これより我々はここテンプル・ホーリィを襲ったトロルを追いかける
テンプル・ホーリィの伽藍に奇声が響き渡った。
奇声の主は、コウセイであった。
コウセイが、顔を真赤にさせて、オビトとヒロヨが休んでいる僧房に戻って来た。
オビト
「兄さん、一体、どうしたのですか?」
コウセイ
「話にならぬッ! ここの司祭長は、これまで我がストンリベル家が呉れてやった恩を何と心得ているのかッ!」
ヒロヨ
「お兄様、落ち着いてください。 まずは水など……」
オビトもヒロヨも、ここまで興奮したコウセイを見たことがなかったので驚いた。
それでヒロヨがコップに水を汲んで差し出したのだが、コウセイはこれをはたき割ってしまった。
さすがにこれは乱暴だったか、コウセイは反省し、申し訳なさそうに瞳をヒロヨに向けて、そして「済まぬ」と粗相を詫びた。
コウセイ
「これより我々は、ここテンプル・ホーリィを襲った巨鬼を追いかける。 いつどこで、どのような妖怪に襲われるか分からぬ危険な旅だ。 だから、幼きナーニャとシラクの姉弟を、ここテンプル・ホーリィで預かってもらえないかと頼んでみたが、ここの司祭長は、それができぬと言うのだ」
オビトが、ここで「それは、どういう訳ですか?」と丁寧に聞こうとしたが、コウセイはその問いかけに話をかぶせて、早口でまくしたてた。
司祭長によれば、テンプル・ホーリィは、昨日の盗賊団の襲撃で、寺の守護の頼りにしていた守護霊使いを失ってしまい、ナーニャとシラクを預かれるほどの余裕がないという。
巷は、妖怪やら盗賊やらが跋扈する危険な世情になっているのだ。それなのに、テンプル・ホーリィでは幼き姉弟を守ろうとせず、かえって城壁の外に追い出そうとしているのだ。
コウセイは、その無慈悲に憤っているのだ。
それにしても、そのコウセイの激昂振りは尋常とは思われない。
オビト
「兄さん、疲れているのでは……」
コウセイ
「何ィィィィイッ!」
ヒロヨ
「そうです、お兄様。 昨日は、あの巨鬼を敗走させた後に倒れられてしまいました。 もう少し、休まれたほうが良いと思います」
ヒロヨの、珍しく真剣な眼差しで、コウセイは我に返った。
言われるまでもなく、確かに自分は変なのだ。何をするにも感情が高ぶってしまい、押さえが効かなくなってしまう。それで、つい行き過ぎてしまって、それで我に返り罪悪感に襲われるのだ。こうした事は、今日の何度目のことだろう。
心当たりはある。
昨日は、突如現れた巨鬼に対抗するため、テンプル・ホーリィで祀る御魂の力を借りた。これを我が守護霊に取り込めたところまでは良かったが、この御魂が己の精神を喰らおうとしているのだ。
御魂の霊気は、オビトとヒロヨがその真名を言い当てたため、かなり弱いものになっている。それでも元の霊力が巨大なため、なおもコウセイの精神に干渉し、ともすれば術者である彼の肉体を乗っ取ろうとしているのだ。
コウセイは、その得た御魂を必死に押さえている。しかし、少しでも感情に隙を見せると、御魂の霊気が己の精神を絡め取ろうとするのだ。そして御魂の霊気が外部に発露してしまい、粗暴な態度になってしまうのだ。
何とか落ち着きを取り戻したコウセイは、そのように説明して、まずオビトとヒロヨに詫びをした。
ヒロヨ
「そういうことでしたら、お兄様、やはり休まれた方が良いかと」
コウセイ
「それはいけない。 御魂は、まだ私に心を許していないようなのだ。 少しでも気をゆるめてしまうと、かえって自分の精神が縛り付けられてしまう。 むしろ、巨鬼退治という緊張があった方が安心だ」
オビト
「それはそうかもしれませんが、あの後に巨鬼は消えて、どこかに行ってしまいました。 追いかけるといっても、どこに向かえば良いものやら」
コウセイ
「その事だが、オレ……いや、私は、あの巨鬼と手合わせして、何とも血なまぐさい霊気を感じたのだ。 あれは、最近浴びた新鮮な血液というのではなく、もっと永く熟成された怨嗟を帯びた人の叫びだ。 あれだけの霊力だから、巨鬼は古の大王が妖怪となったものなのだろうが……オビト君、心当たりはないか?」
オビトはもともと歴史オタクの転生者なので、歴代の天皇の諱ぐらいは暗誦できる。この世界でも国史に広い見識があるとして一目置かれており、コウセイはその知識量を期待して聞いたのだ。
オビト
「残虐だった天皇と言えば、小泊瀬稚鷦鷯尊|(武烈天皇)や、大泊瀬幼武天皇|(雄略天皇)を思い浮かべますが」
コウセイ
「小泊瀬稚鷦鷯尊は知らないが、幼武天皇ならば知っているぞ。 だが、私が感じた時の経過は、もっと永そうに感じた」
オビト
「それならば、日本武尊などはいかがでしょうか。あるいは小碓尊、日本童男とも言いますが。大きな武勲をあげた皇子ですが、少しばかり乱暴な一面があった様子です。 その霊気に多少の血なまぐさいものがあっても不自然ではないでしょう」
コウセイ
「オグナ! 確かにその英霊ならば、クマソやエミシの恨みをかっても不思議ではない。 だが、私は感じた怨嗟は、もっと身近なものだ。 クマソやエミシのような、蛮族のものではない。 もっと古い時代で、流血の気配がする、そのような大王はいないか?」
オビト
「これより古い時代となると……多少の乱を鎮めた天皇というのはいますが、あとは大和を平定した神日本磐余彦天皇ぐらいかな。 出所不明な伝説でよろしければ、神渟名川耳天皇というのもいますが」
コウセイ
「誰だい? その神渟名川耳天皇というのは」
オビト
「神日本磐余彦天皇の次代の天皇です。 本当かどうかは分かりませんが、食人の趣味があって、1日に7人もの人間を食べていたという伝説があるようです」
コウセイ
「そういう伝説は聞いたこともないが、私が感じた怨嗟や時代は、どうもその話とぴったりするね。 神日本磐余彦天皇の時代であれば、ここテンプル・ホーリィからすぐ南の、ハイランチ古墳群という古いものがある。 ひょっとしたら、そこに何か手がかりがあるかもしれない。 もしも巨鬼の正体がその時代の大王というのであれば、まずは、そこに行こうと思うが、どうか?」
それは、言葉上は提案の形式をとっているが、口調は威圧的な命令調であった。
オビトとヒロヨは、ここで兄を興奮させてもいけないと思い、これに素直に従うことにした。




