戦乙女の英雄 その1
ピアツェンツア王国の北東部にヴィアール辺境伯領がある。
その歴史は古く、ピアツェンツア王国が建国される前から存在して一時期は共和国として独立していた事もある。
ピアツェンツア王国の初代国王もヴィアール辺境伯領出身で五代目国王ライモンドもここの出身だ。
つまりモロに王族の一門なのだが、その土地柄せいか代々中央権力に全くと言っていい程興味を示さず辺境伯家を貫き続ける妙な家門と言える。
又従兄弟の現国王から公爵家になんね?と言われて断る時の文句が・・・
「だってマジめんどくせぇじゃん?」現当主の有難いお言葉だ。
そんなヴィアール辺境伯家の長女、14歳、ファニー・フォン・ヴィアール。
ご多聞に漏れず彼女の変わり者だ。
令嬢が好みそうな物に一切興味を示さずに今日も愛槍を片手に魔物退治に精を出す。
少女とは思えない槍捌きで武功を重ねて付いたあだ名が、
「戦乙女の英雄」と厨二病満載の通り名を頂戴した。
母のスージィーに「今日は照り焼きにしたいから「ジャイアントベアー」を狩って来て」とお使いを頼まれて森に入ったのだが、ちょっと狩り過ぎた・・・
「はぁ・・・仕方ないですわ」
よっこらせー!と一番大きなジャイアントベアーを担いで歩き出すファニー。
今日は6往復せねばならない。
ちなみにジャイアントベアーの体重は800kgほどだ。
身体強化魔法の使い手のファニーは1200kgまでの獲物なら問題なく担げる。
「2000kgまでは担げる様になりたいですわ」と修行にも余念が無い。
今日は他に予定もないので散歩がてらにブラブラ歩く事にした。
ジャイアントベアーの死体から血が流れて自分の服を汚しているが気にしない、むしろ血抜きの必要が無くて楽だわーとか思っている。
森を抜けて自分の家のヴィアール城塞都市に入ると街中が騒がしい。
いや、この街は年がら年中騒がしいのだが今日は質の違う騒がしさだ。
「何かあったんですの?」
「おお!立派なジャイアントベアーだな!お嬢様、・・・マジで美味そうだ・・・
ああ!いやね、王家の王太子殿下が視察に来たんだよ」
「視察?そんな話し誰からも聞いてませんわね・・・
・・・まぁ、わたくしには全然関係ありませんわね」
自国の王子様の訪問に全く興味無しのファニー。マジどうでも良いのだ。
今日はまだまだ獲物の搬送をせねばならぬのだ!
王子様なんざどうでも良いのだ、父と兄が対応するだろう。
「おお!立派なジャイアントベアーですね!」
「今日は照り焼きらしいわよ?」
「マジっすか?!やったぜ!」
誰も「お嬢様!私がお持ちします!」とは言わないこれが日常、平常運転だからだ。
のっしのっしと歩くファニー、館に近づくと見慣れぬ一団が居た。
「ああ・・・アレが視察団ですわね」
我関せずと挨拶もせずに横を通り過ぎたファニー。
すると男達はギョッとした表情になり、一人の少年が走って近寄って来た!
「大丈夫か君!血だらけじゃないか!」
どうやらファニーの服にべっとりと付いた血を怪我と勘違いした様子だ。
「ご心配には及びません、この血は討伐したジャイアントベアーの返り血です。
急ぎますので失礼致します」
凄い塩対応だが本当に急いでいるのだ森に残してきたジャイアントベアー5体を早く回収せねば鮮度が落ちてしまうのだ。
「討伐?ジャイアントベアーを?君が?!!!うお!」
ここで初めてファニーがジャイアントベアーを担いでいる事に気がついた少年。
普通は少女よりジャイアントベアーに目が行くはずだが?
《変な人・・・》これが少年・・・王太子ヤニックへ対するファニーの第一印象だ。
ヤニックがジャイアントベアーの発見に遅れたのは死骸なので「脅威無し!」と無意識のうちに注意から外したからだ。
これは、長い間ずっと地獄の戦場にいた者にしかわからない感覚だ。
そんなヤニックをファニーは「変な人」で片付けてしまい「強いかも知れない」との考えを完全に排除してしまった。
これは今後ファニーがとんでもない恥ずかしい思いをする原因になる。
加えてヤニックはファニーから背を向けた状態で匂いだけで「血塗れの少女が居る!」
と分かったのだ相当鋭敏な感覚の持ち主の実力者であると予想が出来る。
チャンスは多くあったのにファニーはジャイアントベアーの事ばかり気にして本当の意味での人生に関わる運命の出会いに気が付いていない。
「これは今日の晩御飯です」
「晩御飯?ああ、そうか照り焼きか」
「えっ?」
「ああ、何でも無い」
「ファニーよ、丁度良いこちらが王太子のヤニック様だ」
お父様!この忙しいのに余計な事を!「チッ」とファニーは心の中で舌打ちした。
「ご紹介に預かりました。ファニー・フォン・ヴィアールです。
王太子様の御前にてこの様な見苦しい姿で申し訳ございませんでした」
「ヤニック・フォン・ピアツェンツェアです。
よろしくお願いします、ファニー嬢」
こうしてお互い素っ気無い挨拶を済ませて別れた。
ファニーが全てのジャイアントベアーを回収している間にファニーにとっては恐ろしい密談がされていたとはファニーは考えてもいなかった。
そして王太子への歓迎の晩餐会。
血塗れファニーは叔母のトリーに風呂にぶち込まれて丸洗いされて、ちゃんとした令嬢の姿で現れた。
パッと見た感じは清楚な貴族令嬢にしか見えない。
ヤニックとファニーの席は離れていたので特に会話などは無く淡々と晩餐会進み・・・
と言うか全員が飯を一心不乱に貪り食っていた。
ヴィアール独特のルール「飯は早いモン勝ち」のせいだ。
とりあえず腹に飯をぶち込んでおかないと夜中腹減って辛いのだ!
そうしてある程度晩餐会・・・晩飯を食い終わるとようやく歓談が始まった。
普通で考えたら王太子相手に無礼千万の晩餐会だが王太子本人と侍従は全く気にしていない・・・
と言うより辺境伯側の連中と一緒になって、めっちゃ飯を貪り食っていた。
ある程度話しが進むとスティーブン辺境伯が今回の視察の概要の説明を始めた。
「・・・お父様?今なんと?」
「ん?照り焼きは美味いと言ったが」
「違いますよ辺境伯、ファニー嬢を私の婚約者候補にしたいと言ったのです」
「・・・正気ですか?殿下?」
「本気ですよファニー嬢」
「・・・そうですか」
何で私が!とかは言わない、ファニーも辺境伯家の令嬢だ。
今回の婚約話しがご多聞に漏れず政治色の強い話しなんだろうと思った。
実際には戦場帰りのヤニックに普通の令嬢では相手にならないだろうと戦乙女の異名を持つファニーに会わせて見ようか?と国王と辺境伯が画策した話しだ。
ヤニックはファニーが気に入った・・・と言うより気になったので今回の話しに乗っただけで現時点で好きでも嫌いでもない状態だ。
婚約者候補となってようやくファニーはヤニックを真面目に観察する。
主に武力の面で。
「残念・・・」
「何が残念なんだい?」
「いえ、もう少し照り焼きが欲しかったな・・・と」
ファニーが頑張って狩って来たジャイアントベアーは腹を空かせた館の戦士達にあっという間に食い尽くされた、イナゴの様な連中である。
食えない内臓以外は骨までダシ取りに使われて消滅した。
人間恐るべし!である。
ここでファニーは2回目の重大な失敗をする。
ヤニックから気力も魔力も大して感じられなくて「コイツ弱い」と一瞥しただけで安易にヤニックに弱者の烙印を押してしまったのだ。
ファニーが戦乙女と呼ばれて強いと言ってもヴィアール地方内での事。
「世界の上位クラス」のヤニックの偽装に気がつく事は無かった。
ちゃんと真剣に観察すればヤニックの強さを何となく判別出来たのに関わらずだ。
《まあ、わたくしが王太子妃に選ばれるなんて事は無いですわね》
ファニー自身も自分が貴族令嬢らしく無い事は自覚している。
ヤニック王太子様は見目麗しい人と婚約すれば良いとしか思ってない。
自分はここで適当に夫を探して兄の手伝いをしていれば良いとも考えてる。
そしてヤニックの方は・・・
とにかく今は休みたいのだ!寝たいのだ!
「この様の俺を視察に繰り出すとか鬼ですか?!父上!」
黙示録戦争が終わりボロボロになりながらクルーゼに担がれて北の大陸から長旅を経てようやく城に帰還した息子を見ての国王のセリフに唖然とするヤニック。
「いや、だからこそヴィアールで休んで来いと言っている。
ここにおっても明日から晩餐会に舞踏会の連続じゃぞ?お前が良いなら良いが・・・」
「ヴィアールへ行って来ます父上!!」
「すまんがクルーゼも付き合ってやってはくれぬか?」
「んー?、まあ、良いぜ」
こうしてヴィアールに寝に来たのだ!とにかくヤニックは眠いのだ!
この晩から1週間寝込むヤニック。
「なんて体の弱い王太子・・・」
また盛大に勘違いしてしまうファニーだった・・・