戦乙女の英雄 その10
王太子ヤニックは真剣な目でデートリヒを見ていた。
「僕の愛しいファニーをイジメるとは!」なんて事は考えていない。
《うーん・・・強い!どうにか彼を側近に加えないとな・・・》
めっちゃ真面目に王太子業をしていたのだ。
《うーん・・・ファニーと戦いたかったけど・・・これは仕方ないかな?》
ヤニックもファニーがデートリヒに勝つのは難しいと判断していた。
ピキーーーーーーンン!!
このヤニックの考えは以心伝心、ファニーにダイレクトに伝わった・・・
《ぐぬぬぬぬぬぬ~・・・殿下ぁ・・・このわたくしが何もせずに負けるとでも?》
《えー?、だって彼、強すぎるじゃん?ファニーじゃ無理だって》
《やって見ない事には何も分かりませんわよ?!馬鹿にしないで下さる?!》
無意識の内に思念波を使い口喧嘩をするファニーとヤニック。
ファニーが思念波を使える訳が無いと思っているヤニック、自分が思念波を使える訳が無いと思っているファニー。
そんな二人の思いから発生した珍事だった。
《見ていなさいよ!!一寸の虫にも五分の魂!!見せてやりますわ!!》
そう思念波でヤニックに怒鳴りデートリヒをキッと睨んで棍を大きく数回、回転させて片足を前に出して体重を掛けて下段に構える独特の構え、ヴィアール流槍術の構えを取るファニー。
するとデートリヒは、「おっ?!」と言った表情になり嬉しそうにニヤリと笑い構えを変えた。
デートリヒも数回棍を大きく回転させて腰をギリギリまで落として槍を後ろ手に構える、メルクル流槍術の構えだ。
デートリヒは少し寂しかったのだ、ヴィアール家の戦乙女の英雄と戦えると喜んでいたのに当たり障りの無い槍術をファニーが使った事に。
ここからが真剣勝負だ!とばかりにバチバチ睨み合う二人。
主審の教師は、「お前らは・・・基礎を見る大会なんだけどな」と苦笑いをして、
「始め!!」と合図を出した!
ファニーは下段から上段に棍を斬り上げて上段から下段へ斬り落とす!
ヤニックの言葉にめっちゃムカついた事で肩の力が抜けて鋭い攻撃になる。
デートリヒはファニーの斬り落としを棍を両手で掴み、ガギィーーーン!!と棍同士とは思えない衝突音を立てて正面から受け止めた!
「ぬぐぐぐぐ!!グウウウウウウ!!!」
ギリギリとデートリヒを斬り潰そうとするファニー!
だが力負けしている分かるや否や身体を一回転させて横の撫で斬りに切り替える!
カァーーン!!
今度は軽快な激突音を立ててぶつかる両者の棍。
「まだまだぁーーー!!!」
身体を回転させながら連続で薙ぎ払うファニー!
デートリヒも連続薙ぎ払いを冷静に払い退けながら反撃の突きを入れる!それをギリギリで避けるファニー!
カアーン!!カカーーン!
両者が白熱して学生と思えない打ち合いを繰り広げる!
「「「おおおおおーーー?!」」」
今まで静かだった大会会場に初めての歓声が起こる、気迫で押し捲るファニーに対して冷静に捌いて的確な突きでドンドンとファニーを後ろに追い込むデートリヒ。
そしてここで・・・
「一本!!そこまで!」主審の無情な声が響く。
「えっ?」有効打を受けても入れてもいないファニーは主審の声に唖然とする。
「あっ・・・」
ここで自分の足が場外のラインを完全に越えてしまっている気が付いたファニー。
全然、互角では無かったのだ・・・完全にデートリヒの間合いに引き込まれて押し込まれていたのだ。
力負け・・・完敗を悟ったファニー。
ファニーの反則でデートリヒに一本入る、これで終わりだ。
「二本先取!!勝者デートリヒ!!」オオオオオオオ!!!
こうして意気揚々と挑んだ武闘大会でファニーは予選の一回戦で敗退した。
「ありがとうございましたわ、凄くお強くて驚きましたわ」
デートリヒにニコリと微笑むファニー。
「んっ!」デートリヒは笑みを浮かべて頷く。
「あ・・・あら?随分と無口な方なのですね?」
後の第二軍軍団長のデートリヒ・・・彼のあだ名は「静かなる猛禽」と言われる程にマジで無口な男なのだ。
正に小説の世界においての天敵!
その為に設定は初期の段階で既にあった強力なキャラクターだったに、今までの他のシリーズにも出て来れなかった男なのだ。
ちなみに話すセリフは「んっ!」のみ。こんなの小説でどないせいちゅーねん!
これが国王ヤニックに対してもそうなのだから恐ろしい男だ。
未来の国王ヤニックいわく・・・
「んっ!」の言い方で何を考えてるか分かると言うからヤニックも大概なのだ。
終了の礼が終わるとファニーは悠然と大会会場を後にしたのだった・・・
そしてヤニックの出番が来る。
その後の武闘大会の槍術の部門はデートリヒが優勝したらしい・・・と人伝に聞いたファニー。
らしいと言うのはファニーが大会の続きを見ていないからだ。
ヤニックは準々決勝までは勝ち上がったがデートリヒには負けた。
手を抜いた訳で無く、武術においては拳闘士のヤニックが生粋の槍使いのデートリヒに槍術での技術戦で挑む事自体が無謀でほぼ何も出来ずに完敗したらしい。
「ワハハハハ!!ダッセェな、ヤニック!!」
負けて控室に戻り従者のクルーゼに爆笑されたヤニック。
「うぐ・・・」何も反論出来ない完敗をしたヤニック。
「まぁ、あんまり専門職を舐めるなって事だ」
殺し合いならヤニックはデートリヒに勝てるだろうが純粋な技術を競うならヤニックはまだまだ未熟な少年に過ぎ無い。
「また修行のやり直しだなヤニックよ」
「はい・・・よろしくお願いします」
今回はヤニックもかなり凹ませられた武闘大会になったのだ。
さて武闘大会を見ていないファニーはその時に何をしていたか・・・
そのままギャン泣きながらフローラに借りた騎士服を着たまま一人馬に乗ってヴィアール辺境伯領へ帰っちゃってた!!
エッグエグと泣く娘ファニーを見て手に持っていた夕飯の豚の照り焼き50人前を落とす母スージー、それを15m飛んでダイビングキャッチする護衛の騎士!
自分の夕食をおかず無しにしてなる物か!!騎士は己れの限界を超えたのだ!
じゃあ夫人に持たせないで自分で持てば良いじゃん?
それをやると「護衛騎士が剣を持たないでどうするのです!」と逆に夫人の叱責を受けるから持て無いのだ。
「ぶえんぶえんふぇーどりひざまにふぁてふぁへんれひたぁ~。
わああああああああああんんんん!!!」遂に大声で泣き出したファニー。
何を言ってるが全然分からん!とスージーは思ったが、ファニーが何かに負けた事は分かった。
そしてファニーの他に帰って来た人間も居ない事にも。
「トリーお姉様まで置いて帰って来るなんて・・・」
ギャン泣きした娘に膝に抱き付かれて困り顔の母スージー。
ファニーが泣いて泣いて仕方ないので膝枕をしてファニーの頭を撫でる・・・ちなみにここは玄関先だ。
本館の調理場から皆んなの夕食を運んでいる最中だったので。
ファニーはいじけて捻くれるとマジで長いのだ。
「はあ・・・これからどうしましょう?」
母スージーはここまでいじけた娘ファニーを見た事が無い・・・これは長くなりそうだとため息を吐いた・・・
同じ時間のヤニックはクルーゼとイノセントにボッコボコにされていた。
比喩で無くマジでフルボッコだ!
「悔しいのは分かるけどよ・・・こんな修行は身にならんぜ?」
木剣を肩に担いで呆れ顔のイノセント。
「二人掛かりで攻撃して下さい!」とのヤニックの願いを叶えた訳なのだが?
二人は当然手加減をしているがヤニックは血だらけのボロボロになっている。
「いえ・・・このまま寝ても悔しくて、のたうち回るだけなので動けなくなるまで付き合って下さい!
怪我は回復魔法ですぐ治せますから!」
勇者になる為の修行でハイエルフのイリスにボコられてた時を思い出すヤニック。
「・・・たく、しょうがねぇな」
ヤニックの気持ちが分かるクルーゼは遠慮なくヤニックをボコる事にした。
その後、気絶するまでヤニックをボコリ、回復魔法を掛けてベッドに放り込むクルーゼだったのだ。