。高い位置にある形の良い頭。広い肩幅。無駄に良い姿勢。暗くて顔がハッキリしなくても正彦だと分かる。


 もう、ケンカしても勝てないなぁ。見る度いつも、そう思ってしまう。まぁ、高一にもなって取っ組み合いのケンカも無いだろうけど。


 雅彦が私に気付く。


「透子。生きてるか?」


「うん、何とか。わざわざありがとう」


 銀の細いフレームの眼鏡のズレを直しながら、紙袋とコンビニのビニール袋を見せた。


「先生からのプリントと、授業のノートのコピー。俺のだから見にくいかもしれないけど。あと環からの手紙が入ってる。それと見舞いのプリン」


 ぶっきらぼうにそう言った。コンビニの袋の中に透けて見えるプリンは一つに見える。


 二つじゃない・・・。


 そこで私は気付いた。さっきの『プリンとプリン』は、『プリントとプリン』の打ち間違いではないのか、と。


 雅彦はあまりスマホを器用に使うタイプでは無い。LINEもあまり使わないので文字を打つのが苦手なんだろうな。そう思うと、大きな見た目に似合わず可愛く思えて来る。


 後でLINEの画面を見て羞恥に悶えるが良い、この真面目眼鏡が。私はそう思って少し笑った。


 雅彦がこちらに向かって一本踏み出して来る。


「あ、待って。来ないで」


「ん?」


 私はアイアンをドアの隙間から伸ばす。高く持ち上げると結構重たい。


「なに?俺強盗じゃないけど・・・」


 戸惑いながらそう言う雅彦。


「この先に荷物を引っ掛けて。そうすれば非接触で受け渡せる」


 私のその言葉に、雅彦は驚きと呆れが半分半分の顔をする。


「そんな、単なる風邪だろ?そこまでしなくても平気だろ」


 パジャマを見られたく無いのよ。


 心の中でそう言うと、雅彦は、ぶつぶつ言いながらも荷物を掛けてくれた。


 けれども、アイアンだけでも十分重かったその先端に、そこそこの枚数のプリントとコンビニプリンの合わせ技は予想以上に重く、掛けられた途端に私は腕を取られて前につんのめった。


「ぅわぁ!」


「おい危ない!」


 雅彦は焦った声を出して大きく一本踏み出し、私を片腕で支えてくれた。反対の腕ではアイアンの先端を持ち、荷物が落ちないように支えている。


「ゴメン、ありがとう」


 顔を上げると、すぐ側に雅彦の顔がある。近い!


 眼鏡の中の目と私の目が合う。分厚い眼鏡と長めの前髪の所為で普段は分かりづらいが、雅彦はとても綺麗な目をしていた。


 雅彦の顔が赤くなる。凄い力で私を持ち上げて立たせると腕を離し、急いで体を引いて顔を背ける。そして自分の方のアイアンを高く上げた。滑り台のように荷物が私の方に滑って来て私の手の中に収まる。


 そして、私に聞こえないようにボソボソ何か言った。


「・・・ノーブラパジャマはダメだろ・・・」


 私は、受け取った荷物をしっかりと持ち直し、アイアンを戻した。


「ん?何か言った?」


「い、いや何も。まだ少し体熱いよ。プリン食べて良く休め」


「うん。ありがとう」


 慌てたように帰って行った。


 忙しかったのかな、わざわざ来てくれてありがとう。


 私は、心の中でお礼を言って家の中に戻った。




 リビングでプリンを食べながら、プリント類を広げた。買ってきてすぐに届けてくれたのだろう、プリンは冷えていて、熱を待った体を心地良く冷ましてくれた。雅彦の物であろう、使い込まれたクリアファイルからは、各種お知らせと雅彦のノートのコピーが出て来る。


 コピーは、確かに字が汚くて読みにくい部分もあるが、わかりやすく図や表も記入されていて、十二分に役立ちそうだった。後でお礼のLINEを送っておこう。


 そして、環からの手紙があった。可愛いディズニー柄の便箋。流石の女子力。


 環、私の親友。中学時代からずっと友達。出会った頃からずっと頭が良く、いつも勉強を教えてくれたり、沢山の相談にも乗ってくれたり、本当に大切な友達だ。


 中を見ると、綺麗な字で並ぶ文章が目に飛び込む。途端に、環のパッチリとした大きな瞳と、柔らかい癖のあるポニーテールが思い出された。


『透子へ。


 たまにはアナログに手紙も良かろう。陰性と聞いて安心した。まぁ、陽性ならば今頃全員学級閉鎖で狂喜乱舞だったのだろうが。早く治して戻っておいで。透子がいないと寂しいのは陽性でも陰性でも変わらない。授業が分からなくなったらいつでも教える。ではまた。』


 短い文章に環らしさがぎゅっと詰まっていて、私は今すぐにでも彼女の元に駆け付けたい気分になる。


 早く会いたいなぁ・・・。


 よし、食べたらすぐ横になって、1日も早く学校に戻れるようよく休もう。


 そう思ってスプーンを持ち上げた時、再び来客を知らせるチャイムが鳴った。


 あれ?雅彦何か忘れた事でもあったのかな?


 私は持ち上げたスプーンを戻してゆっくりと玄関に向かう。そして、ドアを細く開けてそこから顔だけを出した。


「はーい・・・」


 私は驚いて固まってしまった。てっきり雅彦だと思った来客は彼では無く、見た事も無い知らない人が、門の前、インターフォンの横に立っている。


 凄いイケメン・・・。


 20歳位の大人の男の人。背も雅彦と同じか少し大きいくらいに高い。茶系のお洒落なスーツを着こなして、揃いの帽子を片手で胸元に持ち、頭を下げて挨拶をしてきた。


「先日はありがとうございました」


 そう言って目を細めてニコッと笑う。目尻が下がり、優しそうな顔立ちが更に優しそうになる。それでいて声は低く、胸に甘く刺さるように響く。


 ありがとうと言われたものの、私には何の心当たりも無い。


「えっと、どちら様でしょう?」


 私は釣られて愛想笑いを見せながらそう言う。


「お側までいっても良いでしょうか?」


「え、はい。でも私具合が良くなくて・・・」


 男の人は、笑顔を浮かべながら私の前まで進んで来た。


 あ、まずい。マスクしてないや。


 慌てて手で口元を覆う。


 男の人は、私の前でひざまづくと、口元を覆った私の手を取って、その手に口付けを落とした。


「えっ!あの!」


 私は驚いてひっくり返った声を出してしまう。


 彼は、私の顔より低い位置の顔を上げて、下から覗き込むように私を見詰める。そして、嬉しそうに笑顔を見せる。


 ドキっとしてしまった。近い位置で見える長いまつ毛と、ブラウンの瞳。目尻の小さな泣きぼくろがとても色っぽい。


 男の人は手に持っていた帽子を被り、空いたその手で、懐から手で握れるくらいの大きさの小瓶を取り出して、私に握らせた。


 小瓶の中には、シュワシュワと炭酸水のようなものが入っている。


 私の両手に小瓶をしっかり握らせて、その上から包み込むように彼は自分の両手を重ねて優しく力を入れる。少し冷たい彼の体温が伝わって来た。いや、彼の手が冷たいのではなくて、私に熱があるから冷たく感じるんだ。


 彼はスッと立ち上がり、軽く会釈して行ってしまった。


 後に残された私は、赤くなった頬に小瓶を当ててぼうっとしてしまった。


 何てカッコいい人だったんだろう・・・。




 リビングに戻り、食べかけのプリンの横に小瓶を並べた。さっきと同じでシュワシュワしている。


 美味しそうだな。


 頬に当てた時は冷たくて気持ち良かった。


 冷えてて飲み頃だな。


 熱に浮かされた私は、余り考えが及ばなかったのだろう。何を疑うこともなく、その小瓶の口を開けて飲み干した。柑橘の香りと優しい炭酸が火照った体と喉に気持ちいい。




 そして、そのまま、意識を失った。

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