ハイランチ古墳群
ハイランチ古墳群を見渡す高台にいる。
コウセイを先頭に、その後にオビトとヒロヨがいる。ナーニャとシラクの幼姉弟は、さらに後ろである。この幼姉弟は、テンプル・ホーリィに預けて残す筈だったが、その司祭長が2人の保育に消極的だったので、やむを得ず連れてきたのである。
ハイランチ古墳群は、2つばかりの古い形式の古墳と、比較的近代に建設された6つの古墳が集中している地域だ。
古い古墳の主は明らかでなく、新しい形式の古墳は地域の下級貴族が築いたものである。
コウセイ
「怪しからんッ!」
古い古墳の1つは、方形の盛り土を前にして円形の盛り土を後にする王族を葬る形式となっている。その周囲の静謐は厳に守られなければならず、下級貴族ふぜいが近づいて良い筈がないのだ。
コウセイは、その不敬を憤っているのだ。
やはり本調子ではないようだ――
古墳群全体を見渡せる高台でブツブツと不満をもらすコウセイを見て、オビトは思った。コウセイは、何事にも家柄の貴賤にとらわれない寛大さと合理性を持ち合わせていた人物だった。それが、王墓の側に控えめな古墳が築かれたぐらいで愚痴を言う、狭量な小人の如く振る舞っているのである。
コウセイが、己の守護霊とした古墳ウィステリアの御魂に心身を蝕まれはじめていることは明らかだ。
そのようなオビトの心配をよそに、コウセイがハイランチ古墳群のもっとも大きな古墳に目をつけて、あの中に入ると言い出した。
オビト
「え? 今からですか?」
コウセイ
「何ィ? 口ごたえするのかぁ?」
オビト
「古墳主が眠っているやもしれませぬ。 迂闊に潜入すれば、手痛い反撃を受けるかもしれませぬ」
コウセイ「何だ、口ごたえではなくて、怖気づいたのかッ」
その表情は、瞬時に怒りから嘲笑に変わった。
コウセイ
「フフフ、だからオビトは弱虫と言われるのだ。 どうしても中に入るのが怖いというのであれば教えてやろう。 まずは感じるのだ。 あの古墳からどのような霊気があふれ出ているかを」
オビト
「よく……分かりませぬ」
コウセイ
「そうであろう。 その筈だ。 正解を言えば、霊気がほとんどあふれ出ておらぬのだ。 つまり、あの古墳は、すでに盗掘されていて、中はもぬけの空だ」
オビト
「ならば、潜入する意味もないのでは?」
コウセイ
「それは違う。 このハイランチ古墳群全体にただよう霊気の残滓を感じるに、つい最近までここで偉大な王が眠っていたことは明らかだ。 つまり、この古墳が盗掘されたのは、つい最近ということになる」
オビト
「それが、フジワラ京の巨鬼とどのような関係があるのでしょうか?」
コウセイは、これから退治をしようというフジワラ京の巨鬼の手がかりを探すというので、ここハイランチ古墳群に来たのである。ところが、そのコウセイは、あふれる霊気がどうとか、霊気の残滓がこうとか、オビトの理解を超えた言葉を発するのである。
そこでオビトが質問すると、コウセイは見るからに得意になって、喜々として説明を続けた。それは、自分がオビトより優位に居ることを再確認できた喜びを表現しているようでもあった。
コウセイ
「君には、分からないだろうな。 僕は昨日、例の巨鬼と手合わせをしたから分かるのだ。 あれは人に憑いてまだ間もない守護霊だ。 とするならば、その正体は最近盗掘された古墳の主であると推理できる。 そして、守護霊の年季と同じくらい古くて、盗掘された古墳がここにあるのだ。 ならば我らが追うフジワラ京の巨鬼は、この古墳で盗掘されたものである可能性がある」
コウセイの説明を聞き、なるほど、そういうものかとオビトは思う。
感心するオビトに、コウセイはさらに指示した。
コウセイ
「さぁ、一緒に古墳の中を探検してみよう。 ヒロヨは、外で待っていてくれ」
ヒロヨ
「そんなぁ。 私も一緒に行きます。 お兄様の行くところ、どこまでもお供させていただきます」
コウセイ
「それはならぬ。 君にはナーニャとシラクの処分をする仕事がある」
ヒロヨ
「子どもたちの世話ならば、オビトでもできます。 私はお兄様と一緒にいたいのです」
ヒロヨは、兄愛が異常に強い。だが、その妹たっての願いもコウセイは訊く耳をもたない。
コウセイ
「いや、オビトは私と一緒なのだ。 オビトの知識は、この古墳探索に役に立つ。 一方、ナーニャとシラクは、この古墳探索の足手まといとなる。 ならば、ヒロヨは、我々が古墳探索をしている間に、そこの2人を処分してしまうのが良いと思うが、どうか?」
ヒロヨは、兄のコウセイが何を言っているのか、一瞬、分からなくなった。2人を「処分せよ」と言うのだ。およそ、普段の兄には似つかない、冷酷な言葉に聞こえた。
それでヒロヨが返答に困っていると、コウセイの方も何か思うところがあったのか、妹への指示を変更した。
コウセイ
「処分というのは、少し考えておこう。 それよりも、ナーニャとシラクの使い道を思いついた。 私とオビトで古墳探索をしている間に、2人にこの古墳の周りを竹で覆ってもらうというのはどうだろうか」
ナーニャとシラクは、守護霊使いではないが、その才が発現する直前なのか、林間焼葉と名付けられた能力を用い、周囲で竹を無限に生成できるのだ。
背後でナガヤ王が指示しているところまでは知らないが、コウセイは、盗賊団『朱屍党』から命を狙われているようなのだ。コウセイは、この古墳の周りを竹林で囲み、盗賊団からの攻撃に備えようと言うのだ。
このようにしてコウセイは、背後の守りをヒロヨと幼姉弟に委ね、オビトを連れて、ハイランチ古墳群の中でももっとも大きな古墳の中に入っていった。




