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至上の無名光術師の苦難  作者: 八指犬
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5章 魔族の動向

余計な情報を排除する為に殊更場面転換を明示する事は致しません。会話の間の表現を重視し、詰まりの無い会話はそれに応じて発言が連続します。発話者が分かりにくい事も多々ありますがご容赦下さい。その代わりに「」の鍵括弧を一纏めとして同一人物の発話が描写を挟まずに連続する事はほぼ排除しております。

また、多少前後している事もありますが描写は時間順となっております。



 5章 魔族の動向


1節 迎撃


 ユッミルが指揮所に着いて魔族の状況を確認すると分散的ながら前よりは前線が高い様子が見える。

 「おはようございます。光の新主宰、ユッミル様ですね。昨日はこちらの主宰が申し訳ない。主導にしても強引で迷惑を掛けました」

 「いえいえ、リッネ様にご配慮いただけるなんて光栄ですよ。驚きましたが迷惑ではないですよ」

 「そうですか、ですが何かあれば私も話は聞きます。リッネ様の指揮所勤務時間を狙えばリッネ様以外と会っても機嫌は損ねないでしょう」

 「そんな事より魔族はいつもより少しだけ活発ですから警戒した方が良いですよ」

 「そっか、光は遠くまで見通せる。けどそれにしても凄いわね」

 「視野のかなり端ではありますけど」

 「私はネメッカさんの前の主導とかも知ってるけど領内での変化を見れる人はいなかったわ」

 「ただ、まだ数度なのでどの程度活発なのかははっきりは分からないんですけどね」

 「あなたはかなり急に主宰になったし仕方ないわ」

 「分かってはいるんですけどね」

 「どうですか?」

 日が明け始めた頃ソヨッハはユッミルに気を使っては声を掛ける。

 「ちょっと活発だけど大丈夫だと思う。ただ、数度しか見てないから本当の所は分からない。」

 「少し心配ですね」

 「まあそれもそうだけど指揮所が西過ぎて街の東が守りにくい事と中央の大通りですら手薄なこの配置はどうなのかな」

 「それはね、中央の大通りで術者が術を撃つと街を破壊してしまう。けど技量の高い幹部ならその心配は無い。普通の冒険者を草原に配置するのはそういう事。それと中央通りは広いとはいえ細い。技量の低い冒険者がたくさんいてもどうしても縦長の陣形になって魔族との間に味方がいる事で術が使いにくくなる。」

 「でしたら中央通りの前の草原で待つのは?」

 「詳しくはバッソー様に聞けばいいと思うけど魔族が大軍だった場合、普通の冒険者ではどうにもならない。そもそも中央通りこそが万一の場合の真の意味での迎撃地点よ。担当以外の主導は遅れて駆けつける。その際には中央通りで主導や主宰が少数精鋭で殲滅する。指揮所の主導の役目は初動対応として冒険者の援助をしつつ、敵を右翼から順に片づける事。まあ自信があるなら中央通り正面を守っても良いけどいえ基本的には指揮所周辺の戦線の維持が役目ね。」

 「まあ簡単に言えば指揮所は時間稼ぎですね。西にある理由は魔族が苦手な獣のいる森が近いので包囲されにくいと言った所ですか」

 「それもあるかもしれないけど指揮所の後ろは鉱山に近い武器庫。術への依存度の低い冒険者が自衛して包囲も防げるし指揮所への支援も可能」

 「結局、主導や幹部依存ですか。」

 「露骨に言えばそうね。けど主導や幹部と同行すれば戦力にはなる。少なくとも主導の消耗を防げるし周辺の警戒の目を広げられる。東区画は炎の自衛を織り込んでいる」

 「それで東西での自衛が成功すれば中央通りを支援して包囲ですか。ですけどそれだと魔族の街の破壊は防げない」

 「まあ街の破壊は下級魔族だと限られているし中級魔族以上が来たらそんな事は言っていられない」

 「なるほど思ったよりは考えられているんですね」

 「ええ、けど鉱山の位置は動かせないから仕方なくだけどね」

 ユッミルが森を見た後に魔族領を見ると魔族は前線に増えている。

 「もしかしたら襲撃があるかもしれません」

 「どういう事?」

 「前線でそれなりに活発な動きが見えます」

 「ユッミル様、リッネ様にあなたの様子を見ろって言われてるしもし襲撃があって迎撃するならついて行っていい?」

 「保護はしませんよ」

 「私の場合は月系魔法で速度を下げる幅が大きい。役に立つと思うけど」

 「なら中央で使えばいいでしょう」

 「あのね、あなたやリッネ様ではないのですから一人で思うままに突っ込んで無傷なんてのは幹部程度では無理よ」

 「魔族と距離を取りながら速度を下げるのは無理ですか?近接系ならそれこそ私の護衛でも技量不足」

 「いえ、月射位使えるわよ。けど前線で強力な月系術を打ってる人は狙われるわよ」

 「やめておきます。索敵して必要なら下級魔族の群れに突っ込む事はあり得ます。後ろを完全に守ると進むのが遅れて危険です」

 「なら待ってますね。もし襲撃があった場合は最終的に北の街での後始末になる。そこでなら守ってくれますよね?」

 「それは構いませんがその頃にはエッヒネ様やグルード様が事を終わらせているでしょうけど」

 ユッミルの継続的な観察の結果、ユッミルは襲撃があると判断する。

 「ソヨッハ、多分襲撃があるよ。先手で少しだけ削ってくる。頃合いを見て伝令を出した方が良いと思う」

 ソヨッハはすぐに動かなかったが月の幹部は月の術師を塔に向かわせた。

 ユッミルは指揮所の台から雷盾を補助にして滑空気味に落ちながら北に向かう。冒険者が散開する一帯より遥かに北に降り立つとそこからは走り始める。そこで魔族領を見ると前線は既に動き始めていたが布陣が完了してはいなかった様で中途半端な体制の状況でユッミルに気づいて迎撃する。多数の下級魔族と三体程の中級魔族が向かってくる。ユッミルはまず雷射で下級魔族を減らしつつ雷隗を発動する。雷隗は威力が高いが発動速度が遅い上に事前に雷光が見える為に避ければいいのだが大軍だとか守らなければならない拠点への攻撃は有効。雷隗は突進を中止できなかった一体の中級魔族と多数の下級魔族に降りかかり、敵陣中央に穴が開く。ユッミルは速度を落とし、剣と雷射で下級魔族を切っていく。すると魔族軍は下級魔族主体で中央のユッミルを無視して側面を南進していく。ユッミルはその方向に雷射等で追撃するが一定程度は逃す。ユッミルは中級魔族との距離が縮まった頃合いを見て光雷槍を撃つ。下級魔族は一撃だが中級魔族は当たっても倒れない。中級魔族は水系であり、水射の軌道をずらす等して避けながら角度を変えていく。その後は雷花と雷射で下級魔族を片づけ、散雷で魔族の動きを弱らせる。魔族の攻撃は多重の雷盾や雷面で防がれ、ユッミルは射線が開いたので狭雷を打ち込む。中級魔族は明らかに動きが鈍ったので雷射と雷花で周辺を蹴散らしてさらに近づくと近距離から雷槍を撃ち、雷装剣で切り伏せる。雷射しつつ中級魔石等を回収して残り一体を待つが向こうから来ないので雷花で道を空け始める。ユッミルが中央で中級魔石に手を掛けると同時に数方向から炎系魔法を迂回させて来る。下級魔族を巻き込みながらユッミルに向かう。ユッミルは中級魔石を拾った上で転がって回避する。そして、幻術を使い一瞬魔族がユッミルを見失った所で南に引いて付近の下級魔族を一掃して雷槍と狭雷を打ち込むと南に急いで撤退していく。

 街の北では既にエッヒネ等の炎が草原に出て応戦していた。指揮所でユッミルの近くにいた炎術師が手早く伝令した事に加え、バッソーがユッミルの担当時に被害を出させまいとエッヒネを待機させていた事もあって戦線は辛うじて街の手前であった。ただ、中央は各団の幹部が数に押され戦線が下がりつつあった。

 ソヨッハは前線の少し後ろで前線の冒険者を強化していく。そんな状況で月の主導リッネは現れて中央の戦線を押し戻す。ユッミルはようやく草原の中央に戻り、雷花での狩りを続けつつ南下を続けてリッネの姿を捉える。ユッミルはそれを見て指揮所側へ向きを変え、ソヨッハと合流する。ユッミルの加勢とリッネの来訪で大勢は決してユッミルとリッネが魔族を掃討していく。

 「ユッミルさん、ご苦労様」

 「いえ、やはり先手を打つのは良策ではありませんでしたね」

 「魔族が動き出せば右翼を潰しつつ中央を引き受けながら引いていくのが上策の筈だけど」

 「今度から気を付けます」

 「ユッミル、君は二度目だし襲撃の迎撃は初だろう。何も問題は無い」

 「リッネ様、ありがとうございます」

 「いえ、何か理由があってそのまま進んだという事では無いのですか?」

 「隠しても仕方ないですね」

 ユッミルは中級魔石を取り出してエッヒネに渡す。

 「この前は取り分を我慢頂いたので一個は差し上げます。今回も東の防衛をして頂いたみたいなので」

 「まあそれは半分炎の仕事だし構わないけど一応受け取っておきます」

 「ところで下級魔石をたくさん拾ってしまったのですがどうしましょうかね?」

 「どうやってこんなに?」

 「えっと下級魔族の一団を始末して遠めの中級魔族を誘き出す為に魔石を拾っていたらこんなになってしまいました。草原の中央にはこれでも大分放置してきましたけどね」

 「魔石は明らかに個人が退治したものは個人のものですから扱いは自由です。まあユッミル様の場合は一部を団に低価格で売り渡すのが妥当かと」

 「そうですね、ネメッカ様と相談します」

 「明日は臨時の主導会議です。ネメッカ様の参加は自由ですが襲撃時の指揮所担当者はできる限り、参加願います」

 「分かっていますよ」

 「そうだったな。私も迎撃に参加した以上出席する」

 「ではまた明日。後片付けは炎と土で担います」

 ユッミルは塔に帰還する。ソヨッハは既に木の塔に報告に向かっている。

 「ユッミル、大丈夫ですか?」

 「ええ、特に。それで魔石が…」

 「けどです。魔族の集団に突っ込んだそうですね?」

 「あっ、えっと魔族の集団を手前から順に慎重に一気に片づけただけで突っ込んではいませんよ」

 「一人で草原の奥に行ったのは事実ですか?」

 「あっと、中級魔族が三つ位いたので奇襲攻撃しましたよ」

 「危険行為は慎んで下さい」

 「魔族軍の進軍が開始された後に背後の警戒をしながら草原の中央で中級魔族と対峙するのは危険でしょう」

 「草原の中央なら味方が来援できるでしょう」

 「エッヒネ様がいたようですがそれを知ったのは事後です。それより弱い方では犠牲になるだけです」

 「けどとにかく心配ですから危ない事はやめて下さい」

 「指揮所の担当ですから」

 「だからと言ってそんな必要はありません。冒険者が心配なら草原の中央の東寄りで戦ってグルード様等を待つべきでした」

 「まあシェンハ様が理想ですがリッネ様なら問題ありません」

 「それはどういう意味ですか?強い女性と戦いたいと?」

 「そんな訳無いでしょう。グルード様では中級魔族と戦いながら周囲の下級魔族とも戦闘するのは危険です。シェンハ様やリッネ様であれば大丈夫ですし私も危なければ撤退位はできます」

 「ユッミルは帰還してくれたので戦えるとは証明されてしまいましたができればやめて欲しいです」

 「分かってますよ。今回は引いても危険が和らぐとは限らないから突っ込んだまでです」

 「分かりました。主導としては光への貢献に感謝していますよ」

 「それでですが下級魔石を団に買い取って頂きたいのですが」

 「いくらですか?量にもよりますが1100アーク以上を出すのは流石に」

 「そんな要求はしませんよ。そもそもその額だと確実に出ませんよ」

 「えっと、どれだけ取ったんですか?」

 「百近くですかね」

 「ユッミル、どんな危険を冒せばそんな事に…」

 「すぐには全部買えないと思うので一個当たり800アークで50個で4万アークですね」

 「確かに格安ですね」

 「まあ光から搾り取っても仕方ないですから」

 「イーサを呼んできます。いえ、そのまま来て下さい」

 結局、ユッミルはイーサとの協議の結果、80個を6万アークで売り渡した。それでもユッミルは50個近い下級魔石を抱えている。

 家に帰るとソヨッハも含めて全員帰っていた。

 「ユッミルさん、大丈夫でしたか?」

 「私も心配だったけど大丈夫でよかった」

 「ありがとう。ロコッサも心配かけてごめんね」

 「リッネ様に聞きましたが魔族の主力に突っ込んだそうですね。リッネ様は成果を上げた様に考えているようですが危険な事をしない方がいいですよ」

 「ユッミル、魔石増えてない?」

 「ミーハ、それを今言ったら駄目だよ」

 「ああ、光は明日総出で魔石製作と言ってましたけどそういう事ですか、ユッミルさんは強いですよね。無茶は駄目ですけど」

 「私は今更驚かないけど」

 「まあユッミルは成果を上げたよ、あなたの所以上のね」

 「いや、ミーハ。リッネ様が担当なら月ももっと成果は上がったよ」

 「はい、それなりの実力をお持ちなのは知っていますよ。私より強い事も理解しています」

 「そろそろ夕食にしませんか?」

 「そうですね」

 「手伝うよ」

 「私もやります」

 翌日、主導会議にユッミルが向かおうとするとリッネが待っていて連れ立っていく。

 「リッネ様はやはりあまり出てこないからこうやって出てくると注目の的ですね」

 「まあ今日は君が注目されてるんじゃないか?」

 「いえいえ、まだ顔はよく知られていないですよ」

 「それもそうだが光の新主宰の雷撃使い自体はかなりの有名人になってると思うよ」

 「あまり嬉しくは無いのですけど」

 「そうか、まあ私も人のことは言えない。であればこそこの仮面なのだからね」

 「私はその気になれば術で隠せますがネメッカ様と組んでいく以上それは不都合なだけでなんとなく分かります」

 「えっとあなた達ってそんなに仲が良かったかしら?」

 「まだだが積極的に動いた甲斐はあったという事だよ、シェンハ様」

 「否定はできません」

 「ユッミル、ネメッカといい情に弱いわね」

 「えっと、それはシェンハ様も人の事を言えないのでは?」 「そうなんですか」

 シェンハとユッミルとリッネの並びは完全に異様な注目を集めている。

 「おいおいなんだ、あの並び」

 「シェンハ様とあのリッネが一緒だと」

 「間の男はなんだ?」

 「確か光の新主宰だよ」

 「まさか昨日の襲撃でたまたま指揮所の担当で魔族に一発だけ高火力打って逃げて来たとかいう」

 「けど噂だと昨日の襲撃の魔族狩りは半分がそいつの戦果らしいぞ」

 「は?一発で二百近くやっちまったって事か?」

 「なるほどそんな奴だからあのシェンハ様ですら相手にするのか」

 「リッネ様が団の外の奴と交流とか珍しいがそういう事か」

 ユッミルは苦笑いだ。

 「ユッミル、凄い噂ね」

 「構わないよ。まあシェンハが活躍してくれればすぐ消えるけどね」

 「けどあの三人が組んだらエッヒネ様ですら用済みなんじゃ」

 ユッミルは表情が曇る。

 「そうね、困るわね」

 「ええ、ああいうのは駄目ね」

 「そうですが今は会議に向かいましょう」

 三人が着くと炎と木と土の主宰は既に座っている。

 「いないのはラーハ様だけですか」

 「ユッミル、たまたまだけど男はあなただけね」

 「ええ、グルード様は指揮所担当ですから」

 「木の主導は草原での調査はまだ継続していますのでその手伝いですね」

 「バッソーは念の為に側近と共に草原を哨戒しています」

 「申し訳無いわね。私は何もしてなくて」

 「私も哨戒程度なら…」

 「困るわね。それだと水が怠慢みたいじゃない」

 「ラーハ様、おはようございます」

 「ユッミルさん、おはよう」

 「ユッミル、こういう人には足が悪いなら早めに出てはどうですか、御婆様と声をかけるべきよ」

 「相変わらず赤子の様に騒ぐのね。それにしてもリッネさん、ユッミル様は優秀ですが目的が近いのは月ではなく水。ユッミル様に近づいても期待は裏切られるだけですよ」

 「そうかもしれませんが事はそう単純ではない。何も私は光に私の目的を押し付けるつもりはない。むしろユッミル様の目的次第ではそれに合わせる事も躊躇しない」

 「まあそう言われると水としては何も言えませんがそれが騙しではない事を願います」

 「あの、そろそろ始めても構いませんか?」

 「シーリュノ様、申し訳無い」

 「悪いのはあなたではありませんから全員座って下さい」

 「では始めさせて頂きます。まずは暫定ではありますが今回の討伐数はユッミル様が160以上、エッヒネ様を筆頭とした炎が43、リッネ様を筆頭とした月が29、水が28、土が21、氷が12、木が3」

 「私達が草原中央で確認したのは下級魔石60足らずです。他の団は今回草原中央へ攻撃していない様なのでユッミル様の討伐と確認し、光の団から百程の下級魔石をユッミル様が持ち帰ったとの話を聞きましたので認定しました。さらに魔族領内にも多数の魔石の散乱を確認しましたので総数は200を超えるでしょうが一応確認としては160とします」

 「光が下級魔石をごっそり持って行ったのね」

 「あんたがこそこそ狩っても私やそこの仮面の片手間には敵わないわよ」

 「ですけど炎の団の自衛依存ですけどね」

 「それは土としても解決したいのですがね」

 「ですが土が北に偏重してしまうと西の守りが崩れますから仕方ありません」

 「ユッミル様、それは私に安易に動くなと言いたいのですか?」

 「いえいえ、光は中々自衛できないのでね。月は戦力が充実してますからリッネ様が抜けても十分です。が、本来月に防衛を任せるのはおかしな話」

 「私ね。分かってるわよ」

 「まあそれもそうですが優秀な術師の数が足りません。まあ光に言えた話ではないですが。もちろん、いるのに使おうとしない団も困りますけど」

 「あら?それは誰に」

 「ユッミル様、言い分は分かりますが性急には進みません。木としても防衛には協力する所存です」

 「いえいえ、利益の無い事を強要する事は中々難しいですから。別に私が下級魔石を市場に多数流して中級魔石を徐々に増やしても水術の価値は落ちませんし水の団に動いてもらうのが難しいのは承知してますよ。ですから狙っている訳ではありませんが魔族は来ますから私でなくてもシェンハ様やリッネ様が対処すればそうなるでしょうね」

 「そうね、魔族の襲来が増えれば水も参戦する機会は増えるでしょうね」

 「あの、むしろ魔族襲来時に魔族領を攻撃するのはどうでしょう?魔族は我々が反撃しないと思っているから防衛に気を付けずに攻めてきますがそうするとまずいと気づけば襲撃回数や規模が減るかと」

 「それはそうですが」

 「リッネ様、その攻撃を誰がやるんですか?」

 「ユッミル様、私とでは力不足ですか?」

 「それは無理だと思います」

 「ですよね、エッヒネ様」

 「実力としては問題ありませんがこちらが問題です。シェンハ様だとリッネ様の攻撃前に終わってしまいます。そもそも魔族軍は防衛に気を付けていない訳ではない」

 「ならばもっと守る必要があると思い知らせればいい」

 「リッネ様、それは危険です」

 「エッヒネさん、珍しく同意見ですわよ。独断先行は困ります」

 「私としてもいきなり承諾はできません」

 「リッネ、その場合私はどうするの?それ次第ね」

 「特にシェンハに言う事はない。聞くとも思えないしな」

 「そうだけどやりやすい事ならやるわよ」

 「普通に中央で魔族軍の動きを止めるのが良いと思うよ」

 「ふーん、ユッミル。そいつと地獄に突っ込むのね」

 「いえいえ、役に立たないとご理解いただいて引いてもらうまでです」

 「随分杜撰な計画ね」

 「あの、ですがやはり襲撃が予知できない以上難しいですしユッミル様とリッネ様が同時に抜ける方向性を推奨したくは無いのですが」

 「そうだ、であればシェンハに私達がいない時間を任せればいい」

 「それは構わないけど嫌な言い方ね」

 「だが急ぐ事ではない。まだ私とユッミルの連携は確立していない。ですから今決まっている指揮所の担当は変更しなくていい。ただ、これからの組み立てではお願いしたい」

 「ユッミル様、程々に願います」

 「そうしたいですが私に言われても困ります」

 「できる限りで構いません」

 「分かりました」

 主導会議を終えると当然の様にリッネはユッミルと話そうとする。

 「ユッミル、やはり一度手合わせを願いたいのだが」

 「それは殺すという宣告ですか?」

 「まずは剣を軽く交える所から」

 「ですが今日は臨時でお休みを頂いていますが明日以降はあなたと同じで団員の鍛錬に協力する事になっています。光の場合は目的はあくまで魔石製作ですから魔石が急に増えたので忙しいのですよ」

 「分かった、暇になったらキッシャノに声を掛けてくれ」

 リッネは足早に去っていく。

 「ユッミルも大変ね」

 「そうですね、今回はお逃げになられた様ですが」

 「そういう事なら私も協力しない事は無いわよ、ユッミル様」

 「どう協力してくれると言うのですか、ラーハ様。仮面の方を怒らせるのは御免ですよ」

 「そうね、考えておくわ」

 「私も急で今すぐではないですが対応策を考えます」

 「まあ私もリッネの暴走は御免だからできる事は協力するわよ」

 「珍しい利害の一致ですね」

 「あの仮面に過剰反応してるのはあなたも同じでしょう」

 「過剰ですかね?」

 「一見すれば過剰だけど油断しない主義なのよ、私」

 「分かっていますよ」

 ユッミルは塔に行く。

 「休んでいいと言ったのに」

 「あの…すぐにではないですし訓練してからになりますがリッネ様と魔族領に攻撃を仕掛けて良いですか?」

 「はい?えっと駄目ですよ」

 「でしたらネメッカ様がリッネ様をご説得頂けませんか?ラーハ様も何か手を打つようですが」

 「ユッミルが断るのが早いと思いますが」

 「いえ、ネメッカ様には正直に言いますが私としては真っ向から反対ではないので押し切られてしまうかと」

 「ユッミル?」

 「奥にまで行くという話ではなく何処まで行けるかを試すのは価値があると思っています。あくまでリッネ様の高い力量が前提条件ですが」

 「どうしてそんな危険な事を」

 「ですが北の街も放置すれば定期的に危険に晒されます。リッネ様が望むのであれば無理であれば早々に諦めて頂く事も含めて一度やる方が良いかと。ただ、光の主導はネメッカ様ですので意向は無視しません」

 「ただ、リッネ様に抗弁するのが嫌なだけでは?」

 「ネメッカ様、あなたに簡単には嘘はつきませんよ」

 「分かりました。考えておきます」

 ユッミルは帰宅する。

 「あの、聞き忘れていたのですがキッシャノさんは狩りにご参加頂けるのでしょうか?」

 「あまり得意ではないから気は進まないが」

 「月の団員は武器の扱いに長けていると聞きますが?」

 「ああ、あの武器はある程度は使えるが月での武術は大した事は無い。あなたにすら全く敵わないだろう」

 「そうですか。ただ、月の術は貴重なので差支えなければ一度同行して力量をお示し頂けませんか?」

 「分かりました。ユッミル様の力量を知れという目的にも合いますのでご同行させて頂きます」

 翌朝、三人の訓練生を迎えに行く。

 「ネメッカ様、光としてはリッネ様の傍仕えを派遣しないのですか?」

 「リッネ様は性別を公表していません。送れないのですよ。そもそも連絡であれば向こうの派遣した方がいるのでそういう目的は通じません」

 「目的はリッネ様の偵察ですよ」

 「堂々と言うのですか?」

 「敵では無いのですから」

 「ユッミルは本当はリッネ様を怖がっていないのね」

 「脅威ですから情報把握は必要ですよ」

 「いっそユッミルが泊まりに行けばいい」

 「良いのですか?」

 「まあ女性かどうかは分からないので女性だった場合にユッミルが子供を作らない限り、浮気とはならないので問題はありません」

 「そうですね。確かに色々と問題ですね、時間も時間ですので訓練に行きますね」

 ユッミルはまたロコッサとミヨーナにリュッサと二人の少女と少年一人の訓練にソヨッハとキッシャノとミーハを連れてくる。6人の訓練を4人で援護する恰好である。

 「随分、増えましたね」

 「そうだね。今日はともかく今度からは二手に分けたいけどそれはそれで不安」

 「それにしても光に水に月に木。4属性を揃えて狩りをするグループは多くないですよ」

 「そういうグループはあるだろうけど団に所属する術師で4属性は少ないだろうね」

 「はい、そんなグループで町の近くというのは目立つと思います」

 「けど訓練の都合上、奥だと意味が無い」

 ユッミル達は森に着く。ユッミルはさっさと放音で獣を誘き出す。

 「水砲」

 「えっ」

 ミーハが水を打ち出すと獣は後方に飛ばされる。

 「ミーハ、倒したら意味が無いだろう」

 「かなり加減したので倒れませんよ」

 「だとしても逃げるかもしれないだろう」

 「それもそうですが違うみたいですよ」

 獣は態勢を立て直して向かってくるが速度は落ちている。

 「私も行きます」

 キッシャノは月射を打つ。薄暗い雲の様な塊が獣に当たると弾けて一瞬薄く獣を覆う様な魔力の変化をユッミルは感じる。

 「だったら私も」

 「えっ」

 ソヨッハはユッミルとロコッサと三人の少女達の能力を整える。

 「私から行きます、光点」

 獣の速度はキッシャノの月射でかなり落ちている。光点はきちんと命中する。

 「こういう時、月射は優秀か」

 ユッミルはソヨッハの強化で圧縮させた雷花で獣の首をきれいに落とす。

 「ソヨッハ、今日はどうしたの?」

 「いえ、これまでは訓練だと聞いていたので私は危ない時だけ強化をしようと思っていたのですがキッシャノさんに頼んでいる事を考えれば私も普通に参戦した方が良いのかなと」

 「そうだね、そうしてくれるといい。キッシャノさん、月射をたくさん当ててるよね?」

 「はい、そうですね」

 「次からの二人は一度目はそのままで良いけどそれ以降は少し減らして徐々にお願いできますか?」

 「そういう事ですか。構いませんよ」

 キッシャノは少しずつ能力低下量を減らし、ソヨッハも強化する術を変えて量を調整し、六人を少しずつ慣らしていく。

 この日の訓練はかなり上々で全員目に見えて上達した。

 森を出て塔に戻ろうとすると声が聞こえる。

 「ユッミル様、奇遇ですね」

 「偶ぜ…、そうですね」

 「キッシャノも感謝する。それでそろそろ昼食と思うがご一緒出来ないかな?塔ではなく集会所の方で」

 「それは困ります。事が大きくなりすぎます」

 「分かった。ならあそこへ行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 2節 雨季


 ロコッサや少女にリュッサを塔に送り、キッシャノとソヨッハを家に帰し、ユッミルとリッネは南の月の塔と光の塔の間の地区に着くとリッネに連れられて店に入る。

 「ここは光と月の術者だけ安くしてもらってる。私が全て持ってもいいがそれはお任せする」

 「団員ですか?それとも術者ですか?」

 「団員だね。団員証を持っていないのか?」

 「ああ、確かネメッカ様に渡されたような」

 ユッミルは魔石が満載された鞄の脇のポケットから少し厚みのある板状の札を取り出す

 「そう、それだね。きちんと主宰のにしてあるね」

 ちなみにこういう飲食店は術師のみ半額とか4割引きが相場である。その価格が相場の8割程度であり、団員以外は5割位か以上の割り増しという事で実質的に隔離している。

 ユッミルは軽めの食事を注文する。リッネも注文を終える。

 「それでユッミル、予定はいつ空く?」

 「あさっての午前は指揮所です。明日の昼間は訓練をするつもりです」

 「明日は午後からは空いている。明後日の午後は君の後に指揮所だ。それでは明日の夕方はどうだ?」

 「それで何をするのですか?」

 「まずは手合わせ願いたい」

 「ですが私は帯剣していますが腕は大した事はありません。あくまで術ありきです」

 「それでもとりあえずは構わない。私の腕を見てもらう意義もある」

 「良いですよ。それで何処でですか?」

 「月の塔の近くにある武術場と呼んでいる単なる木の枠で囲った何も無い野原だよ」

 「なるほど、リッネ様はそこで私を組み伏せて月の威容を示そうという訳ですね」

 「ユッミル様、ご冗談はおやめ下さい」

 「ですが結果的にそうなりそうなのでご配慮頂けませんか?」

 「ユッミル様の力量に合わせますから」

 「ありがとうございます」

 無事会食を終えると二人はそれぞれ所属する塔に帰還していく。

 「ネメッカ様、明日月の塔に向かう事になりまして死ぬかもしれないので最後にネメッカ様と寝ようかと」

 「それはつまり、期待していいんですか?」

 「いえ、一緒に寝るだけです」

 「死ぬ気なんてないじゃないですか。私と寝る為の嘘は歓迎ですね」

 ユッミルはネメッカとイーサとルーエとリュッサと夕食を食べる。ロコッサは予定変更を伝えるついでに予定通り帰す。

 「それにしてもやっとお世話係を受け入れてくれてこういう形で食事もできて良かったです」

 「ああ、イーサさんは僕の部屋の面倒を見させられる事を懸念していたんですね」

 「いえ、ユッミル様が主宰になりきらない事を心配していました」

 「そうですね。ご迷惑をお掛けしました」

 「それは良いですが色々考えるともう一人は欲しいですね」

 「所でネメッカ様は実力者を側近にしないのですか?」

 「ユッミル、それはどういう意味ですか?ルーエはそこそこ強いですよ」

 「いえ、ルーエさんは気が利きますがあまり好戦的では無いようですし」

 「今の光に好戦的な人はいませんよ、ユッミルが一番好戦的かもしれません」

 「それは方針に合わないから出ていけという事ですか?」

 「いえ、私達は光の団や術師である以前に冒険者です。好戦性があまりに低いのは問題です。気持ちだけなら構いませんが技量として戦えないは問題ですよ。ですから底上げをやってくれているユッミルにはとても感謝しています。私では光術師を森で護衛するのは確実にはできない」

 「私が言い出したことですからお気になさらず」

 「ユッミル様もネメッカ様もここではそれで構いませんが部屋ではもう少し夫婦らしくいてはどうです?」

 「塔は職場ですしネメッカ様の部屋も綺麗で整っていますが寝て居座るだけの部屋ですから必然的に夫婦という感じは無いですね。カエさんの時の方がまだそれっぽいですがあそこは人が多いですから」

 「そうですね。私の塔の外の家にも行く様にした方が良さそうですね」

 「ですがネメッカ様に利点は無いですよね?」

 「ユッミルと楽しく生活する事は十分な利点ですよ」

 「分からないですよ」

 「やってみたいんですよ」

 「お任せします」

 「あの、ユッミルさん」

 「ああ、ロコッサ。おはよう」

 「あの、メシャーナちゃんが昨日急に帰らなくて怒ってましたよ。ミーハさんも少し機嫌が悪かった気がします」

 「まあ一応、ネメッカ様が最優先だからね」

 「そうですね。けど急に帰らないと心配しますよ」

 「ありがとう、ロコッサ。気を付けるよ」

 ユッミルは魔石製作の様子を一通り見物するとネメッカの執務室に来訪する。

 「忙しいですか?」

 「いえ、まあもうすぐ雨季ですし仕事は増える様な減る様な感じですけど指揮所に行かないので時間は余ってますね。ユッミルも普段は森での訓練ばかりですけど雨季はここにいればいいと思いますよ」

 「雨季ですか、でしたらイーサさんは休まないのですか?」

 「イーサは寒季に纏まって休むんですよ。それ以外でも休んでますよ」

 ユッミルはネメッカやイーサと昼食を食べて執務室で少し話をして月の塔に向かう。

 「あっ、雨ですね」

 「これは月との約束は中止。良かったわね、ユッミル」

 「大丈夫ですかね」

 「大丈夫よ、私の部屋で昼寝でもしましょうよ」

 「心配ですね」

 「野外での手合わせはこの天気では無理でしょう」

 「そうですけど」

 「心配なら私を抱いて乳でも吸っておけばいいんですよ」

 「呆れるなら普通に呆れても良いんですよ」

 「せっかく部屋に戻って言ったんだから気が済むまで吸わせろってやれば良かったのに」

 「寝てる間にもうしてるかもしれませんよ?」

 「だと良いんですが」

 「あの、ネメッカ様は都合もあって最初から受け入れていましたけど強引にやらない訳では無いですよ」

 「家ではやってるんですか?」

 「いえ、家でもむしろ促されてしまうので」

 「それで良いんですよ」

 「ですから不必要に遠慮してる訳では無いですよ」

 夕方、雨は止んだので家に帰る。ソヨッハとキッシャノは不在であった。

 「おかえり、ユッミル」

 「うん、夕食の用意をするね」

 「そうだね、きっとソヨッハは帰らないし」

 「雨はもう止んだからそろそろ帰ってくるかもしれないよ」

 「だといいね」

 「それよりキッシャノが帰ってこないと不安で仕方ないんだけど」

 「それはどういう意味?」

 「それはキッシャノさんはあのリッネ様の使者だぞ。怒らせたくない」

 「私はどうなの?」

 「分からないから仕方ない。それよりもメシャが痛々しい。」

 「まあ大きくはなってるよね」

 「あんなに幼いのに子供なんてするからだよ」

 「ユッミル、私は動いたら駄目だと思ってるだけで動こうと思えば動けるからね」

 「なら良いんだが」

 「えっ、ユッミルは私の事は心配じゃないの?」

 「まあメシャ程は小さくないしそれにラーハ様が何とかするよ。メシャは僕が面倒を見ないといけないのにああいう事になったから何とかしないと」

 「心配してないよ。そろそろ生まれるしね。ユッミルはそんなに大変なら子供の面倒は私が見るよ」

 「メシャは術の訓練をしてくれないの?」

 「ううん、でも今は雨季だしちょうどいいかなって」

 「そうか、けどまあ全員で面倒を見る事になるだろうけど。所でもう生まれるの?」

 「うん、そろそろな気がする」

 「そうか、けどネメッカ様もそろそろなのか」

 「えっ。同時にしたの?」

 「そんな訳無いだろう」

 「同日?」

 「それも無い。十日位は差があったと思う」

 「じゃあ、ネメッカ様とできなくなってから頻度が落ちたのね」

 「いやいや、メシャもネメッカも向こうが強引にだからね」

 「ネメッカが?何も決断できそうにないネメッカが?」

 「いや、流石にかなり強く誘われたってだけだけどでも本人は色仕掛けかもしれないけど誘う事は最初からそのつもりだった気がする」

 「かなり計画的だったのね」

 「そういう言い方はやめて。そういう意味ではこっちから時期を選んだのはミーハが最初かもね。ラーハ様の無言の圧は凄いからね」

 「うん、私の体って緩いから脱いでも分からないと思うけど私も多分したと思う」

 「えっ」

 「うん」

 「ちょっと太ったとかではなく?」

 「違う」

 「えっと、水の塔に報告はしたの?」

 「可能性は伝えたけど本当は確実だと思う」

 「どういう事?」

 「そろそろユッミルにも相談して確信を得てから報告したいと思ってた」

 「確実なのだったら水の塔で静養してね」

 「えっと、まだ早いよ」

 「いや、困るんだけど」

 「何が?」

 「あの姿で寝かせるのはちょっと」

 「けど駄目。もう少し待った方が良いと思う」

 「どういう事?」

 「とにかくもう少し待って」

 「少しだよ」

 「うん」

 ソヨッハは夕食の途中で帰ってきたがキッシャノは戻って来なかった。翌朝、ユッミルは指揮所に向かう。集会所付近で見慣れた顔に遭遇する。

 「イーサさん、どうしたのですか?」

 「たまにはせめて指揮所の前までお見送りしようと思って」

 「らしくもない。本当の目的は?」

 「まずは皆様にユッミル様が御付きのいる主宰と認識頂く事ですね」

 「他には?」

 「それが一番ですよ。他はついででしかありません」

 「まあ良いですよ。手でも繋ぎますか?」

 「ご遠慮します」

 イーサはユッミルの後ろに立つ。指揮所の高台には簡易の屋根がついており、草原にも疎らに多数の掘立屋根が点在している。

 「あの、襲撃があった場合にあなたをどうすれば良いんですか?」

 「ネメッカ様からの伝言によるとイーサから目を離さず責任をもって護衛するようにとの事です」

 「目的はそこですか」

 「いえ、私はユッミル様にそこまで大事にされていないので事が起きればおいて行かれるでしょう。ネメッカ様は残忍ですよね」

 「分かりましたよ、そんな事はしませんから」

 ユッミルは今日も魔族軍の様子を偵察するが前線には数は多くない。

 「うーん、魔族軍は減ったのかも」

 「ユッミル様のお蔭ですね」

 「だと良いけどね。少なくとも今日の襲撃は無いと思う」

 「それは貴重な情報ですね。そうなるとしばらくは無さそうですね。そうこうしてる内に雨季が本格化しますし」

 「まあ光にとっては僕よりイーサさんが抜ける方が痛手でしょうね」

 「ネメッカ様は違いますけどね。ですので危険な行為は無いように願います」

 「そうは言いましても指揮所は魔族との戦闘の最前線ですよ」

 「ここは纏まって魔族に対抗する為の指揮所です。独断専行は趣旨に反します」

 「申し訳無かったが中級魔族だと被害者が出る」

 「下級魔族でも犠牲になる人はいますしユッミル様が死んだらそれこそ止める人はいなくなる」

 「リッネ様がいますよ」

 「ですからネメッカ様の事を考えて自重頂きたい」

 「それだといつまで持ちますかね」

 「ユッミル様はいつもの調子だと誤解されかねないですね」

 「分かりましたよ。ですが事には限界があります」

 「ユッミル様、こんにちは」

 「こんにちは、リッネ様」

 「ご苦労様です、交代ですよ」

 「昨日は申し訳ありませんでした」

 「ああ、雨は仕方ないですよ。今後の事はまた日を改めて」

 「では失礼しますね」

 ユッミルは足早に階段を下りていく。

 「ユッミル様。リッネ様はユッミル様にはお優しいですからそこまで恐れなくても良いのでは?」

 「分かっていますが昨日、あまり気が進まなかったので良かったと思ってるので積極的なリッネ様に申し訳ないのですよ」

 「とにかくユッミル様を攻撃する気は無さそうですしそういう心配はありません」

 ユッミルは剣を持って走ってくる何かに対して咄嗟に雷盾を展開する。

 「流石の腕前だな」

 襲撃者は一度距離を取りつつ呟く。

 「どういう事だ。何のつもりだ?」

 「光の団を乗っ取りに来た。一番強いあなたを倒せば文句は無いだろう。その代わりにあなたが勝てば忠実に従ってやろう。隣の女に危害を加える気はない、近くに置いておくといい」

 「そういう事か。まあネメッカ様が可哀想だから負けないようにしないといけませんね。イーサさん少しだけ下がってて下さい」

 「分かりました」

 ユッミルは雷装剣を抜く。

 「ところでこの剣は本物だ。君を殺す訳にも行かないから手加減する事になって不利だね」

 「手加減は私もする。」

 「勝負は剣術なのか?それだと光の団を賭けるのに相応しくはないだろう」

 「そんな事は無いよ」

 相手の持つ剣は光り始める。

 「光剣か、また面倒なものを。悪いが術で終わらせる。行くよ」

 「来い」

 ユッミルは雷打で牽制しつつ光剣の剣撃を受けながらその光を散らしていく。剣士は一度下がる。

 「もう良いだろう。その程度では勝てない」

 「負けたら隷属、負ける訳にはいかない」

 「は?」

 ユッミルは剣撃を迎え撃つ幻影を囮に剣士の後ろに周り、剣を回収する。

 「くっ、姑息な。だが光系術師としては完敗だ。従おう」

 「おい、お前。隷属と言ったか?適当な事を安易に言いやがってふざけるな」

 「適当ではない。本当に隷属する」

 「いや、光に入ると言うなら反省すれば許してやろう。謝れ」

 「ご命令とあらば謝りますが適当ではありませんので本意ではありません」

 「いや、勝てると思ったから大きなものを賭けたのだろう?」

 「ですが後から条件を撤回等という話は毛頭考えていない。宣言したからには隷属する。ユッミル様のお付きとして雑務も何もかもこなします」

 「それはありがたい条件だがそういう安易な行動は慎んでもらわないと困る」

 「それは問題ありません。ユッミル様のご指示に全て従います」

 「あの、ユッミル様。とりあえず続きは塔の方で」

 「そうですね」

 「ユッミル様、不審者を連行する時は武器を隠し持っていないか調べるべきですよ」

 「そうですね」

 イーサが体に手を掛けようとすると女はイーサの腕を掴む。

 「駄目ですよ。きちんと強い人がやらないと人質になってしまいますよ」

 女はイーサをユッミルの後ろに置く。

 「まあ調べても良いが特に何かある様には…」

 ユッミルは女の上半身をなぞっていく。

 「やはり何も無い」

 「でしたら次は私を縛ってお運び下さい」

 「そんな用意は無い。それより急ぐよ」

 「甘いですね。暗殺されますよ」

 「あまりそういう暴力的な集団とは見られたくないだけだ」

 「分かりました」

 女はユッミルの横に体を寄せ、手をユッミルの前に差し出す。

 「は?」

 「ユッミル様、両手を軽く掴んで下さい。そうすれば反意を早く察知できます。」

 「君に反意等無いだろう」

 「そうですがそれは私だけです」

 「まあ良い、とにかく早くいく」

 ユッミルは痛烈な違和感を覚えながらも塔に戻る。

 「ユッミル、新しい女性ですか?」

 「えっと、単に入団してもらうだけですよ。それなりの実力なので側近かもしれません」

 「ああ、ネメッカ様ですか。私はユッミル様の配下ですのでよろしくお願いします」

 「ユッミル、では何故手を取って歩いていたのですか?」

 「私に反逆の恐れがあったので手を拘束すべきでしたがユッミル様が体裁を重んじてこういう形にご配慮頂きました」

 「納得はできませんがまあ良いです。それでユッミルはどうするのですか?」

 「まずは塔でお話を聞こうと連れてきました」

 「ユッミル様、私を今度こそ確実に拘束して下さい」

 「あの、塔の中とはいえここも駄目です。武器は回収していますしそれ以上はしません。良いから応接室に行きますよ」

 四人は応接室に行く。

 「まず、イーサさんにした手荒な行為を謝罪して下さい」

 「はい、申し訳ありませんでした。これから入団する団の方に無礼でした。ただ、非力なあなたが私の様な人間に安易に近づくのは控えた方が良い」

 「ネメッカ様、構いませんか?」

 「いえ、まずは私から質問があります。私とユッミルは婚約していますがそれは理解していますか?」

 「実力はもしかしたらあなたの方が私より上かもしれません。私に主導を下りてユッミルを主導にしてあなたが主宰に着く等とは考えていますか?」

 「私はそうあるべき、少なくともユッミル様が主導であるべきと考えますがネメッカ様がこの事態を強要しているのではなくユッミル様の意向というなら従います」

 「こちらの意向です」

 「ええ、私もユッミルが主導であっても良いと考えていますがその気は無いのです。そもそも徐々に私はユッミルに懐柔されて言う事を聞かされています。ユッミルは主導にならなくてもここで一番の権力者なのですよ」

 「それを言い出せば権力者はイーサさんでしょう」

 「それで私は入団しても良いのでしょうか?」

 「まあそれ自体は仕方ありません。先程も言った様に私はユッミルの言いなりですからこの場で乳を吸わせろと言っても断れません」

 「とにかく側近としてよろしくお願いします」

 「分かりました。とりあえず細かい話を詰めましょう」

 ユッミルと女剣士は主宰部屋に着く。そこにはロコッサとリュッサがいた。

 「この度は数々のご無礼申し訳ありませんでした。本当は反意等ありません。私如きではユッミル様には全く敵わない事は承知しておりました。しかし、切り掛かったのもまた事実。けじめとして懲罰を願います」

 「まあ切り掛かられたのは嫌だけど懲罰と言ってもね」

 「その前に体を押さえながら武器を確認すべきです」

 「えっ。いや、反意は無いって言ったでしょ。ここには弱そうな人質になりそうなのもいますし何も無いのはご承知頂きたい」

 「まあ良いか、分かったよ」

 ユッミルは女の防具を外していく。

 「あの、全て脱がさないと駄目ですよ」

 「そこまでは不要だろう」

 「やはりあの殺意は脅威では無かったのですね。女等弱いと思っている」

 「分かりましたよ」

 ユッミルは体を押さえながら武器を確認するが何も無い。

 「何も無いですね。では…」

 「ユッミル様、私はあまり男性に慣れていないのでこんな姿で素肌を好き放題触られるのはかなりの罰になると思います」

 「懲罰というからにはネメッカ様と違って優しくはしません。リュッサ、ロコッサと一緒に外でも宿舎でも言って時間を使ってきて下さい」

 リュッサとロコッサは部屋を出る。

 「そう言えば名前は?」

 「フェノです。本当は雷撃の噂を疑って光の団を嘘つきの如何わしい集団と思っていましたけど前回の魔族を撃退した主宰の話は術師協会も認定したので本当は本当だと分かっていたのですし指揮所近くの噂話で確信しました。ユッミル様がもうすぐ来る時間だというのは分かりますので衝動的にやってしまいました。本当にすいませんでした」

 「それはもう良いけどフェノの間違いはそれじゃない。こんな男の前でそんな姿でいる事だよ」

 「分かっていますよ。早くして下さい」

 ユッミルはフェノに懲罰を与えていく。

 「懲罰は終了。という事で許すのでこれからよろしく」

 「はい、ユッミル様。これからも色々とお申し付け下さい。可能な事であれば最大限要求にはお答えします」

 「そこまで考えなくていいからお願いします」

 ユッミルはロコッサに今日の当番をフェノに与えた事を伝達して一緒に帰る事にする。途中でソヨッハも合流し、買い物に付き合ってから帰宅する。

 「ユッミル、夕食はまだ?」

 「今、作ってるだろ」

 「まだならそれは他の子に任せて遊ぼうよ」

 「遊ぶって?」

 「たまには夜以外も良いでしょ?」

 「やめておく。ネメ…今日は気分じゃない。疲れた」

 「だって料理は他に任せたら?」

 「料理はそんなに疲れないんだよ。皆も手伝ってくれるし」

 「分かった、ごめんね。ところでロコッサは当番じゃないの?」

 「まあ別の人に代わってもらった」

 「そっか」

 「それよりキッシャノさんは?」

 「昼間に少し来たけどすぐ塔に戻ったよ」

 「何か伝言とかは?」

 「無いよ。それにしてもキッシャノはともかくリッネ様はかなりユッミルが気になるみたいだね」

 「こっちも気にしているしお互い様だ。本当はリッネ様の事は信用している。ただ、色々と不安要素が多くて心配なだけだからね」

 「ユッミル、水はリッネとユッミルの関係が水より深くなると困るから私との関係をもっと深めたいの、分かってね」

 「分かったから」

 翌朝、塔に向かおうとするユッミルの前にムヒューエが姿を現す。

 「あの、お話があるのですが」

 「構いませんがどういったご用件で?」

 「まだ確定ではないのですがリッネ様の件で私達が一計を案じて一時的にですがユッミル様を解放しようかと」

 「それはどういう?」

 「塔でネメッカ様も交えて話しましょう」

 ユッミルとムヒューエは塔に向かう。

 「えっと、あなたは?」

 「水の使者です。主にユッミル様と話していましたが今回はネメッカ様にもお伝えしたい」

 「分かりました」

 「リッネ様はユッミル様と連携して魔族を叩く事を考えている様です」

 「はい、聞いていますよ」

 「もちろん、ユッミル様の身の安全も問題ですが森で魔族を押し込んでも二人がいなくなれば元に戻すでしょうし二人が来たら後ろに下がりながら二人を奥に引き込んだりも考えるでしょう。同じ様な作戦の繰り返しは愚鈍です。この作戦に先は無いというのが水の見解ですがリッネ様の意向を無碍にして独断専行を誘発しても魔族の警戒心を高める等の副作用が起きかねない。そうした事情から水としては戦略として時間稼ぎを選択しました」

 「まさか僕が?」

 「いえ、リッネ様には霊族の方の調査を要求するつもりです。何かご意見はありますか?」

 「こちらは何もしなくていいのか?」

 「はい、おそらくリッネ様の事ですから結果は説明してくれるでしょう」

 「だがそこまでは稼げないだろう」

 「いえ、雨季ですから調査は進まないでしょう」

 「いや、リッネ様は雨如きでは…霧か」

 「はい、そうですね。ラーハ様の目論見はそこでしょう」

 「だがこの時期にそんな依頼、露骨すぎないか?」

 「大丈夫ですよ。あくまで時間稼ぎです。次の手の準備はしておきます。そして、ここからが本題ですがその次の手はユッミル様にご協力頂きたい」

 「内容次第ですね」

 「こちらも調査ですよ。ただ、お分かりかと思いますが時間稼ぎにしかなりません。同時並行でエッヒネ様が説得に当たりたいのですが元来あまり人と交流しようとしない様なのです」

 「それを僕がやれと?」

 「その糸口を収集して頂けないかと」

 「あまり期待されても困るのですが」

 「その辺りは徐々にユッミル様とリッネ様の関係から光と月の関係に持ち込んでいく事をラーハ様は薦めています」

 「今の月と光の連携は水にとって嬉しい事ではないように思いますが?」

 「そうでもありますがユッミル様とリッネ様の個人的な関係よりは良いと考えている様ですよ」

 「分かりました。私もユッミルを危険行為に引き込ませたくは無いので協力します」

 「それでですが今回の一件の連絡は私が担当します。塔に度々来訪…」

 「それはご遠慮願いたい」

 「でしたらユッミル様の家に出向きますね」

 「それは構いませんが宿泊は許可しません」

 「今回は連絡なので宿泊はしませんが許可しないという言い分は受け付けかねます」

 「ネメッカ様?ムヒューエもどう…」

 「ユッミル、私の許可を取ってくれますね、事前に?」

 「ユッミル様が拒否するならやむを得ない」

 「分かりました。そうします」

 「ミーハもソヨッハも待たせてごめんね。それとキッシャノさんもありがとうございます」

 「はい、途中で合流する予定でしたが間に合ったようですね」

 「ユッミル様、確か森での訓練をしているとか」

 「はい、今日もこれからその予定です」

 「私もご同行して良いですか?」

 「構いませんが仕事は獣を押し流す事ではありませんよ」

 「いえ、私はどちらかと言えば刺す様な形です」

 「あの、駄目そうなら言いますから控えて下さいね」

 「もちろんです。邪魔する気はありません」

 今日はリュッサは塔に居残っているので訓練者はロコッサを含めて4人であり、保護者はユッミルやムヒューエを含めて5人と完全に過剰だ。

 「僕がロコッサと誰か一人を見るのでソヨッハとミーハが一人を見てキッシャノさん達が残り一人をお願いします」

 結局、ロコッサ以外を輪番にした。やはりキッシャノの月射による敵の調整が有効であった。次に手本を見せられるユッミルが有効に機能した。ソヨッハの強化も成果は上々であった。

 「あまり役に立てなかったようですね」

 「水は戦闘向きですから補助には向きませんからね」

 「あの、ミーハも一緒にしないで。私は調整できるし」

 「私も調整はしていますが一つ一つの威力を落とすというのはちょっと」

 「別に問題は起きなかったので大丈夫ですよ」

 「けど戦闘で強いだけじゃユッミルには必要無いからムヒュさんはいらないね」

 「ミーハ、ユッミルさんの評価を下げるのを助長しないで」

 「ミーハ、それだとまるでシェンハ様やエッヒネ様が不要という言い方ですけど二人は役に立ってくれますよ」

 「そうそう、ムヒュは強いけどユッミルに同伴する程は強くない」

 「ミーハ、それは買い被りですよ」

 「そうそう、下級魔族を百体倒してついでにたまたま中級魔族を二体倒しただけで逃げ帰る位ユッミルは弱い。けど私よりは遥かに強いしムヒュではついていけない」

 「まあそろそろ最終試験ですかね。ソヨッハさん達も雨季の間はこの訓練は控えます。キッシャノさんは短い間でしたがしばらくお休みです」

 「そうですね。何度も空振りは困りますよね」

 「私たちの術は威力増すんだけどね」

 「別に狩りはできなくないが必要性が無いしネメッカ様の機嫌を損ねかねない」

 「そうだよね、一緒に居たそうだよね」

 「ミーハはそこまで知らないだろう。単に自分の恋人が他の事に気を取られたら腹が立つんだろう」

 「ユッミル、それが本当かネメッカ様に確認してあげようか?」

 「ミーハ、ユッミル様を困らせるな。帰りますよ」

 「そうですね」

 

 

 3節 算段

 

 「フェノ、今日は担当ではないよ」

 「いえ、本来はユッミル様自身がお一人ですべき事ではありません」

 「だが用事は無いからね。いてもらっても無意味だよ」

 「そうですか、でしたら寝ますね」

 フェノは服を脱いでいく。

 「この部屋の寝具は一人用になってるからフェノは宿舎で寝てくれないか?」

 「えっと、十分広いですよ。ネメッカ様とは寝ないんですか?」

 「二人分使って寝た方が寝やすいだろう」

 「私の体等枕扱いで構いません」

 「いや、この事がネメッカ様にばれたらどうしてくれる?」

 「私が追い出される事はあってもユッミル様は埋め合わせをすれば大丈夫でしょう」

 「言う事を聞かないのか?」

 「いえ、提案です」

 「まあいい」

 「ロコッサ、ユッミルが帰らない日が増えてるけどどういう事?」

 「部屋の事は知ってるよね?」

 「うん、けどロコッサとか三人で回すって話じゃなかったの?」

 「けど一人はもう担当から外れた」

 「えっと、けどロコッサも帰る日増えてない?」

 「かもしれない、ユッミルさんは私の担当を増やしたくないみたい」

 「そうやってネメッカと寝てたりする気もするけど」

 「それは無いと思う」

 「ネメッカ様もユッミルに催促してるけど上手くいっていないみたい」

 「ユッミルさんは疲れてるから一人でゆっくりしたいんじゃないかな?」

 「こっちだと必ずメシャーナはいるしミーハもほぼいる。私に最近は月の人も増えたし」

 「けどユッミルはメシャと寝てる時と一人の時でそんなに寝方は変わってない気がするよ。ソヨッハやロコッサの時は寝つきが少し悪いけど」

 「ミーハさん、酷いです」

 「ロコッサは立場が違うし良いでしょ、あなたは本当にお手伝いなんだし」

 「それはそうですけど」

 「何故、嫌がらない。おかしい」

 「ユッミル様、それは私がユッミル様を最初から好意的に見ているからですよ」

 「うーん、えっとつまり、嫌ではなくて、いやいや、前もそんな気はしてきたが」

 「駄目ですか?」

 「困る、不都合だ。ネメッカ様と別れる気はない」

 「まさか、そんな事は求めていません」

 「隠し通すのも無理だろう」

 「ネメッカ様の優先を受け入れます」

 「いや、こちらとしてもこれ以上ネメッカ様の心配を増やしたくないし君に割く時間があるならネメッカの方に向けたい」

 「であれば今日はネメッカ様の方に行けば良かったのでは?」

 「君が来たのは急だ。急に向こうには行きたくない」

 「ネメッカ様は歓迎する気もしますが」

 「お願いだからそこを追求しないでくれ」

 「申し訳ありません」

 「とにかく当面は普通に担当してくれ」

 「分かりました、気が変わったらお願いしますね」

 翌日、森での最終試験を無事に終えて塔に戻ろうとするとそこにはリッネが待ち構えている。

 「ユッミル、申し訳ない。例の件なのだが本当は受けたいのだが別の用件ができてしまった。本当にすまない。詳しい話はキッシャノに聞いてくれ」

 リッネは走り去ってしまう。

 「キッシャノさん、何か知ってるんですか?」

 「いえ、というか昨日はユッミルさんの所に泊まっていましたので聞ける筈もありません。今日は塔に行って事情を聞いてきます」

 「お願いします」

 「連戦連勝の光の主宰も月の主導相手だと袖にされてしまうんだね」

 「ミーハ、誤解を招くような事を言うな」

 「大体、君らは団の意向だろう」

 「でも同居して一緒に寝てる事に変わりはない」

 「まあ良いよ。ミーハはおいて先に帰るね」

 「ああ、待ってよ」

 他の団の三人と別れて塔に戻るとフェノが待っていた。

 「あの、どうして私を連れて行かないのですか?」

 「忘れていただけだよ。今日はリュッサも忘れていた。いや、用事だったか」

 「では昼食にしましょう」

 「そうだね。三人共頑張ったね。これで光点の質が上がるよ」

 「頑張ります」

 「うん。ロコッサはそろそろ幹部かもね」

 「えー、そんな事ないです。無理です」

 「そうだね。実力よりもその感じだと厳しいかも。けど実力がついて実戦もできたら自然と自信もつくよ。まあ無理はしなくていいけど」

 少女達と昼食を食べているとネメッカとイーサも合流してくる。

 「イーサさん、宿舎にはまだ泊まらなくて大丈夫ですよね?」

 「はい、今は調整中です」

 「あなた達はそういう行為は程々に願います」

 「何の事でしょうか?私は宿舎の空き具合の話をしているだけですよ」

 「ネメッカ様、イーサ様が空いていないと言えば空いていませんから」

 「ユッミル、今日来るの嫌なんですか?」

 「いえいえ、宿舎の空き具合は常に気にしてしまいます」

 翌朝、遅めに目を覚ます。朝食を食べた食堂はともかく塔に人が多い。

 「人が多いですね」

 「多分、雨でしょうね」

 「えっと午後から指揮所なんですが」

 「私が代わりましょうか?」

 「いえ、ネメッカ様だと防護が薄いでしょうしそれに…」

 「ちなみに私は頭の上から被って雨を防ぎますから心配しなくてもそこまで濡れません。それに濡れても姿は変えれますからユッミル以外に肌を晒す心配はありませんよ」

 「まあ私が行きますけど見えない傘を持っていきます」

 ユッミルは雷盾を頭上に維持し、その様子を光術で打ち消す。周りからはユッミルを雨が避けているように見える。ただ、一定の漏れはあり、少しだけ濡れている。

 指揮所に着くと前の担当はシェンハだった様だ。

 「ユッミル、交代の前に少し時間良いかしら?」

 「指揮所で済む用事なら問題無いですよ」

 「今日の夜、時間良いかしら?」

 「えっと、どうしたんですか?」

 「あなたってたくさんの子を抱えてるけど一人増えても問題無いわよね?」

 「あの、あなたはそういう事に興味がないと思っていたんですが?」

 「私もそのつもりだったけど気が変わったの」

 「とりあえず話は聞きます」

 「ありがとう、良い返事を期待してるわね」

 シェンハは去っていく。

 「遂に氷からもですか、後は土からだけですね」

 「あの、私が好意的に受け入れたのは木だけですよ。ネメッカ様にお願いされたのもありますが。所で火もいませんよ」

 「そうでしたね、ですが火とは元から関係が良好ですからいないのは変ですね。それに関係性の良好さで言えば火も十分でしょう。ユッミル様は土とも関係を持てば全ての団に協力を要請できますね」

 「かもしれませんがあくまで主導はネメッカ様ですし連絡が通じるからと言って大した要求はできませんよ」

 「ですが利害が一致すれば迅速に連携できます」

 「まあそれはそうですが」

 「そうですよ」

 「あの、ところで失礼ですが私はあなたの名前を知りません」

 月の幹部は少し驚いた表情を見せる。

 「あなたもですか、リッネ様もでしたね。私の名前はテーファ。2年程前は月の主宰候補でしたので無名では無かったと思いますが」

 「最近、冒険者として活動し始めてこちらでの事を気にし始めたのは最近ですので」

 「そうですか、まあ光としては積極的に触れる話ではありませんよね」

 「えっと」

 「光は10年程前に襲撃を受けました。その頃は月と光の関係は今より良好で魔族が活発な時期は相互に術師を派遣し、共同戦闘を実施していました。指揮所の下でも小規模ながら実施していました。それなりに戦果はありましたよ。その日、月の幹部が光の塔の近くへの駐留担当で私も同行していました。そして、あの襲撃がありました。塔の外で迎撃した光の術師でほぼ怪我をしなかったのはネメッカ様だけでした。同じく月も死者は少なかったですが私と一部援軍を呼ぶと称して半ば逃げたものを除けば怪我をしなかったのは私だけです。その時、私は8歳と若かったのでそれなりに有名になりました。私としてもそれなりに術を使ってあの襲撃の撃退には協力しましたし月の幹部には抵抗なくなっていきました。しかし、3年程後の次期主宰を決める評決ではあまり支持を得られず、2年前もそこまででは無かったので自他共に認める主宰候補から落ちた幹部なのですよ。ですから一時期は知られた存在だったので子供以外の術師で知らない方はあなた達位ですよ。ネメッカ様と私はそれで知名度が上がったので。」

 「どうして逃げなかったのですか?」

 「最初は駄目そうなら逃げようと考えていたのですけど逃げたら事態が悪化すると思ったから戦いました。最終的に数体になった魔族は月や光の怪我をした戦士にすら対抗せずに逃げていきました。」

 「ありがとうございます。確かに魔族の動きは低調ですがお話はこれ位にしましょう」

 「そうですね、話をする機会ならこれからもあります」

 ユッミルは指揮所からシェンハの言った事を気にして探しながら南下していく。

 「いた。ユッミル」

 ユッミルがシェンハの声の方を向くとシェンハの横には少年がいる。

 「こんばんは、シェンハ様」

 「ええ、雨も止んだし一人で行けるわね?」

 「ちょっと待って下さい。どういう事ですか?男の子ですよね?」

 「それは今から説明するわ。この子はディユ。少し未熟だけど氷の術は使えるわ。皆は私に頼み事なんてしないのにこいつは時々色々言ってくる。別にそれは勝手にすれば良いけど今回はユッミルに学びたいんだって。私は手本にならないらしいわ」

 「まあそれはそうでしょうね。まあ構いませんが私だけでは決めれません」

 「えっ、ネメッカなんてあんたの言う事は聞くでしょ」

 「そんな事はありませんが今回はネメッカ様ではなく同居人の了承が必要です。森での狩りに関しては最悪その子と二人で行けば良いですが同居は了承を得たい」

 「分かった、任せるわ」

 「帰るんですか?」

 「良いの?家の場所教えたら寝てる間に殺しに行くわよ?」

 「分かりましたよ。ディユ、行こうか」

 「はい、お願いします」

 ユッミルは家に帰って話を切り出した。

 「私は無理。ラーハ様も絶対に了承しないと思う」

 「えっ」

 「私は構いませんよ。不届きな行為は組み伏せて担当を変えてもらうだけです」

 「キッシャノさん、私は心配ないのですか?」

 「ええ、リッネ様の事を知ってますからね。それに一応、覚悟はしてます。」

 「私も反対。ユッミルがそれを口実に色々私に言いつけて来そうだし」

 「メシャ、僕も男なんだけど?」

 「ユッミルがそいつと少しでも仲良くしだしたら何か勘違いしそうだから嫌」

 「ミーハはどうして?」

 「それは確実にユッミルとの子供でないと駄目だからね。私も疑いたくないしユッミルにも疑われたくない」

 「いやこの若さならまだ、とにかく関係無いだろう」

 「私もできればやめて欲しいです」

 「一応、理由を聞いていい?」

 「今は良いですけど大きくなったら困ります。それなら最初から受け入れない方が良いと思います」

 「なら今日だけなら?」

 「それは大丈夫です」

 「ロコッサは?」

 「分かりません。どんな子か分からないし」

 「私は嫌。ユッミル、ラーハ様を怒らせても良いの?」

 「だけど今日はもう遅いし」

 「まさかそうやって」

 「いや、別に僕も本当は事前了承を得てからのつもりだったけどシェンハ様がさっさと行ってしまって」

 「森で戦うのは良いけど同居は駄目。返してきて」

 「この時間だと氷に向かったら帰れない。かと言ってこの子だけで向かわせるのは無理だし」

 「私は同行できますよ。ただ、私だけだと不安ですね」

 「僕も行けますが氷の宿舎に泊まるのも問題ですし」

 「でしたら木の宿舎はどうですか?近いですし」

 「分かりました、メシャもミーハもそれで良いよね?」

 「分かりましたよ。」

 「良いよ、ユッミル」

 「ごめんね、ディユ。とりあえず明日は集会所で待ってて」

 「構いません」

 ユッミル達は夕食を食べるとユッミルとソヨッハにキッシャノでディユを氷の塔に送り届ける事にした。念の為にユッミルは歪曲視野で警戒しながら姿を消している。東側に差し掛かると水の幹部を見かける。

 「パータナさん、どうしたんですか?」

 「私達は巡回中ですがユッミル様は?この子を氷の塔に帰してあげようと」

 「気を付けてと言いたいですがユッミル様なら大丈夫ですね。油断なさらぬよう」

 「はい、また今度」

 ユッミル達は氷の塔に着く。門番に取り次いでもらい少し待つ。

 「駄目だったの?」

 「狩りへの同行は大丈夫ですけどね」

 「それは良かったわ。この子は預かるからもう心配無いわ」

 キッシャノは月の塔に向かう。ユッミルとソヨッハは木の宿舎に向かう。

 「急ですけど良かったんですかね?」

 「大丈夫ですよ。今日は女性の当番ですから」

 「当番?」

 「何処もそうだと思いますけど日によって塔に宿泊するのを男女毎に分けてますよ」

 「僕は男なんですが?」

 「えっと、あくまで基本なので絶対ではありません」

 「そうですが」

 「やむを得ない事情の人を追い返してまで守る様な絶対ではありませんよ」

 「分かりました。まあ私が大人しくすれば良いだけですしね」

 「ユッミル、大丈夫かな」

 「心配だけどソヨッハちゃんとはいずれはしないとそれはそれで良くないし仕方ないよ」

 「で、ミーハもなんだよね?」

 「うん。三番目の女ね。メシャちゃんは一番だし良いでしょ」

 「そうだけど私は嬉しくない」

 「そうなんだ。まあ元々二人だったしね。私は最初からネメッカがいるって分かってたし」

 「そうだね。けど心配なのはソヨッハより光の塔で寝る日が増えてる事。私は入った事は少ないけど若い女の人は結構いた」

 「まあ水よりは多いけど炎に比べれば少ない方よ」

 「分からないけど不安」

 ユッミルは朝早くに帰ろうとするが外は雨が降っている。

 「ユッミルさん、朝食はこちらでどうぞ」

 「そうですね」

 「ああ、ユッミルさん。まだ帰ってなかったんですね。暇なら久々にどうですか?」

 「うーん、そうですね。他に何もありませんし」

 ユッミルは屋内の訓練所に行くが女子率が高い。

 「女性ばかりですね。まあ雨季はただでさえ人が少ないし男性は力仕事で稼ぎに行きます。特に昨日の夜は女性が担当していた上に雨で男性の塔への来訪率は低いというだけですよ。まあ元々木は女性が多めですけどね」

 「ですが雨だと屋外作業は無理でしょう」

 「この時期はまだ本格化前ですから。雨季に狩りができないのは雨が降っていなくてもぬかるみは維持されるからですよ。まあ本当は狩れなくはありませんが獣の方も動かないので」

 「光は普段から女性率が高い気がしますけどね」

 「そんな気はしますけどユッミルさんはネメッカ様に疑われてしまいそうで大変ですね」

 「そうですね」

 しばらくすると雨が止んだ事をソヨッハに教えられたユッミルは帰る事にする。

 「ユッホさん、さようなら」

 「またいつでもどうぞ」

 ユッミルはソヨッハと光の街に着く。ソヨッハには帰宅してもらい塔に向かう。

 「ユッミル、昨日は勝手に木の塔に泊まったそうですね」

 「そうですね」

 「目的は何ですか?」

 「向こうで用事があって遅くなったからですよ」

 「ユッミル、ソヨッハさんは連れていけなくても姿を消せるあなたなら夜道だろうが問題無いでしょう。ですから目的は別にもあるのでしょ?」

 「疲れて帰りたくなくなっただけですよ」

 「つまり、何もしてないんですね?」

 「えっと、寝ましたよ」

 「誰と?」

 「疲れていてすぐ寝たので覚えていません」

 「怪しいですね。本当に何もしていないんですね?」

 「覚えている限りは何もしていませんしネメッカ様の意向に背いて私から手を出す事は無かったと思います。ですがメシャーナの時と同じで私が寝てる間にという事は否定しきれません」

 「普通なら怒って数日間機嫌が悪くなって無視するところですが私は立場が弱いので今日はここで昼食を食べた後、私の家で私の世話を焼いてもらいます。明日の朝までです。それで許しましょう。当然ですがイーサも誰も連れ帰りません」

 「そんな事であれば今度は本当に浮気してしまいますよ」

 「次はいよいよ私がユッミルの望んでいる理性的なネメッカをやめてしまうかもしれません。本当はさっさとユッミルを抱き込んでしまいたいですからね」

 「もう十分に抱き込まれて逃げれない気がしてますけど」

 「言い訳はいりません。とにかくお願いします」

 二人は昼食を食べると不満そうなイーサに見送られて近くのネメッカの家に着く。あまり使われてはいないが最低限の手入れはされている。

 「普通の家ですね」

 「ええ、団の主導は貴族ではないのですから普通ですよ」

 「それは良いんですが安易に脱がないでくれますか?我慢できずに粗暴な振る舞いになりそうです」

 「分かりました。今は着ますよ。ですけど良かったんですか?最初は夕食の用意をしてもらいますが私は甘えて妨害します」

 「あの、浮気未遂に罰を与えるのでは?それだと罰にはなりません」

 「いえ、私の事が嫌いならかなり邪魔な筈ですし嫌いでなくても作業中に絡んでくる女はうざいですよ」

 「何故、自分の評価を落とそうとするんですか?」

 「そうなるなら仕方ありません」

 ユッミルが夕食の用意を始めると宣言通りネメッカは妨害してくる。

 「ユッミル、遊ぼうよ」

 「夕食の用意が終わってからね」

 「今が良いの」

 「何をする気なの?」

 「着せ替えごっこ。ユッミルがネメッカの服を着せ替えるの。何を着せるかは順番で決めるの」

 「もっと大人しい遊びは無いの?」

 「ユッミルに目隠しをして感触で何か当てる遊び」

 「何で遊ぶかは僕が決めるね」

 「駄目、ユッミルは私の言いなりなの。でも着せ替えごっこで動けなくなる服を着せられたらいう事を聞くしかないかも。そんな事しないよね?」

 「しませんよ。いい子にしててね」

 「はい。待ってます」

 二人は夕食を食べ終える。

 「先程はユッミルの誘惑で大人しくなってしまいましたが今度はそうはいきません。脱ぐなと言われましたが脱ぎます。風呂に入るなとは言いませんよね?」

 「それは構いません」

 「でしたらユッミルが私のお世話をするんですから体位洗ってくれますよね?」

 「頭や背中位ならお手伝いしますよ」

 「もう分かってるようですね。全身ですよ。ユッミル、触り放題ですがあなたは何か私への欲を見られるのを嫌がっているのできっと罰になりますね」

 ユッミルはネメッカの体を洗い終える。

 「失敗でしたね、あなたが誘導したので私の欲で触った事にはなりません。それにしても無警戒ですね」

 「警戒する理由はありませんからね」

 「そこまで信頼されても困ります」

 「信頼とかそういう問題ではないですよ。それよりもユッミルが服を着せないとそのまま寝てしまいますよ。当たり前ですが一緒に寝ますし今日は私がユッミルを抱きますよ」

 「構いません。ネメッカ様のお好きにどうぞ」

 ユッミルはネメッカに抱かれてそのまま眠っていく。

 「ユッミル、起きて下さい」

 「はい?」

 「ユッミル、おはよう。それにしてもあなたは本当に寝てしまうんですね」

 「私ももうネメッカ様に警戒していないのかもしれませんね」

 「その様付けはどうにかならないんですか?」

 「今のところは」

 「まあ良いです。もう眠くないでしょうから」

 「起きますよね?」

 「まさか、今日は朝までユッミルと触れ合いますよ」

 「確かに少し早い様ですね。まだ寝てて良いですか?」

 「寝れるなら良いですよ」

 ネメッカはユッミルを抱き寄せる。

 「これだと罰にならないので浮気を助長しますよ」

 「いえ、浮気しなくても私がいますよと示しているんですよ」

 「そんな必要はないのですが」

 朝、ネメッカはユッミルに不必要にくっ付きながら塔に向かう。

 「ソヨッハさん、お願いします」

 「はい」

 ユッミルはイーサとソヨッハを少し見るとネメッカの腰に手を回して抱き寄せる。

 「ユッミル様、申し訳ありま…」

 イーサはネメッカの幻術で二人を見失う。

 「ネメッカ様、やはり塔に向かう際にこれは無理ですよ。ネメッカ様は切り替えられるのかもしれませんが私は無理です」

 「あの、切り替えられていないのは私の方だと思いますが?」

 「いえ、私はネメッカ様の事に蓋をしていないと抑制が利きません」

 「そうですか、抑制が利かないのにぐっすり眠ったんですね」

 「いえ、ネメッカ様が何もしなくても自分でしてくださいましたから」

 「まあ良いです。今はそれに騙されておきますがそろそろ正式に結婚するんですから逃げるなら今のうちですよ」

 「逃げないと結婚したら冷たくするんですか?」

 「何を言ってるんですか?邪魔が入りにくくなるからユッミルを独占できるからするに決まっています」

 「それなら逃げなくていいですね」

 「その言葉、信じますよ」

 「はい」

 ユッミルは塔に一度向かってフェノと集会所に向かう。

 「フェノ、君は強いのだから守らないけど大丈夫?」

 「ええ、大丈夫ですよ。魔族領にでも向かうおつもりですか?」

 「まさか、全く役に立たない可能性がある所には連れて行かないよ。それ以前に今日は初めてだから小手調べ」

 ユッミルは少年を見つける。

 「悪いね。本当にごめんね。昨日はネメッカ様に一日中、叱られていて君との約束について言い出せなかった」

 「大丈夫です。それに朝は雨でしたから」

 「それなら良いんだけどね。なら行こうか。今日も来てくれて良かったよ。で、この人は僕の側近のフェノ。最近来たばかりだから強いかは分からないけど強いと言ってるから助けを借りると良い。君の力も分からないからまずは入り口近くで君の力を見せてね。フェノ、君もだけど順番だからね」

 「はい、分かってます」

 ディユは森の入り口で獣を狩っていく。

 「あの、ディユ。君はかなり強いと思うけど」

 「いえ、この程度は。基本的な術はシェンハ様や団の皆様に教わりましたし体も少しは鍛えてますから」

 「フェノ、きちんと見てるから君も力を見せてくれ。急がなくていいぞ。で、ディユはもしかしてもう少し奥で鍛えたいの?」

 「そうですね」

 「一応、シェンハは知っているのか?」

 「ええ、連れて行ってもらった事はありますがあの人だと完全に動きを止めるとか一発でほぼ仕留めるとかしかできないですし」

 「いや、僕も変わらないよ。エッヒネ様とも戦ったけどエッヒネ様も適度に弱らせる感じだったよ」

 「いえ、ユッミルさんの雷装剣なら可能です。それにシェンハ様と違って様々な手を蓄えて居そうですし」

 「まあそうなんだけど森の奥は障害物も多い。それに咄嗟だとついつい確実に仕留めに行ってしまう。流石に君を守れないと申し訳ないしね」

 「分かりました、いきなり奥はやめておきますがもう少し先で狩らせて下さい。ユッミル様もお手本を見せて下さい」

 ユッミルとディユは数体獣を狩る。フェノは捌いて毛皮を持っている。

 「あの、私は荷物持ちではないのですが?」

 「嫌なのか?」

 「嫌ではないですがもっとお役に立てます」

 「どうやって」

 「私も狩ります」

 「いらない」

 「分かりました」

 「ディユ、君がもう少し奥で狩れそうなのは分かったけど僕が少し思い違いをしていたからちょっと考えてからにしたい。今日は引き上げよう」

 「はい、これからもよろしくお願いします」

 「ユッミル、昨日は何処へ?」

 「ネメッカ様の所に泊まってたよ」

 「まあ正直に言っただけ偉いわね」

 「メシャ、そもそもミーハがあの子を一日でも泊めないと言うからロコッサ経由でネメッカ様にばれて叱られたんだよ。文句はミーハに言ってくれ」

 「えっと、私のせいなの?」

 「まあそうなるね、ネメッカ様の相手は悪くは無いけど緊張で疲れる。ディユ君の約束も反故にしてしまうし昨日は散々だったよ」

 「ああ、酷い」

 「それよりメシャは何か不満なの?」

 「そうだけどこの子の事もあるし許す」

 「メシャ、あなただけじゃないんだから。ユッミル、私は許さない訳じゃないけど誤魔化されないからね」

 「こっちも今回は結構困ったんだよ。理解してくれ」

 「私は分かったよ」

 「メシャ、あなたはちょっと抱かれた位でユッミルに甘いのよ」

 「別に良いよ。ユッミルも私に甘いし」

 「何、その自慢」

 「まあまあそれを言い出せば私なんてちょっと抱いて終わりですよ」

 「私なんて子ども扱いですし。仕方ないですけど」

 「私はそれで良いが大人なのに相手をされていない」

 「ロコッサちゃん、それは主宰の権力を使って襲って食べて良いという事?」

 「いえ、そういう意味じゃないです。でももう少し親しくても良いですよ」

 「ああ、もうそうね。一回位文句は我慢するわよ」

 「メシャ、夕食まで休むから足を貸して」

 「うん、いいよ」

 「なっ。ユッミル?」

 「ユッミルさん、ネメッカ様にもそれをしてもらうのですか?」

 「いや、こんな事はメシャにしか頼めないよ」

 「確かに仲が良いんですね。やはり一人だけ団とは関係の無い同居人という事なんですね」

 「まあとりあえずはこの子に好きな男でもできて出ていかない限り、立場に関係なく仲間だからね。信頼していないと同居はしないよ。ネメッカ様ともそうなれると良いのだけど」

 翌朝、ユッミルはロコッサの手を取って集会所に向かう。ミーハは用事で水の方に行っている。当然ながらキッシャノとソヨッハもユッミルに同行している。待ち合わせ場所にはディユもいる。

 「こんにちは、ディユ」

 「ユッミルさん、こんにちは」

 「うん、今日も昨日の人が来るから待っててね」

 しばらくするとフェノがリュッサとやってくる。

 「では行きましょうか」

 「ユッミル様、こちらは?」

 「言うまでもないが他の団からの使者の二人だ。こちらは木、こちらは月だ。ソヨッハさん、キッシャノさん、こちらは私の側近のフェノです。よろしくお願いします」

 「はい」

 「この二人はお客様だから丁重に扱えという事ですか?」

 「それもあるが木の使者様は既にいくつか助けられている。貢献度でも君より遥かに上。まあ長いから時間の都合もあるがそれはそうなるだろう」

 「私も大した貢献が出来ずに申し訳ないです」

 「リュッサさんはイーサさんに頼まれただけですから構わないんですよ。今日は少し奥なのであなたとロコッサはきっちり守ります。ロコッサ、嫌かもしれないけど手を放したら駄目だよ。お姉さん達の戦いをしっかり見ててね」

 「えっと、ユッミルさんは戦わないんですか?」

 「戦わない訳ではないけどリュッサとロコッサを守りつつ戦うから剣で切り掛かる事は無い。キッシャノさんも取りあえず近くにいてもらって術を使ってもらう。ソヨッハもかな。リュッサとロコッサも味方に当てないようにだけ気を付けて術を積極的に使っていいからね。」

 「えっと、ユッミル様が強化とか妨害をする四人を守ってそこの少年と私が狩りをするんですか?」

 「そうだね、厳しくなったら僕の所に来ればいい。それにリュッサ、簡単に倒すなよ。ディユ君のお手並みを見る事とリュッサやロコッサの訓練が目的なんだからね」

 「扱いが酷くないですか?」

 「そう?別にただ切り伏せるしかできないなら何もしなくていい」

 「やりますよ」

 「うん。本来はさっさと仕留めるべきだけど君も術を使えるのだからそれを使って牽制する戦い方を覚えてね。後ろは気にしなくていいし止めは全て僕が頃合いを見てやる。フェノは光術の手本を見せてくれ」

 ユッミルは森の少し奥に着く。少しぬかるんでいる。

 「ディユ君には悪い事をしたかな。でも一昨日は雨だったし行かなくて正解だったね。昨日もそこそこのぬかるみだっただろうね。そろそろ狩りは厳しい時期かもしれない」

 「残念です。後は気を付けます」

 「そうだね。僕はあまり動かないけどディユ君は気を付けて」

 「私には言葉は無いみたいですけどきっとこけて汚れればその体を濯いでくれますよね」

 「ロコッサ、あんまり引っ張らないで剣は使わないけど体勢が崩れて見えない」

 「良いではないですか、泥にまみれて私もついでに一緒に風呂にでも入りましょうよ」

 「リュッサさん、ここに連れてきた事に怒ってません?」

 「いえ、この事にはそこまで不満はありません」

 「泥が付かなくても関係無くでも良さそうですね。ロコッサはもう抱きかかえた方が良いね」

 「はい、お願いします。それでも頑張って術は使います」

 全員それなりに術を使って獣を十体ほど狩ったが明らかにロコッサとリュッサは力不足の様で残りは余力がある。

 「うーん、まあロコッサとリュッサは無理に奥に行かない方が良いかも。ソヨッハとキッシャノはまだ行けそうだね。ディユも。そろそろ雨季が本格化してぬかるむから間は空くけどロコッサとリュッサはディユとは別で訓練した方が良いね。」

 「私は?」

 「光の所属で森の奥でも自衛ができる貴重な要員なのだからどちらにも付き合ってもらう」

 「ユッミルさんの術はやはりシェンハ様の言う通り優秀ですね」

 「えっと、シェンハ様がそんな事を?」

 「いえ、あの人は氷の術師を弱いと言いますし他の団の幹部も幹部の癖に弱いとか不満ばかりですけどユッミル様の事は淡々と語ってるので」

 「流石に氷を切り伏せたのは効いたか」

 「えっと」

 「ユッミル様?」

 「どうしたの?リュッサ、早く帰らないと獣が襲ってくるよ」

 「ああ、そうですね」

 「ユッミル様、お待ち下さい」

 

 

 

 

 

 

 4節 火の不満


 森の入り口に行くと約束通りネメッカが待っている。ユッミルは午後から指揮所であり、フェノも同行させる事にしたのでロコッサとリュッサの二人で帰ればいいのだがネメッカが自ら買って出たのでユッミルは断らなかった。

 「ユッミル、ご苦労様」

 「いえ、わざわざありがとうございます」

 「ユッミル、酷くないですか?」

 ユッミルが指揮所に向かうのをネメッカは裾を引いて引き留める。

 「あの、そんな事をしなくても指揮所に来ても家に来てもそれを阻むものは何も無いのですからここで惜しむ事は無いでしょう。ネメッカ様はわがままですね」

 「そうですね」

 ネメッカは幻術で皆の目を欺きいつの間にかユッミルの正面に回り込み顔を近距離で一瞬見合わせるとそのまま口を合わせていく。その後またさっと横に陣取って体を寄せる。

 「行ってらっしゃい、ユッミル」

 「あっ、はい」

 「ソヨッハさん、行きますよ」

 「ユッミル様?」

 「いい加減になれないとね、フェノ行くよ」

 指揮所に着くとそこにはグルードがいる。

 「ああ、光の新主宰だな。これまで数度会ったが全て魔族襲撃時、指揮所で会うのは初めてだな。俺は土の主導グルード。シェンハやリッネが来るまではエッヒネさんやツーシュンさんと最も優秀な戦力と勝手に言われていたが今や自他共にそんな事は思っていない。だがそれでもそこでさっさと帰ろうとする氷の幹部よりは強いから狭い範囲なら守れるから任せてくれ」

 「光や雷は所詮は行動妨害です。私もお手伝いしかできませんよ」

 「バッソーの言う通りだな。だが色んな意味であの仮面を止めれるのはお前だけだ。それで十分だ。強さも期待してはいるが君が望まないならやめておこう」

 「こちらこそ統率の取れた土の遊軍には感謝と期待を申し上げております」

 「そうだな。では私はこれで」

 グルードは階段を下りていく。今日の幹部は火と木である。

 「ああ、ユッミル様」

 「ああ、ユッホか」

 ユッホはさっさとユッミルの横に陣取る。

 「ユッミル様、最近私と稽古してくれませんね」

 「一昨日は行きましたよ」

 「それはそうですけどその前は大分前でしたよ」

 「光の塔や家でも忙しいんですよ」

 「私と仲良くしたくないんですか?」

 「そんな事は無いですがユッホさんも忙しいようですし」

 「それはそうですけど私だって夜は暇なんです。前みたいに木の宿舎に泊まってくれたらもっと仲良くできます」

 「おい」

 フェノの声で横を見るとユッホは寄り掛かっている。

 「フェノ、構わないから木は大切なお相手。この程度は問題無い」

 「木は大切ですか。火は大切ではないんですね」

 「えっと、そうですね。火はエッヒネ様が度々見返りを求めずに助けてしまうので中々見返りを送れていないのは申し訳ありませんが軽視はしていません」

 「だと良いのですがあまりに音沙汰がないと不安になります」

 「分かりましたよ。考えておきます」

 「忘れないように私も寄り掛かってしまいますね」

 「あの、相手をするのはあなたではありませんよね?」

 「それでも構いませんが」

 「いや、そういう所だと思いますよ。少し情緒が無さすぎませんか?」

 「ですが情緒を求めるとネメッカ様はご不満でしょう」

 「それはそうですが」

 「まあ情緒が無いと駄目なのかは試してみてから判断しましょう。それで願います」

 「急には無理ですが雨季は時間が空くのでいずれ伺います」

 ユッミルが帰るとキッシャノはいなかったがネメッカとリュッサが来ている。

 「ネメッカ様、何か用ですか?」

 「ユッミルがこちらに来れなくても私が行けば問題ありません。」

 「そうですね。ネメッカ様も他の人の目があれば安心ですし」

 「それはユッミルが安心しているのでしょう。それよりも今日は楽しそうなので来ましたよ」

 「えっと?」

 「ユッミル、食べないの?」

 ユッミル達は夕食を食べる。夕食を終えるとネメッカやリュッサは水を沸かし始める。

 「さて、寝ようかな」

 「お待ち下さい」

 「えっと」

 ユッミルは振り返る。

 「どうしたの?」

 「はい。お風呂を用意しようと思うのですが」

 「まあそれは構わないけど、まあリュッサさんとも入りたいですがネメッカ様もいますしそもそも大人二人が同時に入れる桶はここには無いですし」

 ユッミルが気づくといつもより明らかに湯気の量は多い。

 「それがですね」

 ユッミルがリュッサの後ろを見ると深くて大きい桶が見える。

 「ネメッカ、何をしてる?」

 「急に大きな声を出さないで下さい。風呂の用意をしているだけですよ」

 「ネメッカ様、あなたの考えを理解しかねます」

 「えっと、皆でユッミルと風呂に入ると言うので私も参加します」

 「そんな話は聞いていない」

 「今日の昼間、泥で汚れたから皆と入ると言ったらしいですね。」

 「ああ、言いましたね。ですがであればネメッカ様は含まれません」

 「私を外すのですか?ならばメシャちゃんもですよね?」

 「それはそうですが」

 「私も良いですよね?」

 「私も良いよね?今日は行ってないけど」

 「ミーハ、いたのか。怒って帰ったかと思った」

 「帰らないよ。好きでここにいるし」

 しばらくするとネメッカはわざわざユッミルの横に陣取って服を脱いでいく。

 「ユッミルも入りますよ」

 「それは構いませんが全員は入りませんよ」

 「はい、今回は光の皆で入浴という事でミーハさんとソヨッハさんが元からある小さい桶で残りの光の団と無所属のメシャちゃんが大きい方に入ります。ロコッサもリュッサもですよ」

 よく見ると既にリュッサも服を脱いでいる。

 「ユッミル様が最初なので早くして下さい」

 ユッミルは追い立てられるように服を脱いで桶に浸かる。

 「フェノ、主宰部屋はどうした?」

 「ルーエさんに任せました」

 ユッミルはメシャの手を取って胸元に抱き入れる。ネメッカは早速、ユッミルに近寄っていく。

 「残念ですね、ネメッカ様。メシャがいるのでいくらネメッカ様でも手は出しません」

 いつの間にかリュッサもそれなりに近い。

 「今日はそれでも良いですけどここは狭いですし手を出さなくても大丈夫ですよ」

 「ネメッカ様、こんな事をしなくても私等あなたがどんな服装であっても抱き寄せてしまうんですからこんな事はしなくていい」

 「今日の事を決めたのは私ではない」

 「はい、むしろ私なんです」

 「リュッサさん?こういう事、嫌がってませんでした?」

 「私は毎日は困るとしか言っていません。なのにユッミル様は一切何もしません」

 「それはそうだよ。家には他の団の数人がいるし塔に行けばネメッカ様の相手もあります」

 「ユッミル、私との触れ合いを仕事みたいに言うのはやめて下さい」

 「いえ、時間の話ですよ」

 「なら良いです」

 「はい、忙しいのは理解していますがあんな事をしたのですからね。ですが私の最初の言い方も悪かったので私から動く事にしました」

 「あの、真ん中にいるロコッサを困惑させる様な事は控えて下さい」

 「ユッミル、私はいいわけ?」

 「メシャ、君は大人になりたいのでしょ?」

 「まあ良いよ。勝手にして」

 「あの、ネメッカ様はそんな事をしなくても婚約がどうにかなったりはしませんよ」

 「そうですか、ありがとうございます」

 「ネメッカ様、何故さらに近づくのですか?」

 「特に理由は無いですよ」

 「ユッミル、諦めたら?私いるし何とかなるよ」

 しばらくしてユッミルが風呂を出ようとするとネメッカとリュッサがメシャ共々体をくっつけたまま桶から出る。

 「ネメッカ、これはどういうつもりだ」

 「このまま寝ましょ?ユッミル」

 「体が濡れてるだろう」

 「ミーハさん、お願いします」

 「えっ」

 ユッミル達の体はいつの間にか乾いていく。

 「さあ、行きますよ」

 ユッミルはメシャーナごと布団に丸め込まれる。

 「ネメッカ様、これはリュッサ様と何かしていいという事ですか?」

 「そうですね。私の前でしたいなら構いません」

 「しませんけど裏でしますよ。やはりネメッカ様がいるならそれに越した事はありません」

 「そう言いつつメシャちゃんを抱きかかえてるのはどういう事ですか?」

 「そうですね。忘れてました。メシャ、ネメッカ様を説得してやめさせるかここから出て服を着て寝るかどちらかにして」

 メシャーナは黙って布団から出ていく。

 「ネメッカ様、い…」

 「ユッミル殿、私は駄目なのですか?」

 「フェノか。駄目とは?」

 「添い寝です」

 「今のネメッカ様が添い寝とは言わないだろう」

 「そうですね。ですが主宰部屋の寝具は大きいとはいえ一つ」

 「あそこは二人以上で寝る事を考えていない。ただ、ソファーで仮眠位はできるだろう」

 「はい、私はどちらでも良いですがどちらかと言えば隣で寝たいです」

 「同じ日に泊まるなら考えるからその時に話そう」

 「いえ、今日も」

 フェノはネメッカを少し持ち上げてユッミルに乗せる。

 「おい、フェノ」

 「ユッミル、構いません。仕方ないですよ」

 「これでどうですか?リュッサも」

 「リュッサ、無理する必要はない」

 「イーサさんの言う通りですね」

 リュッサとフェノは両側から体を寄せていく。

 「ユッミル、私を離したら二人に襲われますから離したら駄目ですよ」

 「ネメッカ様は気にせず不快なら逃げても構いませんよ」

 ネメッカはユッミルにさらに強く抱きつく。

 「ちょっと、ああ、ネメッカ様がそんな事をするからお体が」

 「それですよ、それ。何ですか、その気遣いは?過剰ですよ」

 「ですが動けないんですよね、今」

 「けど手は自由ですよね?私を好きにすれば良いんですよ」

 「イーサ、場所を交換しないか?」

 「それは構いませんが」

 「ネメッカ様の事、まだ不満なのですか?」

 「いや、私は男ではないしユッミルも横暴でもないし文句はそこまでは無いのだが」

 「そう、ネメッカ様も女ですがユッミル様は相当ネメッカ様が頑張らないと光の主導のままです。私も不満はあります」

 「だがユッミルはネメッカ様のお体を見ている事が多い。今日も体目当てでやっているのだろうね。ネメッカ様も好き好んで行くのは愚かしい」

 「そうであれば良いのですがユッミル様はネメッカ様の積極性に気圧されているだけですよ」

 「まあネメッカ様はユッミル様を気に入っているのは間違いない」

 「リュッサ、起きたのか。良かったな、こういう主宰で」

 「もう良いのですか?」

 「そうだな、だがまあ一緒に寝てしまえばこうなる」

 「また、お願いしますね」

 「ああ、次はネメッカだな」

 ユッミルはネメッカに体を押し当てて手を動かしていく。

 「おはよう、ユッミル」

 「おはようございます、ネメッカ様があまりに無防備なので勝手に楽しませてもらいました。悪いのはネメッカ様ですから。ところでどうして強く抱くのですか?」

 「ユッミルが逃げそうだからですよ。続きがしたいなら離しますが」

 「起きてる間にあの苦痛を与えるのは流石に気が引けますよ」

 「ユッミル、そんなに私を怖がらせたければあそこにあるあれで縛って口にあなたの舌を強引に奥まで突っ込んでしまえばいい。そうすれば婚約破棄しますから嫌ならやって下さい」

 「婚約破棄は嫌ですね。そんな事も忘れてなんて身勝手な事を」

 「ユッミル、私が寝てる間にした事をもう一度お願いします。嫌なら結婚は延期しますからとりあえずお願いします」

 「あの、ネメッカ様に嫌悪されたくは無いのですが」

 「いえ、やって下さい」

 「分かりました」

 「あら。その程度ですか?」

 「もう一度と言われたので」

 「そうでしたね」

 「こういう感じですよ」

 「まあ結婚はもう決まっています。その程度で私に嫌われるなんて私は不当な嫌疑を受けてしまいましたね。ところでそろそろ結婚式を実施する事を他の団に通達してよろしいですか?ユッミルは遂に私に完全に捕まえられてしまいました。もう逃がしませんけど大丈夫ですか?」

 「そうですね。ですが結婚式はそんなに簡単にできるのですか?」

 「いえ、それ以前にもう時期が迫っているので」

 「時期?」

 「詳しくはイーサに聞けばいいですが私もそれは思うので悠長にしてはいられません。二十日位後にやります」

 「おはよう、ユッミル。見てたけどメシャは気にしない」

 「分かったからまずは服を着させてくれ。少し寒い」

 「寒くは無いと思いますよ」

 ネメッカ達も渋々服を着ていく。

 「ユッミル、今日はどうしますか?」

 「あの、それなのですが今日は火の方を訪れようと」

 「はあ、ユッミル。これでも足りないのですか」

 「まさか、火の側に催促されたので」

 「ユッミル、ネメッカは子ども扱いだけど火の人とは遊びそう」

 「メシャちゃん、それはどういう意味ですか?」

 「私の事も子ども扱いだし大して変わらないと思うよ」

 「一緒にしないでください。ねえ、ユッミル」

 「はい、ネメッカ様は大人の女性です」

 「嘘くさい。まあ良いけど」

 「ソヨッハとロコッサはともかくこのフェノは真上で人が騒いでいるのに起きないのか、この剣で刺しに行けば起きるのか?」

 「ユッミル、剣をしまって下さい。意外と起きろと言えば起きるかもしれませんよ」

 「まさか、起きなくてもいい」

 「いえ、流石に起きていますがユッミル様が私が起きない事に乗じて何かしないかと期待していたのですが」

 「まさか、ネメッカがいる前でそんな事をしたら仕返しが怖い」

 「ユッミル、それはどういう事ですか?」

 「いえ、ネメッカ様はお優しい方です。ただ、今はあまりネメッカ様にばかり甘えてはいられません」

 「はあ、団の事はユッミルに任せないつもりがこんな有様になったのは誤算でした。本当はユッミルを新居に囲いたいですがお互い昼間は塔ですし他の団の使いも拒むのは適切ではない。分かってはいます」

 「そうですね」

 「が、問題はユッミルが私とずっといるよりは良いと思ってそうな事です」

 「ですがネメッカ様も私が永久に甘えてきたら鬱陶しい筈です」

 「あっ、認めるんですね」

 「いえ、ネメッカ様は甘え上手ですが私は下手でしょうからネメッカ様をうんざりさせると思いますよ」

 「ユッミルは口がうまいですね。今は騙されておきます」

 しばらくしてソヨッハも起きるとネメッカやユッミルと共に朝食の準備を始める。そうしていると遠目にメシャがうずくまる。

 「メシャ?」

 「うん、大丈夫。多分、そろそろって事だから」

 メシャはしばらくして立ち上がる。ユッミルが心配しながらも朝食の準備に戻ろうとするとネメッカが慌てているというか呆然としているというか複雑な顔をして作業が手についていない。

 「ネメッカ様、今更どうしたんですか?」

 「ユッミル、もう結婚式はいつでもやってきますが大丈夫ですか?世間では男を相手にしないとか言われて今回のも策略と疑われている評判の悪い女ですが大丈夫ですか?」

 「えっと、大丈夫ですが結婚は少し先では?」

 「いえ、日程を早めます」

 「雨季ですよ」

 「だからこそです。本格化前にやる事になると思います。決めるのはイーサですがそうなると思います。ユッミル、私は忙しいので相手はできませんがそれでも塔には来てください。フェノに伝令を頼みますが急ぐので最優先で塔に来て下さい。ミーハさん、ユッミルと行動しようとするのは勝手ですがここ十日は当日に中止になっても恨まないで下さいね。必要とあらば後で説明しますから断られたら困る用事はユッミルに言いつけないで下さい。リッネ様であってもお断りしますからユッミル、きちんと私の名で断って下さいよ」

 「それは構いませんし結婚自体はもうほぼ成立しているので急がなくても」

 「その事情はイーサに聞いて下さい。塔で一度話しましょう。ですが火への来訪は構いません。事情が変わりました。ついでに結婚式が近い事を仄めかして来てくれて構いません」

 「そうですか」

 ネメッカは朝食を急いで食べ終えると足早に塔に向かう。

 「僕もそろそろ火の方へ行くよ」

 「あの、私は結婚の話、報告した方が良いですか?」

 「まあ木とは交流も多いしソヨッハから言わなくても大丈夫だけど好きにしていいよ」

 「ミーハは?」

 「好きにして」

 「何か扱いが違う」

 「とにかく出かけるから」

 「私も途中まで行きます」

 ユッミルとソヨッハは集会所付近を歩いていく。

 「やあ、ユッミルさん」

 「ああ、リッネ様」

 「調子はどうだい?」

 「リッネ様も調査は?」

 「あまり進んでいない。それよりもユッミルの実力なら問題ないと思うのだが」

 「あの、しばらく忙しいのでリッネ様のお相手は難しいのです。いずれ連絡が行きますし急ぐならネメッカ様か私の側近に聞けば分かると思います」

 ユッミルはソヨッハの手を引いて急いで去っていく。

 「あんな事をしなくても良かったのでは?」

 「そうだけどついついね。あそこは目立つから」

 「じゃあ僕はこっちだから」

 「はい、お気をつけて」

 ユッミルは火の用意した家に着く。

 「こんにちは、今日はお話があるのですが」

 「お久しぶりですね。本当に長く来ないので忘れられたかと心配していました。まあそんな気もしますがこちらもそれは忘れましょう」

 「あの、一人増えてますけど」

 「シウと申します、先日はお世話になりました」

 「あの、あなたは幹部ですよね」

 「そうですね、名ばかりの気もしますが」

 「何故、こうした事に?」

 「聞いても仕方ない事ですが私から提案した事なので気になさらずに。それよりもユッミル様、ここでの目的はもう変わらないのですから早くしましょう。そもそも私達が態々服を着ているのはユッミル様が脱がせる所からしたい方なのかもしれないからですよ。早く好きにして下さい」

 シウはさっさとユッミルを抱いてベッドに誘導していく。シウはさらにユッミルの手を服の裾に誘導していく。

 「ネメッカ様、おはようございます。随分、慌てていますがどうかしたのですか?」

 「イーサ、落ち着いて聞いて下さい」

 「慌ててるのはネメッカ様の方です」

 「ええ、それはそうですよ。どうやらメシャちゃんの子供はかなり早いかもしれません。十日も待ってたら間に合わないかもしれません」

 「まさか、確かにそれは困りましたね。とりあえずどこまで日程を早められるか確認しておきます」

 「もちろん、明後日である必要はないですが四日後であればそれはそうして欲しいです」

 「分かっています。今回の場合、半端な繰り上げは余計に事態を悪化させます。しかし、ユッミル様がそんな嘘をつきますかね?」

 「イーサ、どうしたのですか?」

 「いえ、何でもありません」

 「火の女は酷いです。完全に遊ばれました。若い男を誘惑して剥き出しにさせて楽しんでる」

 「何を言ってるんですか?口は付けないでネメッカちゃんか他の女が好きっていう立場を弁えさせてる癖に。しかも私達は三人でもそれ以下」

 「いや、二人は勝手に参加したんでしょ」

 「拒否しませんでしたが駄目でした?」

 「駄目ではないけどシウさんは不満だったらしいですよ」

 「いえ、不満ではありません。それに遊んで等いませんよ」

 「それは僕が決める事です。不満が無いなら構いませんが僕を馬鹿にした噂を流したりはしないで下さいね」

 「そんなつもりはありませんがそうされない為には弱みを握れば良いのでは?幸い私達は何も隠せない。探せば見つかると思いますよ」

 「ところでこんな事態なのにユッミル様は火に行くそうですよ」

 「良いのですか?火は結構やりますよ」

 「まあ火の方にほぼ言っていなかった様なのでこればかりは仕方ないですよ」

 「まあ今日は支障は出ませんが明日はできればあるいは今日の夜でも話したいですね」

 「イーサもやるんですか?私は構いませんよ」

 「私はそういう事は得意ではないので」

 「そうですね、けどユッミルはそれは気にしない気もしますけど」

 「あの、やりすぎました」

 「いえ、そもそも私達が何と言いますか楽しげなのはただ、そのユッミル様が無茶な要求をしない方だと知っていたからでしてけして子ども扱いした訳ではないです」

 「ところで今日はお昼はどうするのですか?このまま食べますよね?」

 「それは構いませんがその後は帰ります」

 「えっと、お気に召しませんでした?」

 「いえ、忙しいのですよ。近々、結婚式を開催するらしくて」

 「らしい?」

 「詳細は分からないのですけど火にもそれとなく伝えて構わないとの事ですから準備は進んでいる様です」

 「主導や主宰の結婚は久々ですから話題になるでしょうね。光はそういう狙いですかね」

 「あの、それは良いのですが服を着て下さい」

 「服が汚れますので着れないのです」

 「それは申し訳ないですが、好きにして下さい。食べたら帰ります」

 ユッミルが塔に向けて集会所に歩いているとフェノが向かってくる。

 「どうしたの?」

 「ユッミル様のお迎えですよ。私が集会所より東にそれ以外の目的で来る事は無いと知っているでしょう」

 「そうだね」

 「はい、イーサ様がお待ちです。塔に向かいましょう」

 

 


最後までお読み頂きありがとうございます。少々遅れましたが今後しばらくは時間が確保できるかと。

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