甘めの過ち
私は過ちを犯してしまいました。それは今年で一番、いや、今月で一、二番を争うレベルの過ちです。後悔してもしきれません。これで私の人生が左右されるかもしれないというのに、心の葛藤に負けてしまったのです。身を案じて心配やアドバイスをしてくれた友人たちには、明日きちんと謝ろうと思います。
事の発端は、課題を終わらせた直後でした。時刻は深夜一時を回っており、大量の課題に追われたことで私は疲弊しきっていました。課題は授業を円滑に進めるために存在しているのであって、生活に悪影響を及ぼすほどの量が存在していてはならないと、私は思います。そう考えた時、私の心の中は理不尽に対する敵愾心で埋め尽くされました。この時だけは世の理不尽さに憤りを覚え、それらをぶち壊してやりたいという衝動に駆られました。
私はその手始めに、キッチンへと向かいました。そして月明かりに照らされた薄暗いキッチンで、キッチンカウンターに取り付けられた収納棚を漁りました。ポテトチップスや煎餅などのお菓子が沢山出てきました。私はそれを掻き分けて、更に奥へと手を伸ばしました。
この時の私を傍から見れば、さながら盗人だったでしょう。少なくとも私自身はそんな気分で漁っていたもんだから、姉が独り占めするために隠していたチョコレートを見つけた時、得も言われぬ達成感を抱きました。
私は何の躊躇もなく、球体状のチョコレートを口に放り込みました。専門店のチョコレートだったので、カカオの芳醇な香りが口の中で広がって、頬が落ちそうなほどの美味でした。一晩中頭を使っていたからか、特別甘く感じられました。
姉のチョコレートを奪ったことへの罪悪感はありませんでした。この時の私は復讐鬼だったのです。いつも虐めてくる理不尽な姉に、反旗を翻したのです。むしろ晴れ晴れした気分になりました。
しかし、充分満足したところで、チョコレートの小包の下に挟まっていた可愛らしいメッセージカードを見つけて、私は体を硬直させました。そこには、私に向けた誕生日のお祝いメッセージが書いてあったのです。このチョコレートは一週間後に私が受け取るプレゼントのようでした。
私は焦り、どうしたものかと頭を悩ませました。箱に記載された販売店を確認すると、最寄り駅近くのお菓子屋さんであることが判明しました。不幸中の幸いでした。これを受け取るのは一週間後だから、それまでに同じ商品を購入して、同じ場所に戻しておけば犯行はバレなさそうでした。私は安堵すると同時に、己の下衆さに少しだけ虚しくなりました。
新しいチョコレートを買い直すとなると、このチョコレートは主を失った状態になります。折角の高いチョコレートなのだから、悪くなる前に食べてしまった方が良いに違いありません。それに、変に持ち歩いて姉に見つかることは避けなければなりませんでした。その結果、私が全て食べるという結論に至りました。
こうして私は時計の針が午前二時を指し示す前に、歯磨きを済ませてベッドに入りました。私は真っ暗だと寝れないタイプなので、枕元にある電灯を点けました。その時に検尿キットが目に入って、明日が健康診断の日であることを思い出しました。私は血の気が引いていくのを感じました。そこでようやく冷静になったのです。
そして冒頭へと繋がります。私は虚空に向かって罪を独白していました。もはや私にできるのは、神様に祈ることだけでした。胃の中に入ってしまったチョコレートは取り戻せなくとも、摂取したカロリーだけはなかったことにしてほしかったのです。でなければ、明日の体重測定のために続けてきたダイエットが水の泡となってしまうからです。
そんな真夜中の懺悔は誰にも聞こえることなく、私の頭の中で反響するのでした