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林間焼葉

 夕刻――

 巨鬼(トロル)の姿がテンプル・ホーリィの物見櫓からありありと見えた。


 巨鬼(トロル)が1歩踏み出すごとに地盤が揺れる。衝撃となって、テンプル・ホーリィの僧侶たちを恐怖に陥れた。


司祭長

「7本槍! 7本槍ィィィ!」


 狼狽(うろた)える司祭長は、傭兵の守護霊(トーテム)使いを集めて迎え撃てと命じる。だが、その自慢の7人の守護霊(トーテム)使いも、すでに2人が盗賊団の『朱屍党(レッドコープス)』に殺されている上、巨鬼(トロル)の大きさに圧倒されている。へっぴり腰になって、なかなか前に出ようとしない。


 こんな巨鬼(トロル)相手に、容易なことでは闘えない――


オビト

「兄さん、ここは逃げるべきです」

コウセイ

「逃げるって、どこに逃げるというのだい? ここは、覚悟を決めて、戦うべきだ」


 そう言うコウセイは、(あお)き竜騎士『空飛ぶイルカ(フライングドルフィン)』を召喚し、コウセイが止めるのも振り切って、テンプル・ホーリィの正門から飛び出していった。


ヒロヨ

「お兄様!」


 実兄の後を追って自分も戦おうとヒロヨも守護霊(トーテム)を召喚して飛び出そうとした。だがそこは、オビトが背後から羽交い絞めにして、必死に止めた。


 『空飛ぶイルカ(フライングドルフィン)』が(またが)龍馬(ホースドラゴン)は空中へ羽ばたくことができる。コウセイは、『空飛ぶイルカ(フライングドルフィン)』を空高く飛翔させ、槍で巨鬼(トロル)の身体を数回突いて見た。


 大きさ――大きさが違いすぎる。


 いかに『空飛ぶイルカ(フライングドルフィン)』の槍捌きが絶妙であっても、身の丈30メートルという巨鬼(トロル)相手では、針で刺したようなダメージしか与えることができない。


 巨鬼(トロル)は、まるで蠅でも追い払うように、両手で『空飛ぶイルカ(フライングドルフィン)』をはたき落とそうとする。


 これでは歯が立たないと観念したコウセイは、テンプル・ホーリィの外壁の内側へ撤退を余儀なくされた。


 この様子を見ていた盗賊団『朱屍党(レッドコープス)』の首領のヤスケは舌を巻く。


ヤスケ

「おいおい、マジかよ? あの守護霊(トーテム)は、確か、コウセイ皇子のもの。 コウセイ皇子といえば都でも無双の守護霊(トーテム)使いと聞くが、そのコウセイ皇子の守護霊(トーテム)でも相手にならないとは」

レッグウィング

「それでは大将、我々も一緒にテンプルの中へ攻め込みましょう」

ヤスケ

(あせ)るな。 まずは、あの巨鬼(トロル)がテンプル・ホーリィの外壁を破壊してからだ。 壁さえなければ、テンプル・ホーリィの中の人など、どこからでも攻撃できる」


 一方こちらは、テンプル・ホーリィの外壁の中に撤退したコウセイ皇子である。


 司祭長と眼を合わすと、巨鬼(トロル)に向かっていったコウセイ皇子が、まったく歯が立たない様子で逃げ帰って来たので、ヒィヒィと声にならない嗚咽を始めた。巨鬼(トロル)の恐怖にとらわれ過ぎて、何を言っているのか分からない。


ヒロヨ

「お兄様♡ よくぞご無事で!」


 実妹のヒロヨは、何よりも兄のコウセイが無事で帰って来たので歓喜した。全身あらぬ限りの力でコウセイに抱き着くが、コウセイは表情を変えずにこれを退ける。


オビト

「兄さん、やはりここは逃げるべきでは?」

コウセイ

「ダメだ。 こっちは子どももいるんだ。 安易にテンプル・ホーリィから逃げ出せば、外で待つ盗賊団の餌食となる。 それよりも僕は、あの巨鬼(トロル)を、攻略できないまでも、動きを止める方法を思いついた。 まずはそれで時間を稼ぎたい」

オビト

「その、動きを止める方法とは?」


 この質問には答えずに、コウセイは強ばった顔をした幼いナーニャとシラクの姉弟に、ツカツカと向かっていった。ナーニャは、2歳児のシラクを股の間にはさんで、座り込んでいる。


ヒロヨ

「まさか、お兄様、ナーニャとシラクにも戦えと。 無理よ。 2人はまだ小さすぎる」


 そういうヒロヨの言葉も無視して、コウセイは、ナーニャの前でしゃがんで目線をそろえた。ナーニャの頭にポンと手を載せて、語りかけた。


コウセイ

「ナーニャちゃん。 少し手伝ってくれるかな? 今朝、たくさんの竹を出してくれたのは、ナーニャちゃんなんだろう?」


 コウセイは、守護霊(トーテム)使い特有の霊感から、ナーニャとシラクにただならぬ霊感がまとわれているのを感じ取っていた。2人のうち、話ができそうな5歳児のナーニャに声をかけたのだ。


ナーニャ

「シラクと……いっしょだよ」

コウセイ

「分かってる。 その、シラクと一緒に、手伝ってほしいんだ。 あの竹を、また、たくさん出してほしいんだ。 できるかい?」


 ナーニャはコクリとうなづいた。


 ヒロヨはこれを「やっぱり無理よ」と言う。そう言われてもコウセイは、静かにナーニャを見守った。


 ナーニャがシラクを抱きしめて「うーん」とうなると、目の前の地面から1本の竹がシュルシュルシュルと延びだした。


ナーニャ

「シラク、もっと出す」


 すると、目の前で、2本3本と竹が生成される。


 コウセイは、よしと拳を握りしめ、ナーニャとシラクを抱きかかえ、テンプル・ホーリィの正門の前まで連れて行った。


 巨鬼(トロル)が、すぐ目の前まで迫っていた。


コウセイ

「いまだ、ナーニャちゃん! ありたっけの竹を、目の前で生み出すんだ!」


 ナーニャがシラクを抱きしめて念じると、目の前で千本はあろうかという竹が一斉に延びだして、テンプル・ホーリィの外壁のそのまた周りに、今度は竹の壁を生み出した。


 竹は、巨鬼(トロル)の足元からも生成され、あまりに急に竹が生えて来たものだから、巨鬼(トロル)はバランスを崩して、ドウと後ろに倒れてしまった。


コウセイ

「見事な竹だ。 多分、ナーニャちゃんとシラク君には、すでに守護霊(トーテム)が憑いているのだろう。 それにしてもこの竹の能力(スキル)、名前が要るな。 林間焼葉(バーニングリーフ)というのはどうかな?」

奈良市の某寺では、毎年1月に青竹づくしの祭儀が行われているらしいです。とある皇子が竹を切り竹筒に酒を注いで嗜まれた足跡を偲ぶ行事で、中国の故事に言うところの「林間煖酒焼紅葉(林間に酒を温め紅葉を焚く)」ということらしいです。

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