戦乙女の英雄 その18
王立学園で留年した王太子ヤニック・・・
本人的にも「ああ・・・これもう、どう取り繕っても無理だな・・・」と悟り、完全開き直った。
この辺りの決断の速さは流石の勇者ヤニックである。
しかしその愚か者の開き直りを絶対に許さない女性が1人居た。
その女性はファニー・・・では無く、ヤニックに勉強を教えている元同級生、現上級生のヤニックの専属家庭教師と化しているリアナ先生である。
「殿下!!!何で教えた所を忘れているんですか!最初からやり直し!
1ページ目から読み直しなさい!!!」
バトル脳全開で教えて貰った勉強の事を完全に忘れたヤニック・・・
お前、本当に「思考加速」持ちなのか?
まぁ、記憶力と思考の速さは別なのだが、ヤニックは新しい事を覚えると古い事を記憶の隅に追いやる癖がある様だ。
「はい!すみません!リアナ先生!!」
留年した分際で正式な婚約者となったファニーとイチャラブ学園生活を送れる訳など無く、勉強漬けの毎日になったヤニック。
貴族院からの期待を一心に背負いリアナ先生は燃え上がった!
このダメダメな生徒を自分が何とかせねば!との使命感が彼女を突き動かす!
ちなみにこのリアナ先生は次の王立学園の学園長になる人物だ。
王弟殿下のエヴァリストより「ヤニックに対する如何なる不敬も無罪」の免罪符を持ち、
ヤニックをしばき回す!!
大変良く出来た婚約者のファニーは、二人の勉強の邪魔をする事も無く、友人のエスティマブル公爵令嬢達と楽しい学園生活を送っている。
と言うより「リアナ先生!殿下を何とかして下さいまし!!」と心から願っている。
そんなヤニックに更なる追撃が入る!
「お前・・・マジで馬鹿なのか?どうしょうもねぇな」
「すみません・・・」
ここまで散々ヤニックに手を貸したもう1人の兄貴分の勇者ジャックも短い言葉ながらも辛辣にヤニックを貶す。
心優しき常識人の勇者ジャックにここまで言わせるヤニックは相当だな。
地味にジャックからのこの一言が1番堪えたヤニックであった・・・
それからと言うもの、ほぼ勉強しかしていない王太子ヤニックは学園内で埋没して存在感が全く無くなった。
そして何のネタ・・・何事も無く一年が経過してファニーは進級した。
学園小説物には欠かせない「生徒会長」は王太子ヤニックの自爆により次に身分の高いエスティマブル公爵令嬢がずっと務めている。
そしてファニーはずっと副会長を務めている、ヤニックは生徒会にすら入っていない。
ヤニック・・・お前、マジで何してくれてんねん!
存在感は無いが王太子は王太子、節目節目の行事には、ちゃんと王太子として参加はしていたので周囲からは次代の王だと認識はされていた。
そして良からぬ輩が婚約者のファニーを狙うのだ。
「ファニー嬢、ちょっとお話しが・・・」
「よし、その話しは私が聞こうか、ちょっと裏に来い」
「何だ?!伯爵令嬢如きが!!!うわああああ?!」
そんな輩はファニー専属護衛となったフローラ伯爵令嬢がバッタバッタと薙ぎ倒して行く。
そして・・・大事件が起こる。
「お嬢様!大変です魔物が!!・・・・・・・あれ?魔物?どこ行った??」
「魔物って、どうなされたのです?」
キョトンとするファニー、実はファニーの命を狙って30体程のブラックファングが寄宿舎へ放たれたのだ。
しかしヤニックが速攻で全ての魔物を転移陣で荒野へと飛ばして事なきを得ていたのだ。
こんな感じにファニーを害そうと送られる魔物はヤニックが随時瞬殺して行く。
何せ、ヤニックの索敵能力は勇者でも最高クラス、そう易々とファニーの暗殺などは出来ないのだ。
そして魔物から伸びていた魔力を辿り魔物を送り込んだヤツも掃討して行く。
「殺す・・・」ヤニックの周囲の空気が震える!
大元を突き止め、ゴルド王国に組みして国家転覆を謀ろうとした侯爵の館にヤニックが単身で殴り込みを掛ける!
単独と言っても館の周囲には300人以上の冒険者が包囲して警戒している。
「イノセントマスター!殿下だけを行かせて良かったのですか?!」
若い冒険者の男が冒険者ギルドマスターのイノセントに食って掛かる。
「んー?まあ良くはねぇが、野郎のストレスも限界だろうよ。
猛獣はたまに暴れさせねえと大爆発しちまうからなぁ・・・発散させねえとな。
とばっちり食らうとお前も死ぬぞ?黙って見ていろ」
イノセントがそう言った瞬間!
ドガガガン!!ゴオオオン!!バキバキバキバキ!!ドオオオオオン!!
館から凄まじい破壊音が鳴り響き、続けて「ぎゃああああああああ!!!」と複数人の断末魔が聞こえて来る。
「な?悪い事は言わねえ、怒ってるヤニック王太子殿下には絶対に近寄るな」
命令だぞ?と笑うイノセント。
「は・・・はい・・・大人しそうに見えて殿下って怖いんですね?」
「怖いってか「ヤベェくらい怖い」ぞ?何せ野郎は「神虎」だからな」
「神虎・・・」ブルルルと震える若い冒険者の男。
一体館の中で何が起きてるのか・・・姿が見えない「神虎」に恐怖で慄く冒険者達であった。
「やややややヤニック王太子殿下??如何なされたのですか?
こんな真似・・・貴族院が黙ってませんぞ?!」
唾を撒き散らせながらヤニックを非難する侯爵・・・それ逆効果じゃね?
「あ?貴族院だぁ?知るかそんなモン。
殿下如何なされた?・・・・・じゃねえよ、テメェ・・・」
200人程いた護衛を1人で拳のみで全員半殺しにして全身返り血で血塗れのヤニックが侯爵の部屋へヌルリと入って来る。
勇者覇気が高密度の魔力オーラとなりヤニックの身を包んでいる。
そのオーラに触れた食器棚が・・・
バシーーーンンンンン!!バキバキバキバキバキバキ!!ゴオオオ!!!
轟音を上げ爆発四散して燃えて灰になる。
「ひいいいいいい???何だこれは?でで殿下ぁああ??」
「テメェよお・・・誰を殺そうとした?ああ?」
キィーン・・・ヤニックの持つ槍の矛先が侯爵の喉笛に触れる・・・
侯爵も見ただけで解る、鍛えに鍛え上げられた戦槍の矛先だ。
この矛先に何人の男が貫かれたのか・・・
「ひいいいい???」
勇者覇気・・・いや勇者怒気をまとも受けて恐怖の余りにズボンを濡らす侯爵。
「テメェ・・・ファニーを殺そうとしただろ?
俺ぁファニーに何かするヤツは全殺しって決めてんだよ、死にてぇ見たいだな?
なあ?侯爵さんよぉ」
「おおおおおお助けを・・・」もうガクブルの侯爵閣下。
この時の侯爵はヤニックを目立たないダメ王太子と決めつけて侮っていた事を心底後悔したと言う・・・
コイツは「虎」だ!猛獣・・・いや!それ以上の何かだと魂に刻み込まれたのだ。
「・・・最後に聞くがテメェはファニーの奴隷になる気があるか?
生涯を賭けてファニーを守るってんなら命は・・・」
「なります!ファニー嬢・・・いいえ!ファニー様の奴隷になります!!」
「その言葉を違えたら世界の果てまで追い詰めて・・・殺すぞ」
「肝に・・・いいえ!いいえ!命に変えてもファニー様をお守り致します!」
侯爵の心からの言葉を聞き、カシャンと槍を降ろすヤニック。
そして・・・「エクサヒール!!!」広範囲回復魔法を発動させる。
ヒュイイイインンンンン!!魔法効果が館の全てに広がる。
このヤニックの回復魔法で半殺しになっていた侯爵の部下達が瞬時に回復する。
しかしヤニックにしこたま殴られたので気絶したままだが。
「ひいいいい?!これほどの回復魔法まで・・・ひいいいい・・・
なんて・・・なんて事だあああ??・・・ああ!!もしや・・・勇者?!?!」
やっとヤニックの正体に気づいた侯爵。
「じゃあ、ファニーの件、よろしくお願いしますね!侯爵!」
そう言って満面の笑顔で部屋を去って行くヤニック。
その笑顔に腰が抜けて尻餅をつき、ズボンから床へ染みを伸ばす侯爵・・・
いや!こんなの王子様の戦い方じゃねえよ!マジで怖えよ!!
その後、この侯爵が率いる軍団がファニーに絶対忠誠を誓う王妃専属近衛兵団となるのだが、それはまだ先の話しだ。
こうして裏で着々と自分よりもファニーの味方を作って行くヤニックだった。
☆
「お父様・・・辛い、辛いです。ここまでのお話を聞いてラーナは辛いです。
嫌な予感はしていましたが若い頃のお父様がこんなに酷かったなんて・・・
王太子が留年ですか?そして殴り込みですか?本当なのですか?辛いです。
ラーナは、お父様には「偉大で優しい父」でいて欲しかったです・・・」
「ラーナ?!お前達が是非とも聞きたいと言うから私も恥ずかしい昔話をしているのに?!」
「なあ?酷いだろ?コイツ。
こうやって、いっつも俺やクルーゼの兄貴が尻拭いするんだぜ?
シーナが前に「幻夢の銀仮面」だあー!とか、はっちゃけても、コイツが叱れ無かった理由が分かっただろう?
なにせコイツの方がもっと酷かったんだからな、人の事は言えんだろう?
シーナの奇行なんて可愛いモンだろう?」
「イノセント兄貴?!」
「おっ!お母様?!これ本当の話しなんですか?!冗談ですよね?!
これ、「戦乙女の英雄」じゃ無くて「奇天烈な凶暴王子様」ですよね?!
そんな事はありませんよね?!」
「シーナ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ここからが本当に酷いですわ」
「なんだってーーーーーー??!!」