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アスフール  作者: まゐ
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「ミヤマさん・・・?」


 目を瞬き、ただただミヤマさんを見つめた。


 どうやって私の部屋の中に入って来たのか。何処から入って来たのか。ドアは私が入って閉めてから開いていない。


 その時、私の前髪が揺れた。


 風・・・。


 窓が開いている。では、窓から?


「突然すみません。是非お祝いの言葉をお贈りしたいと思いまして。本日は、宮本礼央氏との交際成立、おめでとうございます」


 そう言って、仰々しくお辞儀をするミヤマさん。


「・・・え?」


 何でそんな事を言われるのだろう。私と先輩の事を何故知っているのだろう。


「今日一日、透子さんの行動を見させて頂きました」


 ミヤマさんは、私の心の中を見透かしたように、疑問に答えてくる。


 怖い・・・。


「怯える必要は有りません。私達は見ているだけです。加護のある透子さんに、触れる事も出来ません」


 窓の外から羽音が聞こえた。小鳥よりも大きな鳥の羽ばたく、ゆっくりとした羽の音。見ると、大きなカラスが1羽、庭木の枝に止まっている。


「妻です」


 ミヤマさんが言った。


「妻は招待を受けていないので、中に入る事は出来ません。ですが、透子さんを外から見る事は出来ます」


「招待・・・?」


「男の私よりも、女の妻が招待を受けられた方が良かったのでしょうが、私が置引きをして妻が捕まえるのでは不自然な印象を与えるかと思いまして。より自然に招待を受けられる様に、このような配役となりました」


 何を、言っているのだろう。カラスが妻?それに、それではまるで、計画的に招待を受けたと言っているようではないか。


 もしそうだとしたら、何の為に・・・。


「透子さんの側に居れば、見付けられると思いますので」


 何を・・・。


「小さな、空飛ぶアレを、です」


「・・・」


 私は、何も言えなかった。


「宮本礼央氏は、良いお相手ですね。何しろカラスに偏見が無い。私達に向かって歌を歌ってくれました」


 うっとりとした表情を浮かべながら、ミヤマさんは言った。


 今日、先輩と待合せをした時の事を思い出す。電線に留まるカラスを音符に例えて、鼻歌を歌っていた先輩・・・。


 見てたの?あの時どこかにミヤマさんもいたのか。それとも、あの時のカラスは・・・。


「末永く、お幸せに。クククッ、小さな空飛ぶアレが哀れです。ああ愉快」


 ミヤマさんの嘲笑うような声。嫌な感じがした。


 窓の外で、大きく羽ばたく音がする。そつちを見ると、先程のカラス、ミヤマさんの妻が、空に向かって飛び立つ所だった。


 部屋の中に視線を戻すと、もうそこには、誰も居なかった。


 先輩と過ごした時間のおかげで弾んでいた私の心は、見事なまでに真っ黒く染められてしまっていた。残るのは、不安と、疑問と。


 気を許すと、パニックに陥ってしましそうなのを、必死で堪えて就寝の支度をし、ベッドに入った。寝付くまでに、何度も何度も時計を見る。針はなかなか進まず、喉の渇きが止まない。手のひらは常に湿り、苦しい夜だった。


 気がつくと、開いたままの窓から朝日が差し込んでいた・・・。




 翌日、私は和樹の家に来た。


 ドアの呼び鈴に、インターフォンが答える。


「透子いらっしゃい。開いてるから入って」


 素気ない声。ああ、順調なんだな。私はそう思った。


 鍵の開いているドアを潜り、私はリビングに上がる。すると、イーゼルに乗せたキャンバスに向かい、ペンティングナイフで絵の具を載せ続ける和樹の姿が目に入った。部屋中テレピンの匂いが充満している。


 また締め切ってやってる。


 私は南側の大きな窓と、隣接した和室の小窓を細く開けて換気をした。


 和樹の顔を見ると、体調はもう大分良くなっているのだろう。顔色も肌艶も良い。ただ、スウェットのウエスト部分からは肌着がはみ出て、裾は右側だけ膝まで捲られていたりする。髪の毛は起きてそのままなのかボサボサ。髭も伸び放題。だらしがない事この上ない。


 外に出ないからって、気にしなすぎる。


「もうすぐお昼になるけど、ちゃんと朝ご飯食べた?」


 私がそう聞くと、作業の手を休める事なく「うん」と答える。


「本当?」


 その質問にも「うん」と答える。


「何食べたの?」


 そう質問しても「うん」と答える。


 ・・・聞いてないし、食べてないな・・・。


 そう思って、私はキッチンに入り冷蔵庫を開けた。中には、コンビニのビニール袋に入ったままのサンドイッチとおにぎりと、ペットボトルのお茶とレモンの炭酸水が入っている。炭酸水は私用で、サンドイッチが朝ごはん、おにぎりがお昼ごはんといった所だろうか。一緒に入っているレシートを見ると、今日の日付が印字されている。


 あ、コンビニ行ったんだ・・・って、そのまま行ったの・・・?


 ボサボサの寝癖頭にだらしのないスウェット、ヒゲの生えたままの顔でコンビニに行く和樹を想像して、私は苦笑いを浮かべる。


 買う所までやって何故食べないかな。


 そう思いながら、私はサンドイッチとお茶を取り出し、棚からストローを出してリビングに戻った。


 無心で絵の具を載せ続ける和樹の口元に、サンドイッチを近付ける。パクッと一口食べた。もぐもぐと手を休めずに咀嚼する。


 続いて、ペットボトルの蓋を開け、ストローを差し込み口元に持っていく。すかさずストローを咥えてコクリとお茶を飲む。やはり手は休めない。


「美味しい?」


 私がそう聞くと、やはり「うん」と答える。


 相変わらずだなぁ。


 動物園の触れ合いコーナーで、ウサギやモルモット、山羊に餌をあげる感覚。楽しい。


 ある程度食べさせた所で、和樹は「もういい」と言った。


「透子、着替えてソファに行って」


「分かった」


 私は返事をして、モデル用のセーラー服に着替えてソファーの背もたれに寄り掛かった。


「もうちょっと左・・・左手少し伸ばして・・・」


 出される指示に従って体の位置を直す。場所がokだったのだろう。そこからはひたすら沈黙。


 大分集中しているみたいだ。


 和樹は、とても波のある人だ。描きながらひたすら喋る時もあれば、今みたいに描く事だけに集中する事もある。


 描けない時は全く手を付けられなくなる。魂が抜けた様に何もしない時もあるし、苦しそうに溜息ばかり吐いている時もある。


 そういう波を乗り越えて、良い作品が出来上がって行く、そういうものらしい。


 私とお母さんは、そんな和樹を出来る限りサポートしている。勿論お父さんも。ごく稀にだけれども、様子を見に来たり、必要な物を用意してあげたり。力になる事で作品が出来上がった時は、喜びや達成感を一緒に味合わせて貰えるのだ。


「・・・」


 沈黙の中じっとしていると、段々と眠気が襲ってきた。昨夜殆ど眠れなかったのだから、仕方がない。レースのカーテンの向こう側の庭の様子を何となく眺めながら、私はウトウトとしてきてしまった。


 庭の手入れは、時々やって来るお母さんがやっている。雑草を抜き、季節の花を植え、枯れた葉や花を切り取る。うちの庭と同じ花が咲き、同じ様な並びの樹木を見ていると、安心感が湧いてくる。


 日が傾いて暗くなり始めた頃、和樹はようやくペンディングナイフを置いた。


 お昼ご飯を食べ損ねた事に気付いたが、然程空腹は感じなかった。


「ありがとう透子。長くなっちゃったね、疲れたでしょ」


 指先もスウェットも絵の具だらけの和樹が言った。


 私は、時々船を漕ぎながらずーっとウトウトしていた。和樹の声で眠い目を擦り、立ち上がった。


「疲れたというか、眠くなっちゃった」


 言いながら和樹の横に並ぶ。キャンバスには、来た時には何も描かれていなかった部分に沢山の絵の具が乗せられていた。


「・・・翼?」


「うん。透子の背中に翼が見えた」


 キャンバスの中の私の背中には、実際には付いていない翼が生えていた。西洋の宗教画の天使の物よりは小ぶりな、白ではなく茶色の翼が。


「なんだか可愛い」


 私がそう言って笑うと、和樹は


「ね、スズメみたい」


 と言った。


 スズメかぁ・・・。


「眠いなら泊まってく?一緒に寝よ?」


 和樹は、そう言って私の手を握った。絵の具が付く。


「明日学校だもん。帰るよ」


「そっか。俺もそろそろ学校行かないと単位足りなくなるな」


 そう言いながら私の手を離し、スウェットの太腿の部分で手を拭く。続けてトレーナーのお腹の部分を捲り上げ、その部分で私の手に付いた絵の具を拭き取る。余計に絵の具が広がった。


「ちゃんと卒業して下さいね?」


 私は、顔を顰めながらそう言った。


「うん。頑張る。次、水曜か木曜辺りに来れる?」


 落ちない絵の具を諦めて、自分だけ手を洗いに行く和樹。


「良いよ。まだテストまで時間あるから。水曜日に来る」


 私は答えながらその後に続く。


「ん。分かった」


 和樹は、頷いて私の顔を覗き込む。


「透子ありがとう」


「どういたしまして」


 そう言った私のおでこに自分のおでこを重ねる。


「あーあ、ギュッてしたいのに、汚れてて出来ないや」


 残念そうにそう言う。


「またそんな事言って。じゃあ帰るね!」


 私は、手を洗って着替えて、和樹の家を後にした。


 元気そうで良かった。水曜日は、栄養価の高い物を差し入れしよう。あ、レモンの炭酸貰い忘れたな・・・。

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