西方防衛編 1章―2節 『女神様は真心を食された』
ブリアント王国に帝国が近づいた真の狙い。
それは王国が急速に技術を向上させて有用な兵器を開発したことにある。協力体勢を敷くといっても帝国は戦力を派遣するわけでもない。俺のような若い技術者を派遣しただけだ。王国の技術だけを盗んでこいという強かさが透けて見えている。だが俺にとってはそこにチャンスがある。
「帝国には機巧技術がある。そして、ブリアント王国には魔導技術。さらに魔法少女に寄与するべく生まれた魔装技術がある。この技術を学んで取り入れれば新しい武器が作れるはずだ」
これらの研究は今後秘密裏に行う必要がある。ハンスらに奪われないよう立ち回らなくてはならない。その上で後ろ盾になる貴族を味方につけて功績を立てよう。
「いろいろと難題だな。まずは秘密の研究場所を確保する必要があるか」
思い立った俺はベルモンテの街を散策して回ることにする。ここに来る途中、幾つも都市を回ったが貧しい。
ここは侯爵がおさめる中心都市。本当に高位貴族領なのかと疑いたくなるほどの廃れ具合。手が行き届いていない施設が目立つ。衛兵の詰め所であったり、修繕の済んでいない都市を囲む街壁もいたみが放置されている。
「社交パーティーしているどころじゃないだろ」
兵は装備の質も悪く士気も低い。それとなく情報を集めてみれば安い賃金で働かされているため日々の食事にも困っているそうな。
お腹がすくと元気でないもんな。
さらに問題なのは負傷兵の増加だ。医療物資の不足もあって治療が追いつかず、兵士に復帰できなくなる人も多いのだそうだ。負傷兵の手当にも相当の資金が出ていることだろう。予算がちゃんとでているのか心配だ。
兵士の不足で街道の巡回も満足に行われていない。無魔だけでなく盗賊も山賊も増えているらしい。結果補給路が確保できず物資の停滞を招いている。
「商店街の商品が少ないのもむべなるかな」
領主に報告は言っているはずだが動いてくれる気配はない。それを屋台のおっちゃんから話に聞いた。人災という文字が浮かびなんとも言えない雰囲気になる。
領主の不満が地元民ではない俺でも簡単に聞き出せてしまう。それほど住民に不満が溜まっているのか。先行きが不安になるよな。
「ん、あれはザコンか」
ハンスの取り巻きの1人であるザコン。顔だけはいいのでモテる。一応技術者としてきているが本人は五流以下の実力しかない。女性技術者たちをたらし込んで研究成果をわが物として発表しているクズだ。
「がはははは」
なんとも品のない笑いが遠巻きの俺にまで聞こえてくる。
今も8人の若い女性に囲まれながら上機嫌に大通りを我が物顔で歩いている。ハンスたちの評判は1ヶ月という短い期間ですでに地に落ちた。フィッシャー侯爵の重客としてベルモンテの人々に横暴な態度で接してきたのだから。
絡まれるとめんどうだな。
見つからないようにと俺は道を外れた。
「イケメンは得だなあ」
ザコンのようになりたいわけではないが努力しても報われない今の世の中。人の苦労をかすめ取って成り上がるザコンをみてこの世の不公平を恨みたくなる。女の子とデートしたことすらない。
くぅ~~、羨ましくなんてない。そう、羨ましくない(自分に言い聞かせ)。
そもそもフツメンの俺が女にモテるなんてあり得ない。ましてや美少女なんてもってのほか。
――あっ、いってて悲しくなってきた。
「(ぼそっ)いいなあ、俺も彼女欲しいなあ」
思わず心の願望が口から漏れ出る。これが思春期か。うっかり心の声が口から出るなんて恥ずかしすぎる。
しばらく歩くと閑静な住宅街の近くに澄んだ用水路が目に入る。晴れやかな日差しをうけてキラキラと神秘的なまでに反射する水面を辿っていく。まるで精霊の光に導かれるように歩いていると気になる少女を見かけた。
なだらかな水流に憂いを帯びた視線をおとす、それだけで絵になる美少女。不思議と惹きつけら魅入ってしまう。
「……何やってるんだ?」
肩を落として思い詰めているようにも見える。本来ならば素通りするところだが寂しげな背中を見てしまっては気になって仕方ない。
決して美少女だから声をかけようと思ったわけじゃない。その少女を見ていると胸がざわめいて自然と足が向く。
「……綺麗だ」
近くで見ればなおさらだ。目が覚めるような佳人だと分かる。容貌は少し幼めだが整っていて人なつっこそうだ。
小柄な少女だが自己主張をして憚らない豊満な胸にドキッとする。
「な、なんだと……」
思わずつばを飲み込んでしまう。超弩級の色気(特に胸)に俺は衝撃を受ける。視線が定まらなくなって落ち着かない。
他にも絶妙に引き締まった体に張りのある肌が眩しい。
光に照らされ輝きを増す長い銀髪はさらさらと風に揺れ絹のよう。
並の人とは思えない奥深い魅力が心惹きつけてやまない。
「まるで天上より舞い降りた女神のようだ。それにあの服はみたことがない」
和服とドレスが融合したような艶やかな生地だ。滑らかで上質な質感が一目で分かる。上が白、下が薄水色の2色が途中で混じり合い、その間をサクラの花びらに似た光の粒子がひらひらと幾重にも落ちていく。
見間違いでなければ服の模様が時間と共に変わり続けているように見える。
「見たことのない生地だな。あれってまさか魔装法衣?」
だとしたらこの少女は魔法少女なのだろうか。
魔法少女は人類を守る希望であり憧れだ。無魔との長年の戦いで魔法少女は次々に倒れ帝国ではもはやいないとされている。それでもユリスも魔法少女に対してアイドルに向けるような憧憬をいだいている。
「……魔法少女、まさかなあ」
俺は見とれて立ち尽くしてしまった。
決して丈の短いドレスから覗く生足の色っぽさや、華奢で美しい露出した肩や鎖骨の辺りに目を奪われていたわけではない(ウソ)。
そして、我に返ると俺は頭を振る。
「いやいや、しっかりしろ。視線には人一倍気をつけないとだぞ」
ただでさえ俺はフツメンなんだ。イケメンなら喜ばれるかもしれないが俺は絶対そうならないだろう。
少女は俺に気がついていないようでブツブツ呟き俯いていた。
「うう、切ないよお」
少女はどうやら俺の視線に気づかない、もしくは気にしていないようである。
ふうーー、危ない危ない。
小心者の俺は少女との間合いに注意を払う。言葉遣い、視線に細心の注意を払いながら声をかける。
「あの、どうかしましたか? どこか具合でも悪いのですか?」
少女は涙目で、それでいて思い詰めた表情でいった。
「さみしい。消えちゃいそう」
そう語る少女の体は気のせいか透けたような気がする。
……見間違いか?
「うう、世知辛い世の中だよ」
「もしかしてお腹がすいているのか?」
少女は違うと首を振って否定する。少しげっそりした様子から何も食べていないのだと思ったが違うようだ。
お金が欲しいのだとしたらあまり力になれそうにないが……。
「違うよ。愛が欲しいんだよ」
この衝撃的な言葉に俺は解釈を悩んだ。
1、痴女なのか?
2、愛=善意(お金)が欲しい。
3、やばい宗教をやっている。
真っ先に思い浮かんだのだこの3つだ。
俺はつとめて人の良い愛想笑いを顔に貼り付けながらも心の裏で思った。
うわあ、やべえのに関わったかも……。
2だったら状況によっては考えるが3は勘弁して欲しい。
「お腹すいてるなら俺の弁当でも食べるか?」
そう言って今朝作ったお弁当を取り出す俺。ここ数ヶ月妙に料理のスキルが上がっている俺は自分で作るようになった。ものすごい勢いで上達するものだから最近は楽しくて趣味になりつつある。
少女は色彩豊かなお弁当を見て目を見開いた。
「――っ、いいの?」
反応した。これでお腹がすいていたのあろうと俺は確信する。
やっぱり女の子だもんな。お腹がすいたとか男に言えないだろ。
思わず俺は心の中でドヤ顔を決めつつ、地面にハンカチを敷いて座らせると少女はほほえんだ。そして、ようやく俺を見た少女はびっくりしたように目を見開く。
「えっ……」
「んっ、どうかしたか?」
「ううん、なんでもないよ。えへへ」
ほにゃんと柔らかな笑みを返してくれる少女。いやあ、思わず勘違いしてしまいそうな笑顔だ。
「ありがとう。優しいんだね」
まるで俺に一目惚れしたような熱いまなざしを感じた。耐性のない俺は危うく恋に落ちてしまいそうだ。だが必死にその笑顔の意味を消極的理解に修正する。
勘違いするな。俺はフツメン。相手はただの社交辞令。
ブツブツ、と言い聞かせる俺をスルーして少女はお弁当に、そして俺に礼をして頂きますと手を合わせた。
そして、彼女は箸を使っておかずを口に運ぶと表情がぱあっとほころぶ。
「うーーん、おいしいよお~~」
満面の笑みを浮かべてほお張る少女にちょっと和んだ。本当に美味しそうに食べてくれるからだ。俺の弁当は悪く言えば肉がない。健康志向過ぎて(=野菜だらけ)残念そうにされないか心配だったが杞憂だった。
「真心が胃に染みるよ。心のこもった贈り物に力がわいてくる」
まるで心で食べているかのような感想だ。
「食べると噛むごとに真心が口の中でふわあって広がって、優しい香りが突き抜けてくる。これは生き返るよ~~」
本当に変わった子らしい。味の感想が独特だ。
少々違和感すら感じるが良いことした後は気分が良い。
「ここで何してるんだ」
「世界を救って回ってるんだよ」
「そっか、偉いな」
「えへへ、褒められた。もっとほめて」
少女はお弁当を食べ終わり手を合わせると満足げに言った。
「特別にお兄さんにはわたしから祝福の魔法を授けます」
「はい?」
どういうことか分からず思案していると気のせいだろうか、少女の手が光輝きほのかに乳白色の粒子が広がっていくように見える。
それがぶわっと一気に周囲に満ちると空間が光に支配される。夢でも見ているような非現実的な光景だった。
その後広がった光は俺の体に集まりとけこんでいく。同時に心が晴れるような爽快感と、暖かい何かに包まれているかのようなぬくもりを認識した。これにはもう驚きしかない。
「なんだこれ」
改めて少女に聞こうと視線を向けると少女は元からいなかったように姿を消していた。目を離したのは数秒にも満たない時間だというのに。
「いない?」
幻覚でも見ていたのだろうか。だがお弁当は空っぽになったままだ。
周囲に少女の姿はもうない。
神仙精霊の類いだったのかな。……まさかね。




