西方防衛編 1章―1節 『貴族はそんなに偉いのか』
運が悪いのか、俺がブリアント王国に派遣されたのと時を同じくして『無魔』と呼ばれる人類の天敵が300万の大兵力をもって攻め入ってきた。
『大侵攻』と呼ばれる無魔の大規模攻撃はかつて神聖オラクル帝国でも起こった。《ジャイアント級》と呼ばれる山のように大きな個体の無魔も現れ、人類最大の戦力を持つと言われる帝国ですら多大な被害を出して撃退した経緯がある。
今回の大侵攻はそのときを上回る規模になる。小国のブリアント王国ではとても耐えきれないというのが帝国の予想だ。だが、大侵攻が起こって1ヶ月。いくらかの領土は切り取られたもののよく持ちこたえている。
要因はこの国が保有する正義の変身ヒロイン『魔法少女』たちの活躍が大きい。加えて今や伝説的な魔装技師マコトの残した功績と遺産も大きい。残念ながら6ヶ月前に起こった王都ロンドウェルの大規模な戦で命を落としたそうだ。生きていれば同じ技術者として話をしてみたかった。
今の俺はそのブリアント王国西方に位置するフィッシャー侯爵領の都市ベルモンテにいる。俺は帝国からの技術者として応援に派遣されてきた。前線で働く兵士の武具や魔導具の整備手伝い。王国の技術者との交流。その合間に自身の研究と忙しい。ここに派遣されているのが俺だけではないのが更に悩ましいのだ。その理由は……。
「もう朝か……」
王国に依頼された武具の整備で今日は徹夜だった。帝国から派遣されてきた他のものたちは下っ端の仕事だと俺に全て丸投げするので殺人的な仕事量になっている。研究室の窓から差し込む日差しに目を痛めつつ、深いため息をつく。
体を伸ばしてほぐせば蓄積した疲労感を思いだし、眠気が襲ってくる。部屋のよどんだ空気を肺いっぱいに吸い込むと思わずむせそうになる。
「整備よりも武具の洗浄の方が大変だったな」
こびりついた血と脂に汚れと匂い。破損状態も壮絶だ。整備をしていると間接的にとはいえ戦場の悲惨さが伝わってくる。今は磨かれ、美しい光沢を放つ装備たちを眺めてちょっとした達成感に浸る。この輝きを見ていると気分が高揚してくる。
「納品するのが惜しくなるほど綺麗になったな、うんうん」
苦労しただけに愛着もわくというものだ。それにサボって遊びほうける同僚たちではこうも完璧な整備はできまいと自画自賛する。
「他の連中は情報収集だといって貴族のパーティーか街で遊びほうけてるんだよ。あいつら何しにきたんだ」
思わず愚痴をこぼしたくなるのも許して欲しい。そもそもこの戦時下で領主は連日のようにパーティーを開催している。無駄に散財し民にも示しがつかない。それを知っている民の不満を無視し続けるのは厚顔無恥でバカなのか、現実逃避なのか。
納品のため武具を外に運び出そうとすると乱暴に部屋のドアを開け放たれた。
「おうおうおう、やってるなあ、無能者のくせに」
まるでマフィアのような態度で俺の神聖な研究室に上がり込んでくる奴らいる。
ドラクイユ侯爵の嫡男ハンスを中心とした帝国の派遣連中がドカドカと上がり込んでくる。ドラクイユ家は自治政府内の貴族で母を人質にしている貴族の筆頭でもある。
「お前は雑用するしか能がないのだから整備くらいしっかりやっとけっていったよな」
そう嫌みったらしい口調で言ってくるのはハンスの取り巻きの1人でザコン。性格は悪いが顔はいいイケメンなので女性にもてる。今も両手に町娘たちを抱えるように引き連れている。
おい、機密もあるこの屋敷に部外者つれてくるなよな。
こみ上げる怒りと不満を心の内におし隠してにこやかに応える。
「それなら終わっていますよ」
「はあ、バカか。1人で終わる量じゃないだろ」
「目の前に見える武具が見えませんか」
見渡せば見違えるような新品同様の装備がずらりと部屋に並べられている。
それをみて、ぐっとザコンが言葉に詰まった。本当は難癖をつけたかったようだ。相変わらず器の小さい男だ。
ハンスは取り巻きに整備された武具の回収を命じると俺に言う。
「全く、お前は整備1つまともにもできないのだな」
「……は? 言ってる意味がよくくわからないのですが?」
「バカか。ここにある依頼の武具は俺様たちが苦労して整備したのだ。お前はなにもできなかった」
俺はようやくハンスの言いたいことを理解した。いや、わかりたくなかったが。
難癖をつけるにしてもあまりに無茶ではないか。
だから一応反論する。
「そんなっ。あんたらが遊びほうけている間に必死で仕上げたんだ。それを盗人猛々しい」
さすがにと詰め寄るとハンスによって蹴り飛ばされる。
「黙れ、無能者。俺様の手柄は俺のもの。テメーの手柄も俺のものだ。そんなこともわからないから無能なんだよ、お前は」
「なっ」
「このさいだ。教えておいてやる。手柄を上げればお前の母親を解放するって約束な。一生かかっても無理だから。なんせお前が必死に上げた苦労も研究成果も今まで俺たちの手柄にして報告してあったんだから」
あまりのことに俺は言葉を失い、怒りのあまり目の前が真っ白になった。
ハンスは研究室内の書類を適当に拾い上げると腕にあるリングを見せつけるようにかざした。
そのリングの名は《ギアリング》。
腕輪の宝玉1つに埋め込まれた術式を展開し誰でも魔法を使えるようにする最新式の魔導具だ。これにより、インプットした魔法限定だが誰でも使える。画期的なのは本来遠距離魔法が使えない男でも魔法を使えるようになる。だから……。
「魔術展開、《フレイムボール》」
ユリスの研究データが書かれた書類があっという間に燃え上がっていく。苦労して積み上げた情報が塵となり舞い落ちていく。
「なんてことを……」
「お前はギアリングすらまともに使えない。それは魔力が全く無いからだ。お前は人間じゃない。魔力がないそこらの家畜どもと一緒なんだよ」
ザコンたちを筆頭にあざ笑う声が耳に突き刺さる。一般に人間以外の動物は魔力を持たないとされている。だから俺のことを家畜と同列にしたのだろう。
ハンスが俺の頭をペタペタとはたきながらとても醜い笑みを浮かべている。そして、母を人質にされている俺が何もできないことをいいことにコーヒーカップの中身を俺にゆっくりとかけてくる。
「お前が訴えても無能者がまともな研究成果を出せるわけがねえ。誰もお前の話は聞かねえよ。そもそもこの俺様がこれまでのお前の研究を形にして世にだしてやったんだ。ありがたく思えよ。お前の功績なんてな。地面に湧き出るような綿ゴミ一欠片ほども価値がないんだよ」
頭が熱い。降りかかるコーヒーで火傷しそうだが、それ以上に彼らに対する怒りで燃え上がっていた。
こいつらほんとにクズだな。
「なんだその反抗的な目は? ハンス様に無礼だろうが」
ザコンは俺を突き飛ばす。これらを見ていたザコンの傍にいた町娘たちはさすがにドン引きしていた。同情的な視線に変わっているがここには貴族もいる。何も言えず黙っているしかない。
「お前の母親の処遇も俺様の胸三寸だあ。なのにその目はいただけないなあ」
冷たい笑みを浮かべながらハンスはいう。
「謝れ。謝れよ」
理不尽な謝罪要求を迫るハンス。
怒りのあまりになかなか言葉の出ないが俺はどうにか絞り出す。
「も、申し訳ありませんでした」
ハンスは耳に手をそえてとぼける。
「はあ? 聞こえないなあ。そもそも貴族に平民が謝罪するには相応の形があるだろう。そんなこともわからないからお前は無能なんだよ」
相手の言いたいことはわかる。だがこちらのどこに土下座までする非があるのだろうか。そう思うが貴族と平民の身分差は絶対だ。理不尽も押し通してしまえるのが貴族である。
膝を折り、床に額をこすりつけるように。
震える声で俺は謝った。
「申し訳、ありません、でし、た」
俺の前にきたハンスは頭を足蹴にしてきたが俺は必死に耐える。
「やっと自分の立場がわかったか。これからも身を粉にして働けよ。もしかしたら温情があるかも知れないぞ」
母親のことを言ってるのだろうが今となっては一欠片も信用に値しない。
取り巻きたちが無法者のごとく研究室の書類や機材を暴れて乱していくと納品の武具だけ”略奪”して去って行く。
俺はゆっくりと顔を上げて誓った。
「必ず……、必ず報いを受けさせてやる!!」
ギリッ。爪が皮膚に食い込むほど拳を握りしめた。今日この日より俺は反逆を誓い、甘ちゃんな自分と決別した。




