新緑の侏儒
時は数分さかのぼる。
ハイストン家の屋敷の書庫に通されてすぐに、ゲン=アルクソウドは、一緒に入ってきたはずのキョウ=ボウメイクの姿が見えないことに気がついた。先に入っていったはずの、アスカやヒロミの気配もしない。
なぜだ?
何らかの守護霊の攻撃に受けているものと直感した。
錫杖を握る手に力が入る。
ゲン
「嫌な予感がする。 念のため……召喚、山吹色の手品師『偉大な神鳥』」
ゲンが手にした錫杖でトンと床を突くと、その突いた先から鳥頭人身の守護霊が現れた。
ゲン
「それにしても、みんなはどこに行ってしまったのだか……」
ウグイとカノイは、このように警戒心を募らせているゲンの姿を、小人化して物陰に隠れてじっと見ていた。
カノイ
「あああ、あいつ、守護霊を召喚しやがった。 ききき、気付かれたかも」
ウグイ
「黙ってろッ! 守護霊を召喚したってことは、警戒しているってことだ。 あんまりうるさくしてると、本当に気付かれちまうぞ」
カノイ
「でもよう、オレたちの守護霊は戦闘向きじゃないんだ。 警戒した相手に敵いっこねぇよ」
ウグイ
「アイツの様子をよく見るんだ。 まだオレたちの気配に気づいている様子はねぇ。 だったら、奴は必ずオレたちの罠にはまる。 なにしろここは、書庫なんだからよう。 書庫に入っててめぇの能力に触れない奴はいねぇ。 勝負は、それからだッ」
ウグイとカノイの兄弟の罠とは?
それは、カノイが守護霊で書物に能力をこめると、その書物に触れた者を、その書物の中に封印することができるのだ。その書物を燃やしたり切り刻んだりすれば、封印した者を楽に殺すことができる。
カノイは、ハイストン家の書庫の中の書物という書物に、片っ端からこの能力を施していた。そうとも知らずにアスカやヒロミ、そしてキョウは、この書庫の中の書物に手を触れてしまい、本の中に封印されてしまったというわけだ。
さすがに仲間3人がいつのまにか消失し、ゲンは異常に気付いて守護霊を召喚した。だが、このカノイの守護霊の能力までは見抜けていなかった。ふと書棚の一冊の本を手にとってしまい、その本の中に封印されてしまったのである。
カノイ
「やった! やったよ兄貴! アイツ、バカだ。 罠とも気付かずに、オイラの本に触りやがった」
そう言って、カノイがゲンの本に近づこうとすると、兄のウグイが「危ねぇ!」と言って、カノイを押し倒した。その側面から『偉大な神鳥』の神木の鞭が攻撃してきたのである。
ウグイ
「その本に迂闊に近づくんじゃぁねぇッ! 周りをよく見ろ! 守護霊の方は無事だッ!」
カノイ
「あッ! ど、ど、ど、どうしよう。 オイラ、失敗しちまったぁ!」
ウグイ
「そいつは違うぜ。 お前はよくやった。 見ろ、奴の守護霊は無事といっても、身動きひとつしねぇ。 術者は、間違いなく、本の中に封印できた」
カノイ
「でもよう、守護霊がまだそこに……あれ、あの守護霊、動かねぇぞ」
ウグイ
「そうだ。 あの守護霊は、動かないんじゃぁねぇ。 動けねぇんだ。 おそらく、術者が本の中に封印されちまって、守護霊の制御ができねぇんだ」
カノイ
「じゃぁ、早く本を回収して、処分しちまおうぜ」
ウグイ
「だが、そうも簡単にもいかないようだぜ。 見ろよ」
そう言ってウグイは慎重に1歩だけ、ゲンの守護霊『偉大な神鳥』に近づいた。すると神木の鞭の一撃が飛んできたので、ウグイはさっと足を引っ込めた。
ウグイ
「見ろよ。 奴は、本に封印される直前に、守護霊に指示を出して結界を張り巡らしたんだ。 おそらく、神経を集中して守護霊を召喚していた奴は、本に封印される直前に罠に気付いて、そういう仕掛けを残しておいたのだろうよ」
カノイ
「それじゃぁ、本を回収できないよ」
ウグイ
「そう簡単にできないなんて言うんじゃねぇ。 奴の結界は、案外単純な構造だ。 あの守護霊から、何やら何本も木の蔓のようなものが延びている。 そいつに触れたときに攻撃が始まる仕組みらしい。 だから、この蔓を避けていけば、安全に本を回収できるだろうさ」
そういう会話をしていたところで、ヒロミが本の封印を解いて出てきたのである。ヒロミはすぐに、何者かに攻撃されて、仲間が本の中に封印されていることに気付いた。そこで最初にゲンが封印された本に気付き、白銅の獣聖『迷い犬』の能力でこれを救い出そうと、『偉大な神鳥』に近づこうとした。
ところが、近づくほどに、『偉大な神鳥』が遠ざかっていく。また、周りのあらゆる物が巨大化していく。
ヒロミ
「ちがう。 巨大化しているのではないわ。 私が……私が小さくなっているッ!」
ウグイ
「その通り。 君は、私の守護霊『新緑の侏儒』の能力で小人となってしまったのだよ」
ヒロミが見上げると、身の丈50メートルはあろうかという巨人のような男が立っていた。ウグイであった。




