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少女と社長と子守唄  作者: ka-na
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第5話

 私のおばあちゃんと、ディドさんのお母さんは、双子の姉妹。

 私と、ディドさんは、親戚。

 だから、ディドさんは私を助けたい。


 ディドさんの話の内容は、理解できた。

 だけど、感情が追いつかない。

 

「……信じられないか?」


 気遣うようなディドさんの問いかけに、はっとして首を横にふる。


「違うの、でも……」


 何か言おうとして、でも言葉にできず、黙りこむ。


「言いたいことがあるなら、なんでも言ってくれ。

 何を言われたって怒らないし、おまえを傷つけたりもしないから」


 まじめな言葉は、今まで何度も言われて、その都度裏切られたのと同じなのに、なぜか信じられると思った。


「……私、ずっと、ひとりだった。

 物心ついた時には、もう孤児院にいたから、家族って、どういうものなのか、よくわからないの。

 他の子達からは、親や親の再婚相手から虐待されて、保護されてここに来たから、親がいなくてうらやましいって、言われたことが何度もあったし。

 だから、『血がつながってるから』優しくするとか、愛するとかも、理解、できない。

 むしろ、血のつながりは関係なく、リー家の偉い人への配慮で、ルール違反をしてる店主から保護するって言われたほうが、納得できる気がする。

 ……ごめんなさい」


 なんだか自分がすごく薄情に思えて、小さな声でつけたすと、ディドさんは苦い表情で首を横にふる。


「おまえが謝る必要はねえよ。

 詫びなきゃならねえのは、俺達のほうだ。

 オヤジが約束通り伯母やおまえと会えて、支援できてたら、おまえは伯母と一緒に暮らせて、孤児院に入る必要もなかったし、高校も行けたし、一日中働かされることもなかったはずなんだ。

 家族の絆を知らないおまえに、血がつながってるから頼ってくれなんて言うのは、傲慢だよな。

 すまなかった」


 深々と頭を下げられて、あわててしまう。


「そんなことしないで、ディドさんはまだ若かったし、この国にいなかったなら、どうしようもなかったんだから。

 私は気にしてないから、だから、ねえ、お願い」


 おろおろしながらディドさんに手を伸ばし、でもどうしたらいいかわからなくて、手を戻す。

 やっと頭を上げてくれたディドさんは、優しい表情で私を見た。


「ありがとよ。

 なあ、アリア。

 おまえのことを、教えてくれねえか。

 孤児院での暮らしについて、おまえが話せる範囲でいいから、おまえのことを教えてほしい」


「え、あ……うん……」


 元から無口なほうだし、ごく親しい相手にしか身の上話はしたことがない。

 今の店で働きだしてからは、仕事以外で話す相手もいなかったから、会話すること自体にとまどいがある。

 だけど、黙って待ってくれてるディドさんに応えたくて、なんとか頭の中で言葉をまとめる。


------------



 さっきも言ったけど、私が孤児院に来た時に言えたのは、自分の名前と三歳ってことだけ、だったんだって。

 一人でいたところを保護されたって、職員さんから聞いたことがあるから、親に捨てられたんだと思ってた。

 私が保護された当時の孤児院は、まだ子供の数が少なくて、職員さんに余裕があったから、ほぼつきっきりで面倒みてくれた女性の職員さんがいて、その人が言葉も習慣もイチから教えてくれたの。


 他の孤児院のことはよく知らないけど、私がいた孤児院は、親に虐待されたとか育児放棄されたとかで保護された子ばかりだった。

 そういう子を保護する活動をしてる団体が、支援者からのお金で運営してるらしいの。

 だから職員さんも、そういう子の対応には慣れてて、優しかった。

 保護されて良かった、親に捨てられて良かったって、みんな言ってた。

 職員さんが優しかったから、子供達も優しくて、中国系の子たちの中で悪目立ちする白人系の私も、いじめられるほどじゃなかった。


 でも……、中学校に入る、ちょっと前ぐらいだったかな。

 新たに孤児院に来た一つ上の男の子が、すごくヤンチャで、同年代のグループの中でリーダーぽくふるまうようになったんだけど、その子が、私を『幽霊』って呼び出したの。

 何かのアニメに、私によく似た白い髪と肌の幽霊がいたんだって。

 私が誰かに話しかけたら、『幽霊に仲間にされるぞ!』って言って、その子を連れていったり。

 誰かが私に近づいたら、『幽霊に呪われるぞ!』って言って、引き離したり。

 そのくせ本人は何かと私に近づいてきて、『幽霊! 幽霊!』って騒いだり。

 あんまり騒ぐと、年長の子が怒ってくれるんだけど、年長の子のグループリーダーの男の子がその子をかわいがっててかばうから、他の子もあんまり強く言えないみたいで。

 まわりに迷惑がかかるから、なるべくひとりでいるようになった。

 親しくしてた子は元から少なかったし、ひとりでいても平気だった。

 院長先生が本好きで、院長室にたくさんあったから、本を読んでる間は、うるさい子も来なかったから、本を読みふけってた。


 そしたら、院長先生が不在の日にその子が院長室にやってきて、私が読んでた本をたたき落として、踏みつけたの。

 それまでは何を言われても無視してたけど、その時は、本気で怒って、突き飛ばして本を救出した。

 本が汚れちゃったから、院長先生に伝えたら、院長先生にも叱られたらしくて、それからは、遠くから『幽霊がいるぞ、近づくなよ』とか言ってくるだけになったけど、完全に無視してた。

 私が嫌いなら、関わらなきゃいいのに、わざわざイヤミ言ってくる、変な子だった。



------------



 思い出したことをぽつぽつと語り、ため息をつく。

 紅茶を一口飲んで、顔を上げると、ディドさんがなんともいえない表情で私を見ていた。


「……なに?」


「ああ、いや、そのうるさいガキのきもちはわからなくもないが、そのせいでおまえが苦労したなら、まわりがもっとガツンと言うべきだったと思ってな」


「苦労、でもない、かな。うるさかったけど。

 ……ディドさんは、あの子のきもちがわかるの?」


「わかるっていうよりは、推測できるって範囲だがな。

 自分の感情を表現する手段がわからなくて、間違えちまったんだろう。

 おまえが孤立しちまうほどだったなら、まわりがガツンと言って、違う手段を教えてやるべきだったんだ。

 おまえは何も悪くねえよ」


 苦笑いしながら言われた言葉からは、やっぱり理由がよくわからなかった。


「副院長のことも、わかる範囲でいいから教えてくれねえか。

 いつごろ来たのか、何をしてたのか、何をしてなかったのか、誰とつながってたのか。

 なんでもいいから、情報がほしい」


「わかった」


 紅茶をまた一口飲んで、記憶をたどる。



------------



 副院長が来たのは、今から五年ぐらい前、だったと思う。

 保護団体の代表さんの知り合い、って言ってた。

 前の副院長は、七十歳すぎて、身体がつらくなってきたからって、辞めたの。

 院長先生は、優しいけど、優しすぎてあんまり頼りにならないから、副院長が実務をしてた。


 最初の半年ぐらいは、おとなしく前の副院長と同じような仕事してたみたいだけど、だんだん態度が悪くなってきた。

 『財政難だから』って言葉だけで、職員さん達の意見を無視して、いろんなことを変更した。

 まずやったのが、職員さんの削減。

 まじめな職員さんは、どんどん辞めさせられていった。

 なのにその後、『やっぱり人手が足りないから』とか言って、副院長の知り合いが入ってきて、結局副院長の言いなりになる人達ばかりになった。

 私達の小遣いや、支給品や、食事も削られていった。

 文句を言っても、『財政難だから』で済ませられた。


 まともに働く人がいなくなったから、中学生以上の子供達が、職員の代わりをさせられるようになった。

 掃除、洗濯、食事の用意や片付け、備品の買い物、庭の手入れまで、全部。

 私達はパンとスープだけしか食べられない時でも、職員達は毎食出前か外食してた。


 中学生の頃は、学校がない時の手伝いだけですんでたけど、高校卒業した年長の子達がさっさと出ていって人手が足りなくなったせいか、高校に行かずに手伝いをしろって言われた。

 私の他にも高校に行けなかった子は何人かいたけど、みんな孤児院で無償で働かされるぐらいなら、外で働いたほうがマシだって、出ていった。

 私も出ていきたかったけど、外で仕事を探すコネもないし、小さい子達がかわいそうだったから、三年だけ我慢しようと思ってた。


 職員は、みんなまともに仕事しないくせに、自分達の洗濯物を押しつけてきたり、買い物を命じてきたりした。

 私は、下の子達のために働くのはしかたないと思ったけど、職員の言うことは無視した。

 私以外に職員の代わりをしてる子が、男の子と女の子と一人ずついて、職員の命令はその二人が率先してやってくれてた。

 その二人は、副院長や職員に媚びることで生活を楽にしようとしてたから、ある意味分担ができていって、私はなるべく職員に関わらないようにしてた。

 おかげで、怒鳴られたり殴られたりすることは、だんだん減っていった。


 そして、十八歳になる少し前に、副院長に、今の店で働け、さもなくば今すぐ出ていけって、言われたの。

 副院長と店主がグルだったみたいだけど、なぜ私を指名してきたのかは、わからない。

 もしかしたら、私が孤児院を出た後で、副院長達の悪事をバラしたりしないか心配で、監視する意味もあったのかもしれない。


 ……そういえば、あの、私を『幽霊』って呼んで嫌ってた男の子、今の店で料理人見習いをしてるの。

 中学卒業と同時に就職が決まって、孤児院を出ていったんだけど、あの子も、職員に媚びてた方だったから、もしかしたら副院長があの店を紹介したのかも。

 それで、雑用係を雇うって話になった時に、アイツなら安くこき使えるって、店主に言ったのかもしれない。

 いまだに私を『幽霊』って呼んで、失敗した料理を押しつけてきたりするぐらい嫌ってるから、私を下っ端としてこき使いたかったんじゃないかな。

 

 後は、さっき話した通り、今の店で半年働いてて、今日、買い出しの途中でディドさんに出会ったの。

  


------------



 苦い表情で聞いてたディドさんは、話し終えた私を見て、ふっと目元をゆるませる。


「よくがんばったな」


 優しい声が嬉しくて、また胸の奥があたたかくなる。


「なあ、アリア。

 俺がおまえを助けたいと思うのは、おまえが言ってたように『リー家の偉い人への配慮』も理由の一つだが、他にも理由があるんだ。

 俺はこの店のオーナーで、他にもいくつか店を持ってるって、話したよな」


「え、あ、うん」

 

「俺の趣味は、『若者の育成と支援』なんだ。

 若い頃に儲けたおかげで、人生十回分ぐらい働かなくても暮らしていける金があるんでな、その金を才能はあるが金がない若者に使ってる。

 この店の店長兼シェフもそうだし、他にも、ホームウェア専門のデザイナーとか、革細工アクセサリー専門の職人とか、バリスタとかも、支援して店を持たせてる。

 そいつらと同じように、おまえのことも支援したいんだ」


「え……」


 社長だって言ってたし、お金持ちだろうとは思ってたけど、趣味でそんなことをできるほどだとは思わなかった。


「……でも、私、才能なんて、ないよ?」


「才能はなくても、趣味を突きつめたいって面白い奴も、何人も支援してる。

 今までで一番の変わり者は、『国中の鉄道に乗って、駅舎を撮りたい』って奴だったな」


「駅舎? 電車の写真じゃなくて?」


 きょとんとして問うと、ディドさんはにやっと笑ってうなずく。


「そうだ。

 鉄道好きの奴らは細分化されてるらしくてな、そいつは駅舎の写真を撮るのが専門らしい。

 それも車でじゃなく、一駅ずつ電車で移動していくのが『正しい撮り方』なんだそうだ。

 金と時間がかかるから、仕事しながら週末にこつこつ進めて、死ぬまでには国中を回りたいと言ってた。

 そのこだわりを気に入ったから、スポンサーになってやった。

 結局は俺の趣味だから、俺が気に入った相手なら、なんでもいいんだよ」


 言葉を切ったディドさんは、まじめな表情になって、まっすぐに私を見た。


「おまえは、自分の人生を優先して孤児院を離れることもできたのに、下の子達のために残って、つらい境遇にも耐えて働いた。

 今の店でも、理不尽だとわかっていながらも、まじめに働いてた。

 がんばったおまえを尊敬するし、報われてほしい。

 むしろ俺が甘やかして、本来受けられるはずだった幸せを返してやりたい。

 だから、俺におまえを守らせてくれ」

次話の更新日は未定です。申し訳ございません。

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