ヴィアール辺境伯領編 5話 「リール子爵領と英雄マッテオ」
アストリッド妃の帰国が無事に終わり一息ついた頃、
《もおお!!いつになったらこっちに来るのさ!》
と天舞龍リールからお叱りの思念波がシーナに届いた。
「ああ、いえ~、忘れた訳では無かったんですけど色々な事が起き過ぎまして」
シーナがヴィアール辺境伯領に到着してからの事をリールに説明すると・・・
《それ新郎新婦がやる事じゃ無いでしょう?》と笑われた。
確かに!
《でさ、こっちの準備も進んでるからさ・・・リールに一度おいでよ》
「はい分かりました~、すぐ行きますね!」
そう話して思念での会話は終わった。
リールはまだ自分の名前がついた「リール子爵領」に抵抗がある様子だった。
シーナが受け継ぐ領地を「リール領」と名付けたのは、勿論、自分が天舞龍リールの事が好きだからだが、1番の理由は天龍を崇める領民に対する配慮だ。
実際に領民達は自分達の住む場所の名前が「リール領」に変わった事に大喜びだ。
ましてや天龍王アメデからの天啓でその地名が祝福されたのだ。
天舞龍リール本人は恥ずかしいからやめて欲しかったのだが周囲の勢いに負けて承諾してしまったのだ。
「そう言う訳ですので明日「リール領」へ行きます!」
早速シーナは夕食時に全員に対してそう宣言すると、
「・・・そう言えば忘れてたな」
そのリール子爵家の当主のガイエスブルク・フォン・ヴィアール・リール子爵が
とんでもない爆弾発言をすると、
「あっ・・・アリーセは覚えてましたよ・・・」
いつもの勢いが無いアリーセ、君絶対に忘れていたな。
「本当か?俺はいつ行くんだろう?とずっと不思議に思ってたぞ?」
アンドレ皇子は今回の最終目的地である為に当然ながら忘れてる訳が無かった。
「もう!アンドレは意地悪です!」プクーと膨れるアリーセ。
「俺は城塞主砲のインパクトがそれはもう強すぎて他の事を忘れてました」
正直者のドレスデン。
「私は全てがインパクトだらけで・・・」
ヴィアール辺境伯領の異常性は13歳の少女には刺激が強すぎた様子のアリス。
「もちろん私も行きますわ!」うん、ラーナが行かない訳が無いよね。
「わたくしは・・・」
「ダメに決まってます」
同行したそうな王妃ファニーだったが母のスージーに、ピシャリと却下された。
これからヴィアール辺境伯領の領都で周辺諸国との戦後の会合があるのだ。
戦勝国の軍勢を率いた王妃ファニーの不在など許される訳が無い。
ファニーも分かってはいたけど一応は言うだけ言って見ただけだった。
同じ理由で辺境伯本家のスージー、スティーブン、トリー女史も同行不可だ。
ミリアリアとカーラ女史はアリーセの手伝いで最初から同行予定だった。
アリーセの専属侍女のアリスはまだ13歳なので分からない事も多かろうとの配慮だ。
シーナの専属侍女に関しては本人も含めて全員がこの時でも完全に忘れていて、
この後に起こる騒動の原因になってしまう。
そもそもの話しでシーナには自分の専属侍女と言う概念が無いのだが。
「ガイエスブルクよ、お主には護衛は要らんと思うが従者が付かないのは、
駄目じゃぞ?ちゃんと馬車で行き護衛を付けよ。
何事も最初で舐められてしまうのは良い事では無いのでな」
スティーブンに自分の考えを先読みされてしまい、ガイエスブルクは苦笑いで、
「分かりました、護衛と馬車の手配はお任せします」と観念した。
結果、ガイエスブルクとシーナの子爵夫妻は馬車7台に護衛の騎士30人と結構な大所帯での赴任となった。
これにヴィグル帝国のアンドレ皇子の護衛と侍女が加わって総勢150人ほどになってしまった。
「シーナ、今回は騎乗もダメですからね」
シーナも王妃ファニーに先読みされてしまい観念した。
「シーナもアリーセもアリスも美しく着飾りますわよ!」
ここからは完全に休暇で、めっちゃ嬉しそうなラーナだった。
「ええ?私侍女ですよ?」
アリスは驚いたが美少女を可愛くしたいラーナにとってアリスは最高の素材なので着せ替え人形になるのは決定事項なのだ。
リール領行きは元々の予定だったので問題なくサクッと準備は終わってサクッとリール領へと出発した。
リール領はヴィアール辺境伯領領都より北東へ30kmとそんなに遠くは無い地域だ。
しかし大所帯なので無理をしないで途中で一泊する予定だ。
僻地は僻地なのだが巡礼で訪れる天龍教の信者も多く街道は整備されていて馬車の往来もそれなりにある。
「この街道はもう少し道幅を広げましょう!」
ラーナの手によって美しく着飾り、子爵夫人モードになったシーナがこの街道を見た時の第一声である。
「道幅をか?今でも充分だと思うがダメなのか?」
こちらも格好だけは子爵モードになったガイエスブルクが質問をすると、
「リール領に鉄道を引きたいです!」
「あー、鉄道かよ、また随分と金が掛かりそうな事言い出したな」
苦笑いのガイエスブルク子爵。
現在の世界で鉄道網はまだまだ開発途中で超大国のピアツェンツェア王国ですら開通してる路線は少ない。
鉄道を積極的に取り入れて国内の鉄道網が確立しているのは南の大陸のエルフ達の国ラーデンブルク公国くらいだ。
鉄道が普及しない理由は「莫大なお金が掛かる」からだ。
費用対効果が悪いのだ。
しかし莫大なお金が掛かるのは現在の工事のやり方が下手くそだからだ。
まあ、新技術なので仕方ない所はあるのだが凄く効率の悪いやり方をしている。
シーナは日本からの転生者のカターニア公爵令嬢のセリスから日本の鉄道の工事のやり方を聞いて感動したのだ。
「ええ?!そんなにカーブばかり作ったら大変じゃん?
陸橋を作って直線を増やして行けば良いじゃんか、交差路はバイパスにしてさ」
と説明を受けた。ばいぱす?って何?と思ったシーナはバイパスの説明も詳しく聞いて「ほへー」と感動したのだった。
こちらの工事は元々の街道に沿ってレールの敷設を行なっている。
その方がやり易いからだ。
その考えは間違ってないのだが正直に街道に沿ってやり過ぎている。
その為にカーブが多くなってしまい総敷設距離が長くなった結果、無駄な費用が掛かっている。
「カーブや高低差が多い所は高い位置をあわせて陸橋を作って汽車を上を通しちゃった方が最終的にお金かからないよ」
「おお?!なるほど!」
「陸橋工事で整備した道はそのまま人や馬車用の街道にも使えるよ、経年劣化の為のメンテナンス工事もやり易くなる利点もあるよ」
「おおー!?」
そんな会話を朝までしてセリスの話しはシーナは地龍的な琴線を刺激されまくったのだ。
既にシーナは「リール子爵領」を鉄道まみれにする気満々なのだ。
「なるほど・・・でも山はどうする?リール領は山岳地帯だぞ?」
「そこは地龍たる私達がトンネルを掘っちゃいますよ」
「ああ、そうか、それなら簡単だな」トンネル工事は地龍ならお手の物だ。
「でも後の事を考えて補強とかの工事は領民の方にやってもらいます!
領民の皆さんの雇用促進ですよ地龍君!」
「お前、ちゃんと領地経営の事考えてたんだな」
「せっかくなので皆んなが住み易い領地にしましょう!」
鉄道作りの財源には自分の持つ資産を全て投入するつもりのシーナ。
久しぶりに確認して見たら現在の資産は100億円相当を超えてしまっていた。
「使わない金銀財宝など石ころにも劣るわ!」
シーナの資産額を聞いた領地経営の先輩のセリスにガッツリと怒られたのだ。
その後には王侯貴族が金を使う事による庶民との経済効果などを、みっちりと講義された。
学者肌のシーナにとって秀才セリスの講義は新しい扉を開くに充分過ぎるほど魅力的な講義になった。
「私はやりますよ!地龍君!」シーナは燃え上がっていたのだ。
「おっおう、ならシーナが子爵やった方が良いんじゃないか?」
「それはそれ、これはこれです。目立つのは嫌ですね」
「我儘だなぁ」自分の奥さんに呆れる子爵様だった。
そしてリール子爵一行が宿泊予定地の宿場町の旅館に到着すると意外な人物と遭遇した。
シーナがお風呂上がりに牛乳を飲んでいたら・・・「マッテオさん?!」
「!!!おや?!シーナ殿ではありませんか!」
現在、シーナ達に勝手に行方不明扱いにされていたマッテオが偶然にも同じ旅館に居たのだ。
「お久しぶりですねシーナ殿、あっ!ガイエスブルク殿との御婚姻おめでとう御座います」
「ありがとうございます!
いえそうで無くてマッテオさん今まで何をしていたのです?
誰に聞いても良く分からないって言われましたよ?」
「私ですか?私は新しい商売の販路開拓に国中を飛び回っていましたね」
マッテオのアスティ公爵家は公爵位復権と共に領地変えになった。
その為に領地経営を根本的に変える必要があり、その役目をマッテオが一手に引き受けていたのだ。
この地方へは新領地の建設用の木材の買い付けに来たとの事だった。
「ほへー、そうだったんですね・・・
あっ!それならリール子爵領とも商売して下さい!木材をお安くしときますよ!」
「おっといきなりですね」全然変わらないシーナに笑ってしまうマッテオだった。
「ふふふ、マッテオさん、私!領地に鉄道を作る事にしましたよ!」
これまたいきなりの話しを始めたシーナにマッテオが、
「どこかでゆっくり話しましょうよ、ガイエスブルク殿にも会いたいですし・・・」と笑われた。
なのでガイエスブルクが待つ部屋へ移動する事にした。
「おおお?!マッテオさん!今の今まで何をやってたんですか?!
誰に聞いても知らないって言われましたよ!」
シーナと同じ事を言うガイエスブルク、似た者夫婦だね!
「ガイエスブルク殿、お久しぶりです。
アリーセ殿もお久しぶりです、ご婚約されたとの事でおめでとうございます」
「マッテオさん!お元気そうで何よりです!」
久しぶりのマッテオ登場には子供の頃から可愛がって貰っていたアリーセも嬉しそうだ。
「え?あの・・・そちらの方はもしや・・・」
マッテオが「まさか・・・この方は?」と困惑気味に質問をすると、
「はい!アンドレと言います。よろしくお願いします」
アンドレ皇子が頭を下げるとマッテオは大慌てで、
「皇子様!人目がある時は一介の他国の貴族風情に頭を下げては行けません!
私はマッテオ・フォン・アスティと申します、どうぞよしなに」
と慌てて貴族の礼を取るマッテオ。
「マッテオ・フォン・アスティ殿?!!
あのゴルド戦争で大活躍した英雄マッテオ殿ですか?!」
「ええ?!いえ、大活躍と言うほどでは・・・英雄?!とは?!」
「とんでもないです!ゴルド王都包囲戦で敵の砦を3つも陥落させたと言うではありませんか!皇都では有名な話しで子供でも知ってますよ!
ヴィグル帝国では「英雄マッテオ」と評判ですよ!本にもなってます!」
「ほっほほ本ですか?!ええ?!私がですか?!」
これにはビックリ仰天のマッテオ、本デビュー凄いね!やったね!
マッテオは謙遜しまくりだが実際の功績は実はそれ以上なのだ。
正確にはマッテオが陥落させた砦は6つにも及ぶ、調略を使い上手く反王族勢力を取り込んだ結果の大戦果なのだ。
マッテオが功績の独り占めを嫌い功績を同僚達にも振り分けたので攻略した砦が3つと広まった。
「ほへー、私達が帰った後にそんな事が・・・凄いですマッテオさん!
同じ「幻夢」として鼻が高いですよ!」
「本当だな、遊び回ってた俺達と大違いだよ」
シーナとガイエスブルクの「遊び」も結構、功績と言っても良いけどね。
天舞龍リールの消滅を阻止する事が出来たファインプレーだ。
その後、夜遅くまでマッテオの英雄譚を興奮して聞くアンドレ皇子、男の子には英雄話しはいくら聴いても心踊る物なのだ。
健康優良児のシーナとアリーセとアリスとラーナは速攻ですぐに寝た。
徹夜で聴くほど戦いに興味はないので。
途中でドレスデンも加わって話しは白熱して気がついたら日が登り全員寝不足で馬車の中で爆睡した。
恋人と婚約者に全然構って貰えないアリーセとアリスは不貞腐れた。
眠そうに「では、私は帰ります」とマッテオが帰ろうとすると、
「まあまあ良いから良いから」とシーナは寝不足のマッテオを誘拐して自分の馬車に押し込んでしまった。
マッテオの従者も加わって更に大所帯になったリール子爵一行だった。
そんな子爵様一行はいよいよ「リール子爵領」へ入る。




