うさぎさんになったおかあさん
すずちゃんは、おかあさんとふたりぐらし。
おとうさんは、おしごとで、がいこくにすんでる。
おかあさんのおしごとは、すずちゃんを、げんきにそだてること。
あさごはんをつくって、すずちゃんのおべんとうをつくって、すずちゃんをようちえんに、おくりむかえする。
おひるには、おうちで、おそうじ、おせんたく、おかいもの。
ゆうがたになると、すずちゃんを、ようちえんにおむかえに。そして、ばんごはんをつくって、すずちゃんとたべる。
でも、おかあさんには、もうひとつ、おしごとがあるみたい。
「ピンポーン」
よるになると、ときどき、おとなりさんの、アリサおねえさんがやってくる。
「こんばんは」
「こんばんは。きょうもよろしくね」
すずちゃんは、おねえさんのことがだいすき。だって、おねえさんは、とってもやさしいから。
でも、すずちゃんは、ちょっとさみしくなる。
おねえさんが、よるにおうちにくると、おかあさんは、おでかけしちゃう。
おねえさんがくるのは、すずちゃんといっしょに、おるすばんをするためだから。
「おやすみなさい」
すずちゃんとおねえさんは、おふとんにはいる。
おねえさんは、いつもはやおきして、おしごとにいく。だから、すぐにねむくなる。
すずちゃんがねたふりをしていると、おねえさんは、
「すずちゃん、もう、ねちゃったの? わたしも、ねむくなっちゃった。ふああ」
そしておねえさんは、すぐに、ねむっちゃった。
すずちゃんは、そーっと、ふとんからぬけだす。
おかあさんは、くるまでおでかけ。たくさんのにもつを、うしろにつんでいるところ。
「よーし、いまが、チャンスだ!」
くるまのうしろのせきは、すずちゃんせんようのチャイルドシート。ふだんは、よごれないように、おおきなタオルがかぶせてある。
すずちゃんは、そのなかにもぐりこんで、チャイルドシートをしっかりつけ、タオルをもとにもどす。
ここまでは、さくせんだいせいこう。すずちゃんがのっていることに、おかあさんはきづいていない。
「よーし、きょうこそ、おかあさんのおしごとを、しらべるぞ!」
くるまがスタート。そして、じゅっぷんくらいはしると、
「ピーッ、ピーッ」
というおとをだしながらバックをして、ちゅうしゃじょうにとまった。
おかあさんは、くるまをおりると、うしろにまわって、おおきなドアをあけて、にもつをのせるトランクにのってきた。
そして、にもつをあけて、ゴソゴソやっている。
「おかあさん、なにしてるのかな?」
すずちゃんは、こっそりのぞこうとした。でもチャイルドシートからは、よくみえない。がんばって、からだをのばして、ようやくうしろをのぞくことができた。
ところが、そこにいたのは、おかあさんじゃ、なかった。
「うさぎ、さん、の、ぬいぐるみ、が、が」
すずちゃんはおどろいたせいで、くちがモゴモゴしちゃったけど、さけんだ。
「おっきなぬいぐるみが、うごいてるっ!」
「あーあ、ばれちゃった」
うさぎさんのぬいぐるみが、しゃべった。でも、くちはうごかない。ぬいぐるみの、なかから、こえがきこえた。
「すずちゃん、ダメよ、かってにくるまにのってくるなんて。でもチャイルドシートにちゃんとすわったのは、えらいわね」
すずちゃんは、このこえを、しってる。このこえは、いつもきいている、だいすきな、こえ。
「ごめんなさい。でも」
すずちゃんは、あやまってから、うさぎさんのぬいぐるみに、しつもんした。
「なんでこんなこと、してるの? おかあさん」
ぬいぐるみのなかに、おかあさんがいる。とってもかわいい、ピンクのうさぎさんのぬいぐるみ。
「しょうがないなあ、じゃあきょうは、すずちゃんもいっしょだよ?」
うさぎさんのぬいぐるみに、へんしんした、おかあさん。
もふもふでやわらかい、おててをつないで、たてもののなかに、ふたりではいった。
「あら、すずちゃんも、ついてきちゃったの?」
「ごめんねえ。すずったら、かくれんぼがとってもとくいみたいで。くるまのうしろにいるの、ぜんぜんわからなかったの」
おかあさんは、エプロンをしたおんなのひとと、おはなししてる。
「いいのよ? わたしが、みてるから。さ、すずちゃん、こっちおいで?」
おんなのひとは、ようちえんのせんせいに、かんじがにてる。こどもとおはなしするのが、とくいなかんじがする。
「そうだ。せっかくだから、おかあさんのおしごと、みてく? いいよね? アリサには、れんらくしとくから」
このひとも、アリサおねえさんをしってるみたい。
「いいわよ。ちょっとはずかしいけど。あと、ほんとうは、おしごとじゃないのよ、これ。ボランティア、っていうの」
「ぼらんてぃあ?」
すずちゃんは、ボランティアのいみがわからない。だから、それなあに? って、きこうとした。
でもそのとき、
「あ、じかんだよ。がんばってね」
エプロンのおんなのひとが、いった。おかあさんは、うなずいて、カーテンのむこうに、でていった。
「はーい、うさぎのムーンちゃんでーす。こんばんはー」
「こーんばーんはー!」
エプロンをしたおんなのひとは、やっぱりせんせいだった。おなじエプロンをした、べつのおんなのひとが、うさぎさんになったおかあさんを、みんなにしょうかいしている。
そしてここには、すずちゃんみたいな、ちいさいこどもがいっぱい。
そしてみんな、カーテンのむこうからでてきた、ピンクのうさぎさんをみて、おおよろこび。
「あのこたちは、みんな、おかあさんや、おとうさんと、いっしょにくらせないのよ」
せんせいは、すずちゃんにそうおしえてくれた。
「くらせない? どうして? あたしのおとうさんみたく、がいこくにいっちゃったの?」
すずちゃんがきくと、
「いろんなりゆうがあるのよ。おかあさんやおとうさんがびょうきだったり、おかねがなくて、こどもをそだてられなかったり。もちろん、おかあさんやおとうさんが、おほしさまになっちゃったこどもも、いるわよ」
「……えっ、それって……」
「そう。すずちゃんのおかあさんと、おんなじ」
ここは「じどうようごしせつ」というところ。
おやがいなかったり、おやといっしょにくらせなかったりするこどもが、おとなになるまで、このしせつでせいちょうする。
すずちゃんのおかあさんのおかあさん、つまりすずちゃんのおばあちゃんと、おじいちゃんは、おかあさんがちっちゃいときに、てんごくにいっちゃった。
だから、すずちゃんのおかあさんも、このじどうようごしせつで、そだった。そして、そだててもらったおれいに、ときどきこのしせつにやってくる。
「きょうのムーンちゃんは、なんと! サンタさんにへんしんしちゃいましたー! ほんもののサンタさんはいそがしいので、ムーンちゃんが、サンタさんのかわりにプレゼントをもってきてくれましたー!」
いつのまにか、うさぎのムーンちゃんは、まっかな、サンタのおようふくをきてた。そして、おおきなふくろから、たくさんのプレゼントをだして、みんなにくばった。
こどもたちは、みんな、にこにこしてる。プレゼントをもらうと、ムーンちゃんに、しっかりおれいをする。
そのあとも、うさぎのムーンちゃん、じゃなかった、うさぎのムーンちゃんにへんしんしたすずちゃんのおかあさんは、こどもたちとあそんだり、おどったり、あくしゅしたり、ハグしたり。
よるもふけてきた。
「はーい、そろそろムーンちゃんは、おかえりでーす」
ええーっ? やだー! と、こどもたちはいうけど、もう、ちいさいこはねるじかん。
「あのね、みんな。ムーンちゃんは、うさぎさんだから、よるはねむくなっちゃうの。わかるかな? みんな、ムーンちゃんに、おやすみなさいしてくれるかな?」
ムーンちゃんのとなりにいるせんせいが、そういうと、こどもたちはしずかになる。そして、
「ムーンちゃんはまたすぐきてくれるから、たのしみにしててね。こんどは、おしょうがつだよ」
せんせいがそういうと、こどもたちはよろこんだ。
すずちゃんのところに、うさぎさんがかえってきた。
「おかえりなさーい」
すずちゃんがおむかえする。カーテンのむこうが、くらくなった。こどもたちはみんな、じぶんのおへやにもどったみたい。
「ただいまー、すずちゃん。いいこにしてたかな?」
うさぎのムーンちゃんのなかから、おかあさんのこえがした。
「うん! おかあさん、すごいね! うさぎさんに、へんしんしちゃうなんて!」
「ふふん、ありがと。でも、かってについてくるのは」
うさぎさんになったおかあさんは、すずちゃんを、りょうてでもちあげて、
「ダメだぞー!」
ぎゅーっと、だきしめた。
「うわー、くるしい、くるしいー! おかあさん、ごめんなさいごめんなさいー!」
「うんうん、わかったねー? じゃあこんどから、ちゃんとおるすばん、できるかな?」
「する、する! でも……」
「でも?」
「うさぎさんに、へんしんしたおかあさん、また、みてみたい。ダメ?」
おっきなうさぎさんのぬいぐるみは、すずちゃんのおかあさんがへんしんした、うさぎさん。
でも、すずちゃんのおかあさんみたいに、ぬいぐるみにへんしんできるひとは、じつはいっぱいいます。
もしかしたら、このおはなしをよんでいるみなさんのまえに、おおきくて、うごくぬいぐるみさんが、あらわれるかもしれません。
それは、うさぎさん? ねこさん? ねずみさん?
そのぬいぐるみさんたちは、うまれたときから、ぬいぐるみなのかもしれません。いいえ、きっとそうです。
でも、もしかすると、そうじゃないこともあるかもしれません。
すずちゃんのおかあさんみたいに、にんげんがへんしんしているのかもしれません。
でもそんなときは、きづかないふりをしてくださいね。
さて、おはなしは、もうすこしつづきます。
おしょうがつ。ことしもじどうようごしせつに、うさぎのムーンちゃんがやってきた。
ことしは、うさぎどし。つまり、ムーンちゃんのとし。
うさぎどしのおいわいに、きれいなきものをきて、おめかししたムーンちゃん。
そして、きょう、ムーンちゃんとおはなしするのは、すずちゃんのだいすきなおねえさん、アリサせんせい。
じつは、アリサおねえさんも、このしせつでおしごとをしてる。
そして、そのとなりには?
「さあ、きょうは、あたらしいおともだちがきています。ムーンちゃんのいもうと、リンちゃんでーす!」
なんと、ぬいぐるみうさぎのムーンちゃんのとなりに、いもうとのぬいぐるみうさぎ、リンちゃんが、とうじょう!
リンちゃんは、ムーンちゃんのはんぶんくらいの、せのたかさ。ムーンちゃんとおそろいのきもので、ムーンちゃんに、てをひかれてやってくる。
「リンちゃんは、まだこのせかいにきたばっかりで、なれてないから、うごくのがたいへんみたい。みんな、やさしくして、あげてねー」
「はーい!」
リンちゃんは、たちまちにんきもの。
リンちゃんも、すずちゃんのおかあさんみたいに、にんげんが、へんしんしてるのかな?
それとも、リンちゃんは、さいしょからリンちゃんなのかな?
どっちかな?
ところで、きょうのすずちゃんは、ちゃんとおるすばんしてるかな?
アリサおねえちゃんが、おしごとでいないけど、だいじょうぶかな?
それとも、きょうも、おかあさんがへんしんするところを、みにきてるのかな?
でも、どこにもいない。
すずちゃんは、どうしたのかな?
童話は初挑戦です。
これって「ぬいぐるみ」なの? ってご意見もあるかもしれませんが、動物の姿をした布のお人形だから、ぬいぐるみでいいんじゃない? ということで。
最後の方に出てきたちっちゃなうさぎさんの正体は言わずもがなですが、そこは言わぬが花でしょうね。
児童養護施設というのは、さまざまな事情で親の子育てを受けられない子どものための施設です。
作中では小さな子が多く入所しているようなニュアンスで描写していますが、高校を卒業する年齢に相当する十八歳まで入所し続けることが可能です。
このような施設や、施設で過ごす子どもを支援する活動はいろいろな形で行われていますので、興味がある方は是非調べてみてください。