第六話 目覚め
こい緑の中に埋もれている。鳥のさえずりも木々のさざめきも何も聞こえない。ボクは立ち上がりあたりを見渡した。同じような緑色しかみえなかった。なぜだろう、涙があふれてくる。
この静けさの中をきらって、さぐりながら一足ふみ出すと「パキッ」と聞こえた。ふと下をながめても音の主は足元にはいなかった。次は動いていないのに「バキッ」。さっきよりも大きい音だ。急いで振り返ると、ボクとそっくりな男の子が立っていた。身長も髪の毛も立ち方も見つめかたも全く同じだった。
ただ、ひとつだけ違うことはあのボクの眼は両方とも紅色だったことだ。紅いボクはボクにめがけて走ってきた。ボクは恐ろしくなってにげた。にげて、にげて、にげて…
足がもう動かなくなって、立ちどまって、座りこんだ。
フカフカの土で寝そべっていると、のどがカラっからなのに気がついた。お水を飲もうと思って立ちあがってまわりをみると、すんだ池があった。池のそばへ行き、池の水をすくって飲んだ。とうめいな水がボクののどをかけめぐった。「おいしい」そう感じた。
なぜか、ボクは水面をながめた。すぐにボクは水から顔をはなした。「気のせいだよね。うん、気のせいのはず。」そうボクに言い聞かせ、水をみつめた。すると、不思議なことに水は凍りついていた。でも、顔を確認するのには十分だ。ボクは目を見開いた。うそはうそでいてくれなかった。水面にうつるボクは蒼の眼を失い、あったはずの眼は紅くなっていた。
「はぁはぁ」
体を起こすと、木の温もりを感じる部屋にいた。あー、よかった。ボクはお姉さんの家にいたのか。でも、気づくとボクはまどにうつる顔をみてボクの眼の色をたしかめていた。ボクの紅の眼と蒼の眼はそれぞれ元通りだった。安心して、ため息をつくと窓が少しくもった。それでも、紅の眼と蒼の眼がよくみえた。
「開けるぞ」
扉の開く音とともにお兄さんが顔を出し、
「ご飯ができたから下に来な。」
それだけ言って、扉を閉じていった。ボクはお兄さんの言うことを大人しく聞いて、階段を眠い目をこすりながら降りた。少し背の高いテーブルにはおいしそうな黄色の四角いものがあった。
「これって…?」
「それはな、フレンチトーストっていうんだ。まさか知らなかったのか。」
食器の準備をしていたお姉さんがそうこたえてくれた。
「まぁ、作ったのは僕だけどねー。」
お皿を持ったお兄さんが話していた。
「別に、私は普通に朝ごはんぐらい作れるし、なんならパンケーキだって簡単にできるんだからな。」
「いや、でも昨日はベルさんが帰ってきたのは遅かったですし、疲れてそうだったので作ったんですよ。」
「まっ、まぁ、ありがとな。よし、食べるぞ。」
そう言って、お姉さん、いやベルさんっていうらしい。ベルさんは黄金に輝くパンを切り分け、フォークを刺して口へ運んだ。
「うんめー。やっぱりカントの作るものは最高だー。」
「それはよかったよ。」
ボクはお姉さんの行動を真似てみた。パンをぶかっこうながらに切り分けて、少し大きなパンをほおばった。なんだ…。口の中がとろけるようだ…あっ、甘味が口の中に広がった。こんなもの食べたことない。いつの間にかボクの皿がカラッポになっていた。体が満足感に満たされた…。
「ごちそうさま」
「もういいのかい?私はもういいけど、もっと食べていいんだよ。」
お姉さんも食べきって、もう立ち上がっていた。そのまま、ボクの頭をなではじめた。
「さーってと…私はもう仕事に行ってくるね。カントの言うことをよく聞くことだよ。」
そう言って、ベルさんは家を出ていったと思ったらもどってきた。
「あっつ〜。外が意外に暖かかったんだけどなんでだ?上着をおいて行くわ。じゃあな!」
扉が閉じた。
どうしよう、カントさんと話すことが浮かばない…あっ、一つだけあった。
「えー、お兄さんじゃなくて、カントさん。ベルさんはどんな、仕事をしてるんですか?」
「まぁー、簡単に言うと詐欺師かな…」
「さぎしってなんですか?」
「相手をだます仕事のことだよ。」
「だますって、あんな良い人なのに、うそ…」
カントさんはボクの目の高さまでしゃがんで、「ベルは良い詐欺師なんだ。」と言った。ボクには意味がわからなかった。
「だますのに良いってどう言うこと?」
「だますって言っても悪人に対してしかしない。悪いやつをだましてそいつらをどん底まで落とす。それがベルのやり方なんだ。僕だってベルさんに助けられたんだ。」
「えっ、」
「驚くのもムリはないさ。だから、ベルさんを悪い人って言わないであげて…」
そう言ってカントさんの蒼い眼が少しゆがんだ。
「うん。ベルさんはすごくいい人だよね。良いさぎしみたい。」
「みたいじゃなくて、良い詐欺師なんだよ。」
そう言って立ち上がった。
「だから、お母さんみたいなんだね!」
カントさんがボクの方を向いて首をかしげた。