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少女と社長と子守唄  作者: ka-na
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第4話

「……どうして、そんなに優しくしてくれるの?」


 優しくしてもらえるのは嬉しい。

 だけど、理由がわからないから、怖い。


「ディドさんは、誰にでも、そんなに優しいの?」


 じっと見つめて問いかけると、ディドさんは苦笑する。


「誰にでもってわけじゃねえよ。おまえだからだ。

 ……その理由を話す前に、はっきりさせとこう。

 おまえの髪を、見せてくれねえか」


 優しい声とまなざしに、びくっとする。

 髪を包む布は、この部屋に入ってからも付けたままだった。

 店に入る前に、取ったほうがいいかなと思ったけど、やっぱり怖くて、外せずにいた。

 ディドさんが何も言わなかったのは、私が髪を隠してる理由がわかってたからみたいだ。

 ぎゅっと目を閉じて、深呼吸する。

 

 大丈夫、ディドさんは、あの人達とは違う、だから、大丈夫。


 心の中で繰り返して、目を開ける。

 ディドさんは、黙って私を見守ってくれていた。

 その優しいまなざしにほっとして、ゆっくりと頭の後ろに手を伸ばす。

 髪を結ぶゴムごと、布を外した。


 くすんだ銀色の髪が広がって、視界をかすめる。

 ディドさんは、小さく息を飲んで目を見開いた。

 やっぱり怖くなって、思わずうつむいてしまう。


「……やはり、綺麗だな」


「えっ⁉」


 恐れていたような言葉じゃなかったけど、予想外の言葉に驚いて、顔を上げる。


「……きれい? この髪が?」


 呆然と問うと、ディドさんは優しい笑みでうなずく。


「ああ。綺麗だぞ。

 スターリングシルバーみたいに、内側から輝くような色だ。

 今は栄養が足りてなくて、ちょっとくすんでるが、栄養があるものを三食食べて、きちんと手入れすれば、もっと綺麗になる。

 リタがそういうのに詳しいから、今度教えてもらうといい」


 そういえば、『今度スキンケアやらせてね』とか、言ってた気がするけど。

 逃避のようにぼんやり考えてる間に、ディドさんは一口コーヒーを飲み、姿勢を正す。


「だが、これで確信した。

 結論から言うと、おまえの母親は、俺のイトコだと思う」


「ぅえ⁉」

 

 またも予想外の言葉に、変な声が出た。


「イトコ……?」


「ああ。

 俺のオフクロの姉の娘が、おまえの母親だと思う。

 俺とおまえは、親戚ってことになるな」


「親戚……? でも、え、なんで?」


 あの歌を知ってたから、母親を知ってるかもしれないと思って、声をかけた。

 だけど、まさか、親戚だとは思わなかった。

 何をどう判断したら、そうなったんだろう。


「根拠は、説明するより見せたほうが早いな。

 ちょっと時間くれ」


「あ、うん」


「ありがとよ」


 ディドさんはポケットからもう一つ端末を出すと、操作し始める。

 素早く動く長い指をぼんやり見てると、しばらくして動きが止まった。


「これだ。見てくれ」


 さしだされた端末をのぞきこんで、息が止まった。


 画面に表示されていたのは、黒髪と砂色の瞳の男の子と、銀色の髪と空色の瞳の女性。

 優しく微笑むその人は、私に、よく似ていた。


 耳の奥、記憶の底で、優しい歌声が響く。


「俺のオフクロだ。

 確か俺の小学校入学の頃だから、オフクロは二十七歳ぐらいだな。

 古い写真をスキャンしたものだから、ちょっとボケてるが、それでも、おまえと同じ銀の髪と空色の瞳は、わかるだろ」


「……うん」


「俺は二十代の頃に三年ほど世界中を旅してまわったし、交友関係も広いほうだが、オフクロと同じような銀髪と空色の瞳の奴を見たことは、一度もない。

 おまえが初めてだ。

 まして顔立ちもよく似てる。

 これで他人って言われたほうがおかしいぐらい、似てるだろ」


「…………」


「だが、俺は会ったことねえんだが、オフクロと同じ銀髪と空色の瞳の女性がいたんだ。

 それがオフクロの姉だ。

 一卵性の双子で、親ですら区別がつかないほどそっくりだったそうだ」


「……双子……」


「そうだ。

 伯母は十八歳で結婚して、二十歳で娘を産んだそうだ。

 その娘が生きてれば、今年四十二歳だな。

 おまえが十八歳なら、二十四歳でおまえを産んだことになる。

 年齢的には十分ありえるだろう」


「……おかあさん……おばあちゃん……?」


 ディドさんの声を聞きながらも、ずっと写真から目が離せない。

 耳の奥でずっと、あの歌声が響いている。

 歌声と、写真の人の笑顔が、重なった気がした。


「……ディドさんの、お母様に、話を聞くことって、できる……?」


 おそるおそる言うと、ディドさんは苦い表情になって、首を横にふった。


「……悪いが、オフクロは二十五年前、俺が十五歳の時に、病気で死んじまったんだ」


「え……」


「伯母については一通り聞いてたんだが、なにしろガキの頃のことだから、うろおぼえでな。

 オヤジは俺より詳しいことを聞いてるはずだが、数年後に再婚して、子供(おとうと)も生まれてるから、大人になってからオフクロのことをオヤジに聞いたことはねえんだ」


「……それは……うん、当然だよね」


 ディドさんにとっては母親とはいえ、新しい奥さんや子供と幸せに暮らしてるのに、前の奥さんの話を持ち出すのは、失礼だろう。


「だから俺の記憶頼りになるが、聞いてくれるか?」


「……うん。聞かせて、ほしい」


 ゆっくりと言うと、ディドさんはほっとしたように目元をゆるませる。


「ありがとよ。

 まず出身だが、オフクロ達は、北欧の少数民族の生まれだそうだ」


「北欧……」


 ヨーロッパ系っぽいと言われたことはあったけど、北欧、だったんだ。


「ああ。

 国境沿いの山脈にある小さな村で、自給自足に近い生活をしていて、あまり楽な暮らしじゃなかったそうだ。

 オフクロ達は都会に憧れてたが、村を出たからといって頼れるアテもなく、諦めてたそうだ。

 転機が訪れたのは十五歳の時、村の写真を撮りにきたカメラマン志望の青年と伯母がお互いに一目惚れで恋に落ちた。

 だが許されるはずがなく、駆け落ちした二人と共に、オフクロはこの街にやってきた。

 観光客の青年が、このチャイナタウン出身だったからだ。

 伯母と青年は一緒に暮らし、オフクロは、青年の幼馴染のオヤジが一家で経営するフルーツショップで住込みで働き始めた。

 一緒に働いてるうちにオヤジとオフクロは恋仲になって、オフクロが十八歳になると結婚した」

 

 コーヒーを一口飲んで、ディドさんは話を続ける。


「伯母も駆け落ちした青年と、やはり十八歳で結婚した。

 それから二年後、伯母は娘を産み、その娘が一歳になった頃、一家は引越していった。

 夫がプロの風景カメラマンになっていて、より良い被写体を求めてヨーロッパに移住することになったんだ。

 さらにその一年後、俺が生まれた。

 病気で体調を崩したじいさんから店を継いだオヤジとオフクロは、毎日せっせと働いた。

 小さな店だが、近所のレストランとかの固定客がついてたから経営は安定してたし、俺も店番を手伝ったりしながら、まあまあ幸せに暮らしてた。

 だが、俺が十五歳になった頃、オフクロが風邪をこじらせてあっけなく死んだ。

 元から医者も薬も嫌いで、調子が悪くなっても寝れば治ると言いはってたから、気づくのが遅れたんだ。

 高熱を出して倒れて、一気に悪化して肺炎になって、数日で死んじまった」


 ディドさんは淡々と語ったけど、きっと当時はすごくつらかったんだろう。


「オヤジは、オフクロにベタ惚れだったから、そりゃあもうおちこんで、後を追って死んじまうんじゃねえかと思うほど憔悴してた。

 同時期に、店がある区画で大規模な再開発事業の話が進んでて、オフクロと二人でやってた店を一人ではやっていけないと、早々に店を手放した。

 じいさんは病気で数年前に死んで、ばあさんは施設に入ってて、俺は高校の寮に入ってたしな。

 実家も店もオフクロも失ったオヤジは、生きる屍のようだった。

 ……そんなオヤジを慰め、励まして、立ち直らせてくれた女性がいた。

 詳細は省くが、俺が二十二歳になった頃、オヤジはその女性と再婚した。

 そして俺が二十六歳になった頃、今から十四年前、弟が生まれたんだ」


「良かった……」


 ディドさんのお父様が、立ち直ってくれて、良かった。


「ヨーロッパに引っ越した伯母夫婦とオフクロ達は、時折電話や手紙でやりとりしていたが、数年後に撮影中の事故で、カメラマンの夫が死んでしまったそうだ。

 その後は長らく音信不通になっていて、オフクロが死んだことも連絡できずにいた。

 ところが、今から十五年前、突然伯母からオヤジに連絡があったそうだ」


「え?」


「正確には、店があった場所を訪ねてきた伯母が、店がなくなってたことに驚いて周辺で聞いて回って、固定客でオヤジの飲み友達でもあったレストランの店主がそれをオヤジに連絡してきてくれたんだ。

 その頃のオヤジは、この街から遠く離れたところで再婚相手と一緒に暮らしていた。

 再婚相手がいるからと悩んだが、伯母が生活に困ってオヤジを頼ってこの国に戻ってきたと聞いて、再婚相手には言わずに会いにいくことにした。

 俺は、大学卒業後に世界中を旅してて、この国にいなかったからな。

 ……だが、結局会えなかった」


 ディドさんの声が苦いものになって、どきっとする。


「伯母と会う日の早朝、再婚相手が急に体調を崩して、オヤジはあわてて病院に連れていった。

 原因は、妊娠。

 切迫流産しかかってたが、妊娠してたことにオヤジも本人も気づいてなかったそうだ。

 幸い処置が早くて助かったが、容体がおちついて安心できた頃には、伯母との約束の時間は大幅にすぎていた。

 オヤジは待ち合わせ場所だった飲み友達のレストランにあわてて連絡したが、伯母は約束の時間から二時間後に出ていっちまっていた。

 生活に困っていた伯母は携帯電話を持ってなかったから、こちらから連絡はできず、向こうからもそれきり連絡がなかった。

 ……伯母は、待ち合わせ場所のレストランに、伯母によく似た小さな女の子を連れてきていたそうだ」


「え?」


「弟が生まれると聞いて戻ってきた俺に、オヤジは伯母から連絡があったことを話してくれた。

 『娘夫婦が事故で死んで、残された孫娘を育てているが、最近体調が悪くてまともに働けず、生活が苦しいので助けてほしい』と、言ってたそうだ。

 オヤジは伯母達を助けられなかったことをすごく後悔していたが、新たな家族を守らなきゃいけないからと、俺に託してきた。

 『もし今度連絡があったら、おまえが対応してくれ。そして、必ず連絡先を聞いて、必ず会いにいってほしい』と。

 俺はそれを約束したが、連絡がないまま十五年が経って、……おまえに出会った。

 おまえの瞳を見た時、すぐにオフクロを思い出した。

 そして、オヤジと約束した伯母や、伯母が連れていた女の子のことも。

 だから、連絡先が聞けないままいったん別れたら、伯母のように縁がとだえちまうんじゃねえかと思って、引き留めたんだ」


 まっすぐに私を見たディドさんは、ゆっくりと言う。


「伯母がおまえを手放した経緯はわからねえが、おまえが保護されたのが十五年前で、その時三歳なら、つじつまが合う。

 オフクロや伯母と同じその髪と瞳の色が、何よりの証拠だ。

 おまえは、間違いなく俺の親戚だ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] アリアとディドさんの関係がこれからどう変わっていくのか楽しみです! [気になる点] 「ハトコ」=「親同士がイトコ」だと思うのですが…。 この場合だと『(もしいたとして)ディドさんの子供』と…
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