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中編

 あてもなくふらふらと歩く猫は気付くと人気のほとんどない通りにいた。オイルの効果がきれたのか言いたいことは言い尽くしたのか、いつのまにか無言で歩いている。そんな猫の前に、すとん、と何かが落ちる。

「危ないですね……なんですかねこれ」

 音もなくそれに近付くと、しゃがみこんでつまみ上げる。それほど大きくないそれは、素材こそ違っているが、猫にとってなじみの深かった、懐かしい形をしていた。

「羽根……?」

 金属のような素材でできたそれの軸をつまみ、くるくると回してみる。しゃがみ込んだまま傘を少し傾け、上を見上げる。今まさに落ちてきたはずだが、落とし主らしきものは見つからない。

「どこかに行ったのか、意外と高いところから落ちてきたのか……」

 何か釈然としないものを感じながら、猫はそれを袂に仕舞った。こういうものを落とすような何かが空を飛んでいるという話は聞いたことがなかった。

「なーんかこう、妙な日だよなぁ」

「妙ですね、本当に……」

 呟きながら、すっと立ち上がる。後ろに何かの気配を感じた猫が、

「あなたもそう思いませんか?」

 振り返らずに声をかける。

「うわ、びっくりした」

 気の抜けた声が返ってくる。猫が刀に手をかけながら振り返るとそこにはずぶ濡れのマッチョが三人。勿論彼等は生身ではない。Caベースフレームに合成タンパク系人工筋肉を載せた、一見生身のようなボディは、一部の不良に好まれるスタイルである。皆、額には肉の一文字。

「……失礼、あなた"たち"、でしたか」

 人数を読み違えたためか、猫の目が丸くなっている。

「……なんの話かは知らないんで、そう思いませんかと言われても困るんだ」

 一番背の高い男が応える。

「おひさまビーチみたいな店から、あんたみたいなボディした奴が出てくるのも珍しいなと思ってな」

 中くらいの男。色は一番濃い。

「声をかけようと思って追いかけただけなんだが」

 これは一番小さな男。ただ、しっかりとした幅がある。みんな男性型なのは、これが肉美男(ニクビナン)と呼ばれるスタイルだからだ。中身まで男性かどうかは外からはわからない。

「どんな性能なんだか、足音はしないし人ごみもすいすいすり抜けるしで」

「やっと追いついたってわけだ」

「おひさまビーチ……あの店はそんな名前だったのですね……」

 たぶんこの町の人間はおひさまもビーチも直接は知らないだろう。むしろ、どこの誰がそんな店を出そうと思ったのか、気になり始めた猫である。そして

「で、どうなんだ?あんたも生体に近いボディだろう?楽しめたのか?俺達が行っても大丈夫だと思うか?」

 何のことはない、後ろからついてきていたのはただのヘタレだった。

「なんだとぅ!ナメてんのかコラァ」

 舐められるような言動をしているからなのだが、本人にはその自覚はないようだ。

「やれやれ……その威勢の良さで、店にも入ってみればいいでしょうに」

「うっ、うるせー!それができねえからてめぇに聞いてんだろうが」

 凄んでいるが内容は情けない。

「それより子供達、このへんで鳥の羽根が降ってきたとか、そういう話を聞いたことはないですか」

「何をワケわかんねー事言ってんだよ。鳥なんてどこ見てもいねーだろうが。あんなのは絵本の中にしかいねーよ」

 ちなみに絵本でなくても一般的な本や図鑑には載っているはずだが、彼らはそういったものに触れずに来たのだろう。むしろ絵本は見たことがあるあたり、多少恵まれた生まれなのかもしれない。

「ふむ……やはりそうですよねぇ」

「お前ら雨に濡れても平気なんだろ?その表皮、そこそこいろんなものから守ってくれるんじゃないのか?」

 このままではらちが開かないと思った傘が口を挟む。

「あとはドラッグすすめてくる何言ってるかわからないお兄さんがいたくらいか。子供達は、やるならほどほどにな」

 猫も羽根について情報が得られそうにないことがわかったので、適当に話をして追い返す姿勢に切り替えた。

「子供じゃねえって」

「ナメた口利いたのは見逃してやる」

「じゃあな!」

 三人は口々にそう言うと、きびすを返した。おひさまビーチに向かうのだろうか。

「やれやれ、見逃されたのはどっちなのかもわかってねぇとは」

「別に子供達をどうこうしようなんて思わないですよ」

 そうは言うが、ネコというのは気まぐれな生き物だと傘は思っている。

「どうだかなぁ。だって、刀に手をかけたままじゃねぇの」

 そう、実は今も猫の手は刀の柄にかかったままである。

「どうもね、しっくりこないというかね……」

 そう言いながら手を刀から離し、その手でヒゲをはじく。

「振り向くまで、気配は一人だったと思うんですがねぇ……」


 バー「サイクロプス(一つ目小僧)」。いつもの席で、いつものように猫が油を舐めている。片手に油の器、もう片手に袂から出した羽根。羽根を指でくるくる回しているその姿は、マスターの大きなレンズにも映り込んでいる。が、猫は何も言わない。マスターも何も言わない。何かを思い出そうとするように、猫はくるくると回している羽根をじっと見ている。薄暗い店内だが、猫にとっては問題ない暗さである。マスターの大口径レンズにとってもなんの問題もない。演出としての薄暗さ、その心地よさに浸りながら、猫は油を舐める。

「何かがおかしいんですよ……」

 落ちてきた羽根、何も飛んでいない空、後ろにいた肉美男、感じ取れなかった気配……その前からの違和感。

「うーん……これ、なんなんでしょうねぇ」

 またくるくる。反対向きにもくるくる。

「見せてもらっても?」

 マスターの声。

「ああ、いいですとも」

 壁のどこかに埋め込まれたスポットライトに、羽根が浮かび上がる。鈍い金属光沢。ぱっと見ではわからなかった細かな細工。

「厄介事に巻き込まれそうだね」

 それだけ言って、スポットライトが消える。

「やっぱりかい?」

 猫もそれ以上何かを聞こうとはせず、袂に羽根を仕舞うと、かわりに決済チップを出す。どこからともなく伸びてきた端末付きアームがそれに触れる。

「良い油だったよ、ありがとう。ところで……」

 一瞬言いにくそうに、言葉がとぎれる

「ケミカルのギアオイルなんてのは」

「うちを何屋だと思っているのかな?」

 珍しく不機嫌そうな声を背中に受け、猫は肩をすくめると店を後にした。


「別に何かを教えてもらったワケじゃないけどね」

 歩きながら猫が喋る。雨足が強く、傘に当たる雨の音も大きい。

「巻き込まれそうだってことなら、何かは知らないがきっとまた関わることになるんだろう、と思ってね」

 相変わらず足音はしない。

「なので、これを拾ったところにもう一度行ってみようかと」

「ま、傘は持ち主に運ばれるがまま、なんの問題もないけどな」

 羽根を拾った、人気のない通り。廃業したのかたまにしか開かないのか、光の灯らない看板がいくつもある中に、ぽつぽつと生きた看板も紛れている、そんな場所である。もう暗い時間帯ではあるが、猫の目には十分な明るさがある。特に何も落ちてないな、と猫が思ったとき、ゴトン、という音とともにそれは落ちてきた。機械の、左腕。正しく切り離したと言うより、破損個所から腐食してちぎれ落ちた、という断面。指がギシギシと動いている。その見かけの重量と音の大きさから、それほど高い位置から墜ちたのではないと判断した猫が上を見る。

「ごめんごめん、おっことしちゃった」

 高い位置にある暗い看板の上に、何かがいた。

「いやぁ、もうちょっと大丈夫かなと思ったんだけどね。噂よりキツいね」

 ガシャガシャっと音がして、シルエットが左右に広がる。

「そっちに行くね……よっと」

 バシャッという音を立てて、猫のすぐ前にそれは降りてきた。左右に開いた金属の羽。袂に入っている羽根はその一部だろうか。根本の一部しか残ってない左腕。03という数字が見て取れる。右腕は一見生身のようだ。体には布のようなものを巻き付けている。そして、整った顔と、その上に大小さまざまな直方体を集めて塊にしたような、輪。その直方体が、それぞれ勝手に大きくなったり小さくなったりを繰り返し、ギチギチという音を立てている。着地の衝撃を受けとめるためか、ひざは曲がっている。

「君が僕の羽根を拾ってくれたから、君と僕の間には縁が結ばれたんだ。ありがとう」

「縁ねぇ……まあ、モノは言いようってやつだな」

 傘がぼそっと言うが、どちらも聞いてはいない。猫はピリピリするヒゲを気にしながら刀に手をやっているし、降りてきたものは、羽をたたみながら立ち上がる。

「物騒な気配を放つのはやめてほしいなぁ。僕は何もしてないだろう?」

「……物騒なのはどちらかね?」

 手をかけているのは本差なのだが、なぜか脇差がカタカタと鳴っている。

「ああ、ごめんごめん、悪気はないんだ。ちょっとだけ在り方が違うから……でも君もかなり変わってるよね?」

 全身を内側から撫でられたような感触に、猫の全身の毛が逆立った。

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