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至上の無名光術師の苦難  作者: 八指犬
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第一章 足掛かり

余計な情報を排除する為に殊更場面転換を明示する事は致しません。会話の間の表現を重視し、詰まりの無い会話はそれに応じて発言が連続します。発話者が分かりにくい事も多々ありますがご容赦下さい。その代わりに「」の鍵括弧を一纏めとして同一人物の発話が描写を挟まずに連続する事はほぼ排除しております。

また、多少前後している事もありますが描写は時間順となっております。

1章 強力な術師


 遮蔽。少年がそういう感じで念じると森の獣は速度を落とし、混乱し、その後匂いを嗅ぎ始める。

 「あー、けどまだいけたよ。」

 「僕は攻撃系の魔法は得意ではないから早く倒してくれないか?」

 「うん」

 少女は自分の身長より少し長い槍を四足歩行の毛で覆われた獣の急所に的確に突き刺す。

 「強いね」

 「けどまだ一人は無理だよ」

 「そうだね」

 少年は返事もそこそこに倒れた獣を見る。獣に光の筋が見えてくる。少年は鎌と剣の間の様な武器を少女に渡す。少女は光の筋に従って獣を割いていく。

 「今日はさっさと良いのが狩れたし帰ろうか。」

 「あんまり鍛えられなかったけど良いよ」

 二人は家に帰ってくる。家と言っても冒険者が町外れの林が切り開かれた地区で小さな小屋を構えて拠点にしているだけだ。鍵というか扉止めは内側からしか使えないので家を出る時は地区毎にいる留守番係に外出の旨を伝えるそうすると部外者の侵入は警備員への通報と部外者への尋問等が行われるという態勢で一定の効果はあり、それなりの評価はある。

 「食べていい?」

 「まあ良いけど」

 少女はほぼ人だが少しだけ獣の血が混じっており、生肉を食べる事は問題無い。

 少年は火を起こし肉を炙り始める。それなりに焼けると少年も肉を食べ始める。

 「さて、温まろう」

 食事を終えた少年が床に少し厚手の布を敷いた所で寝転がっているとそんな声が聞こえてくる。少年の目は少女を見てはいないがいつも通り服を脱いだ後に近づいてくる。

 「じゃあ入るね」

 少女は丁寧に少年に身をかがめて顔を近づける。

 「ああ」

 「一緒に入らないの?」

 「ああ」

 少女はいつも通りなのであっさり温かいお湯で満たされたかなり大きめの桶に向かう。その少年に向けられた尻は人とは少し異なり、若干毛深く少し膨らんでいる。ただ、そこと後頭部に僅かな膨らみがある事以外は普通の人の少女と変わらない。しかし、そうした事情から少年以外の人に体を見られるのをかなり嫌がっている。

 「ちょっと熱くなってきた」

 少女は何の気もなく胸を少年の肩に乗せながら横に寝転がる。少年は少女の腰の辺りを推して踏みつけから抜け出すと胸を押し出しながら起きあがる。桶に近づくとお湯に手を入れる。

 「確かにね」

 少年は火の中から薪を取り出して減らす。

 「ユッミル、ありがと」

 少女はユッミルに絡むように抱き付く。

 「濡れる、濡れるから」

 少女は不満げに桶に入り直す。

 「拭いて」

 「何?」

 「ユッミルは私が濡れてると嫌みたいだから嫌じゃなくなるまで拭いて」

 「メシャがちゃんと拭いてくれれば大丈夫だよ」

 「じゃあ拭いたよ」

 メシャーナの足元はかなり濡れている。メシャーナは手を広げてユッミルに抱き付く構えを見せる。ユッミルはメシャーナから薄手の布を受け取ると体を拭き始める。少女は無防備であり、特段何処を触ろうがメシャーナが嫌がる気配は無い。しかし、そういう行為はそれなりの好意を意味すると少なくとも思っており、ユッミルが不必要に触ったのは一度きりだ。そもそもその時にメシャーナが満足そうにしており、好意を感じた可能性を考え、それ以降は自重している。ユッミルは年下好きとは言えないのでこういう甘えぶりも含めてメシャーナを恋愛対象とは見ていない。

 「服を着ろ」

 「まだ温かいし」

 もうユッミルは諦めて抱き返す。メシャーナはそれに満足すると服を纏う。ユッミルはメシャーナを寝かしつけると風呂に向かう。当然ながら屋外である。男女は別だが木立程度の仕切りなので覗きは不可能ではないがほとんど誰もしない。まあユッミルの場合は光屈折が使えるので少々の角度の死角なら見通す。ここに来たばかりの時は何度か覗いていたが飽きてきた上に体つきだけならメシャーナは十分に魅力的であり、そんなのが眼前で見せてくる日常によってそういう意欲は十分に減退している。それに真裏は見えないので限界もある。

 翌朝、ユッミルが目覚めるとメシャーナの胸が眼前にある。口を塞ぎかねない危険さだ。がっしりユッミルに抱き付いている。毎日ではないがほとんどの日は近くで寝ていて時々は横で普通に寝ている事もある。こうした感じからユッミルはメシャーナをペットや娘的な位置に置いてしまっている様だ。特にメシャーナは獣族とのクウォーターと本人が言っているし特徴にもそういうのが垣間見える為にユッミルのそうした印象を助長している。

 ユッミルが体を起こすとメシャーナもすぐに起きて横で顔を洗う。服は普通にはだけているのでユッミルは直す。食事の時は意外と大人しい。

 「じゃあ行くよ」

 ユッミルは毛皮を抱える。

 「またなの?」

 「嫌なら強くなってね」

 ユッミルは強力な光術師とかいう面倒な風評を避ける為にメシャーナに雇われてるふりをしている。メシャーナには慣れた相手以外とは組みたくないという理由で他の冒険者とのパーティを拒ませている。

 「今日はおんぶね」

 「毛が持てない」

 「じゃあ左に寄って」

 「今日は駄目」

 「帰りは良いよね?」

 「良いよ」

 街に出る。素材の鑑定は窓口横の机で行われるので準公開式だ。成果を隠しきるのは難しい。

 「1300アークです」

 「安くないか?」

 「テーブルにお出し頂いたものの鑑定額ですよ。そこまで叩き…」

 「残りもお願いします」

 後ろでは色々聞こえる。

 「相変わらずあの子やるわね。」

 「まさかあの男が優秀とか?」

 「ないない。まあ分からないけど」

 「けど新入りの割にはってだけだろ」

 「まあお前や俺よりは優秀だがな」

 「けどあの男としか組まないとか珍しいよな。男と組まないならともかく女とも組んでない」

 メシャーナはわざとらしい欠伸をする。

「眠くなって…」

 「買い物に行くけど寝るの?勝手に夕食決め…」

 「早く行こ、きますわよ」

 外で早めの昼を済ませて食材を買っていく。

 「おん…あっ」

 「どうしたの?」

 「おんぶは?」

 「そっか、無理だね」

 「私も持つから手を繋いで」

 「まあいっか」

 家に帰る。今日は休養日だ。引退したベテラン冒険者がメシャーナに色々吹き込んだ結果こういう風に休む事になった。ユッミルとしても殊更反対は無い。

 ユッミルは相変わらず厚手の布の上に寝ている。メシャーナは横に並ぶ。そうしてやはり口元に胸を置いていく。ユッミルはこの行為を誰かに吹き込まれた事を大いに疑っている。

 「動けないと休めないから駄目」

 「おんぶの代わり」

 「休めないのは駄目」

 「今、おんぶは?」

 「それは良いけど」

 「それよりお風呂、一緒に入る」

 「おんぶは?」

 「もういい。お風呂も駄目なの?」

 ユッミルは別の人が不意に入ってきかねない環境で安らげないと思っていた。ただ部屋の風呂は少し狭いしメシャーナは入ってればどうせ一緒に入りたがる。

 「じゃあ焚くよ」

 「手伝う」

 風呂が沸くとユッミルはメシャーナを後ろから抱きかかえて桶に入り、淵に腰かけてメシャーナ肩にもたれさせて放置して安らぐ。

 「もう良いの?」

 ユッミルはメシャーナが足を浮かせたのを抱き留めて聞く。

 「ううん。」

 「じゃあ狭いからあんまり動かないで出たくなったらいつでも言ってね」

 「ユッミルも言ってね」

 「そうだね」

 ユッミルは安らいでいる

 「上がるよ」

 メシャーナが桶を先に出ていよいよユッミルは安らいでいく。

 「やっぱりまだ入る」

 メシャーナが風呂に割り込んで向かい合う。

 「ならそろそろ上がるかな」

 「やっぱり私の体、変かな?」

 「そんな事無いよ」

 「けど上がろうとした」

 「もう良いかなって」

 「嫌、まだいて」

 「良いよ」

 「本当に変じゃないの?」

 「うん。違う所が少しあるのは知ってるけど今は見えない位で全然違わないよ」

 「じゃあ私の体の触り心地が悪いとか汚いとか?」

 「えっ。」

 「そうなのね」

 「そうじゃなくて綺麗だし心地も良いと思うよ」

 「じゃあどうして触らないの?」

 「触ってるよね?」

 「けど嫌そう。」

 「それは勘違いだよ」

 「じゃあ触ってよ」

 「まあさっきもやってたし」

 ユッミルはメシャーナの背中に手をかける。

 「違う。ここ」

 メシャーナは自分の胸を掴んでいる。

 「いや、そこ態々触る所じゃないよ。それは知っておいて」

 「やっぱり嫌なの?」

 ユッミルは胸を揉まされる

 「やっぱり触りやすくないけど別に嫌ではないよ」

 「どうすれば触りやすい?」

 「とにかく触ったから良いでしょ?」

 「うん。後、ここも跡が近いから避けてるのかなって」

 メシャーナは立とうとする。

 「それは待って」

 ユッミルはメシャーナの腰を掴んで制止する。

 「そこは皆簡単に触られたくないと思うよ」

 「私は平気だよ」

 「自分が嫌な事はメシャにもしたくないからね」

 「ユッミルに嫌がられないように頑張るね」

 メシャーナは先に桶を出る。ユッミルもしばらくして出ると夕食の準備にとりかかる。

 ユッミルは早めに寝たので早く起きる。メシャーナはまだ寝ている。しばらくして朝食を取っているとメシャーナは目が覚ます。

「おはよう」

「ああ、おはよう」

「私も食べる」

「今日は早めに出られそうで時間もあるから色々できそうだね」

「うん」

二人は早くに出かけていく。

雷剣。ユッミルがそう念じると獣は気絶した。

「ねえ、メシャ、まだ魔法使えないの?」

 「分からない」

 人族は程度の差はあれ、魔法は使える。ただ、ユッミル程の人は数は多くないしユッミルも光魔法以外は低能力だ。

 「じゃあこっち来て」

 ユッミルは川の前に立つ。念じる。少しの水が浮いてすぐに落ちていく。

 「今のが水の魔法。まあほぼ威力無いけどね。やってみて。」

 「分かった」

 メシャーナの目の前の水は少し動いた様に見えたが魚か何かの仕業程度だ。

 ユッミルは今度は草に念をかける。草が少し成長する。

 「次、私ね」

 草はほんの少し成長した。

 「うん、メシャは人族だね」

 「ユッミル、獣族は言葉話せないよ。疑ってたの?」

 「そういう意味じゃないって。魔法は使えるって事。次は自分でやってみよう。何ならできそう?」

 「炎魔法、燃えよ」

 土から微かに煙が立ち込める。

 「私、駄目かな」

 「まあ今日は駄目そうだし狩りをして帰ろう」

 ユッミルは手際よく狩ってはいたが収穫としては低い。今回は巡り合わせが悪かった様だ。

 「今日はあんまりだね」

 「まあ問題は無いよ」

 「今日はついてなかったのかな?」

 「そうだね。魔法も今度頑張ろう」

 「けどちょっと魔法の練習にもう少し力を入れよう」

 「私は構わないけど面倒だよ」

 「それは大丈夫だよ」

 しばらくして街につくとメシャーナはうとうとし始める。ユッミルはメシャーナを背負って帰路についた。

 一度食事で起こすとメシャーナは辛うじて夕食は食べたがすぐ寝てしまった。ユッミルも食事の片づけや風呂を早々に終えると眠りにつく。

 ユッミルは重さを感じて目を覚ます。例の如くメシャーナが抱き付いていた。相変わらず着衣は乱れており、ユッミルは直そうとする。

 「起きてるから大丈夫」

 メシャーナはユッミルの手を無視して頭の方に上半身を寄せる。

 「眠れないの?」

 ユッミルはメシャーナの腰を抱く。

 「多分」

 ユッミルはメシャーナの服の乱れを手早く戻す。

 「触らないで」

 メシャーナは服を邪魔そうに払ってユッミルに抱き付く。

 「寝れない」

 「手を貸して」

 メシャーナはそういいながらユッミルに足を乗せる。手を取ると股に挟む。

 「ユッミルは早く尻尾残りに慣れる為に触って」

 「分かったから」

 ユッミルはメシャーナの願いを聞き入れる。

 「もっと」

 「はあ、だったら一度起きて後ろ向いて尻尾を出せば?」

 「良いの?」

 「メシャが良いなら」

 「もちろん、ユッミル嬉しいよ」

 メシャーナはユッミルを少し見てから尻尾の跡がある尻を突き出す。ユッミルは尻尾跡を撫でる。

 「どうして近づかないの?やっぱり…」

 ユッミルは慌てて腰を下ろす。

 「ごめん。この姿勢だと座っても立ってもやりにくいよね」

 メシャーナは上半身を伏せる。ユッミルは尻尾跡を撫でる。

 「ちょっと良い?」

 メシャーナの下半身を少し抱えて肩に抱き寄せて尻尾跡を撫でていく。

 「これ、またやって」

 メシャーナは表情がいつになく緩んでいる。

 「これなら全然良いよ」

 朝起きるとメシャーナは上機嫌だ。先に起きて抱き付かずに添い寝している。

 「おいしいね」

 「いつも通りだと思うけど」

 「今日はどうするの?」

 「まあ街には行こうと思うけど急がなくていいかな」

 朝食の片づけをしながら答える。

 ユッミルが座っているとメシャーナは立ったまま近づく。

 「暇だね」

 「やっぱり昼前に行こうか?」

 「そうじゃないよ。それより膝座っていい?」

 「良いよ」

 メシャーナは膝に座って笑顔で顔を肩に乗せたりしている。ユッミルは時折頭を撫でる。

 「魔法はしばらく放っておいて武術でも鍛えようか?」

 「どうしよう。私はそれでも良いけど」

 「うん、そうしよう。焦っても上手くいかないだろうし」

 「今日はハースナさんの所に行くからね。メシャもハースナに少し教えてもらえばいい」

 「私は良いけどあの人は忙しいしユッミルが教える事になると思うよ」

 「けど僕はメシャには甘いからね。それに武器捌きは優秀じゃない」

 「そうなの?強いけどね」

「雷装剣は深く入れなくても一撃入るからね。でも手早く入れる剣術があるに越した事はない」

 「難しそうだね」

 「焦らなくて良いよ。本命は魔法の方だから。」

 「そっちも簡単にいきそうにないけど」

 「だから一度気分転換ね。それと今回は呼ばれたんだよね。」

 「呼ばれた?」

 「うん、用事があるんだって」

 「あの人が用事って変じゃない?」

 「それを言わないで」

 「断れば?」

 「流石にそれは無理だよ。代わりに優秀な炎系魔法師と組めるかもしれないらしいし」

 「えっと、私は用済み?」

 「いやいや、そんな高頻度では組まないよ」

 「でも減るんだね」

 「そうだね。魔法が使えない状態で大して教えるのが上手でもない僕と延々と訓練しても仕方ない。メシャが魔法使えたら毎回組むから頑張って。急がなくて良いから。」

 昼食後、メシャーナとユッミルは街に出かけた。今回は街の北の一角にある職人街が目的地だ。冒険者の集会所を中心とした街の中心部には各種商店が並ぶがそれは北にも連なっており、北に行くにつれ、専門性の高い装備が店に並ぶ。より正確には街の北西に鉱山が存在するので北西に向かう程である。ただ、木材は東の生産量が高い上に接着物質の産地も東であり、複合材の装備は東である。そして、北東でも北西でもない真北の方は豊富な金属産出に任せて大型装備になりがちな西や接着剤や木材を使って軽さを求める東と違って金属を静謐に研ぎ重量ではなく鋭さで攻撃力を高める武器や高度な立体造形や軽さで防御面を広げたり、耐久性に工夫した防具を販売している傾向が強い。ただ、そうした装備は扱いが難しい上に装備者の個別事情も絡むのでオーダーメイドが多い。そうした事情から閉鎖的に見えがちで外からの人も少ない。また西には鉱山の生産量を生かした武器庫があり、鉱山自体が要害かつ視野の良い高台でもある事から北の平原からの外敵襲来に対する指揮所と出撃拠点になっている。東は東で農地が多く、人口も多く街は防御を計算された設計になっている。一方で北は集会所から通じる大通りが存在し、防御よりも攻撃を重視している。ここらの住人自体は地下を発達させ、避難手段を確保しているし一般人用も存在するが住民は少なく来訪者も少ない。北へ向かう大通りは集会所の近くこそ人は多いが北に向かう程人は減る。ただ、北の平原の動向を気に掛ける有力組織は多い。特に指揮所は持ち回りが明確に決まっている上に有事の撤収は目立つ。まあ最大の理由は有事の際に友軍の存在を気にせず初手で高火力を打ち込んで組織の力を誇示した上で手早く伝令させる各組織のついでなのである。そうした事情からいわゆる攻撃性と機動力の高い一騎当千の魔法師が入れ替わりながら多い。ただ、大通りの脇の路地はやはり北ほど人が少なく、その奥はほぼ人がいない。ハースナの店はその真北でも比較的南寄りにある。一応、本業は修理なのであまり北過ぎるのは非効率だろう。ただ、修理の時点でそれだけ武器の使い込みという話になり、やはり熟練者を疑われる。ユッミルの場合は雷装の際に持ち手の刀身に近い部分が僅かに焦げて色褪せる都合上尚熟練者に見える。今もユッミルはそういう視線を受けながら大通りを北に歩いている。

 「ユッミル、前見てないと危ないよ。」

 「それより何故腰当をつけていない?」

 「分かるんだ。ならもっと近くで歩いてよね」

 ユッミルはメシャーナの肩を掴む。

 「まあ流石に他にはわからないと思うが気を付けろよ」

 「けど腰当は腰当で変だよ」

 「ならこの歩き方も変だな」

 「仲の良い二人としか見えないよ」

 「いや、この辺りはそんな浮ついた感じで来る場所ではないだろう。少し北へ行けばあの中心平原。守りの薄いこの辺りは魔族のもっとも手頃な標的。」

「うん、だからユッミル位の強さが無いと仲良く散歩はできないね。でもそれは変じゃないよ」

 「強くは無いんだよ。強いとか言ったら駄目」

 「なら行くのやめようよ」

 「用事だ用事。お遣いなんだよ」

 「まあそういう人もいるよね」

 「さあ行こう、用事にね」

 真北の熟練者の多い通称頑屈地区につく。そこには難燃性の灰色の作業着を着た人達が多い。今は昼時なので休憩なのだろう。ユッミル達は早い昼食を済ませてある。ユッミル達はわき道を入ったすぐ傍の店にさっさと立ち寄る。店の立札は休業だが少々暗めの路地に対して店内は明るい。修理作業の音も聞こえる。

 「今日は休…」

 店員の女性は露骨に途中で口を閉ざして作業に戻る。

 「来ましたよ、ハースナさん。」

 そう言いながらも返事は全く期待していない様子でユッミルはメシャーナを後ろに伴って店の奥に向かう。

 「悪い、悪い。ユッミル、来てもらって悪いな。」

 「いえいえ」

 「じゃあまあ剣を少し調整するからその間座っておけ」

 ユッミルは武器をハースナに手渡し、ハースナが奥に引っ込むと後ろを向いて右手にあるテーブルに腰掛ける。

 「店主がご迷惑をおかけして毎回申し訳ないです」

 柔らかい口調の案内係の女性がこの世界の紅茶に当たるお茶を二つの椀に入れて運んでくる。

 「ごゆっくり」

 ユッミルは早速飲むがメシャーナは少し待っている。

 「ユッミル、そろそろ用事が何か聞いた方が良いと思うけど」

 「そうなんだが…」

 「私、どうせ帰らされるなら早い方が良い」

 「分かった」

 「ハースナさん、そろそろ今回の用事について詳しく…」

 店の奥の工房は少々雑音が多い。

 「お呼びしましょうか?」

 「はい、できれば」

 しばらくすると案内係の人に促されて工房内に通される。受付場の長テーブルの左奥に見える暖簾の奥はユッミルも初めてだ。入って右手前にハースナはいた。

 「で、用事って?」

 「君の用事の詳細をだな。」

 「あんまりここでは話したくないのだが?」

 「ならこの子を連れてって良いかが知りたい。」

 「それは構わないよ」

 「けどいない方がいいとかは?」

 「まあどちらかといえばね。君について色々な前提で話すからね」

 「帰りたくなってきたよ」

 「まあまあ悪い人ではないから」

 「私、帰るよ」

 「そうだね」

 「なら大丈夫だとは思うけど念の為に集会所の近くまでは送るよ」

 その頃街の中央街の北西の広場では数名の魔法師を引き連れた女の子が人目を引いていた。

 「あの汚水共、何勝手に持ち回りの順を急に変えてくれていい迷惑よ」

 「ごもっともですがお急ぎ下さい」

 「分かってるわよ」

 少女は北に向かって足を早める。

 ユッミル達が店を出て集会所のある南をみると遠目から見れば分かる人集りが見える。三人が近づくと中心には魔族がいる。

 「打つわよ」

 ハースナは叫ぶ。

 「火炎落とし」

 炎は敵上空に進んだ後に真下に向かう。ユッミルは既に走り出している。一瞬だけ剣に雷装を施し魔族を切り伏せる。雷撃系は魔族に特効性があり、ユッミルにとっては容易だ。唖然とする魔族を囲んで倒そうとしていた冒険者を無視して輪から出て遅れてきたハースナの方に向かう。

 「ハースナ、用事は中止で良いね?」

 「いえ、予定通りよ」

 「は?」

 「魔族が数百匹いてもこれから会う人と一緒の方が安全よ。」

 「着くまでの危険は?」

 「あなたなら大丈夫でしょう。私も戦うし」

 「メシャはどうしようか。」

 「連れてく方が安全そうね」

 「まあ宿街は奥だからそれなりに安全だとは思うけどここに魔族が出た以上集会所は微妙ね。少なくともあなたが守る方が安全だと思うわよ。まあ土の主導が動くだろうから一方的な破壊は無いと思うけどね」

 「仕方ない。メシャ、緊急事態だ。北に向かう。急ぐよ」

 「分かったけど無理しないでね」

 「分かってるよ」

 「私の怪我位大丈夫だからユッミルは攻撃に専念してね」

 「大丈夫だよ。流石にメシャを危険に晒してまで力を隠す気は無い。多分、この鉄叩きお姉さんは何となく気づいてるしね」

 「あなた、もう今の行動は光の主導ね」

 「というかさっき魔族が百匹とか言っていたがこれから会うのも主導とか主宰なのか?」

 「逃げないなら答える」

 「もう逃げる選択肢はないだろう」

 「そう、主導よ」

 「君が知り合えそうな主導って…」

 「あの、私を工房街の引き籠りみたいに言わないで」

 「何も言ってないけどね」

 「まあけどあなたは力を知られれば光の主導にどう思われるのかしらね。」

 「そうだね。知られないようにするよ。前の氷の主導みたいな人は御免だ。」

 「でも光の主導はああいう感じではないし光術師は戦力不足。喉から手が出るほど欲しい筈、冷遇は無いと思うけどね」

 「それはそれで困る。それと一応君には力の一端しか見せてないからね。光術として主導の価値のある力を見せてはいない」

 「いや、それは違うわね」

 「どういう事だ?」

 「今日会う人は研究熱心だからあなたが案に言っていた雷装剣とその破損状況を説明したらやはり相当高位の雷装の可能性を示唆されたわ。今日会うのもその関連だし」

 「まあ良いよ。そのクラスの人間なら一般冒険者に噂は流さないだろう」

 「けど良いの?さっき魔族を簡単に切ってしまったわよ」

 「構わないよ、優秀な剣士は他にもたくさんいる。光術師とさえ知られなければね。」

 三人は北の中央平原の手前に着く。

 「こっちよ」

 ハースナは二人を脇道に案内する。ついていくとそこには建物の外側に付けられた螺旋階段がある。階段を上りきると何人か人がいる。

 「状況は?」

 「ああ、ハースナか。主力かは分からないが魔族軍は西寄りから冒険者の詰所に向かっている。運悪く引継ぎが上手くいかなかったので主導や主宰が不在らしい。向かってはいるらしいが」

 「けどまあ大通りを突っ切りに来るのは時間の問題だろう。詰所の人数が特段少ないって事でもないしな」

 「確かにそんな感じだな」

 ハースナは一通り小高い建物の屋上からの状況を見渡すとさっさと向きを変え階段を駆け下りる。

 「魔族との戦闘経験は多くない」

 「私もよ。けど主力はあれじゃない。とにかく急ぐわ」

 大通りに出て平原の手前に着くと左手に見える指揮所から投擲兵器が放たれているのが見える。ユッミルが歪曲視野を使うとハースナの言う通り魔族が指揮所の視野の外を絶妙に迂回している様子が見える。

 「とりあえず北に向かうわよ」

 「とりあえずじゃないよね」

 「一応、待ち合わせは守らないと」

 「分かったけど待って。流石に多い。」

 ユッミルは姿を疑似的に消す。

 雷散。ユッミルがそう念じると魔族の頭上に雷光が走り、三匹の魔族に雷撃が直撃し霧散する。その後雷撃は弱く広がりを見せる。そうすると周辺の魔族の動きが鈍る。

 ユッミルはそれに注目が集まってる内に東側の魔族を切って道を開ける。メシャ―ナは慣れているので驚かずに警戒しながらもユッミルに追随していく。ハースナも初動は遅れながら追いかける。

 「この辺りだけどいないわね」

 「それはそうだろうね」

 「けど心当たりはあるわ。彼は午前中、北東に行っていて待ち合わせの時に一度戻ると言っていたから北東ね」

 「待て。そっちは今魔族の主力が進軍中だぞ。」

 「君なら抜ける位は大丈夫だと思うけど」

 「いやいや、仮にそうだとしても君が死のうが知った事ではないがメシャを危険に晒すのは嫌だね。」

 「もしかして魔力切れ?他の主導なら平原を突っ切りながら自分の周囲五歩の範囲位は相当時間安全圏として保持できると思うけど」

 「できなくはないかもだが完全ではない。わざわざ危険に突っ込む必要はないだろ。後、主導ではない」

 「けど他の主導が一人でも推薦すれば光の主導も無視できないから主宰にはなれると思うけどね」

 「まさか」

 「それは無い。あの人はそういう無理強いはしないから。勘違いさせて悪いわね。けど私が主導なら推薦するわね。」

 「いずれにしても約束を暫定的には果たした。帰りはしないが平原からは…」

 「もう遅いわね」

 ユッミルが歪曲視野で確認すると主力の分隊が大通りへの最短経路として近づいてくる。

 「仕方ない。ハースナさんは後ろから援護を頼みます」

 ユッミルは鞄からたくさんの針を取り出してメシャの足元に置く。ユッミルは雷装させた剣で向かい撃ちに走る。

 「何をやっているの。近くしか見えてないじゃない。何の為の指揮所なの?」

 少女は指揮所近くの空中から叫んでいる。


2章 出会


「氷の主導、シェンハが時間を稼ぐからもっと東に展開なさい」

 シェンハは空中を東にゆっくり向かいながら同時に魔法を打っている。氷魔法は敵の動きを止めるのに強い。但し、遠くの動く物体を凍らせるのは困難である。シェンハの魔法は狭い空間の面を短時間固化させる魔法だ。強度は弱く一度の衝撃で壊れるが同時に多数展開可能でそこそこの遠隔も可能。投擲武器は無意味化する。シェンハの魔法により魔族軍の右翼は速度を落とす。ただ、シェンハの移動速度の限界から一部の魔族が大通りに差し掛かる。それ自体は大通りで待機していた各集団の中堅幹部集団が撃退していく。

 「分かった。北東に向かう」

 「良いの?」

 「北東なら冒険者共の死角。あのシェンハとやらからは見えかねないがあれなら大した事とは思うわないだろう」

 光雷槍。真っ直ぐな光が魔族軍左翼の先頭をに刺さると彼らは被雷して焼け焦げる。姿を隠しながら魔族軍に突進していく。雷花。放射状に広がる花の様な光を剣と連動させて振り回し、その光を経由して雷撃を浴びせる。魔族軍は歩みを止め、投擲系武器に切り替える。電板。板状の空間で電流を維持し、金属兵器が通過する際に電気が集約する事で金属兵器を跳ね返す。ユッミルは電板を展開しながらメシャやハースナと共に左翼の左に回り込む。魔族軍は分断され南北に敗走していく。ユッミルはゆっくり北に向かう。雷射。魔族一匹ずつ雷撃を受けていく。ユッミルの言う雷射とは雷撃による狙撃攻撃である。集中力は必要だが魔力消費は無いに等しく短時間にたくさん打てない事と術者が止まっていないといけない事以外は弱点の少ない術である。

 ユッミルが数体を雷射で仕留めた後、遠くで爆発音が聞こえ、魔族が打ち上げられるのが見えている。その後も砲撃の様な音が聞こえ、その音は徐々に近づく。

 「ハースナ君、彼かな?高密な雷装の使い手は」

 「そうですね」

 「あの、話をする前に一度この状況をどうにかしなければいけませんね」

 「魔族を敗走させたのは君であろう。わしも一度街に戻る。話はそれからだ。問題は無いだろう。わしが後ろを受け持つ。ハースナ君、一応わしと彼が離れすぎたら教えてくれ。」

 魔族は体制を立て直して炎の主導に向かってくる。炎の主導が何をしたのかは分からないが地面で爆発音がすると炎のアーチの様なものが掛かり、魔族軍に向かっていく。アーチはやがて放射状に広がり、魔族軍を燃やしていく。そしてアーチが地面に達すると爆発する。炎の主導がそれを数度繰り返すと魔族軍は一定程度進軍が滞るがそれでも前に進んでくる。ユッミルは冒険者達が視野に入ってきたので攻撃法を雷装剣に切り替える。しばらくすると大通りを真っ直ぐ見通せる街の真北の辺りで氷の主導シェンハと遭遇する。

 「あら、炎の主導バッソー、相変わらず強い兵器を使っていますわね。それにしても今日はお供が多いこと」

 「一人はわしのお供。そこの彼はわしから見ても優秀な術師じゃよ。で、そちらの少女は彼のお供じゃ。優秀な術師には自然とお供がつくものじゃ。主にはいない様じゃが」

 「一人でも十分という事ですわ」

 「じゃが魔族を討ち漏らして街に入られとるがのう」

 「わしら二人ならあり得ぬ失態じゃ」

 「あなたはともかく主宰ですら無い人がこの量は止めれませんわ」

 「そうですよ。氷の主導様は前線の支援に注力されただけですよ」

 「そうじゃな。目の前の事をすぐ始末できると思ったのだろうな。まあ今回はこの程度の襲撃だったから問題は無かったが君に街の防衛は任せたくないのう。前任は力が無いだけだったか今回は力があっても知恵がない。だが前線を任せるだけの力と知恵は認めよう。ここだけは任せたぞ。では行くぞ、雷装の剣士。」

 「雷装?」

 シェンハは思わず呟く。そのシェンハの逡巡は雑音ですぐに掻き消え、シェンハは前線の魔族への攻撃を再開する。一方のバッソーは珍しく炎魔法を打って魔族を消していく。この状況になるとユッミルの雷装剣の方が倒す量は多い。街の北端に着くと何人かの術師が魔族を倒していたが相当数は街の内部に侵入していた。

 「後々直さなければならんのだがやむを得ん」

 いつの間にか魔族が地面から噴き出した炎に焼かれている。ユッミル達は魔族の残党を倒して街を南下する。

 魔族の火だるまはいつの間にか燃え尽き石畳がなくなって地面が焦げた跡を踏みつけてさらに南に向かう。すると正面に複数の浮く大きな盾を操る男が現れる。彼に向かった魔族は金属が串刺しになった後消えた。

 「バッソーさんか、あなたの留守を狙われたらしいな。優秀な主宰を持たないと楽にはやめれないですぜ」

 「グルード、今の責任者は一応は炎ではないぞ」

 「分かってますが氷とか水がああである以上我々が実質的には担う他あるまい。あの氷の御嬢さんは術師としては我々の側に立てるのに惜しいですなあ」

 「間違っていない間違いを正す事は期待できん。それより正面は我々で守るから東側面を任せてよいか?」

 「やはり指揮してるのはあなたではないですか。もちろん、承知しました。聞いたな、行くぞ」

 土の術師集団は東の路地に消えていく。

 「ようやく話ができそうだな。主の名前は?」

 「ユッミルですよ。が、軽々しく名前は出さないで頂けると助かります」

 「では、ユッミル正面を任せた。私の主火力は範囲攻撃なのでな、近くには打ちたくないのじゃよ」

 「という事でハースナさんもお願いしますね」

 結局、その日の夕方には魔族はほぼ排除された。ちなみに討伐数最多は土系であり、次が炎系、次いで氷系となった。これらの過半は主導や主宰による。ただ、氷系全体より最初から討伐に参加していたユッミルの方が討伐数は多く、個人ではバッソーに次ぐ二番手だが公式上は大半がグルードやバッソーの討伐扱いにされたが一部の明らかな触雷による致命は討伐者不明扱いにされた。

 疲れたユッミルはその日、何も考えずに言われるがままにメシャーナと風呂に入り、夕食を共にして隣で寝てしまった。

 「じゃあメシャーナは待っててね」

 ユッミルは今日約束通り優秀な炎系術師と組む事になっている。

 集会所に着くとそこには長い黒髪の長身の女性がいる。黒髪は少々珍しいので若干ながら目を引いている。来るのは間違いなく炎系術師である以上ユッミルには心当たりがあった。そもそも炎の主導の紹介である。並の人材でない可能性は考えればわかる事だった。その女性が振り向く。

 「剣、もしかして」

 「あの、エッヒネさんですよね?どうしてこちらに?」

 「主導の依頼で。ユッミルさんですか?」

 「そうですね。依頼内容は歩きながら教えて頂けますか?」

 「はあ、そこまで急ぐ案件ではないのですけど」

 炎の主宰と歩くユッミルは明確に目立っている。ユッミルは完全に後悔していた。

 「珍しいですね、バッソー様」

 「エッヒネには御遣いを頼んだ。それに今回は私も関与した事もある。色々やむをえまい」

 「私も駆けつけたかったですけど伝令を受けた頃には事態がほぼ終わっていたみたいで」

 「その伝令は処分すべきだな」

 「そうですよ。きちんと叱らないといけませんよ」

 「あの仮面の部下はまだ?とっとと始めたいのだけど」

 「あら、氷の嬢は毎回出席で偉いわね。けど主宰さんの顔も覚えたいからあなたもたまには休んで部下に任せてくれないかしら?」

 「あなたも人の事は言えない気がしますけどね」

 「まあ私はそれでも構いませんけど」

 「申し訳ない。遅刻もだが今回の襲撃で月系術師は役に立たなかった。」

 「問題ありませんわよ。短時間で解決したのですから全員参加は無理ですわよ」

 「そうですね。木としてもほぼ戦果がないですし」

 「水はともかく木や月は討伐向きではない」

 「光としてもたまたま熱心な子がいて少しは倒せましたが多数の負傷者が出た上に一人亡くなってしまいました」

 「私のところも数人死んでしまった。土魔法はあまり効かないからな。まあ金属による打撃が効くのは幸いだが。氷の圧縮で始末するシェンハ君に比べれば大した事は無い」

 「そうよ。魔族との戦いでは水は役立たずよ。そこの氷の嬢が変なのよ」

 「まあ良いのだが役立たずという割には随分威勢が良いのう」

 「ではそろそろ報告を行う。討伐数は我々土が183、炎はバッソー様が134、他5。氷は88でシェンハ様が72、水は25、光は17、木は4、月は3、不明が34程」

 「不明?」

 「私達の部下も立ち会いましたけど明らかに雷撃による致命でしたし土の人達にその様な事をする人はいないとの事でしたし不明扱いとさせてもらいました」

 「雷撃?」

 「興味深いわね、光系だけどあなたも雷撃はそこまで得意ではないしね。いるじゃない、優秀な術師」

 「所属術師にそんな報告をされた事はありませんよ」

 「あら、隠す必要はないわよ。それか主導を譲りたくないからその人を隠してるの?悪質ね」

 「あなたみたいにそういう策略はしませんわよ。ただでさえ不足している実績。出せるなら惜しみませんよ。主導にしても惜しむ理由はありません。あなたは無理でしょうけど」

 「そうね、私が指揮するのをやめたら傾きますからね」

 「本当に優秀な雷撃が使える術師は欲しいですわね」

 「そういえばバッソーさんと一緒にいた…」

 「シェンハさん、何か知って…バッソーさんの知り合い?バッソーさん?」

 「光の主導よ、今は会議中じゃ。皆と話せんから無用に近づくでない。それに本人の意向もある。」

 炎の主宰とユッミルは森を進んでいる。ユッミルは早い移動速度に加え、獣を光や音で牽制し、戦闘にすらならない。

 「正体を他言しない事を条件に会っていた。約束を破るのは本意ではない」

 「でしたら光の主導の名を出しても構わないので光への所属をおすすめ頂けないですか?」

 「まあ構わないが所属する気があるならもう所属しているだろう」

 「我々は影が薄いので組織の存在を知られていない可能性もありますし」

 「うーん、わしが紹介してもらった子の話だと術師としてではなく剣士として鍛えようとしているみたいだが」

 「光術の良さを知らないのかしら?」

 「もう諦めてくれないか?」

 「分かりました、ですが良い機会があれば口添え頂ければ」

 「いや、この老人がそれなりに興味を持つ男が光なんかに所属する利点は無いでしょ」

 「シェンハさん、見たんですか?」

 「そうだけど普通だったし正体隠してるなら顔位変えてても不思議じゃないし聞いても無駄よ」

 「そうね、でも強力な雷撃の現場さえ押さえれば良いわよね」

 「やめなさいよ…」

 シェンハはため息をつきながら術師協会の会議室に光の主導を残して後にする。

 「そう言えばバッソーさんはどういった依頼を?」

 「はい、火吹き土竜の調査ですね」

 「ああ、光で誘き出せと?」

 「はい、それに溶岩地区の獣は炎系攻撃が通りにくい上に並の冒険者だと役に立たない」

 「倒すのもこっちなんですね」

 「お願いします。防御は私がしますので」

 「ただ、溶岩地区って最短だと岩壁ですし回り道だと泊まりですよね?」

 「まあ岩壁を魔法で溶かして加工して登れるようにしても良いのですが主導には駄目と言われましたので泊まりますね」

 「それだと寝れないかもしれませんね。獣の察知は早いですけど森の奥の方では一撃は無理ですから」

 「私を隠せないの?」

 「可能ですが奴らは匂いでも追います」

 「そうだったわね。なら事前に倒して夕食にしましょうか。」

 夕方である。指揮所では会議を無視して在陣した仮面を常に身に着ける月の主導と木の主導が引き継ぎを行っている。一方でエッヒネは数体の獣を焦がしていく。エッヒネともなれば焦がす程度で仕留めるが中途半端な炎系術師は獣を相当燃やし尽くさないと倒せない。そうした事情から狩りで稼げずに鍛冶系の仕事という人も少なくない。ユッミルは休息をとっている。

 ユッミルは数体の獣を抱えたエッヒネの姿を見ると目を閉じた。

 「ユッミルさん」

 「エッヒネさん?」

 「はい、夕食ですよ」

 目の前には木のテーブルと肉片の丸焼きにスープが添えられていた。木のテーブルは金属の足場を持ち運び木の板だけを現地調達するこの世界でかなり普及する道具を使っている。エッヒネは背中に背負う袋に野菜も入れていた様だ。

 「上手ですね」

 「ありがとうございます。昔は上手く狩れませんでしたのでしばらく狩りからは離れていましたが炎系魔法の鍛錬の結果、こういう仕留め方もできる様になりましたよ」

 「それもそうですが料理もですよ」

 「ありがとう。炎系術師は料理ができる人とできない人が極端でね、できない側に回りたくないと思いましてできる人に教わったんですよ」

 「炎ってそんななんですね」

 「ええ、それでは私はそろそろ休みますね」

 エッヒネはさっさと寝てしまう。

 この世界では各系統の術師の団毎に塔を保有している。炎の塔を例外として残りは中央の集会所より南に位置する。それは弱小と言われる光も例外ではない。

 「メネッカ様、かなり遅いようですが何かあったのですか?」

 この光の主導メネッカという女は光魔法で顔を変え正体を隠して街をうろついて情報収集をしている。

 「いえ、ですが相変わらず我々の力は弱い。もう少し優秀な冒険者が欲しいですね」

 「それでしたら力が弱いながらも真剣に努力を…」

 「分かっていますよ。それが不十分だとは言っていません。ですがやはり光術師、できれば優秀な術師が増える事に越した事はない。噂でも私への報告を増やしてもらえないかしら?」

 「はい。それは構いませんが…」

 「それと私自身も動きますので明日の昼間は塔を空けます」

 「主導様、その様な仕事は我々の仕事です。それにそういうのは数が必要ですし」

 「いいえ、私が行くのは森です。闇這窟にでも行きますわね」

 「メネッカ様なら問題は無いでしょうがあそこで活躍できるほどの光術師は探すまでもなく見つかると思いますが?」

 「もちろん、探すのはそこだけではありません。森の危険な場所は私が探すしか無いでしょう」

 「分かりました。お気を付けください」

 光術師は高位になれば光と音を上手に消す事ができる。匂いは消せないが余程鼻が利く獣でない限り、正確な位置は分からない。特に中央平原は風が強い事が多くメネッカの位置を察知する事は難しい。

 ユッミルは歪曲視野で広範囲を監視する。獣道の一本はエッヒネが戦闘で倒した木を倒木のようにして塞いでおり、そのお蔭か獣の接近は無くエッヒネに促されて交代した。

 「おはようございます、メネッカ様。もう行くのですか?」

 「ええ、夕方まで帰りません。よろしく頼みますよ」

 「はい、いってらっしゃいませ」

 ユッミルはエッヒネに起こされると歩いて火山の中腹に向かう。火吹きモグラの掘る穴は入口が少しだけ横穴気味で簡素な埋め戻しが存在する。そうした事情から傾斜地や岩陰に入口がある事が多い。ただ、やはりというべきか穴を見つける前に燃えるイノシシが三体出現する。ユッミルの雷射が直撃しても一撃ではあまり打撃は無い。エッヒネもユッミルも手に持つのは穴を掘る為に土を崩すピックである。まずはユッミルへの突進を試みるも雷板に阻まれる。別のイノシシはエッヒネに突進するも足元の熱爆術で転倒する。一瞬の睨み合いの後、ユッミルは雷撃を撃ち込む。雷撃はイノシシの一体の側面に当たり、一定の打撃を与える。ユッミルは雷撃を連射する。イノシシは半分以上の攻撃を受けると逃げ出していく。

 「ねえ、来週の主導会議、私も行くんだけど君は最初だし待ち合わせてあげましょうか?」

 「意地悪ですね。それに現主導は光らしい優秀な方らしいですし」

 「けど主宰は氷同様実力不足。そして、主導会議はうちの様に主宰が出てくる所も多い。炎としてはあなたが望めば光の主宰…」

 「無いです、調査しますよ」

 「それなら隠さないとね、その雷撃。光は人材不足だからあなたのそのまったく本気ではない力でも主宰としては十分よ」

 「けど光としても組織の規律はあるでしょうし即日主宰なんてのは無いでしょうから来週の主宰会議はあり得ませんよ」

 「けどあなたが主宰の地位と所属を抱き合わせで要求すれば通るかもしれないわね」

 「まあこちらにはどちらも利点は無いですから避けなければいけませんね」

 ユッミルは穴を探してピックで突いて地面が柔らかくなっている所を探している。

 「ただ、やはり魔族に効く強力な光系攻撃術は貴重だから光だけでは無いわ。私達炎は魔族との即開戦を望んではいませんが土系の術師の一部にはそういう人達がいますし主導も本音は分かりません。氷や月は統率力が弱いのでそういう分子がいてもおかしくは無い。もし剣を鍛えたいのであれば木の護衛に所属するという手もあります。あそこにはそういう人は少ない。」

 「大丈夫ですよ」

 「そうですか?魔族との突発的な戦闘は無い事ではありません。」

 「かもしれませんが木の護衛では根本的な解決にはならない。雷装剣を使えば基本的にどうにかなります。それに光だけでは駄目です。それを気にするなら尚仮面の人と会わなければなりません。ですが当面は良いでしょう。それにあなたと行動していれば目立ちはしますが私が動かなくてもいい。」

 「仮面の子、あなたも相当な力だと思うのね?」

 「はい、向こうも本気を出している様には見えないので私はおろか他のどの主導よりも強いという事もあるかもしれません」

 「そうね、けどバッゾーの見立てだとあなたは私より遥かに強くて光の主導よりも確実に強い。水の主導程度なら十分殺せると聞いたのだけど」

 「まさか。」

 ユッミルは慌てて呟く。

 「能力の話よ。で、バッソーは自分の引退後に備えてあなたとの個人的な関係を薦められたわ。一理あると思うし形式上はバッソーの頼みだけどお互いにとっていい事だからその辺りは気にしないで」

 「あの…だから光の主宰にはなりませんから術師集団内の主導権争いでは力にはなれませんよ」

 「ですがあなたならメネッカ様を捕縛して言う事を聞かせて光を乗っ取る位は可能ですよね?私なんて炎の後ろ盾が無ければ即生け捕りでしょうね。」

 「随分、酷い喩えですね。そんな風に考えていたんですか?」

 「そうですね、私の弱さだと少々の頼み事は断れないでしょうね」

 「それはどういう意味ですか?」

 「そうね、頼み事があるなら遠慮なく言ってね。無理そうな事も分からないわよ」

 「無理そうな事は頼みませんよ。よく分かりませんけど」

 「じゃあ質問を変えましょう。私にどんな事でも願えるなら何を願います?」

 「まあ冒険だと答えになりませんよね。でしたらむしろ何が得意なのです?」

 「さっきも言いましたが料理ですね。掃除もできますよ」

 「そうですか、お願いとは繋がりませんね」

 「そうですか、やはりユッミルさんにとって私は単なる炎の主宰なんですね」

 「そう言われましても大事な冒険仲間に無理なお願いをするのも…」

 「えっと、友人として一緒にしたい事等は無いのですか?できるかは分かりませんが興味はあります」

 「友人ですか?エッヒネさんはお忙しそうですしお姉さんというか御指導御鞭撻を頂く様な感じで中々そういう方には…」

 「やはりそうですよね。私はもう歳だから若い子には友人や恋人の候補には見られないですよね。炎の術師の内部はそういう関係を築く空気ではないのですよ。恋人に関してはそもそも男性が少ない。」

 「いえいえ、エッヒネさんは十分お綺麗じゃないですか?」

 「ありがとう。でも私は主宰。他勢力の恋人と言うとやはり術師協会内の関係性は避けられない。しかも主導の後継が私に決まってる訳ではない。そんな状況で相手がいないままもうこんな年なのよね」

 「そう言えば聞きませんね、恋人がいるとは。どんな人が良いんです?」

 「私みたいな半端な位置だと贅沢は言えない。術師協会の幹部関係者は無理だしあまりそういうしがらみが無い人かしら。」

 「それならたくさんいますね」

 「そうでもないのよ。同世代はもう結婚してるし炎の主宰を側室的に扱える人はあまりいない。下の世代から見れば年寄だろうし」

 「年寄というのは水の主導様位の人を言うのですよ」

 「けどあなたも私位の年は無理でしょ?」

 「簡単ではないですけどそれはお互い様だと思いますよ。あんまり子供とは合わないでしょうし」

 「そう、あなたはまるで年下に手を焼いているみたいな口ぶりね」

 「さて、どうでしょう。それにしてもこんな長話をしていても獣は寄ってこない」

 「光の主導を恐れているとかね」

 「よく分かりませんが土竜はそこそこ奥なので光が届きません。」

 「場所は分かるの?」

 「はい、音で。」

 ユッミルはエッヒネの横を無造作に通り過ぎる。エッヒネは振り向いて真っ直ぐ歩くユッミルを見ている。

 「この真下ですね。」

 「分かりました。熱で誘き出すので穴の所で待っていて下さい。」

 ユッミルが立ち止って振り向くと地面から煙が出ている。しばらくするとユッミルは土竜が動く音を察知する。ユッミルは自由に曲がる光で穴を照らす。土竜は穴から出ると火を吹き始める。ユッミルは雷面で防御するが土竜は次第にユッミルに狙いを定めて濃密な火炎を球状に放ち始める。ユッミルはゆっくり後退しながら雷射で打ち消す。すぐにエッヒネと合流する。エッヒネの炎の盾はほぼ無傷でユッミルは態勢を立て直し雷撃を撃つ。土竜の捕獲に成功する。他にも2匹捕獲する。

 「あらら、あなた、本当に殺さずに捕獲できるのね」

 「ほぼ死んでますよ」

 「これはね。けど残り二匹は木系術師が治療すれば治りそうな容態ね。あなたが木系や水系と組めば強力な獣を街に持ち帰れそうですね」

 「えっ」

 「冗談ですよ。」

 エッヒネは薄い皮袋に針が繋がった道具を取り出し土竜の口に突っ込む。皮袋が少し膨らむとエッヒネは針を抜き手早く針を皮袋に引っ込める。

 「後は帰るだけです。現地解散します?」

 「そんな訳無いでしょ。困りますよ」

 ユッミルが見つめる帰り道にはそこそこの量の燃え系獣が跋扈していた。結局、エッヒネが炎の盾で防衛し、ユッミルの雷射や雷撃で獣を弱らせながら山を駆け下りる。

 メネッカは暗い洞窟で光を纏いながら探索するというここを住処にする獣には大分迷惑な手段を発動していた

 「誰もいない。やはりこの狩場は不人気だし雷剣の人も居そうにないわね」

 ユッミルやエッヒネは夕方までに中央平原を抜け、北の町に帰還した。

 「あら。遅くなってしまったわね」

 ユッミルはため息をつく。

 「炎の塔ですか?」

 「私の家でも…」

 「塔でお願いします」

 塔に入ると数人の炎系術師と共にバッソーも立っている。

 「エッヒネ、ご苦労であった。ユッミルも。遅いが是非夕食を」

 「はい、ありがとうございます」

 塔の一階は広い空間があり、正面は応接室で左手は会議室、右奥に階段と受付が存在する。右手前にはテーブルや椅子が並んでいる。ユッミルはエッヒネやバッソーと共に階段を上っていく。二階は主に食堂らしく炎系術師は評判通り女性が多く食事をしている。

 「ここの少年は私の頼みで手間を取らせて遅い時間にここにいる事になった。何か料理を用意してくれるか?ついでに私やエッヒネ達も食べる」

 厨房の女性達は奥に下がる。

 「エッヒネさん、今度はこちらが生け捕りですね」

 「エッヒネは口が下手じゃのう。それより例のものは?」

 バッソーはおもむろに立ち上がる。エッヒネは鞄から皮袋を取り出す。バッソーはそれを受け取り、軽く押すと満足げな表情を浮かべた後かなり急いで食堂から立ち去る。しばらくして料理が運ばれてくる。

 「噂通り女性が多いですね。」

 「本当に私より若い子も増えてきて恨めしいわね。あなたもあそこの様な若い子と食べる方が嬉しいわよね」

 「いえいえ、今は落ち着いて食べたいですから。おいしいですね」

 「良いのよ、気を遣わなくて」

 「ところでエッヒネさんみたいに微妙な幹部は他のにいないんですか?」

 「まあ光はそうだけど基本的にはお爺さんがいつまでも居座っている上に自分では決めない主導が率いる炎だけね」

 「文句は直接言え」

 「バッソー様、いたんですか?」

 「ああ、エッヒネはすぐに気付いた様だが」

 「そうですね。ところで主導候補から外れても良いですか?」

 ユッミルは周りを見るが特に反応は無い

 「それよりユッミル、明日の件だが明後日に変更だ。明日はそうなると暇か?」

 「いえ、多分そうはならないと思いますよ。」

 「その後はしばらく冒険か?」

 「でしたら三日後は冒険でその翌日は休みますね」

 「エッヒネ、三日後は休みだ。ユッミルを振り回したのだから頼まれ毎をする前に食事でも奢りなさい。わしが後で半分払う。」

 「あの、そういう気遣いは。」

 「エッヒネはこう見えて休まない。休養として付き合ってやってくれないか?」

 「分かりました」

 「バッソーさん、ご迷惑…じゃなくてそんなあっさり…」

 「まあ冒険について事前に軽く話しておきたいですし」

 「それも良いがもっとこの娘と仲良くしてやってくれないか?わしには口が悪いがそれなりに良い女だと思うぞ。年は少しいっているがまだ死んではいない」

 エッヒネは苦笑いを浮かべる。

 「あの、エッヒネさんはお美しいとは思いますが私では気おくれしてしまいます」

 「はっはっは、それは逃げ口上か?お主の方が強いだろう。少なくともわしよりも。まあ確かにエッヒネは分かりやすく強いからそう思う男も多い。だがお主は大丈夫だ。そもそもお主がその気になれば、今、塔にいる全戦力でも足りないじゃろ」

 周囲は少しざわつく。

 「バッソーさん」

 「すまぬな、だがエッヒネ等に遠慮はいらん。そういう態度には辟易しているだろう」

 「いえ、中々遠慮はやめられません」

 「そうじゃな、急には無理じゃの。が、エッヒネも頑張るのじゃぞ」

 「そうですね」

 ユッミルは塔四階にある宿舎で眠りにつく。翌日、朝食を急いで食べると塔を後にする。

 「ユッミル、遅い。心配したんだから。二日で帰るし早ければ一日って言ってたのに。」

 「街に着くのが遅い時間で」

 「そうよね、炎のお姉さんと寝たのよね?」

 「それは仕方ないだろ」

 「別に森では構わないけど街でも寝たわよね?」

 「宿舎で数人と寝ただけだよ」

 「ところで炎って女の人が多いのよね?」

 「そうだね、たまたま居合わせた主導のお爺さん以外は女だね」

 「三人の女の人と寝たのね?」

 「仕方ないだろ」

 「襲われてないよね?」

 メシャーナはユッミルに抱き付いて肩に顔を埋める。

 「大丈夫だよ」

 「心配しすぎたね。ユッミルには私がいるしね」

 「メシャは子供だよね」

 「でも女だし抱いて寝る位はできるよ」

 「いや、心配しなくても他の女の人とも寝ないよ」

 「ううん、寝たいなら私は止めたら駄目。けど私とずっと一緒なら心配ない。私がいるから他はいらない」

 「メシャ、やめようね」

 「でもユッミルが撫でてくれると落ち着くの、私は子供なんだし何も無いよ。素肌を抱いてくれるともっと嬉しいけど。」

 「そこを抱く位なら良いよ」

 「けどそれだと、落ちるよ。しっかり掴まないと」

 「メシャ、動くなよ。服も脱げていくし」

 「だからしっかり抱いてって」

 「まず、服を」

 「嫌、私が嫌いならそう言ってよ」

 「えっ。どうしてそうなる?」

 「触りたくないならもう触らないで」

 「そんな事は言っていない」

 「はっきりしないのは嫌。辛いけど出ていく」

 「メシャ、逃げるなら今のうちだよ」

 メネッカは今日も森に来ているが雷撃の使い手は見当たらない。

 「行きますわ」

 今日のメネッカは幻術で姿を変えて優秀な光系冒険者のふりをしている。組んだ相手はこの光術師の女は目潰しをしていると思っているが実際には世界が光って見える幻術を獣に見せている。彼女は光界と呼んで時々使用している。今日もまた獣は光に包まれながら立ち止まる。別の冒険者が隙だらけの獣を一撃で仕留める。メネッカは念の為に光を遮断する。

 「光術師はあまり役に立たないと言われてるけどあなたなら十分よ。まあメネッカ様程ではないだろうけど光の主宰よりは優秀でしょ、助かるわ」

 「主宰様も頑張ってますが冒険には来ないだけですよ。それに最近は優秀な雷撃の使い手が現れたと聞きます」

 「ああ、聞いた話だと魔族軍に一発広範囲雷撃を撃って魔族軍の速度を一気に落として去って行ったらしいわね。しかも術者を誰も見ていない。まあ光系なら姿は隠せるわよね。」

 「広範囲雷撃?」

 「ああ、数発の雷撃を魔族に撃って殺してさらにその雷撃同士をぶつけて散乱させて周囲一帯の魔族を痺れて動きを止めてしまったの」

 「そんな報告は上がってな…」

 「報告?」

 「ええ、光術師の内部でもあの襲撃について会議はありましたの。それで居合わせた術師に色々聞き取って今後の策を練ろうという話ですのよ。」

 メネッカはこの冒険者達にはカエという光の主導メネッカの付き人の一人という設定になっている。

 「カエ?怒ってない?」

 「貴重な優秀な光術師の情報を逃すのは仕方ないと分かっていても腹立たしいのですよ。それに引き換えあなた達にはいつも感謝してますのよ。」

 「いやいや助かってるのは私達。こっちもその光術師の情報があればカエに教えるわ。頑張って捕まえなよ。」

 「俺も感謝はしてるが今は次の敵が来てるぜ。カエちゃん、頼むよ」

 「メシャ、そろそろお昼にしないか?」

 「分かった」

 メシャは毛布の上に寝転がる。ユッミルはメシャの横に服を置く。

 ユッミルは黙々と昼食の準備をしている。

 メネッカは今日は昼過ぎに解散した。メネッカは集光魔法で数本奥の路地まで確認するがユッミルの姿を知らないままでは意味の無い事に気づき、塔に引き上げる。

 「お隣、良いかしら?」

 メネッカは食堂で中堅幹部の付き人の隣にトレーの位置を少し下げて立っている

 「ええ、どうかされました?」

 「雷撃の噂はご存知です?」

 「はい、ですけどその噂は本当なんですか?」

 「主導会議でも雷撃を受けた魔族の残骸が確認されています。」

 「我々の中に乱射した人でもいたのでは?」

 「遮蔽物の無い平原での討伐ですよ。しかも詰所から遠い東側です。」

 「そうなんですね。ですけど所属する気が無いなら難しいと思いますよ」

 「とりあえず話をしたいんですけどね。情報があればお願いしますね」

 メネッカは上層から塔の外を眺めている。しかし、雷撃は発生しない。暫くして諦めて椅子に座るが時折歪曲視野で塔の外を確認する。当然ながらその日、雷撃が発生する事は無かった。


 3章 発現


 ユッミルはめぼしいメシャーナの残った可能性が月魔法という事に悩んでいる。月魔法はデバフなので場合によっては効果が見えにくい。

 「どうする?無いとは思うけど風魔法か?月魔法やってみるか?」

 「やれそうだからやってみたいのがある」

 ユッミルは少し驚いている。

 「フー」

 地面から土が盛り上がる。

 「えっ、おー」

 とげの様な形状をした土はすぐに崩れ去った。

 「土だったのか」

 「前、見てからできそうな気がしたの」

 「ああ、土の主導さんの」

 メシャーナは頷く。

 色々試してみると木の棒は飛ばせたが土や金属を遠くへ飛ばす事は現状では無理の様だ。

 翌日、家の周辺でも練習できると言って家から持ち出した小物を家の前に並べたメシャーナを置いてユッミルは再び草原に向かう。

 「よく来たな」

 「前回はあんな形でしたが本当の用事は何だったんですか?それにエッヒネさんがどうしてここに?」

 「今回はエッヒネが本当に必要じゃぞ」

 「はあ、主導殿は本当に加減というものを知らないのですから」

 「えっと、何をさせられるんです?」

 「威力を高めた爆撃装置を設計したのだが着火する前の起爆段階で轟音が発生する欠陥が発覚したのでな。」

 「あの音響遮断は得意ではないですよ。ネメッカ様に頼めば良いじゃないですか?」

 「それは構わんがそれだと交換条件にお主の情報を要求しそうだとは思わんかね?」

 「わかりましたよ」

 「そういう訳でエッヒネは万が一の為の防御魔法要員じゃ。まあ他の術師では少々力不足だろう。今回の装置の場合、爆薬無しだと逆走しかねんので量は少ないが起爆するぞ。」

 「音を消せばいいんですね?」

 「いや、できれば向こう側の音の状況を把握して欲しいのだが?」

 「まさか向こう側でどういう音が聞こえるか調べろと?」

 「それが望ましいのう」

 「それはエッヒネさんに頼めば良いでしょ」

 「まあ問題は無いのだが防御魔法でも煤だらけは避けられん」

 「分かりました。とりあえず動線を把握させて下さい」

 ユッミルはバッソーの説明を受けながら草原を歩き回る。

 「では着火するぞ」

 ユッミルは爆破地点の近くで待機している。

 しばらくすると地面から音が漏れてくる大きな音ではないが確かに不自然だ。同時にやはりというべきか僅かながら振動もある。ユッミルは雷面を展開していく。

 エッヒネは魔法の展開がかなり速いのでまだ展開していない。ユッミルは他の主導の面々同様に魔法の持久力が高いのでこうした無駄撃ちは問題にならない。ただ、いつもより高出力なのでエッヒネの髪が少し乱れていく。エッヒネは爆発までの時間を把握しているらしく、何の兆候も無い状況で防御魔法を使い始める。そもそもユッミルが音響を遮っているのでエッヒネには着火音は聞こえていない。爆発は起こったがそこまで大きなものではなくエッヒネは薄めの防御魔法をすぐさま解除する。今回の爆薬は指向性らしく前方に強く打ち出されていた。その方向の地面は軽く焦げている上にそれなりの煤が舞っている。いつの間にかバッソーは近くにいた。

 「ユッミルさん」

 ユッミルが振り返るとエッヒネの髪は横に広がり、服の裾も明らかに広がっている。

 「えっと、放電ですね。近づかないといけないので失礼しますね」

 強制放電は高位の光系術師でも容易ではない。電気を感じる為にほぼ匂いを嗅ぐような態勢をとる。実際にエッヒネの匂いが漂ってくる。

 後頭部の放電を終える。

 「何か体が全体的に痒いのだけど急げないかしら?」

 「バッゾーさんの爆薬と聞いてやりすぎましたね」

 「一切の傷を付けずに痒みだけ与えるって凄いわね。地味に嫌な呪いね。ユッミルさんに嫌われてるのかしら」

 「悪いですけど一番悪いのは主導様ですよ」

 「そうね、次はこの辺りかしら」

 エッヒネは首を反らす。ユッミルが顔を近づけると服の胸元も広がっており、時折胸のシルエットがちらつく。肩も含めて服の揺らめきが多く手間取ったものの腰より上の放電を終える。

 「もう良いですよ」

 「痒みが消えたわ」

 エッヒネは突然腹にユッミルを抱き寄せる。

 「どうしたんですか?」

 「こうやれば早く消えないかなと思って。やはり少し消えたわね」

 「まあ消えなくはないですけど遅いですよ、我慢して下さい」

 ユッミルはエッヒネの腰に顔を近づける。

 「ねえ、光術師って布とか薄いものの裏を見れるって本当?」

 「無理ですけどエッヒネさんがそう思うならどうします?」

 「構わないわよ。お好きにどうぞ」

 「まあ実際には距離だけではないので今は見えませんよ。強い光で透かす事は可能かもしれませんけどね。ですのでさっさと痺れを取ります」

 ユッミルは腰回りの放電を終えると足元の作業に移る。

 ユッミルはエッヒネの膝からついつい上に目線を移す。腰に巻かれた紐から細めの布で股が覆われている薄暗い光景を目にする。

 「興味あるの?」

 「何の事です?」

 「まあ言いたくないなら構わないわ」

 「ありますが欲してはいません」

 「まあ正妻が年だとまずいわね。私も相手を探すけど君が誰かとくっつくのを待ってるわね」

 「そんな事を言われても困ります」

 「年を取ると相手の事を深く考えてしまうのよ」

 「別の相手の事を考えれば…そうですね、お任せします」

 「ありがとう。そういう訳だから恋愛相談は歓迎よ。まあ私の事は二の次で良いから」

 「けど氷の主導と言ったらどうするんですか?」

 「光の主導になればいいと答えるわね」

 「そうか、やめておきましょう」

 「そろそろ良いかな?」

 「ええ。それは」

 「ああ、中級魔石だ。さっきの術は中級だろう」

 この世界の術はそれに応じた格の魔石に保存しておけば適正外の術や技量を超える術を回数が限られているとはいえ使用できる。

 「あの、魔石に術を送るのは初めてなのですが…」

 「まあ中級魔石はいくつかある。そもそも魔石は失敗しても間違って高位術を入れようとしなければ壊れはせん」

 「さっきの魔法を魔石に打ち込むんですね?」

 「ああ、できれば5回分頼む。」

 ユッミルが魔石に集中すると異空間のイメージがよぎってくる。遮音術をその異空間に発動する。ユッミルは用心して8回分うち込む。

 「終わりました。8回分入れておきましたよ。」

 「そうか、まあ全く問題は無さそうだな。」

 「ではユッミル、同じ要領で試しにこれにもう一段上の術を打ってみろ。」

 「これは上級魔石…」

 「ああ、その魔石だが君が使え。暫定的に君の術を入れておいて必要に応じてエッヒネ等の関係を築けた光以外の主導や幹部に術をもらうとよい。」

 「えっと、上級魔石は団の主導が管理してるんじゃ?」

 「それはだな。魔石が空だと魔族化する危険性があるからのう。しかし、お主なら上級魔石に投入する術位いつでも使えるじゃろう。要するに上級魔石は低位の術師が高位の術師の内部の術を使い切った後に魔石に上級魔術を供給できない危険性があるから主導が管理しておるのじゃ。だから上級魔法が確実に複数回制約無く使用できる高位の術師であれば上級魔石の管理に危険は無い。それでも自信が無いならやめておくが?」

 「上級魔石を流出して良いのですか?」

 「ああ、それはこの前の魔族軍の撃退の褒賞を正確に分配した結果じゃ。」

 「分かりました。では今回のお礼は中級魔石という事ですね」

 「ああ、まあ構わんが粗製品だぞ。」

 「失敗率が上がるんですか?」

 「いや、少々壊れやすいだけじゃ」

 「問題ないですね。では上級魔石に…」

 「待て。まずは今入ってる術を使ってみよ。」

 バッゾーはユッミルに魔石を渡す。普通の魔石より少し重い。ユッミルが魔石に意識を移すとまた異空間が見え、そこに何となく炎が揺らめく。

 「術が感じられるだろう。その炎をこっちの世界に持ち帰るように念じろ。」

 ユッミルがバッゾーの言うようにするとバッゾーが炎獣と呼ぶ丸みを帯びた直方状の炎が前方に蛇行しながら向かう術が発動する。

 「であればさっさとお主の術を入れよ」

 ユッミルが魔石を見ると空の異空間が広がっている。ユッミルが狭雷と呼ぶ多方向からの同時雷撃を異空間に打ち込む。

 「終わった様じゃな。一応、魔石を見せてみよ」

 「はい」

 バッゾーは少し笑みを浮かべる。

 「まあ高位の術師の上級魔石の交換はこうやって自然と術の受け手の技量も披露される。まあ主導や術師協会が魔石の保有を認めてる事も含めて有能である事が知れ渡る事だろう。それが嫌ならば口の堅い相手を選ぶ事だ。中級魔石は一応、術師集団による専売扱いだから大丈夫だと思うがそういう行動は無い様に頼むぞ。まあ協会への売買は構わないがね。」

 「上級魔石の魔族化の方は注意しないんですね」

 「まあ術を入れておけば魔族化はしない。後は盗まれんように。まあ上級魔石を盗むなんてのは商売としては危険すぎるから狙ってというのは無いだろうがね。もっとも持っている事が発覚すれば有名人じゃのう」

 「あの…上級魔石を持ち歩く人はいるんですか?」

 「まあ主宰にはいるらしいがあまりいないかの。富豪共は中級魔石は持っているが上級の管理は主宰以上級しか許可されていない。」

 「あの…何か企んでません?」

 「企むも何もこの界隈の全冒険者同様に成果に報酬を与えているだけじゃよ。結果として魔族軍との戦いを推奨する事になる訳じゃが」

 「それはユッミルさんが心配なのかもしれません。一属性はやはり危険ですから」

 「まあ良い。狙いはユッミルが魔石の利便性を求めて魔族を狩りに行かないかなと思っているだけじゃ」

 「主導、それは危険です」

 「領域に入らなくとも獣界や霊界に入った魔族なら下級魔石が手に入る」

 「それにしても下級魔石の流入増加は危険です」

 「わしは逆だと思うがのう。」

 ちなみに下級魔石は一個千アークである。中級魔石は一万アーク。上級魔石は十万アークだ。これは空魔石もしくは保存された術が一個の場合の買い取り価格で術が複数以上入っていると2割価格が落ちる。これらの魔石は術師協会から各術師団に空魔石買い取り価格から2割を上限とした増減幅で売られている。空魔石が増えすぎた場合は各術師団に譲渡枠と管理枠を4:1で依頼することになる。もっとも協会の財政が悪化すれば依頼の手数料率の増加に魔石以外の買い取り価格低下に加え、術師団が補填するので買い控えする団は少ない。管理枠は協会から要請があれば問答無用で全団から平等に回収される。各術師団は魔術付与の売却価格が五百アークを上限とした下級魔石を二千アークまででの貸し出しが可能である。貸し出された魔石は自分達が付与する術が残っているものは1600アーク以下の公示した価格で買い取る事が義務となっている。貸し出し価格と買い取り価格は六日に一度上下50アークまで変更可能だ。術師団の空魔石の買い取り価格は千アークの上下250アークの範囲と決められている。中級魔石は付与の売却価格が3500アーク、魔石の貸し出し価格は12500アークがそれぞれ上限で中級の場合は買い取り価格の上限も同じである。貸し出し、買い取りの価格の六日ごとの変更幅上限は百アークとなっている。上級以上の魔石は販売が認められていない。

 ユッミルは多孔雷射を十数発中級魔石に込めた。家に戻るとメシャ―ナは扉を開けると寝処に戻って寝てしまう。夕食を作ってメシャ―ナを起こそうとするが中々起きない。大きな声を出しても肩を揺さぶっても起きない。

 「ご飯、嫌なのか?」

 返事は無いがユッミルはメシャ―ナが起きている可能性を疑っている。ユッミルは仕方なく一人で夕食に手を付け、様子を見る。少し目を離すとメシャ―ナの服ははだけている。ユッミルはメシャの服の乱れを戻す。

 「大事な話があるのだが」

 「眠い、大事な話じゃなかったら口を塞ぐお仕置きね」

 「うん、魔石を手に入れた。しかも中級と上級」

 「上級は危ないから僕が管理する。けど中級はメシャが持ってて。中にはもう術を仕込んであるから僕がいない時に危なくなったら十回まで使えるから。使ったら教えてね、補充するから。後は一緒にいる時だけで良いけど上級魔石が盗まれそうになったら教えてね。」

 「大事な話だったけどお仕置きして良い?」

 「駄目。とりあえず食事しろ」

 「そうですか、ありがとうございました」

 ネメッカはやはり変装して雷撃の使い手について調べているが新たな情報はほぼない。従前通りの分散系雷撃の話ばかりだ。

 そこでネメッカは一計を案じて闇這窟の高報酬の依頼を掲示する事にした。優秀な光属性強化の腕輪等を装備した依頼主に依頼を受理した職員は違和感を感じていた様だが無事受理される。ただ、翌日指揮所での任を終えて街で捜索をするも空振りだった変装したネメッカに仲間は良い依頼があったと明日の約束を取り付けていく。その後、職員が変装したネメッカにいたたまれない表情をしながら報酬を手渡したのは言うまでもない。

 「今日も炎系おばさんとなの?」

 「そうだな。そもそも他に冒険する相手はいない」

 「変な時間だけど?ちょっと早い」

 「食事をするからね」

 「私も行く」

 「向こうは二人のつもりで店を選んでるかもしれないし」

 ユッミルは中級魔石で安心してメシャーナを留守番させることができている。

 「ユッミルさん、こんにちは」

 「今日もお願いします」

 「はい、行きましょう」

 ユッミル達は会話もそこそこに北区画の西寄りの炎系職人に人気の店に入り昼食をおいしく頂く。

 「エッヒネ様、けど今日はネメッカ様…」

 「はい、森に行くだけですよ」

 「剣士ですか、術は?」

 「術はあまり得意ではありませんが剣の腕には自信があります。エッヒネ様のお手伝いをしつつ更なる研鑽を目指しています」

 「エッヒネ様も慈悲深い。剣術ができるだけの術も使えぬものに付き合うとは。ですがその程度の人に慈悲をかけていては慈悲がいくらあっても足りませんよ」

 「馬鹿ね、術が使えたら団に所属するでしょ。弱いのにエッヒネ様を守ろうとする意志は良い事でしょ?」

 「ねえ、ユッミル君。あの指揮所古くなってるしそれが分かりやすいように雷撃で焦がしてくれないかしら?」

 「しませんよ。特にネメッカ様がいるんですから。早くこの場から去りたい」

 「それにしても拒絶宣言した方が早いと思いますよ」

 ユッミルはエッヒネを無視して先に行く

 「僕は一人でも行きますよ。」

 エッヒネは慌てて走っていく。

 「本当に護衛なのか?」

 「仲間?」

 「そもそもあのエッヒネ様に護衛はいらないし」

 「分からないのか、炎魔法は素材を燃やしてしまう。素材採取としては仲間を連れていく方が合理的って事だろう。エッヒネ様位強ければ防御も強い。」

 「かもな。けど何故あの男なんだ?」

 「別の団に借りを作りたくないとかだろ。まあ奴も術が使えない割には優秀って事。木魔法の団は剣士を抱えてるみたいだし炎もそういう事を考えてるのかもしれない」

 「けど主宰が狩りで稼ぐ必要は無くないか?」

 「まあ主宰でなければ炎と組む事は…いや、炎とはあまり組まないな」

 「俺は組んだ事あるぞ。泊まりがけなら炎は強い。寝床を火で疎らに囲うだけで炎術師が寝てる時も獣が寄り付かなかったからな。獣の丸焼きの脅し効果も効いたのかもしれないが」

 ユッミルは雷装剣で早速獣の頭を落とす。ユッミルは索敵しながら獣を手早く捌いていく。

 「私いりませんね」

 「私の武器は剣ですから同時に多数の相手はできませんよ」

 「あの速さなら一体ずつでも間に合うと思いますけどね。それに雷撃を使えば問題無い」

 「今日は駄目ですよ。ネメッカ様の目が届いてしまう。」

 「という事はあなたはここからネメッカ様が見えるんですか?」

 「見えると思いますよ。見ませんが」

 「何か問題でも?」

 「こっちを向いてた場合は分かるかもしれない。ネメッカ様は優秀ですから無用な事はしたくない」

 数体分の獣を狩ると南下していく。自分より強い獣の皮剥ぎに恐れを成したのか獣は近づかず集会所の真西の大通りに戻ってくる。

 「もう諦めて一緒に行動しませんか?」

 「目立ってネメッカ様に消息を掴まれたくありません」

 「炎の主宰の庇護下なら手は出せないと思いますが」

 「いえ、私が光術師であると看破してきた場合に対抗手段が無い」

 「そうですね、よくお分かりじゃないですか」

 「知ってますよ、エッヒネ様はこの件では味方とは言えない」

 「ですが炎が剣士を雇うのは不可能ではない。ですがあなたは炎にも属する気はない。違いますか?」

 「いえ、光に所属する位なら炎で構いません」

 「分かりました、協力は惜しみません」

 「今日は一緒に行動しましょう。はっきり言ってネメッカ様から長く逃げ切るのは無理でしょう。向こうが飽きないのであればきっぱり断ります」

 「簡単には引き下がらないでしょうね」

 「でしょうね。ですから結局、話をつけなければいけません」

 「であれば早くしても良いのでは?」

 「ですが飽きる可能性も捨てたくはない。それに街中で使いの者を通じて断りを入れ続ければ理性的なネメッカ様は団への影響を考慮して断念せざる得ない。今回はネメッカ様との単独交渉に持ち込まれない事が重要なんです」

 「結構、面倒な事を考えてるのね。私の所の主導とは微妙に違うけど」

 「そういう訳なので過度に隠れたりはいりません」

 ユッミルはエッヒネと共に素材を換金した。何気なく売ったが相当の品であり、取り分が2対1であった事もあり、ユッミルは二十日分以上の稼ぎをさっさと得てしまった。

 ユッミルはネメッカの動向を把握している。指揮所には団毎が持ち回りで主導か主宰を派遣し半日担当するが光の場合は主宰では力量不足なので毎回ネメッカが出向く。そうした理由からネメッカは数日から五日程度の間隔で半日指揮所に拘束される。その時ならネメッカに出くわす事無く行動でき、光術師への拒否宣言も可能だ。定例の主宰会議に関してはエッヒネから開催時間を教えてもらえば手早く買い物位はできる。メシャーナの訓練なら指揮所からは遠く強力な歪曲視野を使わない限り見えない。メシャーナの心配をよそにユッミルはメシャーナと半引きこもり生活を実行する気である。

 「お帰り。荷物多いね。」

 「ああ、明後日も出かけない事にしたからね」

 「家にいるの?」

 「メシャが良いならね」

 「もちろん」

 「訓練は来週明けの朝にするからね」

 ネメッカは来週明けの午前中に指揮所の担当になっている。指揮所への出勤は4時である。5時から10時程度はネメッカが森に現れる事は無い。とは言えユッミル単独ならネメッカに見つかる可能性は高くないので来週以降は姿を変えて光術師の捜索活動に探りを入れる予定でいる。

  「魔法はどう?」

 「うん、広い所でやってみないと分からないかな」

 「それもそうか。けど長々とやっても仕方ないし時間を決めて切り上げてゆっくり反省してを繰り返す。じっくり行くよ」

 「そうやってまた私を放っておくの?」

 「来週は買い物以外は一緒にいるよ」

 「買い物も行きたい」

 「良いの?僕一人なら急げるけどメシャがいると急げないからいろんな人に会う。誘われてしまうかも」

 メシャーナは少し考える

 「そうね。私遅いよね」

 「いや、メシャは姿を隠せないでしょ」

 「そういう事か、分かった」

 「それでも駄目かもしれないけどその時はごめんね、けど僕も無事に帰れるようにするから」

 「ユッミル?大丈夫?何があったの?」

 「ああ、炎の人とは別に僕を手下にしようとしている人がいるから」

 「何、そいつ許せない」

 「けどメシャよりは強いしメシャの事は知らないから」

 「ユッミルは退治しないの?」

 「僕の事を強いと勘違いしてるだけだし」

 「本当に強くならないとね」

 「そうだね、頑張ろう」

 今日の午後の指揮所の受け持ちは月である。

 「では私は森の様子を見てから帰る」

 月の主導は指揮所から出るとしばらく歩いてから草原で足を止める。

 「あの人、よく夜の森を一人で散歩感覚だからな。強すぎる」

 「けど本当に森に行ってるのか?月だから獣の速度を下げて逃げてるだけじゃないのか?」

 「まさか、お前知らないのか?あの人の剣術は凄いらしいぞ。まあ月は大概武術が使えるがあの主導はその中でも圧倒的らしい。能力低減無しの稽古でも数人相手に勝っちまうらしいぞ。そこらの獣なんて相手にならない」

 月の主導は満足すると森に入っていく。もう何度もここで狩った結果、獣は匂いで逃げていくので本当に散歩である。

 「しかし、真の光の主導が現れたのかもしれないのか、実力を確かめないといけませんね」

 仮面の剣士は剣を握る力が強まった。

 剣士が森を出ると月の幹部が待っている。

 「今日は遅かったですね」

 「そうか?強いのはいなかったがそろそろ現れそうな気がしてちょっと待ってしまったからかもしれないな」

 「私としては強いのが出ない事を祈るばかりです」

 「永遠に出ない事はないのだから無駄な祈りだな」

 「わかっていますよ」

 ユッミルは目を覚ます。

 「あんな都合の悪い女の夢…嫌だな。」

 しかも女の方にやられる夢だしやっちまうし散々だとか考えていたが水の音に気付く。

 「メシャか、風邪引くぞ」

 「ちょっと暑いから」

 「そうだな、でも少し暖めるぞ」

 ユッミルは自分の魔法を電灯代わりにする。

 「ユッミル、寝ながら苦しそうだったけど顔はにやけてた」

 「メシャには隠せないね。心配しなくてもメシャが相手ではないから」

 「私は構わないよ」

 「メシャが大人になったら考えるね」

 「もう大人だけど今はそれでいい」

 「けどあんな夢を見たって事は女の子が足りないみたいだから」

 ユッミルはメシャの頭を胸に抱き寄せようとするがメシャはそれより強い力でユッミルを胸元に抱き寄せる。

 「光の主導め、許さない。断固拒否してやる。二度と近づきたくなくなる方法を考えないと」

 「落ち着こう。まだ何もされてないよ」

 「でも憎い。絶対に勧誘すらされたくない」

 「私も協力する。私が大好きで私が離れたくないって言ってる事にすれば?」

 「ありがとう、でもまずは敵情視察だ。出かけてくる」

 「駄目、落ち着いてないと失敗する」

 「それもそうだね」

 ユッミルは朝食を終える。

 「まずは女の人に惑わされないように私を抱いて添い寝しよう。私だとその人よりは魅力的じゃないかもしれないけど」

 「そうだね、やってみよう」

 ユッミルとメシャーナは添い寝している。

 「やはり何か違う」

 「じゃあ私をその女の人と思ったら?」

 「まあやってみるよ」

 「どう?」

 しばらくするとユッミルは目が血走る。

 「お前、どうしてここにいる?消え失せろ。また、そんな下劣な恰好しやがって。少々美しいとか言われていようがこんな事ばかりしてるお前と等関わるか。下衆なやり口…」

 「ごめんなさい」

 メシャーナは少しだけだが泣いている。

 「違うってメシャの事じゃない」

 ユッミルはメシャーナを強く抱きしめる。

 「ううん、大丈夫。けど普通に添い寝してくれた方が嬉しいかも」

 「そうだね、僕も一度寝るよ」

 ネメッカは今日は無駄な冒険を終えて街で姿を変えてユッミルを捜索している。光の他の術師は表向きは協力しているがネメッカのいない所ではほぼ探していない。ネメッカもそれは理解しているのでほぼ単独での捜索を想定している。

 「雷撃の人、心待ちにしておりました」

 ユッミルの八つ当たりの憎悪をよそにネメッカはもはや出会う事を夢見ている。ネメッカは万が一を考えて作戦を変え、夜の捜索に備えて昼寝中であり、その際の夢の中でも雷撃の人を探し求めている様だ。

 ユッミルはネメッカに対する懸念を抱きながらもメシャーナとの会話等で正気を取り戻して夕食を食べている。

 「夜か。まさか夜も探してないだろうな」

 「気にしても仕方ないよ」

 「分かってはいるけど早く終わらせたい」

 「断りを入れれば良いでしょ」

 「いや、一応まだ正式に誘われてはいないんだよ」

 「なら大丈夫かもよ」

 「いや、あの人は人望があるからね。人前では救ってくれとか泣いて二人になった途端に脅迫してくるとかも警戒しないと。安直に会うのは危険だ。ネメッカは必死らしいしあの光術は侮れない。表情なんて自由に作れるし罪悪感等ないだろう」

 「そうだね、メシャが悪い役をやってでも助けるよ」

 「けどそれは最後の手段。決定打は何とかする」

 ユッミルは懸念を抱えながらも十分な休息により、目覚めの良い朝を迎えていた。一方のネメッカは少しだけ寝て早朝からの捜索に出かけようとしていた。

 「ネメッカ様、お疲れのようですけど?」

 「問題ありません」

 「いえ、お休み下さい」

 「昼は休みますから」

 「ネメッカ様に今日はお休みいただくように我々として要求します」

 「そうですよ、ちょっと雷撃が使えるだけの術師が見つかってもネメッカ様が疲弊しては光が戦えません」

 「ちょっとではありませんし光系にしても私より強いでしょう。私が倒れてもその雷撃の使い手がいれば戦力は高まります。ですが光系が優秀だという事は姿を隠すのが上手という事、私でないと手がかりしか掴めないかもしれない」

 「ですが」

 「分かりました、もう少し寝る事にします」

 「ユッミル、好き」

 「僕もだよ」

 「うれしい」

 「メシャは良い子だね」

 ユッミルは訝し気な表情を時折浮かべながら無造作にメシャの肩を抱き寄せたり、頭を撫でている。

 午後からネメッカは捜索を開始したがネメッカの方でも今日の可能性が低いのは承知の上であり、歪曲視野の使用頻度も低めである。散歩しながら考えを整理している。結局、その後ため息をつきながら歩いている所を仲間に目撃され、会食に誘われてしまい夕方まで飲まされる。ほろ酔いで帰還した主導を見て幹部や術師共は総じて安堵の表情を浮かべていた。

 夕食後、メシャーナはすぐに寝てしまう。

 ユッミルは外の風呂に入ってから眠りについた。

 その後、違和感を感じたユッミルが目覚めるとメシャが何も着ずに抱き付いている。

 「メシャ、起きてるの?」

 「メシャはもう待てないかもけどできればユッミルからがいい」

 「急には無理だよ」

 「だったら体を好きに触ってもその気にならないか確かめて。それでも駄目ならしばらく諦める」

 「それは分かるけどその気にならない気がするんだよ。別にメシャに魅力が無いとは言わないけどね。そうなったら腹が立たないか?それとか悲しいとか」

 「大丈夫、やってくれない方が嫌だし」

 ユッミルはメシャーナの手から溢れそうになる大きめの胸を揉む等メシャ―ナの体を触っていく。メシャ―ナの表情はかなり緩んでいく。ユッミルの表情は緩んで胸共々抱いていく。次第にメシャ―ナの表情は萎んでいく。

 「駄目なの?」

 「駄目じゃないけどこっちの方がいい」

 「分かった。したい時はそうして」

 翌朝、ユッミルはメシャ―ナを早めに起こす。

 「ユッミル、まだ夜だよ」

 「だがもうすぐ夜明けだ。寝ぼけて魔法を使うのはメシャには危険」

 「それはそうだけど」

 「あの女を避けれる時間は限られる。悪いな、メシャ」

 「それなら仕方ないよね」

 「じゃあ朝食を作るから体を起こしておきなさい」

 ユッミルは朝食を作っていく。

 その頃、ネメッカは既に指揮所に向かっていた。一旦、雷撃の人の事を考えないネメッカの表情はとても薄い。穏やかともいえるが無心というべきものだ。高台でもある指揮所に着くと歪曲視野で誰よりも遠くを見渡して魔族量の南半分まで見通す。平然とした北の風景を一瞥すると物憂げに静かな西の森を眺める。

 「もう良いわよ」

 「そうですか?」

主宰や主導のいない深夜の時間は各団の幹部をこれまた交代でこちらは二人ずつ派遣している。今回は土と炎の幹部とネメッカが交代する。

 「所でそこの炎の人、最近は例の雷撃使いと主導が関わってる様子はあるのですか?」

 「いえ、その話はそもそもその雷撃使いの方があなたと関わる事を望んでいないとの事でバッゾー様より余計な事を言わないよう申し付けられていますのでお答えできません」

 「そうですか?ごめんなさい。話を聞くだけなのにどうして…」

 「今の光の団に入りたくないという人はいておかしくないかと」

 「その意味は理解していますよ。ですが言わないで頂きたいですね。それにその人が団を強くすればその状況は変わるでしょう」

 「ネメッカ様、その方は光だけではなく団に所属したくないのかもしれません。その上で光はさらに避けたいという事かと」

 「あなた、かなり手痛い事を言いますね。ですがそういう事を言って宜しいのですか?」

 「バッゾー様が口止めなさったのはユ…彼の消息に関する事です。私如きの言葉でネメッカ様が諦めて頂ければ炎との関係を深めて頂けるのですから都合は悪くありません」

 「ですが諦めませんよ」

 「でしたらネメッカ様が血眼になって探しているから保護するという名目で炎との関係を深める材料になるかもしれませんね」

 「構いませんが彼が光系術師である事に変わりは無い。流石に待っているだけでは駄目そうね。あなたが私を焚き付けた事を早めにエッヒネ様に報告した方がいいわよ」

 「焦らせる事に成功したと報告しておきますね」

 ユッミルは森に着いていた。恐る恐る歪曲視野でネメッカらしき指揮所の突き出しに立つ女性の姿を小さく一瞬捉えるとすぐさま足元に視野を戻す。ちなみに歪曲視野も若干ユッミルの方が許容角度が大きく広いのでネメッカはユッミルが木の密度が薄い所で跳ねでもしない限り見えない。

 メシャ―ナは早速成果を披露していく。土罠と呼ばれる地面に作為的な凸凹を作って獣の転倒を誘う術はそれなりに機能しているし土砲と呼ばれる。土を一瞬で固めて特定の方向に打ち出す術もそれなりに使えるようになっている。曲軌と呼ばれる動いてる固体の向きを途中で変える術は上手くいっていない。

 「今日はこれ位にしよう」

 「私、駄目かな?」

 「今日は土砲ができただけで十分だよ。急がなくていい。」

 「分かった」

 「それに行く所ができた」

 ユッミルは森から戻ると指揮所のある北に向かう。

 「まさか、メシャが弱いからあの女に服従するの?」

 「何を言ってるんだ?あの、鬼女が来る前に必要なものを買いに行く。」

 ユッミルが来たのは土の塔である。

 「曲軌の魔石は?」

 「2500アークで魔石貸しが11000アークで13500アークですね」

 「後は土刺は?」

 「500アークで貸しが1500アークで2000アークですね」

 「じゃあその二つで」

 ユッミルは5000アークと魔石二つを受け取るとメシャ―ナを抱えて足早に森に向かう。

 「じゃあ今から一個ずつ見せるからしっかり見ててね」

 「分かった」

 「まずは土刺」

 ユッミルは投げナイフを木に向かって投げ、術を発動する。明らかに下級魔石を超える威力で木に串の様に細長い金属が貫通している。ユッミルは雷射で木を倒して金属を拾う。当然、魔石に込められた土刺はここまでの威力は無い。ユッミルは魔力を追加して強化した。

 「メシャ―ナ、これね」

 メシャ―ナは投げナイフを受け取って投げる。

 「待って」

 「えっ」

 「メシャはナイフを速く投げすぎ。まずは木に刺さったあれを伸ばして深く突き刺してみて」

 ナイフは伸びたが魔石を使ったユッミルの半分以下の長さである。

 「悪くないね。次は曲軌。メシャが投げてね」

 メシャの投げたナイフは高めであった。ユッミルはまた魔力を増大して流して威力を高めるナイフは急降下し木の根元に突き刺さる。木はかなりぐらつく。ユッミルは仕方なく強化した土刺でナイフを再び刺して根元を残して木を切り落とす。ユッミルはさらに次の瞬間、投げナイフをメシャーナの真横に投げる。ナイフは途中で少しだけ舞い上がって地面に落ちる。ユッミルはそれを回収してまたメシャ―ナを抱えて家路を急いだ。

 「メシャ、無理に抱えてごめんね」

 「大丈夫だけど…」

 「少し早いけど一応、念には念を入れてね」

 「それにしてもユッミルに殺されるかと思った」

 「まあ何というか気持ちが乗った方がいいかと思ってね。一応外すようにはしたけどね」

 「うん、少しだけ分かったかな。でもやっぱり魔石で実際に見たのが良かったかな」

 「そうだね、まだ五回分以上は残っているからまた発動しよう」

 昼食を食べるとユッミルは買い物と称して出かける。ネメッカを偵察するつもりである。

 一方のネメッカは塔への帰還を密かに急いでいる。捜索は姿を変えて行うのでそれが様々な不自然を生まない様に塔で変身する事にしている為、ユッミルの捜索には一度塔に帰還する必要がある為だ。

 ユッミルもネメッカの偵察の為に急ぐ。ユッミルは集会所近くで歪曲視野でネメッカの姿をはっきり捉える。金色の頭髪に白い袖の無い単衣を纏い、腕には分離型の白い袖を身に着けている。一瞬、裾の位置が低くない服装を見て下から見てやろうかという考えもよぎったがすぐに捨てた。ネメッカはすぐに遠ざかっていく。ユッミルは買い物を済ませてまた集会所付近に通りかかる。変装したネメッカはその姿を目にするが当然ながらそれがユッミルの変装とは気付かずに視野を別に移す。

 「あの女、確かにそれなりの評判なだけあって綺麗だな」

 ユッミルは自分の言葉に油断を感じる。

 「いやいや、エッヒネさんの方が美しい。それにいくらあれであってもあんなのは不都合な女だ」

 「ユッミル、入らないの?」

 「ごめん、入るよ」

 「果物を買ってきたよ」

 「今日も駄目、手がかりが無さすぎる」

 ネメッカはカエに変装した状態のまま、武器店に入る。

 「こんにちは、何か良い装備は新しく入ってませんか?」

 「いいや、今日は光の装備は無いね」

 「そうですか、ところで雷撃の使い手の噂を知りません?主導様が少しでも情報があれば聞いて欲しいと言われてるんですよ」

 「新しい噂は聞かないね」

 「変な剣を使っているという噂もあるんですが…」

 「そういえばこの前、炎の主宰様が剣士を連れて森に向かっていたらしいけど主宰付の剣士ってどんな剣を使ってるんだろうね?」

 「そうな…剣士ですか?」

 「ああ、随分気楽に話しててあの主宰様が表情豊かなのを初めて見たとか言ってたね」

 「そうか、エッヒネさん…」

 ネメッカはバッソーと雷撃の人に関係があるなら同じ炎の主宰であり、強さも雷撃の人に見合って連れ立って狩りをできるのはエッヒネしかいないとこの発想に至らなかった自分に後悔していた。ネメッカはエッヒネを尾行する事にした。ただ、エッヒネは今日に関して言えば午前中にシェンハとの食事を済ませて炎の塔に帰還していた。その為、ネメッカは無駄足を踏む事になった。

 翌日はネメッカも流石に光の塔で仕事をこなさざる得なくなり、塔から森を時折見る事で妥協した。メシャとユッミルは家に籠り、エッヒネも指揮所での当番で午後を無駄に過ごした。次の日もネメッカはエッヒネを探そうとしていた。炎の塔の入り口を見張ればいいのだが流石に塔の近くをうろつく事はできないので北に伸びる大通りを中心にうろついたがエッヒネは塔の中にいた。一方でユッミルにはエッヒネから呼び出しの手紙が届いており、炎の塔に出向いた。ネメッカは集会所の北西方面を探していたのでユッミルとは出くわしていない。

 「それで用事は何ですか?」

 「今度は泉の方に行こうと思うの」

 「僕の仕事は見学ですか?」

 「雷装剣なら可能よ」

 東にある泉がたくさんある地区には霊族がたくさんおり、霊族には光と月、木に水がほぼ効果がない。

 「まあネメッカ様に会わないようにしてくれるなら構いません」

 「明日なのだけど」

 「分かりましたよ」

 「ネメッカ様に会いたくなければあなたが気を付ける事ね」

 「よく分かりませんが塔に変装して来いと?」

 「まあそういう事ね。それは似た能力を持つあなたがよく分かってる事だと思うけど」

 ユッミルは変装して帰ったがネメッカの追尾対象がエッヒネに絞られた事でエッヒネが塔にいると考えたネメッカは既に引き上げていた。

 

第4章 同類


 「ユッミルさん、こちらシェンハ様です」

 「シェンハさん、こちらユッミル様です」

 「まあ知ってますけど」

 「この前見たわね。よろしく」

 「こちらこそ」

 「気付くべきだったわね。こいつが来るって」

 「こちらに至っては誰か来る事も知りませんでしたよ」

 「まあ良いけどこれ、いなくて良いでしょ?光はあそこでは使えないわ」

 「いえいえ、今日はユッミルさんには剣士として手伝ってもらいます。剣士は普通、術からの防御は弱いですがユッミルさんなら普通に守れますからね」

 「術がそれなりなのは認めるけど霊族は強いわよ。私も相性が良くないから人の事は言えないけど弱いと死ぬわよ。どうせ死ぬなら私が殺してあげましょうか?」

 「であればお礼に私は優しくその下品な口を黒く焦がして差し上げましょうね。」

 「ちょっとシェンハ様、ユッミルさんも」

 「いや、いらない。というか過剰戦力ですよね?」

 「そうね、別にエッヒネ一人でも何とかなりそうじゃない。」

 「分かりました、いずれ分かる事ですし早めにお話しします。本当の目的は次に依頼する事でして今回はシェンハ様とユッミル様がお互いの実力を知る為に一緒に戦ってもらいたいという事です」

 「待ちなさいよ。私とエッヒネでも少し危険がある所って…」

 「エッヒネさんだけでは駄目で氷の主導もいるって中級魔族でも狩るんですか?」

 「正直、私は君達と比べれば弱いからね」

 「いえいえ、シェンハ様は防御ばかりですしエッヒネさんの方が強いですよ」

 「はあ?近くしか狩れないあんたこそエッヒネより弱いでしょうが」

 「ですが二人共、ご自分より強いとは思っていませんよね?」

 「いえいえ、まあお互い強みと弱みはあります」

 「そうね、まあ私の方が上な面は多いけどね」

 「口だけでなければ良いがな」

 「ユッミルさん、それこそ行ってみれば分かるでしょ」

 「すいません、そうですね」

 ユッミル一行の三人は東の泉の多い湿地に向かう。ユッミルは早速剣を抜くと雷を纏わせる。

 「気が早いわよ。それ、ずっと持つ訳?」

 「持ちますよ」

 「ふーん、多いのね」

 「君には負けますよ」

 「だと良いけど」

 「それでエッヒネさん、どの方向ですか?」

 「私が前を歩くからついてきて」

 しばらくして奥に進むと霊族が増えてくる。エッヒネは火柱で牽制する。一部の霊族は遠くへ消えていくが一部は向かってくる。しかし、シェンハの氷柱で行く手を遮られた霊族はまた退散する。ユッミルは雷装剣で氷柱を切り落とすと切れ端を剣で打って飛ばす。

 「ちょっと人の攻撃を勝手に」

 シェンハは自分の氷が簡単に切られた事に驚いている。

 ユッミルが剣を少し振り回すと霊族はまた退散し、ユッミル達はさらに奥に向かう。

 「霊族には悪いけど少し大人しくしてもらうわ。」

 シェンハはまた氷壁を作る。しかし、今度の霊族は脇から抜けようとする。シェンハがその脇も壁で塞ぐと今度は氷壁を炎で溶かしていく。ユッミルは雷装剣で切りかかるが上に逃げられる。

 「まあ今回の目的は泉の水だしこれでも良いか。」

 シェンハが氷壁を破壊しようとする霊族をひきつけ、ユッミルがエッヒネの周囲を剣で守る中、エッヒネは炎射で時折牽制しながら泉の水を汲み上げる。

 「壁ンハさん、帰りますよ」

 ユッミルは雷装の威力を上げて霊族を数匹霧消させる。

 「誰が壁よ。どちらかと言えば綺麗な花でしょ」

 「そうですね。良いから帰りますよ」

 「突っ込まな…分かればいいのよ」

 シェンハが壁を作りながら向かってくる霊族もまだついてくる。ユッミルは壁ごと後ろの霊族も切って霧消させる。霧消しなかった霊族も薄まって退散していく。

 「さあ、帰りますよ」

 帰路はほぼ霊族は近寄らずに湿地の出口につく。

 「それでシェンハ様はユッミル様の実力をお分かりいただけましたか?」

 「まあ弱くないのは認めるけど肝心の術が分からないし」

 「次も組んでいただけるというならそれで構いません。ユッミル様は?」

 「まあ予想通り強いですから構わないですよ」

 「えっ?」

 「あなたが氷刺し囲いを使えそうな事位は分かりますよ。もっと上の手段を持ってる事もね。大体、シェンハ様が殺せると言った時に否定はしてませんよ」

 「いやいや、私は撤回するわよ。まさかあんな簡単にあの壁を切られたらね。」 

 「最低限実力をお分かりいただけて良かったです」

 「それもそうね、また今度ね」

 「あの今回は集会所経由で正式な依頼ですので集会所で報酬をお受け取り頂きたいかと」

 「あの、私はネメッカ様から逃げてるんですよ?」

 「結構な額ですしそれに私やシェンハ様と組んでる人はどう見えるでしょうね?いずれは交渉するのでしょ?」

 「私は行くとは言っていないわよ?」

 「シェンハ様こそこの前も水の主導様に色々言われていましたが大丈夫ですか?私はバッソー様がいますからしばらく大丈夫ですが基本的には独り身ですから各団の幹部の中では少々浮いてますからシェンハ様と行動している事を示させて頂くのはこちらとしてはありがたいのですが」

 「分かったわよ、行けば良いんでしょ、行けば」

 妙な取り合わせの三人は街で明らかに目立っている。

 「嫌な目立ち方ね」

 「そうですね」

 「でも私よりあなた達二人の方が利点は多い筈ですけど?」

 「そうは思えませんが」

 「私もやはりそうは思えないわね」

 職員は一瞬驚いたが泉の水を見て普通に手続きを進めていく。

 「おいおい、エッヒネ様とシェンハ様だぞ」

 「それにあの男、何処かで」

 「おれは少し前にエッヒネ様と森に向かったのを見たぞ」

 「だが今回は湿地の方らしい」

 「はあ?湿地なんて剣士でどうにか…まあエッヒネ様やシェンハ様がいれば…けどどうしてあの剣士がいるんだ?」

 「やはりそこそこ術は使えるんじゃないか?」

 「まあそう考えるのが妥当だよな。エッヒネ様が俺ら並の弱いのを危険地帯に連れていくなんて愚かな事はなさらないだろうし」

 「ただ、防御はともかく剣で霊族を倒すのは不可能では無いらしいけどな」

 「はあ、やっぱり余計な噂が飛び交っただけだと思うけど」

 「ねえ、ユッミル。今は光の子達はいないの?」

 ユッミルは歪曲視野で当たりを見回す。

 「いないね」

 「それではシェンハ様、またお願いしますね」

 「それなりの計画であればね」

 シェンハはゆっくり氷の塔の方に歩いていく。

 「ユッミルさん、ネメッカ様にお断りを入れるのに付き合いましょうか?」

 「本当はエッヒネ様の背中にくっついてお任せしたいのですが今日はやめておきます」

 ユッミルはそう言うとエッヒネの視界から消える。

 「疑わしいのはいたのね」

 エッヒネはそう呟いた。

 ユッミルが帰るとメシャーナは寝ていたのでそのまま夕食を作っていく。夕食ができる少し前にメシャーナは目を覚ます。ユッミルは疲れていたので夕食後すぐに寝る。ただ、そんなに長くは寝ていないので風呂に向かう。

 「ユッミル、私の事避けてない?」

 「え?メシャーナが寝るのを邪魔しないようにしてるだけだよ」

 「なら抱いて寝ればいいでしょ」

 「その方が寝れるの?」

 「そうね」

 ユッミルはメシャーナを抱いて寝た。朝、起きそうになったが二度寝して昼前に起きる。いつもより多くの食材を並べる。程なくしてメシャーナも目を覚ます。

 「どうしたの?」

 「今日はお腹が減ってるからたくさん食べる事にした」

 「メシャーナも付き合ってね」

 「良いけど珍しいね」

 「明日午後はあの光の鬼魔女が指揮所に行くのだがその後は四日も空くらしい。食料を買い込む。メシャーナも付き合ってくれ。土術の練習はできないがそろそろ鬼魔女を倒して決着をつける」

 「頑張ってね、鬼退治。必要なら私も呼んでくれていいからね。」

 ユッミルはそこそこの量の昼食を食べると昼寝する。さらに夕方前にはまたメシャーナとお菓子を食べる。

 「この果物の水は美味しいね」

 「うん、でもすぐ駄目になるから遠慮せずに飲んでね」

 ユッミルはメシャーナが食べ終える前に立ち上がり食料を取り出して調理を始める。

 「もう作るの?私、そこまでお腹すいてないよ」

 「今回の料理は煮込むのに時間をかけるからすぐはできないよ。煮込む分保存は効くからね。」

 メシャーナは不思議そうにユッミルの調理を見守る。

 「昨日、そんなに大変だったの?」

 「大した敵じゃなかったけどつい張り切ってしまって」

 「綺麗なお姉さんがいたから?」

 「いや、エッヒネさんに強いと思われても得は無いし広い場所だったから動きやすかっただけだよ」

 「そう言えば昨日、剣が濡れてたけど水と組んだんじゃ?」

 「それだと味方に術を打つ下手な術師でしょ、エッヒネさんがそんなのを連れてこないよ。邪魔な氷の壁女の術でできた氷壁を切っただけだよ。やはり見えなかったが氷はついてたのか」

 「エッヒネさんが連れてくる氷の術師?もしかしてシェンハ様?」

 「そ…はあ、そうだね。一応、女の子だけど心配しなくてもあの子は強いだけで女の子としてはそこまで魅力的じゃないよ。年はメシャと近いみたいだけど」

 「分かってるよ、あの氷の主導は私と反対だしユッミルが好きな感じじゃないのは分かる。炎の人とも大分違うし」

 「いや、エッヒネさんも違うよ。向こうは大人だし子供に優しくしてくれてるだけだよ」

 「ユッミルも私にそういう感じなの?」

 「そうかも。だってメシャは可愛く甘えてくるしそうなっちゃうよ」

 「私もそれはそれで良いの、けど…うまく言えない」

 「でも今は術が上手くなって欲しいかな」

 「上手くなったらご褒美が欲しいかも」

 「そっか、それは考えておくよ」

 ユッミルは調理に戻る。

 しばらくして食卓に食事を並べるがユッミルは調理を続ける。調理しながら料理をつまんでいる。しばらくしてまた料理を持ってくると今度は座って料理を食べ始めるが時折料理の様子を見に行く。

 「どうして今日はたくさん食べるの?」

 「お腹すいてるし明日買い物するから場所を開けようかと思ってね」

 「そうなんだ。でもよく食べるね。メシャも食べる方だけど」

 ユッミルは火の類の一部を止めていつも通り風呂用の温水を暖め始める。ユッミルがお湯を注ぎ始めるとメシャは服を脱いで待ち構える。ユッミルは湯を注ぎ終えると熱くないか触ってから入るようにたしなめると調理に戻る。調理が一段落すると残りの火も止めて横になる。

 「一緒に入らないの?」

 「眠いから寝る」

 「えっ、あー」

 ユッミルは寝てしまう。その後、ユッミルが目を覚ますとメシャが抱き付いている。ゆっくりメシャを引き剥がす。

 「おはよう」

 「えっ」

 「お風呂入るんでしょ。沸かすの手伝うから入ろう」

 「二度入るのか?」

 「駄目なの?」

 「まあ好きにすればいい」

 風呂から上がると二人は少しだけ話をしてから寝る。朝、ユッミルが目を覚ますとしばらくしてメシャーナも起き上って朝食を食べるがユッミルは頻りに外を気にしている。

 「メシャ、一度目は一人で行く」

 ユッミルはネメッカは街で自分を探していても一度昼食の為に塔に戻ると踏んでいる。そうした計算から30分の安全時間を導き出していた。その20分前を待ってユッミルは出かけた。ただ、ユッミルの計算以上にネメッカは粘っており、結構近くを通ったがお互い変装した姿を知らないので出会う事は無かった。ただ、ユッミルはそろそろ決着をつけたがっており、ネメッカではない光術師による勧誘は本望であった。しかし、ネメッカ以外ユッミルの顔を知らないのであり得ない話であった。

 「ただいま」

 ユッミルは一度目の買い物を終えて帰宅する。

 「何それ?」

 「メシャはお昼を食べたらこれを着て買い物に付き合って」

 「ユッミルは私にこういうのを着て欲しいの」

 「いや、変装なんだから雰囲気を変えたいだけだよ」

 「じゃあ」

 「今脱ぐな、汚れるだろ」

 「そうね」

 ユッミルはさっさと昼を用意する。

 「そろそろ行くぞ」

 「早くない?あの女と会っちゃうよ?」

 「ああ、僕があの鬼が指揮所に向かった事を確認するからここの入り口近くでメシャは待ってて」

 ユッミルは集会所につくと歪曲視野でネメッカを探すがいない。指揮所への道の隣の道を慎重に進むも指揮所にそれらしき人はいない。歪曲視野を使い続けながら集会所の方に戻っているとネメッカは現れた。ユッミルの姿でネメッカの前に立ってやろうかとも考えるが流石に陰から見送ってメシャと合流して買い物を進めた。かなり買い込んだ。もっともどう考えても炎の塔に転がり込めば寝食に困る事は無いしそれはネメッカの配下に下っても同じ事だ。しかし、特にネメッカの配下になると相当自由が制約されるとユッミルは考えている。

 「さあ、メシャ。君はもう逃げられない。三日間嫌でもこのユッミルと一緒にいてもらうぞ」

 「ちょっと待って。三日なの?」

 「まあそろそろ光の塔の偵察に行くから」

 翌日、ユッミル達は家に居続けたがエッヒネは森で軽微な依頼をこなしていた。ネメッカはエッヒネの追尾も続けていたので無駄足を踏む事になった。冒険者は普通集会所で落ち合って森に向かうので森にエッヒネが一人で入った時に追いかける必要は無い様に思えるがユッミルやエッヒネにシェンハ位になると森も街と大して変わらないので森の奥の手前で落ち合っても問題は起きない。そうした事情から森の中でも追うしかない。夕方にはシェンハを見かけたので追いかけるがシェンハは単に術の試し撃ちをしているだけで短時間で街に戻った。ネメッカにとって散々な一日となった。そもそも今、ユッミルはバッソーの計らいで稼ぎが高いので狩りの回数が減っている。そもそもユッミルの力であればメシャの訓練がなければそこそこの素材を狩れてしまうのでこういう引き籠りは容易である。ネメッカはそこまでは思い至らないもののユッミルが自分を避けている事位は十分に疑っている。

 翌日もユッミル達は家に居続けたがそれはネメッカも一緒であった。塔で業務をこなしつつも表情は暗く、短時間で自室に戻り、寝床で横になりながら遠ざかる雷撃の人を嘆いていた。一方のエッヒネは仲の良い炎術師と談笑しながら食事をする等平和な日々を過ごしていた。そもそもネメッカがここまで必死になるのはネメッカ以外の光術師が弱くて評判が悪いので中級魔石の売れ行きが悪く、魔族襲来時の臨時収入もなく、主宰の指揮所駐屯は嫌がられて毎回ネメッカが行くようになっている。そして、ユッミルの最大の懸念でもある狩りにおける冷遇も問題だ。ただ、これだけはユッミルでも解決はできない。もっともユッミル自体は力をひけらかせば狩りで組んでくれないという事は無いしそもそもユッミルは森の狩りの大半は一人でやれる。他の大半の冒険者は望んでもエッヒネやシェンハと組むのはまず無理である。ユッミルは薄々光への加入が光の塔に定期的に顔を出させられる事だけだと分かっている。もっとも最大の嫌な事は力をひけらかす事らしいが。ただ、同時に光への加入がユッミルに余り利益をもたらさないという事をユッミルは冷静に認識している。

 「前に言っていた雷撃の使い手と見られる人物を目撃しました。剣は細めでしたね。そして、最近はエッヒネ様と行動することが多い様です」

 「エッヒネ様ですか?」

 「ええ」

 「であればあまり手を出すべきでないのでは?炎との関係は悪くありません。態々悪化させる材料を作る事は無いかと」

 「接触できた際に光の主導ネメッカが事情を知りたがっているから光の塔に招待していると伝えていただければそれだけで構いません。後は私が引き受けます」

 「ですがネメッカ様が探している事を知った上でこちらを避けているという場合はやはり炎との軋轢を生むのでは?」

 「でしたら向こうが逃げるようでしたら追いかけなくて良いです。私は必要なら追いますが」

 「分かりましたが相手は優秀な光術師。力づくで追うのは主導様でも簡単ではありません。諦めた方が宜しいかと」

 「彼は魅力的な人材だとは思わないのですか?」

 「かもしれませんが私達では手に負えません。光術が使えるからと言って入団は強制できません」

 「それに氷の主導位の実力になってくると団なんていらないでしょうね。シェンハ様は氷の内部には気に食わない人もいるらしいですけどあんな見合わない事をやってますからね。本当は良い人だと思いますね。しかも光の場合はネメッカ様が仕切って組織ができてるように外部には映る。」

 「そんな理由であれば主導位譲り…柔軟に相談に応じますので勝算はあります」

 「光の主導が欲しければネメッカ様を襲って縛り上げて脅して主導退任を宣言させれば済みますし価値は無いのでは?」

 「あんまりやりすぎると光の塔に怒りの手紙を送り付けるかも」

 「その手紙の内容次第では諦めますが基本的には話をしてからです」

 ユッミルは翌日も引きこもろうとしたがエッヒネに呼び出される。

 「来ましたよ」

 「ありがとうございます。では明後日の事についてお話しします」

 「できれば明日が良いのですが?」

 「ああ、ネメッカ様ですね。ですがシェンハ様と私と同行している際に来るのでしょうか?もしそうであればどうしようもないのでは?」

 「分かってます。いずれは直接断ります。そうですね、明後日で構いません」

 「いよいよ本題で魔族を狩ります。シェンハ様の意向でそれなりに奥に向かうという事になります。明日午前のネメッカ様の担当時間の間に用意をして頂くのが良いかと」

 「そういう事ですか。まあシェンハ様もそうでしょうが僕の場合は術頼みですからそこまでの準備はいらないのですけどね。明日はきちんと休息する事にします。」

 「お願いします。当日は森の最奥で落ち合いましょう。あなたの目なら少々位置がずれても見つけられるでしょう」

 「分かりました」

 ユッミルが大通りを歩いていると外套を目深に被る怪しくも不思議な少女が立ち止っている。

 「あなたが雷装剣の使い手ですよね?」

 「知らないな。別の人でしょう」

 「少し来てくれますか?」

 「まあ良いですよ」

 変装したユッミルは少女と路地に向かう。

 「私は雷撃等使いません」

 「ですがその剣は雷装剣と同じものです。それにそのお方が炎の主宰と行動しているのは知れている事ですので待っておりました。」

 「そうか、光は無能ばかりだと思っていたが多少は知恵が回るんだな」

 「私はネメッカ様に仕えております。ネメッカ様はあなたの光への入団を強く望んでおられます。待遇に関しては最大限意志を尊重するとも申しています。あなたが考えている以上に幅広い要望を受け付けるとも申しています」

 「口も上手いようだがお断りする。あなたが無能でないのは認めましょう。しかし、あなたやネメッカ様等の一部を除いて能力が低すぎる。その一団と認識されるのは不利益だ」

 「ですがあなたが入れば世間の認識は改善します。勝手であるのは承知の上で心よりお願い申し上げますとネメッカ様なら申すと思います」

 「そう、こちらに利益は無い。分かっているではないか。正直なのは評価するよ。」

 「利益ですか、あなたの利益は何ですか?私達の与えられない利益をご提示すればネメッカ様を諦める説得材料になるのですからお願いします」

 「特に望むものは無い。」

 「そうですか」

 少女はユッミルにすり寄る。

 「どういうつもりだ?」

 「ネメッカ様はこういう手段も否定しておりません。私にしてもあなたの様な人材は価値があります。」

 「ネメッカ様はやはり随分卑劣だな」

 「何を勘違いしているのです?私達光は世間の評判が悪くあまり相手にされないのです。そんな中で優秀な光術師に興味を持たない方がおかしいのですよ。私以外にも興味を持つ女はいるでしょう。それはネメッカ様も例外ではありません」

 ユッミルは少女の肩を持って引き剥がす。

 「ネメッカが不都合だから話にならない。こちらが嫌がっているのに執拗に追ってくる人の気持ちを考えられない酷い女だからな。」

 少女は肩を落としている。

 「ネメッカに伝えろ。こういう数少ない貴重な人員をこんな身勝手な事に費やしてまで追い詰める行為で雷装剣の持ち手は疲弊し、ネメッカを恨んでいる様子だとね」

 「しかし、ネメッカ様の意向は変わりません。光の塔に来ていただき、ネメッカ様のお話を聞いた上でご判断いただきたい。ご不満はネメッカ様に直接言わないとあなたも…」

 ユッミルは既にいなくなっていた。少女はしばらくすると耐え切れずに術を解き、ネメッカに戻る。ネメッカには様々な感情が渦巻いている。しばらくするとそれを振り払い今度はもうネメッカとしてユッミルに直接要請する決意を固めていく。

 翌日の午前、ネメッカが指揮所に行っている状況でユッミルが街に向かって立ち寄ったのは喫茶店であった。

 「こんにちは」

 「久々だね」

 「はい、メシャは度々勝手に来ている様ですがお世話になっています」

 「そんなのは構わないさ。それよりどうしたんだい?ただ、飲みに来た訳でもないだろう」

 「そうですね。ですがまずは注文をお願いできますか?」

 ユッミルは注文を終える

 「もしかして最近、エッヒネ様と行動している事と関係あるのかい?」

 「そうですね、それ相応ですから魔族を狩るという話になってます」

 「そうか、それだとエッヒネ様だけでは難しい。エッヒネ様も良い所に目をつける」

 「ええ、シェンハ様も同行するので…」

 「シェンハ様は噂では下級魔族なら一人でも狩れるらしい。という事は…」

 「流石ですね、中級魔族も視野に入れるそうです」

 「まあお前も下級なら一人で狩れるだろう。現に狩ったらしいではないか」

 「そこまで噂になってましたか」

 「ああ、まああそこまでの雷撃を使える奴は他に思い当たらないからな」

 「それもそうですね。中級魔族はどれ程強いのですか?」

 「敵の領域だと魔法で反撃してくる。下級魔族はあまり魔法を使わないがそれは術師団に所属する人の集団相手には効果が薄いと分かっているからだ。特に下級魔族の術は射程距離が短い。中級魔族の特徴は術を使う事だな。上級ともなると不確かな情報しかない。いくらシェンハ様と一緒だからと言ってやめておけよ」

 「分かってますよ」

 「奴らは知性が無い訳ではないから罠も張る。慎重に進む事だ。その点、シェンハ様は危ない。多少は強く言って止めないと駄目だぞ」

 「えっ」

 「止めないと死ぬぞ。そして、それにお前が巻き込まれたら人の戦力低下は計り知れない。」

 「圧を掛けないで下さいよ」

 「だが帰ってくればいい。魔石の一つや二つは捨ててくればいい。お前はとにかく二人を無事に連れて帰れ」

 「どうして僕が最後に残る前提なんですか?」

 「そんな意味はなかったが苦戦した場合はそうなると思うぞ」

 「とにかく頑張ります」

 軽食を食べると喫茶店を後にする。

 「お帰り」

 「ただいま」

 「明日は魔族の住処に行くから本当に休ませてね」

 「私も行くというのは邪魔なのはわかってるけど大丈夫なの?」

 「シェンハ様もエッヒネ様もいるからね」

 「それでも心配だよ」

 「そうだね、もし僕が消えたら土に入るといい。バッソーさんにもお願いしてある」

 「ちょっと。そんな事なら行かないで」

 「そうだね、不要と言えば不要かもしれない。けどこの前も魔族が来た以上魔族が増えすぎているのは確かだ」

 「分かったけど無理は駄目だよ。シェンハの言う事は叱ってでも止めた方が良いよ」

 「うーん、シェンハもそこまでは馬鹿ではないと思うけどね」

 当日、シェンハは朝早くから森で試し撃ちをしてから北に向かう。ユッミルは姿を消しながら大通りを北上して草原で中級魔石に自分の魔法を込めて試し撃ちをしている。掃雷4発に魔石の内容を乗せ換える。掃雷は前方に雷撃を扇状に打ち出す術だ。厚みが無い事と防備が固い相手には効かないが射程は長く威力も高いし軌道は一定程度の不規則性があり一般的な狭い前方防御では防げない。

 一方のエッヒネは炎の塔から真っ直ぐ森の北方に向かっておりネメッカに捕捉されて追われてしまう。

 一番最初に魔族の領域の手前に着いたのはシェンハであった。たまたま見つけたはぐれ魔族を二体単純な威力を高めただけの下級氷術で二体仕留めていた。次に着いたのはユッミルであった

 「早いですね。私は基本的に有能だから仕事は片づけてあるの」

 「過信しないで頂けると助かります」

 「大丈夫よ。隙を見せれば美しい花である私をあなたが摘もうとするのは必定。あなたから逃げる力は温存しておきます。無謀はしませんよ」

 「僕もあなたを放り出したとあらば多方から批判されますから余力は残します」

 「そんな事にはならないなんて反論は無意味ね。これから現にそうならないのだから」

 「私も隙を見せても何もする必要はない。あなたは隙を見せた時点で屈辱的に思い、手を出さない事にも屈辱を感じるでしょうから」

 「そうね、断固として隙は見せられない」

 しばらくしてネメッカを連れてきたエッヒネも着く。ネメッカは魔族の領域に歩いていく三人を見て一瞬驚いた後に納得する。ネメッカは時折動きながらユッミル達を遠目で眺める事にした。

 「下級魔族は単独で狩れますから構いませんが中級魔族は難しいかもしれません。今回は中級魔族を三体討伐し、三個の中級魔石入手を目指します。下級魔石に関しては倒した人の物です。まあここにはそんなものを不当に求める人はいないでしょうし各人にお任せします」

 ユッミル達が魔族の領域に近づくと魔族は向かってくる。シェンハは氷射で牽制し、ユッミルは雷射で後づめを攻撃してから雷装剣で切りかかる。エッヒネは投炎でユッミルの側面を攻撃して支援する。魔族が増えてくるとユッミルは雷盾で自分を囲い、魔族の動きを止めた上で剣を大きく振り、魔族を一掃する。

 そんな中でやはりと言うべきか中級魔族が戦闘に介入し、炎砲を放つ。ユッミルは雷盾と雷射で避けながら軌道を少しずらしてかわす。エッヒネの目の前の地面が焼けこげる。

 「しまったわ。私が守るべきだったわね」

 「まずは牽制しますよ。」

 ユッミルは歪曲視野で魔族の位置を捉えて様々な方向から雷撃を魔族に向かわせた。雷撃は魔族に命中した様だがすぐに次の炎砲が向かってくる。ただ、先ほどより軌道が山なりで速度も遅く三人共難なく避ける。動きの鈍った魔族はシェンハの氷槌と言われる単に下部が尖った氷柱を落とす攻撃でほぼ致命傷となり、ユッミルが雷装剣でとどめを刺す。ユッミルは周囲を警戒しながら中級魔石を拾って鞄にしまう。

 「倒したのね」

 「ええ」

 「魔石は?」

 ユッミルは鞄から魔石を取り出す。

 「僕の魔法を仕込みましょうか?」

 「あなたが持つの?」

 「まあ誰が持っても同じでしょう」

 「一番死にそうなのはあなただし持ち主としては不適切だと思うけど」

 「別に構わないと思っていましたがその点だとあなたが危ないので私が持ちます」

 「中級魔石如きが欲しいの?」

 「君こそ」

 「まさか」

 「分かりました。五発の散雷を込めます。近距離ながら全方位に雷撃を撃てますので近くで囲まれた時にお使い下さい」

 エッヒネも下級魔族を炎砲で仕留めるが中級魔族は中々姿を現さなくなった。そこでユッミルが強引に広範囲を索敵し、西の奥に孤立する中級魔族を発見する。シェンハの氷槌を囮に魔族が逃げた所をユッミルが収雷で攻撃する。収雷は前方に小さな角度ながら数方から敵に向かう雷撃だ。その後更なる攻撃をユッミルが加えようとするとかなりの音がして視野を広げるとそこそこの量の魔族が向かってくる。一度ユッミルはゆっくりシェンハ達の方に戻る。

 「察知だけは早いのね」

 「一旦、少しずつ下がるわよ」

 「そうですね。西からの一群はシェンハ様が止めて東からの魔族は私とユッミル様で狩ります。」

 ユッミルが徐々に後退していくが西からの一群は攻めかかっては来ない。一方で東から魔族が突進しながら水術を撃ってくる。ユッミルが五つの雷盾を重ねて守ると三つ目で水はただの水として地面に落ちる。エッヒネは炎射を結構な数撃つがあまり効いていない。ただ、目逸らしの効果は有った様でユッミルの接近の察知が遅れて雷装剣で切り落とされる。

 その後下級魔族が散発的に向かってくるが魔族は本格的に攻めてこない。待ち構えているようにも牽制しているようにも見える。

 「引きましょう」

 「私はそれでも構いませんが…」

 「私が三人ならまだやるけどそうじゃないし良いわよ」

 「中級魔石に関しては二個なので私は辞退します。形式的とはいえ私の依頼ですし貢献度を見てもそうあるべきでしょう」

 「とりあえず理解しました。それでは引き揚げましょう」

 「ええ、私とユッミルが後方を牽制するからエッヒネは前方の下級に攻撃して下さい」

 ユッミル達は撤退する。魔族の本格的な追撃は無く森の方に無事に引き上げる。

 「シェンハ様、この魔石ですがあなたの術をお入れ頂けますか?」

 「ふーん、私の術で悪さでもする気?」

 「心配でしたら散雷同様の近距離防御でも構いませんよ」

 ユッミルが魔石を渡すとシェンハは何かの氷術を込める。

 「はい。今日はそれなりに良かったわ。私程ではないけど私が二人以上は無理なのだから全く問題無いわ。ただ、私もまだまだと分かったからしばらくはやめておくわ」

 「五発では足りないと思いますので追加しますね」

 ユッミルは散雷をさらに七発込める。

 「まあお互い使い道はあまり無さそうだけどね」

 「そうですね」

 ユッミルは何かの術を感じて振り返ろうとする。

 「やっと見つけましたよ、ユッミル様」

 ユッミルはいつの間にか真後ろを取られてしまう。


 


最後まで読了頂きありがとうございました。設定過多で主人公の知覚外の描写の多さは今後も続きますのでご理解下さい。

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