戦乙女の英雄 その20
貴族社会では大粛清が行われたが民への影響は最小限に抑えられたので学園内に混乱は見られない、しかし変化は確実にあった。
「え?!俺が生徒会に?!」
エスティマブル公爵令嬢が学年の成績上位にいる平民の生徒を生徒会役員に勧誘しようとファニーを連れて教室まで赴いて来たのだ。
実家の貴族家が粛清されゴッソリと貴族の生徒が学園から消えてしまい平民の生徒だろうと重要なポジションに就いて貰わないと人手が足りないのだ。
今までは貴族の子弟達が独占していた学園の生徒会にも新しい風が吹く。
「いえでも、ヤニック殿下は?服屋の倅が生徒会役員になって殿下が・・・」
ヤニックにそんな事をしている暇は無い。
朝授業が始まる前と放課後の寝るまでの間には恐怖のリアナ先生が待っているのだ。
「ヤニック殿下は留年しました。生徒会をやっている場合ではありません」
「ええ?!」ファニーの暴露にメチャクチャ驚く平民の生徒。
「ファニー様?!」
アッサリとヤニック留年を暴露するファニーに驚くエスティマブル公爵令嬢。
「いずれバレるので問題ありませんわ。
それより下手に隠して生徒会が停滞する方が問題です」
「そ・・・そうですわね・・・」
他の生徒の手前ああは言ったが、さすがにヤニックが可哀想だと思ったのか学園長が、「学力テストで平均90点を取れば特別に進級させましょう」
と救済案を出してくれたので現在ヤニックは猛勉強中なのだ。
一応「暫定留年」と言う、王族にあるまじき状態にいるヤニック王太子殿下・・・
つーかお前・・・本当に卒業出来んの?
そんなこんなで王立学園も多少の混乱があったがエスティマブル公爵令嬢とファニーの奮闘で何とか学園の運営体制も整えられつつある日の事・・・
「ファニー様!学園内に不審な男が!」
「ええ?!」
ファニーが居る教室に慌てた様子の男子生徒が飛び込んで来たのだ!
「案内して下さいまし!」
ファニーは徐ろに立ち上がると急いで教室の外に出る。
未だ大規模な粛清の混乱は冷めていないからである。
その男が粛正した者達の残党が雇ったヤニック王太子殿下を「暗殺」しに来た刺客なら大事だからだ。
「それで不審な男とはどの様な人物なのですか?」
学園内なので槍を持つ訳にはいかず授業で使う木剣を持ち一目散に男を目撃した場所へ急ぐファニーは男子生徒に不審者の特徴を聞くと・・・
「とても大きな身体でとても恐ろしい顔の男です!」
「???」何とも抽象的な説明に困惑するファニー。
大きな身体は分かるが「恐ろしい顔?」とは?
すると向こうからその「大きな身体の恐ろしい顔の男」がヤニックと共に歩きて来た?
「あら?なんですか・・・トゥーロン伯爵じゃないですか。
大丈夫ですよ?トゥーロン伯爵は不審者でも何でもありませんわ。
ちょっと、お顔が怖く見えますが大変お優しい方で王家にも信頼されているお方ですわ」
「そ・・・そうなんですか?・・・これは大変な無礼を・・・」
アレク・フォン・トゥーロン伯爵・・・
常日頃から無口で不機嫌そうで冷たい印象しかしない男だと彼と初めて会った者は誰もが言う。
身長190cm超える大柄な身体に威圧感があり、その見た目から金に薄汚く家族や領民を道具としか見ていない・・・
そして逆らう者には情け容赦はしない・・・これが一般的な彼の評価だ。
彼のエピソードを一つ話そう。
数年前のある日トゥーロン伯爵は自分の執務室に居た。
身体が大きいので執務用の椅子も机も一般的なモノよりかなり大きい。
そんな彼の前に8歳の娘が立つ、そして・・・
「おとう様、毎日おしごとをがんばっているおとう様にクッキーをやいたのです」
そう言って執務室の椅子に座る伯爵の前にクッキーを差し出す娘。
見るからに不恰好な子供が作ったのがモロに分かるクッキーだ。
日頃から美食の限りを食べ尽くしているであろう彼には、とても食べられたモノではないだろう。
彼は不機嫌そうな顔のまま立ち上がり娘の前に立つ。
まさか?!娘の事を蹴り飛ばすのか?!と思った瞬間!
スッと娘の前に実に美しい所作で正座した?!?!
まるで茶道で座布団に着席するかの様な美しさだった・・・そして、
「ミリアリア、クッキーはここで食べても良いのか?」
と娘に話し掛ける、巨大なので正座で座っても娘と目線が合わないのが悲しい。
「はい!おめし上がり下さいませ!おかあ様にもきょかをいただきました!」
そう娘に言われて早速クッキーを一つ摘んで口に放り込む伯爵。
口も大きいのでクッキーなど一飲みにしてしまう。
そして・・・
「うん!美味しいぞ!ミリアリア」
とても美味しかったとは思えない程の渋い顔なのだが幾分嬉しそうな声にも聞こえる?
「やったー、こんなに喜んでいただけるなんて!作って良かったです」
娘のミリアリアは大喜びだ・・・伯爵は喜んで・・・いるのか??え?どこが???
すると伯爵は立ち上がりクッキーの乗った皿を自分の執務用の机の上に置きミリアリアを抱き上げて席に座り直す。
自分の膝の上にミリアリアを座らせて皿に乗っているクッキーをもう一つ口に放り込む。
「うん!実に美味いぞ、ありがとうミリアリアよ」
「えへへへへへ」メチャクチャ照れ笑いのミリアリア。
そして実際にクッキーは見た目に反して凄く美味しいのだ。
食堂の料理長が丹念に生地を練り上げて、グレンダが作った不恰好な造形を壊さず焦がさず絶妙かつ入念な計画の元に見事に焼き上げたのだ。
菓子職人のプロの技!ここに有り!なのだ。
未だに不機嫌な顔をしている伯爵だが、家族や親しい友人達からして見れば、「感情がすぐに顔に出て分かり易い」らしいのだ?
娘のミリアリアの反応を見る限り、今の伯爵はメチャクチャ喜んでいるらしい??
そして仕事に戻り、書類を見ながらミリアリアの頭を優しく撫でる伯爵。
すると、扉からノックの音がして「メリッサです。入ってよろしいでしょうか?」と伯爵の奥様が執務室に来たのだ。
「うむ、入っても大丈夫だぞ」そう伯爵が答えると夫人が執務室に入って来た。
そして伯爵の膝に乗り机の下からピョコンと顔を出しているミリアリアを見て。
「まあ!2人とも楽しそうですね、わたくしも仲間に入れて下さいまし」
そう言って近づく夫人を不機嫌そうな顔で見ている伯爵。
伯爵とミリアリアに近づいた夫人は夫である伯爵の頬にキスをすると、伯爵もお返しに夫人の頬にキスをしてからミリアリアのオデコにもキスをする。
・・・・・・・・・・・どうやら噂とは全然違う人物の様だ。
トゥーロン伯爵はとても「父性愛」が強い人物で、家族をとても大切にしている。
王家に対して絶大な忠誠心を持ち、溢れる「父性愛」から領民に対しても底抜けに優しい。
そして見た目同様にとても武力も強い人物なのだ。
醜悪な噂話しは王家からの信頼が厚いトゥーロン伯爵を疎ましく思っている貴族が流しているデマだ。
トゥーロン伯爵は自分の伯爵領領主と兼任して「近衛騎士団長」も勤めており、
今回の「大粛清」においても常に王家の先陣に立ち多くの戦果を上げて「大将爵」への就任も決まっている。
「大将爵」とは軍部独自の爵位で軍内に於いては「侯爵」と同等の権限を持つ。
つまり「辺境伯」より一つ上の身分になる。
正しく「辺境伯家」に並び王家の「懐刀」と言えるだろう。
そんなトゥーロン伯爵がなぜ学園に?と不思議に思ったファニーだが、挨拶をする為にヤニックとトゥーロン伯爵の元へ急ぐファニー。
「ヤニック王太子殿下、ご機嫌麗しゅう御座います。
トゥーロン伯爵閣下、ヴィアール辺境伯爵家の娘のファニーがご挨拶させて頂きます」
ヤニックとトゥーロン伯爵の前でカーテシーで挨拶するファニー。
「おお!ファニー王太子妃殿下、お久しぶりに御座います」
めちゃくちゃ不機嫌そうな顔をしながら優しい声と美しい貴族の礼を取るトゥーロン伯爵。
どうやら彼は表情筋が誤作動して笑うと顰めっ面になる様だ。
つまり不機嫌そうな顔になればなるだけ喜んで笑顔でいると言う事だ。
何とも難儀な体質である。
その事が分かれば・・・なるほど、「すぐに表情に出る」との話しは分かる。
常に不機嫌そう=常に笑顔でいる・・・のだ。
なので彼を良く知る者は彼の不機嫌そうな顔を見ると安心するのだと言う。
そして彼は戦場以外では優しい性格なので日頃の大体は顰めっ面なると・・・
ちなみに戦場では、不機嫌どころか悪鬼、憤怒の表情になるらしく相対した敵の恐怖は計り知らぬとの事だ。
「本当にお久しぶりですわ閣下。
・・・・・・・って!ええ?!「王太子妃殿下」とは?!」
余りに自然にトゥーロン伯爵がファニーをそう呼ぶので流してしまいそうになったが「王太子妃」呼びに驚くファニー。
「はははは、これは気が早かったですな」
そう笑うトゥーロン伯爵だが、やっぱり顔は怖かった・・・