10
翌日は、朝から予報通りの良い天気。少し早めに家を出て、私は空を見上げていた。
昨日の事が頭に浮かぶ。近頃、何というか、1日の内容が濃い(?)。朝から夜まで、予想だにしない出来事が次々と起こり、頭がついて行けていない。
今日は休みだ。しかも先輩とのデート。全てを忘れて、楽しく過ごそう。
そう思いながら、私はゆっくりと歩き始めた。
「♩♪〜♫〜・・・」
待ち合わせの駅前に着くと、宮本先輩は植え込みの脇に座って空を見つめて、そんな風に鼻歌を歌っていた。楽しそうに、と言った風ではなく、ただメロディを口にした、といった感じで。
心ここに在らず。
そんな言葉が、脳裏に浮かんできた。
右手の人差し指を目の前に、何かを指差しながら、その指でなぞりながら。小さな声で歌い続ける先輩は、今までの楽しい明るい先輩とは別の人みたいに見える。
「宮本先輩・・・?」
待ち合わせの時間の10分前。私も早目に家を出たのに、先輩はそれよりも早く来て私の事を待っていてくれた。
「あ、透子ちゃん」
宮本先輩は、私を見て手を戻し、立ち上がった。その時には、もう明るい先輩の表情に戻る。
「お待たせしました。あの、何してたんですか?」
私の言葉に、「んっ」と一呼吸置いて、再び今まで見ていた空を見上げる。私も釣られて同じ空を見た。
「あのね、大した事ないんだけど」
そこには、晴天の空の下、電柱の間に伸びる複数の電線が不揃いに撓んでいた。特に珍しい光景ではない。しかし・・・。
カラスが止まっている。全部で5羽。翼を持ち上げて繕ったり、時折り羽ばたかせたり。リラックスしたその様子におかしな所は何一つとして無い。
でも、と私は思ってしまう。
「カラス、ですね」
うち真ん中ら辺に止まっている2羽が、こちらを見ている様な気がした。
「なんかさ、似てない?音符に。電線が五線譜でさ」
「本当ですね・・・」
先輩が音符を思い浮かべたカラスに、私は何故か、ミヤマさんを思い出した。
「透子ちゃん、来てくれてありがとう。お洒落して来てくれて嬉しいよ」
私は、白のワントーンコーデ。派手にならない程度にレースをあしらったワンピースに、キャンバス地の柔らかいシルエットの帽子。足下は沢山歩いても疲れないようにヒールの低いぺたんこなミュール。それにシースルーのカーディガンを合わせている。
私に向き直った先輩は、そう言って自然に私の手を取り繋いだ。当然の様に恋人繋ぎだ。先輩の体と私の体が密着する。
「あの、宮本先輩・・・」
恥ずかしいです。そう言おうとして宮本先輩の方に顔を向けると、すぐ側に先輩の顔があって何も言えなくなってしまった。
身長が同じくらいで恋人繋ぎをすると、こうなっちゃうんだ・・・。
いつもの制服姿と違う私服姿の先輩は、少し大人っぽく見えた。ヴィンテージ風のダメージジーンズにブランドロゴがさり気なく入ったパーカー、足元のスニーカーはNIKEの白グリーン。正直『カッコいい』以外の褒め言葉が見つからない。
特にそのスニーカーは、私も欲しいと思うくらい可愛いくて、先輩にとても似合っていた。
「スニーカー好き?」
私の視線に気付いてそう声を掛けてくる先輩。
「宮本先輩の履いているそのスニーカーが可愛いな、と思って」
それを聞いて、先輩はニコッと笑った。
「これ良いよね。透子ちゃんにも似合いそう。今度一緒に見に行こ」
思わず頷いてしまった。これじゃ、次のデート確定・・・。
「そう言えば、昨日LINEを叔父さんに見られたって言ってたけど、父母よりも叔父さんが厳しい感じ?」
思い出したようにそう言う先輩。後から見返したその後LINEには『さっきは交換してくれてありがとう!これから沢山LINEしちゃおうかな』と書かれていた。和樹の激怒の原因だった。
「厳しいと言うか、過保護ですね」
そう、過保護以外の何物でもない。
「そうなんだ。透子ちゃん可愛いから、過保護になるのも分かるな。一緒に住んでるの?」
「いえ、別々ですけど、時々会いに行きます。叔父は芸大生で絵を描いているんですけど、その絵のモデルをしているので」
その私の答えに、先輩はふと考え込む。
「(そういやあの2人叔父さんがヤバいとか言ってたな。昼間のLINE電話が何たらって)」
「?、何か言いました?」
ボソボソと何かを呟く先輩。上手く聞き取れなかったので、私はそう聞いた。
「あっと、ううん。モデル!そうなんだ。絵描きさんなんだ。透子ちゃんの絵、俺も欲しい」
取ってつけたような返事。何か誤魔化してる?
思いつつも、私はさらりと流した。
「・・・高いと思いますよ」
「ありゃ、まぁ、それは諦める。ならさ、電話やLINEするなら昨日位の時間がいいのかな」
また、電話してくれるんだ。そう思って私の胸がトクンと鳴った。
「はい・・・」
繋いでいない方の手で胸元を押さえた。
「じゃ、そうする」
先輩の笑顔が嬉しい。
あれ・・・?、私・・・。
「チケット代、俺出して良い?それとも割り勘が良い?」
駅の券売機前でそう聞かれた。
「私、払います」
「了解。ならICにここで入れてっちゃお。IC支払いokだから、その方がスムーズだよ」
「はい」
ちゃんと細かい所迄調べてくれている事に感動を覚えた。それと、最初のデートでありがちな『どっちが払うか』問題をサクッとクリアしてくれた事にも。
何だか、慣れてる・・・?
先輩のおかげでスムーズに園内に入り、まず最初にメリーゴーランドに乗った。
「絶叫系は苦手なんですよ」
という私の意見を聞いてくれて、穏やか系を回って貰う事になったのだ。
「二階建てなんだね」
そう言う先輩に手を引かれて登った二階部分は、遠くまで見通せて予想以上に楽しかった。
メリーゴーランドなんて久しぶりに乗った。こんなに回るのが早かったんだ。
目まぐるしく回りゆく風景は、爽快で気分が上がって行く。
「園内が見渡せちゃいますね」
そう言って笑った私を、先輩がスマホでパシャっと激写した。
「あ、勝手に撮った」
「ゴメンゴメン、でも自然な笑顔撮れたよ」
そう言って笑う先輩の笑顔が眩しい・・・。
後でその写真を私のスマホにも送って貰った。
次に『占の館』なるアトラクションに入る事にした。
「占い好き?」
「好きです!」
園内の地図を見ながら、行く場所を決めるだけでも楽しいと思えてしまう。それは、先輩と一緒だからかな。
入口で、外国人男性の2人組が、係員と何か揉めているのを見つけた。近づいてみると、タブレットを持って内部を回るのだが、その説明が日本語で読めない、と訴えている様だった。係員さんは片言の英語で説明しているのだが、上手く伝える事が出来ていないみたいだ。
「Excuse me,」
突然、先輩が会話に割って入った。流暢な英語で外国人男性達に英語表示への変更方を教え、中の進み方までレクチャーしてあげる。
「thank you!」
外国人男性達は、そう言って機嫌良く中に入って行った。
「宮本先輩って、英語喋れるんですか?凄い」
私は驚いてそう言った。
「うん、そうなの実は。見えないでしょ?」
何故か自慢げにそう言って胸を張る先輩。
「・・・ここで『はい』って言ったら失礼ですよね」
思わず心の声が漏れた。
「ハハハッ、みんなに言われてるから別に気にしないけど。こう見えて、何度もホームステイとかしてるんだよ?だから英語は完璧。他の教科もね、以外と出来るの」
「凄い・・・」
感嘆の声が出てしまった。いつも明るく元気で、どちらかと言うとふざけた印象が強い先輩。勝手に、勉強が苦手そうなイメージを抱いてしまっていた。
ギャップが、凄いなぁ・・・。
「俺らも入ろう?」
「あ、はい」
そして、私達も『占の館』へと入った。
「英語で行ってみる?」
「えっ!無理です!」
そんなやり取りをしながら。
中では色々な占いの中から好きな占いを選び、それぞれのルートに分かれて進めて行くというものだった。
「金運、健康運、仕事運、学業運、恋愛運・・・と、ペア占い」
「ペア占いって何でしょう?」
「2人でやるみたいだね。2人居るからこれにしてみる?」
私達は、その謎のペア占いという物をやってみる事にした。
各々が一つずつタブレットを持ち、質問に答えたり、その場にある水晶(?)に手を乗せて、変わった色をタブレットに打ち込んだり、一緒に早押し問題に答えたり。
そのまましばらく中に進んで行くと、別れ道になった。
「え!ここからバラバラなの!?」
先輩のびっくりした声。ここからは二手に分かれての作業になるようだ。
「じゃあ、私は左に行きますね」
そう言って手を離して進もうとすると、ぎゅっと握り直されて引き寄せられた。
「離れるのやだなー。コッソリ一緒に行かない?」
近距離でそう囁かれる。私は少しドキッとしてしまった。
「コッソリしても、上手く出来ないと思いますよ?」
私がそう言うと、
「だよねー」
先輩は、そう言って残念そうに手を離した。
「後でね」
私の頭を撫でながらそう言う先輩。
やだ、いちいちドキドキしてしまう。
そして、私達は別々のルートを進み始めた。