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堺県まちかど人情記

児童書の長い旅路

作者: 大浜 英彰

加純様のイラスト「思い出の本とラベンダーの香り」(https://21092.mitemin.net/i584508/)を、イメージイラストとして使用させて頂きました。

加純様、イラスト「思い出の本とラベンダーの香り」の使用を御快諾頂き、ありがとうございます。

 この本を手に取ると、あの夏の日の事を思い出す。

 あれは小六の夏休みに、家族で行った北海道旅行の三日目だったんだ…


 富良野盆地の真ん中に位置する、道北地方南部の富良野市。

 ラベンダー畑が美しい街の観光案内所に両親がレンタカーを停めた時、私は期待と興奮を抑えながら窓の外を指差したんだ。

「あのさ!お父さん、お母さん!ほんの少しの時間で構わないから、あそこに行って良いかな?!」

 フロントシートの方へ身を乗り出す形で私が示したのは、観光案内所と同じ建物に設けられた図書館の分室だったの。

「ええっ…?それは別に構わないけど…ここは北海道だから、マヤは本を借りられないわよ。」

 母に言われなくても、それは重々承知していた。

 いくら私の住む堺県の図書館が広域相互利用に力を入れているといっても、北海道までカバーしている訳がないからね。

「まあ、良いじゃないか。旅先でも図書館が気になるなんて、マヤは本当に読書が好きなんだな。あんまり遅くならないうちに、車に戻っておいで。」

「ありがとう、お父さん!こんな機会でもないと、他県の図書館を直接見るなんて出来ないからね!」

 私は両親に笑い掛けると、車に気を付けながら図書館の分館を目指したんだ。


 外観からおおよその目星は付いていたけど、この図書館は割と小ぢんまりとした規模だったの。

 公民館に設けられている図書館の分室や、中学や高校の図書室と同規模といったら、イメージしやすいかな。

 だけど、自分の行動範囲外にある図書館に来るとワクワクしちゃうな。

 当たり前の事だけど、棚の配置や蔵書のラインナップは地元の図書館とまるで違うし、掲示されているポスターのイベントだって、旅行者の私には無縁の物だ。

 ポスターで告知されている宮沢賢治の読書会には興味があるけど、開催日が翌週じゃ参加出来ないよ。

 こうした見慣れぬ道具立ての中に、地元の図書館や学校の図書室で読んだ本を見掛けるとホッとするよね。

 アルセーヌ・ルパンや怪人二十面相シリーズといった探偵物の全集に、歴史や科学系の学習漫画。

 それに、男の子が大好きな恐竜や昆虫の図鑑だって。

 こういう馴染みのある物と無い物の渾然一体となった感じは、ちょっとしたパラレルワールド感を味わえて好きなんだよね。


 こんな具合に他県の図書館が持つ醍醐味を満喫した私が、グルリと館内を一周し終えた時、此度の来館の一番の収穫となる面白い物を見つけたんだ。

 貸出カウンターの傍らに置かれた台車の中に、本が沢山並べられている。

 管理用のバーコードラベルにマジックで引かれた斜線から、それがリサイクル図書である事は一目瞭然だった。

「何か面白い本があるかもね!」

 嬉々としてリサイクル図書を漁る私は、やがて一冊の児童書と巡り合ったんだ。

「へえ、『御本は私のお友達』か…外国の作家さんかな?」

 女の子向けの童話という事もあってか、その児童書は他のリサイクル図書よりも保存状態が良かったんだ。

 頑丈なハードカバーの表紙には、西洋人と思われる小さな女の子が椅子に座って本を広げているオシャレなイラストがあしらわれていたんだ。


挿絵(By みてみん)


 パラパラとページを繰っていくと、読書好きの女の子が本の世界に吸い込まれて不思議な冒険を繰り広げるという、児童向けのファンタジー物だったんだ。

 良好な保存状態とオシャレな装丁、そして何より、主人公が自分と同じ文学少女という事もあって、私はこのリサイクル図書に強く心を惹きつけられたんだ。

「すみません!私、この図書館の貸出カードを持っていない旅行者なんですが、この本を頂いてもよろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ。お嬢さんの旅の思い出になれて、その本もきっと喜んでいるでしょうね。」

 笑顔の優しい司書のお姉さんの御墨付きを頂いた私は、リサイクル図書を抱えて意気揚々と図書館を引き上げたんだ。


 レンタカーへ戻って来た私を待っていたのは、母の呆れ顔だったの。

「まあ、マヤったら…借りられないって言ったのに、図書館の本を持って来ちゃって…」

「ちょっと…人聞きの悪い事を言わないでよ、お母さん!これはリサイクル図書だから、貰って良い本なんだよ!」

 斜線の引かれたバーコードラベルを示して身の潔白を証明する私だけど、戸惑うお母さんの気持ちもよく分かるんだよ。

 バーコードラベルもそうだけど、専門用語で「天」と呼ばれる上部の切り口には富良野市の市章が押印されているから、もろに「図書館の蔵書」という佇まいなんだよね。

「まあ、それなら良いわ…それに、マヤが旅行中に読む本も確保出来た事だしね。どうせ持ってきた本は、全部読んじゃったんでしょ?」

「まあね、お母さん。家から持って来たのは堺市の図書館で借りた本だから、帰りに返却ポストに入れたら荷物も軽くなるよ。」

 その時には、このリサイクル図書を間違えて入れないように気をつけないとね。


 北海道旅行の全行程をこなした私達一家は、交通事故やハイジャック等のトラブルに巻き込まれる事もなく、懐かしい堺県の浅香家へ無事に帰宅したんだ。

 件の児童書も、富良野で過ごした楽しい旅の思い出の品として、私の本棚の一角を占めていたの。

 ラベンダー畑で歩きながら読んだせいでお母さんに叱られたり、帰りの飛行機でも夢中で読み返していたから飲み物を貰い損ねたりと、背表紙を見るだけで色んな思い出が蘇ってくるんだ。


 そんな思い出深い本だけど、今は私の手元に無いんだよね…

 と言っても、資源ゴミに出してしまったとか古本屋に売り払ったとか、そういう通俗的な理由じゃないの。

 確かに手放しはしたけれど、もっと素敵な形でだよ。

 それに私がその気になれば、あの本にはいつでも会いに行けるんだからね…


 リサイクル図書として貰った例の児童書が、実は結構珍しい本だと知ったのは、私が大学に入学してからの事だったの。

 司書課程の講義の一環で児童書について調べた時、私が貰ったあの本が、かなり昔に品切れになっていた事が分かったんだ。

 一応、『御本は私のお友達』は別の出版社からも販売されているけど、私の持っている旧訳版は品切れのままで、児童書マニアの中では人気が高いんだって。

『そんな珍しい本を、私なんかが独り占めしていても良いのかな…?』

 勿体無さと罪悪感に駆られた私が足を運んだのは、沿線の駅舎に設けられた駅ナカ文庫だったんだ。

 愛書家達が持ち寄った本で蔵書が構成される私設図書館の駅ナカ文庫なら、この珍しい児童書を有意義に活かしてくれるはずだよ。

 それに今の時期は、「旅と本」という切り口でミニ特集を開催しているから、これに託けて蔵書の寄贈が出来るじゃない。

 なんせ『御本は私のお友達』は本の世界を旅する話だし、この本は私が旅先で手に入れたリサイクル図書だからね。

「この本、北海道の図書館のリサイクル図書なんですけど、寄贈出来ますかね?」

「ええ、勿論ですよ!北海道から堺まで旅して来たなんて、まさに今回のミニ特集にピッタリの本ですね。」

 神妙な顔で問い掛ける私に明るく微笑みながら、駅ナカ文庫のスタッフさんは慣れた手付きで寄贈本の登録手続きを済ませていく。

 古びたバーコードラベルを特殊な薬品で剝がし、ハードカバーの見返しに貼ったブックポケットには、寄贈者である私が書いたメッセージカードを差し込んで。

 最後に蔵書シールを背表紙に貼られた『御本は私のお友達』は、無事に駅ナカ文庫の仲間入りを果たしたのだ。

 だけど、天に赤く押印された富良野市の市章は、この本が辿った長い旅路を、雄弁に物語っていたんだよね。

 富良野の子供達を楽しませた後は、北海道旅行に訪れた私を楽しませて。

 そしてこれからは、駅ナカ文庫の蔵書として堺っ子を楽しませていく。

 そう思うと、この本に記された物語が、果てしない旅を続けているように感じられるんだ。

「次は誰が、この本を読むんだろうね…」

 こう小さく呟きながら、私は思い出深い児童書を駅ナカ文庫の棚に戻したんだ。

 この本が、見知らぬ誰かの素敵な思い出の一品になってくれる事を、陰ながら祈らせて頂いてからね。

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[良い点] 素敵なお話でした。主人公の視点で、でも本が主役といった物語が印象的でした。読ませていただき有り難うございました。 [気になる点] 最後まで、どうしても語り口調の語尾「だ」の硬質な感じと、「…
[良い点] タイトルに惹かれて拝読しました。 本好きならワクワク、そして共感せずにはいられない、あたたかくて素敵なお話ですね! 繊細で柔らかな雰囲気の挿絵も、作品の世界観に本当にピッタリだと思います。…
[良い点] 「移動企画」から参りましたが、本にまつわるとても素敵な移動でしたね。 その本を楽しんで北海道の図書館にリサイクルした人があれば、旅行のお供になり、堺県に住む主人公の本棚に収まることもあり、…
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