Episode1「転生」
5歳の誕生日、私は酷い風邪をひいて死にかけた。
朦朧とする意識の中、自分の知らない自分の記憶が一気に頭を駆け巡った。
迫り来る死の記憶に酷く怯えた事を覚えている。
そう、私は前世の記憶を取り戻したのだ。
そして、思い出した。
私自身の事を、今の私が誰なのかという事を。
エリス・ワイヤース。
ワイヤース公爵家の一人娘、幼少の頃から父母に溺愛され、甘やかされた超絶我儘娘。
それでけではない。
エリス・ワイヤースとは前世で私が死ぬ前に友人から借りて生まれて初めてプレイした乙女ゲーム『聖剣LOVERS〜剣に選ばれし王子様〜』に登場する主人公のライバル、つまり悪役令嬢である。
主人公に対して陰湿ないじめを繰り返しあれやこれやと主人公を貶めようとする外道女。
最後は主人公と攻略対象達によって断罪され死刑若しくは国外追放される。
乙女ゲームの悪役令嬢とは皆すべからく悲惨な終わり方をするものだと、このゲームを半ば無理矢理貸してきた私の唯一の友人であるあやめちゃんが言っていた。
あやめちゃん、あなたの言う通りならば私は悲惨な結末を辿るであろう少女に転生してしまったのでしょう。
まぁゲーム内での行動を考えればそうなるのも納得ではあるが、しかし、私もゲーム内のエリスと同じ運命を辿るつもりは毛頭なかった。
悲惨な未来が待つのなら変えてしまおう。
そう、強く決心しとりあえず私は剣を振るう事にした。
だってそれしか知らないから。
私とはそういう人間だったのだから。
私には自負があった。
5歳から剣道を始め、みるみるうちに才能を発揮し、中学生で大人相手でも敵はいなくなった。
数々の大会を総ナメし、令和の天才剣道少女とまで言われテレビでも取り上げられた。
自分自身の才能に甘えて努力を怠る事もせず、剣を振るった。
剣を握り、剣を振り、剣に生きた。
剣に全てを捧げたと言ってもいい。
だからこその自負があった。
私は強い。
努力し続けた私が強くないわけがないのだと。
しかし、私にの人生は呆気なく終わりを迎えた。
借りていたゲームを返しに友人宅に向かっている最中、手土産にとコンビニスイーツでも買って行こうと入ったコンビニに強盗が押し入っていた。
目指し帽の男はナイフをチラつかせ動くなと私に怒鳴っていた。
1度は言う事を聞く振りをして油断させ男をねじ伏せ、拘束したが、私は奥にもう1人強盗が居る事に気づかずその男に刺された。
背中に走る激痛、薄れていく意識の中で「剣さえあれば」と思いながら私、氷川巴の人生は幕を閉じた。
熱を出し死にかけた次の日から突如、剣を振り始めた私に、家の皆は酷く驚いていた。
しかし私は誰の静止も聞かず、父に剣術指南役を呼んで欲しいと懇願した。
前世での記憶、能力があったとしても私はまだ幼いし教え手がいるに越したことはないだろう。
最初は剣術を習うことを渋っていた良心であったが2人はとも基本的にエリスに対して甘すぎるので必死にお願いしたら最終的には了承してくれた。
そうして呼ばれた剣術指南役ターキンソン先生の腕は一流だった。
どうせ習うならと父が最高の人材を用意してくれたのだ。
その日からターキンソン先生の指導のもと、私の第2の剣術人生が幕を開けた。
これがこの国で伝説と謳われる令嬢、エリス・ワイヤースの始まりのお話。
後に彼女の指南役を務めたルドワルド・ターキンソンはこう語る。
「剣聖令嬢?はは、なるほど確かに彼女は剣の道を生き、剣を極めた令嬢です。しかし彼女は剣聖というよりも……。少なくとも、国一の剣士とまで言われた私が完膚なきまでに敗れたあの頃、若干7歳の頃の彼女は……あー、言葉は悪いですが、【バケモノ】でしたな。ふふふっ。あぁ、悪い意味ではないですよ?」
剣聖令嬢誕生まで、後11年である。