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アスフール  作者: まゐ
14/49

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「おはよう環」


 環は強張った顔をしていた。どうかしたのだろうか・・・。


「どういう事?」


 挨拶も無く、問い詰めてくる環。


「どうしたの?環・・・」


「ちょっと来て。こんな気分じゃ授業受けられない」


 そう言って、環は私の腕を掴んで、教室から連れ出した。


 生徒の波に逆らって、廊下をぐんぐん進んで行く。


 途中、先輩と雅彦が話しているのが目に入った。


「宮本先輩、LINE交換して下さいよ」


「は?何でお前と交換しなきゃなんないんだよ」


 そんな言い合いをしていた。


 環が掴む腕が痛くなってくる。引っ張る力が強い。


 突き当たりを曲がった人気のない所まで来ると、やっと環は私の腕を離してくれる。


「ねぇ、どういう事?何であのハラスメントチビと一緒に登校してくるの?しかも手まで繋いで。まるで付き合ってるみたいじゃない。頭なんか撫でられて!」


 ハラスメントチビというのは、もしかしなくても先輩の事なのだろう。私は流石にムッとして言った。


「いくらなんでもそんなあだ名は酷いよ。やめて」


「そんなのどうでも良い。ねぇ、どうなの?付き合ってるの?」


 環の問い詰める様な言い方に、私は苛立ちを感じた。突然何なのだろう。何故こんな仕打ちを受けなければならないのか。


 だから私は、強く言い返してしまった。


「付き合ってるよ。だから何?」


 私の言葉と強い言い方に、環は目を丸くした。


「どうして?何であんな奴と」


 環の声は掠れそうに弱々しかった。それが、心底驚いているように感じて、私の苛立ちは高まっていく。


「あんな奴なんて言わないで。礼央先輩は素敵な人よ」


「下の名前なんかで呼んで、止めてよ!ちっとも素敵じゃ無い!」


「何も知らないのに、勝手なこと言わないで!」


 ヒートアップして、私は環の上着の襟元を掴んでしまった。環の顔が近付く。すると、怒りに溢れていた環の表情が、突然悲しみの顔に変わる。


「何でよ。何で、あんな急に出て来た奴に・・・」


 環の目から涙が流れた。透明な一筋が、頬を伝って私の手に落ちた。


 ビックリして、固まる私。


「環、何で泣いてるの?」


 私は、環の涙を見て、自分が悪い事をしている気分に襲われた。襟元を掴んでいた手の力を緩める。


 環の目からは、止め処なく涙が零れ落ちる。その量は増える一方で、環が泣き過ぎて乾涸びてしまうのでは無いかと心配に成る程だ。


「泣かないで、環。ゴメン、大きな声で言い過ぎた。服まで掴んで・・・」


 私は、手を離してポケットからハンカチを取り出した。そのハンカチを環の頬に当てて涙を拭き取る。


 そうすると、環の顔は赤くなって、瞼をぎゅっと閉じて、ますます涙が増える。嗚咽も混ざってきてしまった。


「なんか、ゴメン・・・」


 私はそう言って、片腕を環の肩に回して、頭を抱き込む様にして涙を拭こうとした。支えてあげないと、倒れてしまいそうに見えたから。


 ビクッとなる環。私も釣られてビクッとなってしまった。


「環・・・?」


 どうしたのかと環の顔を覗き込むと、閉じられた目が開いて、私の目を見てきた。ずっとスカートの横で強く握られていた手が緩まり開かれ、上に登って私の両頬を包む。環の手は暖かかった。


 環の顔が、私の顔に近付く。


 え?と思った時だった。


 環の唇と、私の唇が、重なった。


 頭の中が、真っ白になった。


 時間が止まってしまった様に、私も環も動かなかった。


 唇を重ねたまま、目を見開く私と、涙に濡れた目を緩く閉じている環。


 どれ位時間が経ったのか分からない。チャイムの音が響いた。


 ハッとなり、離れる私と環。


 私は何も言えなかった。言葉が出てこなかった。そのまま環を見つめ続ける。


 環は、俯いて、私から目を逸らして、そのまま走って行ってしまった。


 すれ違い様に「ゴメン」と呟きを残して。




 その後、私は、どう歩いたのか分からないけど、気が付いたら自分の席で授業を受けていた。


 教室に環の姿は無い。どこに行ってしまったのか・・・。


 休み時間になると、私はスマホを開いて環にLINEを送った。だが、環の机に置かれた環の鞄の中からバイブの音が聞こえて来た。


 環にメッセージは届かない。


 どこにいるんだろう。探さなきゃ。


 そう思って、教室の周りから探し始めた。


 短い休み時間が終わると授業に戻り、また次の休み時間に探しに行く。それを繰り返して、とうとう昼休みになった。


 短い休み時間では探さなかった場所を探す。特別教室、体育館、そして、屋上。


 居た。


 環は屋上の真ん中で、体育座りをして、小さくなって眠っていた。


「環・・・」


 近付きながら、私は、静かに環を呼んだ。


 ゆっくり顔を上げる環。


「透子・・・」


 私の名前を呼ぶ環。


「心配したよ。帰って来ないから・・・」


 私は、環の横にたどり着いた。


「透子、私、透子の事が好き」


 また泣きそうな顔で、環がそう言った。


「・・・うん」


 私は、頷いた。キスをされて、そうなのかもと思った。


「さっきの、やきもち。みっともなくてゴメン。酷い事言って、ゴメン」


「・・・うん」


「中学の時から、ずっと好き。透子の事だけ、ずっと見てた」


 環の告白は、静かで落ち着いていた。沢山の感情が詰まりすぎて、整理出来なくなって、膨らんで、パンっと弾けてしまったその後みたいだ。


「・・・環、ありがとう。好きになってくれて」


 私は、環の横にしゃがんで、環の肩におでこを乗せた。甘えるみたいに。


「環、私、礼央先輩が好きなの」


 気持ちを伝えた。


「・・・うん」


 動かずに、声だけで答える環。


「環の事、大好きだけど、友達としてなの」


「・・・知ってる」


「環、私・・・どうしたら良い?」


 気持ちに応えられない事が、申し訳なくて、それでもいつも通りに環に甘えて、聞いてしまった。


 何なんだろう、私。何してるんだろう。


「透子は、普通にしてて」


 環はそう言った。


「普通?」


「うん。今迄通りに、透子のしたい様にしていて。私、透子に笑っていて欲しい」


 それが、言い合いをしてから今までの間、ずっと環が1人で考えて出した結論なのだろうか・・・。あまりにも、私に優しい結論・・・。


「環・・・」


 おでこを上げて、名前を呼んだ。環が振り返る。腫れた瞼の奥で、環の瞳がゆっくり揺れている。


 それを、環が望むなら・・・。


「・・・分かった。でも、礼央先輩と付き合うのは、許してくれる?」


 環の瞳の揺れが一度止まる。そして、環は顔を正面に向けた。環の瞳が見えなくなる。


「・・・嫌だなぁ・・・」


 本音。環の気持ちがまっすぐ私に入ってくる。


 ・・・ダメなのかなぁ・・・。


 どちらかしか、選べないのかな・・・。


 そう思った時、環が小さな声で言った。


「でも、良いよ。嫌だけど、許す」


 環はもう一度わたしを見た。もう瞳は揺れていなかった。


「ありがとう、環」


「うん」


「好きになってくれてありがとう」


「うん。自分でもどうにも出来ない。多分これからもずっと好き」


 まっすぐ。環はいつもまっすぐだ。


「・・・ずっと、友達で良いの?」


 聞かずにはいられない。目を逸らさずに、私は聞いた。


「・・・良くないけど、でも、友達でもなんでも無くなる方が嫌だから」


 少しだけ、環の瞳が揺れた。でも、すぐに止まる。


「分かった。これからもよろしくね・・・」


 私は、酷いことをしている。


「うん」


 答える環。優しく、強い環に、弱く、甘え続ける私。


 胸の奥が、苦しい・・・。



 それから、昼休みの間中、環の肩におでこを乗せて、そのままの姿勢で2人で過ごした。

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