戦乙女の英雄 その2
視察に来ていた王太子のヤニックがヴィアール辺境伯領の館に2週間も居座り帰る日が来た。
とは言えヤニックは客間でほぼ食事もせずに寝ていただけだが・・・
「あの人何しに来たのかしら?」
さすがに寝過ぎじゃね?と思ったファニーだがスティーブン辺境伯が、
「王太子に干渉は不可、他言も無用」と何故か厳命したのでファニーは客間の近くにも寄れなかった。
「そんな大袈裟な・・・」ファニーは思ったが、客間でヤニックは門外不出のエルフの立体式最高位魔法陣を展開して損傷した魔導回路の修復を頑張っていた。
「・・・・・」不思議な感覚に囚われるファニー、何かモヤモヤするのだ。
父親に「ほっとけ」と言われて「そうですか?それはありがとうございます」と言いたいのに何故か無性にムカつくのだ。
あんな病弱な王太子なんてどうでも良いのに・・・
ファニーがそれが一目惚れだったのに気付く為には暫くの時間が必要になる。
つまりファニーはヤニックに相手をして貰えず凄く寂しかったのだ。
「やっぱり、わたくしは王太子の事が嫌いだわ」
恋の事など知らないファニーはこの様に斜め上の解釈をする、ここから数年に渡る、
ファニー対ヤニックの戦いが始まるのだ。
「ありがとうございました辺境伯。おかげ様で何とかなりました」
ある程度の魔導回路修復に成功したヤニック。
とりあえず極大魔法を使わない限り大きな支障はなさそうだ。
「困ったらまた来なさい。いつでも歓迎するよ」
ガシっと握手するスティーブンとヤニック、それをファニーは黙って見ている。
「じゃあ、ファニー嬢も今度は「王立学園」で会いましょう」
「えっ?王立学園って何ですか?」
「あれ?聞いてない?王太子の婚約者候補は王立学園に通う慣例があるんだよ?」
「ええええーーー?!わたくし、そんなの聞いてません!!」
「あっ!言うの忘れとったわ、すまんファニー」
「お父様?!」
「あははは、向こうで会えるのを楽しみにしてますよファニー嬢」
「ままままま待って下さいまし!わたくし行くなんて・・・きゃん?!」
お尻を思い切り母のスージィーに抓られたのだ。
こうしてヴィアール辺境伯爵令嬢ファニーの王立学園への入学が決まった。
その夜ファニーは部屋の中をクルクルと歩きまわっていた。
イライラしているより困惑しての行動と言って良い。
「なんでわたくしが王立学園で王太子に会わないといけませんの?!」
その時を想像すると胸が高鳴って体温が上がるのだ!
「ああーーー!!イライラするーーーー!!」
それをファニーはイライラしていると結論付ける。
本当は恋する乙女が王子様に会えるとソワソワしているだけなのだが。
次の日の朝。
「お父様・・・それでいつから、わたくしは王都へ行けばよろしいのですか?」
ブスーと不貞腐れているファニー。
「ん?今日からだが?」何と気無しに答えるスティーブン辺境伯。
「はあああ?!」これには驚くファニー。
「お前は今日からトリーと王立学園の寄宿舎へ入るんだ」
「な?な?ななな!無理に決まってます!何の準備もしてません!」
「そうか?準備か?スージィー?どうなんだ?」
「全ての準備は終わって後はファニーがお風呂に入れば終了です」
「お母様ーーー?!」
これはファニーの性格を考慮しての作戦だ。
下手に時間を与えると「やっぱり行きませんわ」と言うのが目に見えているので問答無用で今日の出発して辺境伯領から放り出す方がこの娘には良いのだ。
既に1週間前に先発隊15名が王都に入り寄宿舎での部屋の準備をしている。
本当は叔母のトリーにも先発して欲しかったがファニーを問答無用で連行する者が必要なのでファニーと一緒に出発だ。
「学問の単位は?!絶対に足りてません!わたくしでは編入出来ません!」
ファニーの言葉にニヤリと笑うスティーブン辺境伯。
「まっ・・・まさかお父様、裏口入学を・・・」
「そんな訳ないだろう!」我が娘の斜め上の思考に思わず笑うスティーブン。
「ファニー?3週間前に学校でテストをしたでしょう?」
今度は母親のスージィーが説明を始める。
「えっ?ええ・・・中間テストを」
「その問題は難しかったですか?」
「えっ?・・・何故か問題の範囲は広かったですがそこまでは・・・」
「それが編入試験だったのよ、おめでとう楽勝で編入合格だそうよ?」
「我がヴィアール領の学問のレベルを侮ってはならんぞ!わはははははは!!」
「ふええええ??!!」
まっ・・・まさかこんなに事前から念入りに計画されていた話しだったなんて・・・
ファニーは自分の両親に目眩を覚えた。
しかしファニーも生粋の貴族令嬢、みっともなく食い下がる事はしない。
何より父・・・辺境伯家当主からの命令だ。
「わかりましたわ、ファニー・フォン・ヴィアール。
本日、辺境伯領から王都の王立学園寄宿舎へ向かいますわ」
涼しげな声でそう答えたファニー・・・
その表情は・・・滅茶苦茶、幼児の様に不貞腐れていた。
ブッスーーーーー。
「うむ!しっかりとなファニー」
対してスティーブン辺境伯は笑顔で娘を送り出したのだった。
マジで辺境伯領から放り出されたファニー。
付き添いのトリー女史と共に馬車でゴトゴト揺られている。
割と危険な道中なのでイケメンの護衛騎士・・・ヴィアール辺境伯軍の一個連隊、1500名を連れて行軍?だ。
「もう諦めなさいファニー」
「はあい・・・ううー」ファニーはまだまだ不貞腐れているのだった。
この1500名の連隊もほぼファニーの逃走防止だ。
この娘なら逃走した次の日に隣国のレストランでウェイトレスをしていても驚かない。
どこに居ても何とか生き残る事が出来るのだ。
「おーい、魔物が来たぞー」馬車の外から気の抜けた声が聞こえて来る。
「サーベルタイガーじゃん魔物じゃねえよ」
「よしよしどうした?腹減ってんのか?干し肉くうか?」
サーベルタイガーは猫科の動物だ・・・って知ってるか。
「ああ、アイツらから逃げて来たんだな、ブラックファングウルフの群れだ」
ニャー!ニャーニャー!怯えるサーベルタイガーは見た目そぐわない可愛いらしい声を出す。
「よしよし、怖かったな」ニャーニャニャー!!
「ようし!アイツらブッ倒して昼飯のおかずだな」
「おし!いくぞぉ!昼飯!!」
ガキィーン!!ガガン!、キャインキャインキャイン!!ニャー!キィイン!!ニャー!!「おらおらおらーー!!」キャイ~ン!
めっちゃ外がマジ喧しい!!
そんな大騒ぎを聞きながら「はあぁーーー」ファニーは大きな溜め息をついた。
そして3時間後・・・
「盗賊だー!」そんな声が聞こえて・・・
「ええ?!」めっちゃ驚くファニー。
そりゃそうだ一個連隊1500名の兵団を襲うには攻勢側の盗賊は同数以上の兵力で掛かる必要がある。
しかもヴィアール辺境伯軍はピアツェンツェア王国のバリバリバリの正規軍、
いや王家直属の親衛軍とも言って良い、襲えば反乱と見做され国内の軍団全てからの討伐対象だ。
「あ・・・いえ!僕達そんなつもりじゃないです!」
「じゃあどんなつもりだったんだよ?」
「たまたま通りかかっただけです!」
「ほ~う?武器持って?」
「この辺り魔物が多いでしょ?それで・・・」
どうやら偵察もしないで先行部隊を商人の旅団と勘違いして襲おうとしたらしい。
するとすぐ後ろに完全武装の正規軍か居て慌てて降伏した様だ。
「はあああああ、馬鹿ばっか・・・」
「ファニー?みっともない言葉を使うのはやめなさい」
「はあい」
とりあえず未遂だったのと嫌疑も不十分なので、
「じゃあ何もやましい事が無いならこの先の街の憲兵隊の所で申開き出来るよな?」
と同行させる事にしたらしい。
ファニーがチラッと見ると盗賊は軽装歩兵50人程度、よくこれで先行部隊を襲おうと考えたもんだとファニーは呆れた。
ちなみに先行部隊は戦闘用の馬車7、随伴重装歩兵85名からなる。
もし戦えば、戦闘用馬車から35連のバリスタの集中攻撃で近づく前に全滅だったろう。
馬車と言っているが6頭立ての馬が引いてる「鉄製の戦車」と思ってくれて良い。
1両にバリスタ3門、魔導榴弾砲2門を搭載している、マジモンだ。
「6頭立てだったんでお金持ちかな?って・・・」
憲兵の尋問に対しての頭目のアホ過ぎる言い訳である。
余罪も少しあったので犯罪奴隷に落とされて懲罰農園での強制労働になったらしい。
正直言って罪の割にかなり軽い処分であった。
馬鹿過ぎて憲兵隊からも同情されたのもあったが、今まで人殺しはしていなかったので軽い処分で終わったのであろう。
どうやらカツアゲ行為に近かったらしい。
そんな事をしてたら王都に到着してしまった。
同行した連隊はそのまま王都防衛の任務付いていたクロッセート侯爵領軍と任務の交代するらしい。
令嬢の護衛にこんな大軍を付ける訳が無く、単に国からの要請で動いていたヴィアール辺境伯軍の正式な軍事行動にファニーが随伴しただけと言える。
「じゃあお嬢、頑張ってね」ヴィアール辺境伯領軍の兵士と別れたファニーは王立学園の寄宿舎へと向かう。