隻腕の龍戦士修行編 1話 「ゴラド王国からの使者と宣戦布告」
ここはピアツェンツェア王国の中部にある「地龍王の山」の麓のスカンディッチ伯爵領。
この領は交通の要所として栄えている、主な産業は農業と林業の長閑な所だ。
中心の領都は西、東、南に向かう街道があり宿場町が広がる、北には中規模の山々が連なる禁足地「地龍王の山」がある。
とは表の顔だ、実際は地龍達が王国の監視の為に作った町で王家を監視している。
住人の半数が地龍が人に化けて生活しており、王家の干渉すら許さない、が最近は王家との関係も良好で王妃ファニーがちょくちょくと視察にやって来る。
王妃のお目当ては大通りから少し外れた小道にある領一番の大きな鍛冶屋「トムソン鍛冶店」だ、今日も半年ぶり訪れていた。
「シーナぁ久しぶりぃいいい」
「おっお母様、お久しぶりですぅ」
ウリウリウリウリウリと少女に頬擦りする王妃ファニー、少女は少し困り顔だが嬉しそうだ。
少女と名前なシーナ、年齢は13歳、王妃と同じ黒髪で青い左目と薄緑色の右目を持つ、色々な事情があってスカンディッチ伯爵領に住んでいる。
この国の第一王女として産まれたが佞臣達の奸計により放逐され現在に至る、佞臣は一掃されたのだが本人の希望でここで平民として過ごしている。
他にも色々様々な秘密を持つが追々話して行こう。
「それで?シーナはいつ王城に戻ってくれるのかしら?」シーナを自分の膝に乗せて髪を撫でながら王妃が切り出す。
「お母様、私は王城には行きませんよ?やる事が沢山ありますから」
王妃に髪を撫でられて気持ち良さそうに目を瞑りながらシーナが答える。
「ぶー」王妃は不満気だが髪を撫でるのはやめない。
「まあ今は王城に近寄らん方が良かろうな、少々きな臭い様子ではないか?」と言うのは店主トムソンこと地琰龍ノイミュンスターだ。
「あら、やっぱり耳がお早いですわね、・・・わたくし共も困っておりますの」
ファニーの表情が少し曇る。
「お母様何かあったのですか?」
「ゴラドより使節団がきておる、ピアツェンツェアと同盟を結びたいとな」
するとシーナは少し考えて「あまり良い話しじゃないですね、ヴィグル帝国と同盟を結んでいるピアツェンツェア国には迷惑な話しですね」と答えると、
「シーナぁなんて賢い!」
ぎゅうううとシーナを抱きしめる王妃、テヘヘと照れるシーナだった。
「ゴラドの狙いはそこじゃな、両方ともに同盟を結べばピアツェンツェアはゴラド対ヴィグルの戦いには参加出来んからのぅ」
現在西の大陸はゴラド王国とヴィグル帝国の戦争が激化している、北方の国土の全てを魔族軍に制圧された今のゴラド国は窮地だ、ピアツェンツェア国とは同盟は結んでおきたいだろう。
しかし表向きはゴラド国に笑顔で接しているピアツェンツェア国王だが内心はゴラド国王を全然信用して居ない。
理由はゴラド国王の人柄が悪いからだ、そもそもヴィグル帝国との戦争もゴラド国王の私欲から始まった戦争だ、ヴィグル側で参戦する事はあっても逆は無い。
そもそも同盟を願いに来た国に屁理屈を並べて1ヶ月も居座るのも酷い話しだ、その為に王妃のスカンディッチ視察も1ヶ月遅れたのだ。
「余りおかしな真似をすると天龍が出て来ると言うに愚かな奴等じゃ」
この件で天龍はかなり活発な動きを見せている、いつ出撃して来ても不思議でない。
そう西の大陸には天龍の天空城がある、世界の秩序を乱す様なら天龍達は容赦しないだろう。
「解説者殿はどう思いますかのぅ?」
するとシーナは目を瞑り少しして目を開けた、同一存在のユグドラシルに変わったらしい。
「ゴラドの狙いは地龍達をヴィグルにぶつける事だと思う、王城に長く留まっているのは何かの工作の為の気がするわね、例えばヴィグル兵士に化けたゴラド兵士が地竜狩りをやるとかね」とユグドラシルが答えると、
「こっちのシーナもとても賢いですわ!」王妃はシーナの頭にウリウリウリウリウリと頬擦りする。
「おっおかーさん」表情は乏しいが頬が少し赤くなるユグドラシル
「まぁそこら辺はわたくし共もしっかりと監視してますわ、精々毎晩のパーティを楽しんで頂き帰って貰います」
「おかーさんを狙って来るかも知れないから気をつけてね」
「はい、分かっております」
王妃ファニーもユグドラシルの事を知る1人である。
今までのシーナがユグドラシルだったと聞いた時も「それがどうしましたか?わたくしの子である事に変わりありません」と普通に言い切った、むしろもう1人娘が増えたと喜んだのだ。
ユグドラシルは嬉しいと思ったが娘のアリーセの事を伝えるのは躊躇してしまった、この強い母性愛を持つおかーさんに孫の事を伝えたら大変な事になるのでは?と。
まぁ、この懸念は後日大当たりするのだが。
ちなみにシーナはお姉ちゃんをママ、ママと言ってくっ付いて来る可愛い妹と思っている。
アリーセは時折り性格が変わる母親の事を特に不審に思ってないし気にもしていない、流石は広い範囲での地龍である。
アリーセの勉強はまだ掛かり人間社会に出て来るのはまだ先の話しだ、将来とんでもない大騒ぎを巻き起こすのだが、それはまた別の話し。
それからシーナはユグドラシルの事は妹のラーナだとずっと思っていた。
ユグドラシルと同一存在と知った時も細かい事は気にしてない、細かい事を気にしない地龍なのでこうして入れ替わる事も全然気にしないのだ。
先程のノイミュンスターの質問は王妃ファニーの前に恥ずかしがって出て来ないユグドラシルをファニーに会わせる為だった、ノイミュンスターも優しいお爺ちゃんなのだ。
しかしこの優しい時間が長く続かないのも今の世界だ。
「とりあえず同盟は断りますが冒険者の契約参戦は認める譲歩案を出す予定です、冒険者がどちらに付くか?は解りませんが」
そうニコリと笑う王妃、ゴラドに付く冒険者は少数派だ大半はヴィグルに付くだろうとの予想だ。
ここでユグドラシルから変わったシーナは考える「冒険者の契約参戦か・・・」と心の中で呟く。
「リールとニームがおらんからな、無理するでないぞ」とノイミュンスターはファニーを諫める、やはり気に入った人間には優しいのだ。
「はい、重々承知しております」ファニーも笑顔で答える。
現在西の大陸に不穏な空気が流れているので天龍は主力を天空城に集めて警戒している、王女ラーナの身の危険度が下がり更に地龍の援護が期待できるピアツェンツェア王国からかなりの戦力を引き上げている。
王城にいるのは天龍レンヌを指揮官に若い男の天龍が2名配属され天舞龍リールと天朱龍ニームは天空城に詰めている。
少々の不安があるが狸宰相エヴァリストが中心になって防御をガチガチに固めているから心配ないだろう。
だがそれでも王妃を視察にやって地龍との繋がりを強化しようとする所はやはり狸宰相だ。
「冒険者の契約参戦」かぁ、良からぬ企みをするシーナだった。
王妃ファニーのスカンディッチ伯爵領の視察は結局二週間に及んだ。
表向きには地龍達に動きがあるとの理由だか本当の所は、ヤニック国王が胡散臭い使節団とファニーの接触を嫌ったからだ。
ラーナは去年から王立アカデミーの寄宿舎にいるから安心だった、専属の侍女として天龍レンヌも同行してるので王城より安全とも言える。
のらりくらりと同盟の話しを躱しその癖に工作が出来ない様に連日、歓迎パーティと言う名の拘束に業を煮やした使節団は捨てセリフと悪態をついて帰って言った。
中途半端な味方は敵よりがタチが悪い、
ここでピアツェンツェア王国国王はゴルド王国とは国交断絶しヴィグル帝国側での参戦を決意した。
これによりゴルド王国は魔族軍、ヴィグル帝国、ピアツェンツェア王国の三方面から攻撃を受ける事となり国家滅亡の道を走る事になった。
宰相と王妃の影に隠れ目立たないヤニック国王。
だが彼の真の姿は超思考加速を持つ疾風迅雷の戦略家だ参戦決意即断、翌日に使節団がまだ到着する前にゴルド王国に宣戦布告した。
これも内部不和を引き起こさせる戦術だ、その上で展開させていた軍団に西側の全ての港を完全に封鎖して情報、物資調達、人材の流れを封殺した、ゴルド王国には致命の一撃に等しかった。
戦う事なくピアツェンツェア王国に敗北必至に追い込まれたゴルド王国、
魔族に続きゴルド王国もピアツェンツェア王国国王の力量を見誤り痛恨の一撃を受けるのだった。
同日、スカンディッチ伯爵領官邸
「はははは、相変わらずヤニック陛下は動き出したら動きが早いですなあ、正に疾風迅雷ですなあ」
国王ヤニックに心底関心した様子でスカンディッチ伯爵が笑う。
「わたくしには何の話しもありませんでしたわ!!」
今回の事は不満タラタラで憤慨している王妃ファニー、何の相談も無かったらしい。
「ファニーも知らなんだとは、敵を欺くには先ず味方からを見事に実践したのぅ、これは我にも見抜けなんだ」
ワハハハハと快活に笑うノイミュンスター、地龍も出し抜いた国王ヤニックの戦略が実に愉快な様子だ。
「天龍と地龍も利用しての戦略はお見事ですな」今回のピアツェンツェア王国のゴルド王国への宣戦布告と海上封鎖は天龍も予期していないだろう。
「うむ、ファニーとラーナが王城不在によもや宣戦布告をしてくるとはそんな愚策をして来るとは誰も思わんだろうて」
スカンディッチ視察中の王妃ファニーやアカデミーにいるラーナが攫われて人質になる可能性があるので普通の場合、宣戦布告は王妃と王女が帰城してから行われる。
しかしラーナは天龍にファニーは地龍に守られている以上はそんな懸念は不要、と言うより王城より安全な所に居るので思いきった事が出来る。
実際にアカデミーの近くで100名程の不審な一団が潜伏していたが天龍レンヌに一掃されているし、「地龍王の山」に潜んでいた、なんとか伯爵と私兵は伯爵の名前が出る前に行方不明だ。
その250名の愚か者達は今、地下都市に連行されて周囲を200人の地龍の龍戦士に囲まれて地龍王クライルスハイム直々に尋問中だろう、これは怖い!
なので国王の戦略に穴は無く完璧な戦略と言えた。
「エヴァリストは知っておったのかのぅ?」
「恐らくはヤニック陛下の独断でしょうな、宰相閣下は北方軍の統括をしてましたから」
「ほほう、それでゴルドの連中は完全に油断してしまった訳か、目の前で神虎が牙を向いて唸っておったのになあ」
「神虎」地龍達は国王ヤニックの事をそう評していた、
ヤニックは「超思考加速」と言うぶっ壊れ能力を使い同時に20以上の極大魔法を使う事が出来る大魔導師だった、真正面からノイミュンスターとも戦えたであろう人類最強クラスの「勇者」の1人だ。
その事が全く認知されていないのは彼が戦っていたのは魔族の最上位の「スペクター」と呼ばれた連中と先代の魔王で、北の大陸の奥深い所で戦いが行われたせいだ。
戦いはヤニックや他の勇者達が勝利して今の魔族は相当弱体化している。
ただし勇者達の損害も甚大でヤニック自身も全力で戦う事が出来なくなった、その事も西の大陸での大戦に繋がった理由でもある。
しかし「超思考加速」健在だ、もとよりゴルド王国如きがかなう相手ではなかったのだ。
彼の娘のシーナとラーナにも当然彼の能力が受け継がれたのだが2人の龍王からの加護で人間固有の特殊能力は消滅してしまった、完全に良い所どりであった・・・強く生きろ国王よ。
「神虎?ですか?陛下が?」不思議そうに首を傾げる王妃ファニー。
彼女が国王に会ったのは北の大陸の戦いの後でヤニックが力の大半を失った後だ、歴史から離れた所で行われた黙示録戦争「人魔大戦」を知る者は少ない。
「まあ、全て終わった話しじゃ国王が頼りになると思っておれば良い」
「はあ?」不思議そうに首を傾げるファニー
同時刻、冒険者ギルド
「ええ?!ヴィグル帝国に冒険者として戦争に契約参戦したい?!」
「はい!」
シーナの顔に冗談言ってる気配は無い、真剣な表情だその顔を見てエレンも背筋を伸ばして真剣に質問を始める。
「本気なのね?」エレンは再度確認する。
「はい!このままだと私に伸び代は無いと思うんです、龍戦士には届きません、実際の戦場に出ないと私はただの武芸者として終わります、なので参戦します!」
「わかったわ、私も一緒に参戦します」仕方なしと言ったエレン。
「はい!よろしくお願いします!」受け入れられて嬉しそうなシーナ。
「じゃあ俺も参戦するわ、俺もここで平和ボケしてる場合じゃないからな」
修行に余念が無いガイエスブルクだが、やはり安全な場所での修行に限界を感じていたのだ。
余りにもアッサリと決まった3人の参戦に呆気に取られるオーバン、しかし地龍達と一緒に過ごし彼等の事が分かって来たオーバンはこれが地龍の生き様と理解する。
「残念ですが私はこの街を離れる事は出来ないのでここで武運を祈ります」
「ありがとうございます!オーバンさん!」
ちなみにマッテオはアスティ公爵家再興の為に王都で活動中でここ最近は不在だ。
「それでは、手向けとして「幻夢」としての契約参戦にします、かなり優遇されると思いますよ」
「はい!ありがとうございます!」
Sランク冒険者のオーバンの名前は捨てた物では無い、その彼のパーティ「幻夢」での参戦だと入国や向こうでの配備先などの優遇はされるであろう。
王妃ファニーが帰城した次の日に出発が決まった。
彼女に知られると、とんでもない大騒動になると確信したからだ。