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アスフール  作者: まゐ
13/49

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「透子さん、こんばんは」


 和樹の家から帰宅後、お母さんと夕食を済ませて部屋に戻ると、昨夜と同じく、自分以外誰も居ない筈の部屋の中で、背後から声を掛けられた。肩が跳ねる。胃がキュッと縮む。


 振り向くとミヤマさんが居た。私の部屋の中に。頬に風を感じる。また窓が開いていた。庭木には1羽のカラスが止まり、羽を広げている。カァ、と小さく鳴いた。


 今日も来た・・・。


「毎夜、伺わせて頂きますよ。透子さんの事を見ていますので」


 ミヤマさんは楽しそうにそう言う。グラデーションの眼鏡の中で、赤い斑点の三白眼が光る。


「叔父君のモデルを務めていらっしゃるのですね。大分仲がよろしい様で」


 ミヤマさんは顎に指を当てて、今日の私の事を語る。


 何でも知ってる・・・。


「ずっと、見ていますので」


 私は恐怖を感じた。自然と体に力が入る。


「しかし、現れませんね。アレは・・・。私達が側に居るからとは言え、放置が過ぎる。ねぇ、透子さんもそう思いませんか?」


「・・・」


 何を言っているのか分からない。私は何も答えられなかった。ますます体に力が入る。体が固くなって行く。肩をたたみ込む用にして自分が小さくなって行くのを感じた。


 そんな私の様子を見て、ミヤマさんは何やら納得した表情を見せた。


「あーぁ、成る程・・・」


 そう言って、私に近付いて来た。固まる私の顔を見て視線を合わせて、更に近付く。鼻と鼻がぶつかりそうになると、フッと横にズレ、私の肩の向こう側、背中を覗き込む様にした。


「羽を、お持ちだったんですね。アレに似て、小さいので気が付かなかった」


 窓の外から、カァ、という声が響いた。同時にバタバタと羽ばたく音と、弱い風圧が届く。


「おっと、近いと妻が怒っています」


 ミヤマさんは、そう言いながら一歩後ろに下がった。そして、背中をそらせて目を細め、私を見下ろす。


「そうですか、そうですか。ではその羽、震わせて見せましょう」


 その時、鞄の中の私のスマホが鳴った。帰ってからそのまま、入れっぱなしにしてあったようだ。


「宮本礼央氏からラブコールですね。お邪魔でしょう。退散致します」


 私が視線をミヤマさんから鞄に移した時、ミヤマさんがそう言った。


 バサバサ、と窓の外でカラスが羽ばたく。枝から浮き上がり、暗い夜の空の中に混ざって行く。そちらに気を取られて、再び部屋の中を見ると、ミヤマさんは消えていた。


 体から一気に力が抜ける。


 私は鞄の中からスマホを取り出して通話に出た。


「もしもし、透子ちゃん?」


 先輩の明るい声が耳に届く。一気に安心に包まれた。


「礼央先輩・・・」


 気付かないうちに、呼吸を止めてしまっていたみたいだ。電話口で息が切れてしまう。


「えっ、何?・・・エロいけど」


「やだ、ちょっと息切れしただけですよ!」


 変に誤解されて、電話口で私は赤くなった。恥ずかしさを隠すために、声が大きくなってしまう。


「えっ、ゴメンナサイ!でもどしたの?走って来た?電話平気?」


「大丈夫です。ちょっと呼吸困難なだけです」


 呼吸を整えながら、深呼吸混じりに私はそう言った。先輩の冗談めかした言葉に、体が柔らかくほぐれていく。


 先輩の声を聞くだけで安心する。一瞬で気持ちが明るくなる。明るくなって、嫌な事なんて全部忘れてしまう。


「明日学校で逢えるのに、待てなくて電話しちゃった。声が聞きたくてさー」


 胸がキュンとなる。嬉しい・・・。


「私も、先輩の声が聞けて嬉しいですよ」


 自然と笑みがこぼれてしまう。


 そのまま、日付が変わる迄2人で話した。目の前に居ないのに、声を聞くだけで、顔が赤らんだり、胸が締め付けられたりする。


 その夜は、いかに自分が先輩の事を好きになってしまったのかを思い知らされる夜になった。




「行って来ます」


 寝不足の目を擦りながら家を出た。すぐに斜向かいの家のドアが開き、そこから雅彦が出てくる。


「あ、雅彦おはよう」


「おはよう」


 私が挨拶をすると、雅彦はすぐに返してきた。そして怪訝な顔をする。


「透子、寝不足?」


 私は、すぐにバレてしまった事に少なからずショックを受けた。


 そんなに分かりやすいかな?


 手鏡を出して顔を見た。少し目の下が黒ずんでいる程度で、酷くは見えないのだが・・・。


「誰かと長電話でもしてたの?」


 続けて雅彦が聞いてくる。それも正解。何もかもがお見通しみたいだ。


 なんで・・・。


「・・・図星か。相変わらず顔に出過ぎだ」


 苦笑いをされてしまった。悔しい・・・。


「そんなに分かりやすいかな、私・・・」


 呟きながら口を尖らせる。


「何を今更」


 雅彦は、呆れ顔で私を追い抜いて行ってしまおうとする。私は慌てて追いかけた。


「実はね、私、宮本先輩と付き合い始めたの。それで昨日の夜、遅くまで電話で話しちゃって」


 雅彦の横に追い付くと、特に隠す必要も感じなかったので、私はそのままを伝えた。


「・・・はぁ!?」


 雅彦にしては大きなリアクションだ。こっちがビックリする。立ち止まったので、今度は私が雅彦を追い抜いてしまう。


「何で?何で付き合ったの?宮本って、あの宮本?」


 雅彦は「嘘だろ」と呟いている。


 私は、ムッとしてしまった。その「嘘だろ」はどういう意味なのだろうか。


「何でそんなに驚くの?」


 私は、雅彦に先輩の事を悪く言われているような気がして仕方がなかった。足取りが荒くなり、進みが早くなる。


「だってあんなセクハラばっかりな・・・あっ、いや失礼。でも・・・ゴメン」


 雅彦は、慌て気味に私に追い付きながら、言い訳しようとして、そして最後に謝る。


 フォローのしようがないって事?もう、ホント失礼。


 そう私が思っている事も、きっと全部顔に出てるから言わなくても伝わっているんだろうな。


「雅彦嫌い。先行く」


 そう言って、私はズンズン先に進んだ。


「透子ごめん。悪気は無いんだ」


 平謝りで付いてくる雅彦。


「透子、宮本先輩の事嫌がってるように見えたから。どうして付き合う事になったの?教えてよ」


 雅彦のその言葉に、私は教えるのも嫌だった。けれども食い下がってくるので仕方なく教えてあげた。


 私に対して一生懸命になってくれる事、遊園地での色々な事。一緒にいた時間に、私が感じた様々な事、そして、告白された事・・・。


「・・・それで、付き合う事になったの」


 その時の事を思い出して、幸せに浸っている私の横で、雅彦は呆れた様な顔をする。


「透子・・・簡単すぎ・・・」


 ボソリと呟く雅彦。


「あ、酷い。喧嘩売ってるの?」


 私は、雅彦を睨みながら言った。


 幼馴染だからって、言いたい放題すぎる。


「そんなもの売らないよ。けどさ・・・」


 雅彦がそこまで言った時、校門前に先輩の姿を見付けた。先輩は自転車通学だから、一度駐輪場に寄ってから校門前に来る。


「透子ちゃんー」


 先輩は、名前を呼びながら私の所に来てくれた。


「おはよう!」


 優しい声の挨拶。一日間が開いただけなのに、再会が嬉しい。


「おはようございます、礼央先輩」


 先輩の声をきくだけで、雅彦との会話での怒りが引いていく。不思議だ。


「何?いつも2人で登校してんの?」


 先輩は私と雅彦を交互に指差して、ちょっと不機嫌そうな顔をした。雅彦が軽く首を曲げて挨拶をした。


「家が近いので、いつも一緒になっちゃうんですよ」


 私がそう説明すると「ふぅん」と言って、先輩は私と雅彦の間に入りこむ。一瞬、雅彦を睨む様にすると、私の顔を見て笑顔になる。


「一緒に行こ」


 そう言って、私と手を繋いで昇降口へと向かう。繋ぎ方は、当然の様に恋人繋ぎ。私は顔が火照るのを感じた。


「礼央先輩、学校でくっつくの恥ずかしいですよ」


 恥ずかしさに俯いてそう言う私に、先輩は


「見せびらかしてるの。透子ちゃんが俺の彼女だって」


 そう言って笑いかけてくる。


「あれ?ナニ礼央、彼女出来たの?」


 少し進むと、横からそう声を掛けられた。


「おう、イイだろ」


 先輩は、繋いだ手を持ち上げて、その相手に見せながら答えた。


「へー、可愛いじゃん。上手い事やったなー」


「だろー」


 先輩の友達だろうか、沢山の人に話しかけられて、彼女だと紹介されていった。


「ちゃんと言っとかないとさ、手出されたら大変でしょ?」


 友達との挨拶の合間に、私の顔を覗き込んで先輩はそう言った。


「心配し過ぎですよ。誰も手なんて・・・」


 私は、熱くなった顔を、繋いでいない方の手で隠しながらそう答える。俯いていたので、先輩と目を合わせるのに上目遣いのようになってしまった。


「出すよ。こんなに可愛いんだから」


 先輩は、繋いだ手を自分の方に引き寄せた。体が更にくっつく。


 恥ずかしい・・・。でも・・・。


 その後、先輩は私を教室まで送ってくれた。別れ際に頭を撫でて行く。


「じゃあね、また後で見に来る」


 そんな言葉を残して。


 ・・・何だろう、このこそばゆい気持ちは・・・。


「・・・透子・・・」


 赤い顔でボンヤリしていると、後から声を掛けられた。


 環だった。

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