「異」なる世界
久しぶりの投稿になります。
真っ暗な視界に、鳥のさえずりが聞こえた。
目より先に、聴覚からの情報が入った。
ゆっくりと目を開けた。橋の下にいるのだろうか、まず視界に入ってきたのは橋を支えているいくつも組み込まれた鉄骨部分だった。
少しのうめき声を出しながらゆっくりと上体を起こした。次に視界に入ったのは大きな川だった。
外は晴れている。陽光に照らされた川が水を反射してキラキラと光っている。
「・・・・え・・・・?」
ここはどこだ?さっきまでと違う光景に困惑し、反射的に立ち上がる。さっきまで唯花を追って真夜中の街を駆け回り、橋の所で唯花を見つけ、謎の白い光がぶつかってきて・・・・・それでなんでこんなところに・・・・?
というか、ここ、どこだ・・・?
そうだ・・・!唯花は?唯花はどこにいる?
自分が今いる状況に理解が追い付かない。夢でも見ているのだろうか。思わず足元を見た。ボロボロのクロックス、全力で走ったからゴムがいくつかちぎれている。そしてズキっと痛んだ右足の痛みが夢ではないことを物語っていた。
どれだけ困惑しても、仕方がない。
ここがどこかもわからないまま、俺は歩き出した。
このまま歩いていればもしかしたらどこかで、唯花と会えるかもしれない。
自分が倒れていた橋を渡り、そこからはのどかな田園風景が広がっていた。
自分が元いた世界とは、違う。元の世界でも橋を越えてもビルはあるし、歩けども歩けども同じような世界が続くばかりだ。
「俺はタイムスリップでもしたのか・・・?ほんとにどこなんだよここ・・・?」
どれだけ見渡しても田園風景しか見えず、田んぼの水平線ができていた。
歩く、ただひたすら、歩く。
いつのまにか視線は下を向き、ボロボロになったクロックスばかりを瞳に映しながらただあてもなく歩いていた。
元の世界ならここまで歩いたならすでに駅前を軽く越えているはずだ。
この世界でも季節は夏なのだろうか、元居た世界と変わらない、うだるような暑さだった。
顔から汗が滝のように流れ落ちる。タオルは持っていない。着ている半そでのパーカーの袖で無限に滴り落ちてくる汗を拭いながら田園風景の中にできた一本道をただあてもなく歩いた。
木漏れ日が見える。
どれくらい歩いただろうか、そんな単純なことを考えつつ、俺は大樹の下で仰向けになっていた。
体内時計的に一時間半以上だろうか、炎天の下を歩いていると、何百メートルか先に小さな林とその横を流れる小川が見えたので幻でないことを祈りつつ、今自分が倒れている大樹を目指して歩を進めた。
もちろん喉もカラカラだし、足だって痛い。とにかく自分の喉を潤し、足を休めることに頭をいっぱいにしてここまで歩いてきたのだ。
そこからどれだけ休んだか、ただ肩で息をするのが止まらない。水分補給もした、体だって充分に休めたはずだが、起き上がらない。上半身も下半身もどれだけ脳が命令を下しても力が入らないのだ。
やはり先ほど走ったのが響いたのか、緊張状態のなか全力で体を動かすというのはこんなにも負担がかかるものなのか、今まで剣道の試合でこんな状態での試合は何度も経験があるのに。
「はぁ、はぁ、はぁ、クソ・・・・こんな・・・・も・・・」
自分でも声にならない声を出すことでしか悔しさを出すことしかできなかった。
情けない、それすら言葉に出せずに、朦朧とした意識の中、俺は意識を失った。
だれかのか細い話声が聞こえる。その音で徐々に意識が明るくなる。朧げな意識の中、ゆっくり目を開けると男女の老人の姿が目に入った。
「はっ・・・あっ・・・あっ・・・」
俺は素っ頓狂な声を上げ、仰向けに寝ていた状態から後ずさった。
するとその老人も俺がいきなり動き出したからか、驚いた声をだし、同時に後ずさった。
老人は徐に言葉を発した。
「だ、大丈夫か、若いの」
そう恐る恐る俺に訊ねてくる。
老人の見た目は70歳くらいだろうか、男の老人は白髪とサンタのような白髭を生やし、腰には一振りの剣を拵えている。そしてその背中には矢を背負っているのが見えた。
そしてその後ろで小さなランタンのようなものを持ち、緊迫したような表情をしている老婆が見える。
ぱっと見、両者の服装は日本人の着る服ではないし、老父のほうなんかは剣や弓矢まで持っている。
そういった視野での情報が更に俺を困惑させた。
俺も老婦もお互い困惑していると今度は老婆が口を開いた。
「あんた、ずっとここに倒れてたんだよ、いきなり体動かしちゃいけない、水は飲んだかい?」
そう言いながら近づいてくる。俺の脇まで来ると茶色の皮の袋を出してきた。中に水が入っているのだろう、俺はゆっくりそれを口に近づけ再び乾いた体内を潤した。
「はぁ、はぁ・・・・すいません、ありがとうございます。」
「うむ、それより大丈夫か、若いの、この暑さのなか、いつからそこに倒れておったのだ?」
老父はそう言いながら俺の前で膝をつく。辺りの景色を見まわすと軽く日は落ちかけ、オレンジ色に染まった太陽が沈んでいる。林の中は薄暗い状態になっている。恐らく二時間以上寝ていたと思う。
「多分、二時間以上倒れていたと思います。ただ、最初にここからいくつか離れている橋からここまで歩いてきたんです。」
「なんと、ケイ川から橋を渡り、ここまで来たというのか。」
「ケイ・・・?よくわかりませんがここまで歩いてきました。ここなら水もあり、日も遮るこの大樹があったのでここで休んでいたらいつの間にか眠りに落ちていったみたいで・・・・目が覚めるとあなた方がいました。」
俺はそうここまでの顛末を語ると今度は老婆が
「なんにせよ、意識があってよかったわい、そうじゃ、近くにわしらの住む村があるんじゃが、そこで体を休めていくがよい、水だけで、何にも食べてないんじゃろ?」
と、しわがれた声で訊ねる。老婆が言い終わったのと同時に俺の腹から牛のいびきのような音が発せられた。それを聞いた老父は軽く笑いながら
「決まりじゃな、馬車がある故、村までいくかの。若いの、たらふく食わせてやるぞ。」
と言い、俺は老父に舗道に停まっている馬車まで肩を借りながら乗せてもらった。
馬車に揺られること・・・・・何十分くらいだろうか、時計もスマホも持たず、着の身着のままの状態で咄嗟に家を飛び出してきたことを今になって後悔している自分がいた。
だけどそれを考えても、どうしようもない。まさかこんな所にいるなんて普通に想像できないし、今だって、この現状は夢じゃないんだ。ここがどこかはわからないけど、早く唯花を連れて元の世界に帰らなくちゃ・・・。
そうだ、唯花は、唯花は・・・・。
唯花のことを考えると、また気分が重くなってしまった。今思い出してもあの橋の上での光景は何だったのだろうか・・・・。
俺は昨日の出来事をザっと思い返してみた。
確かいつも通りの学校生活を送って、チームメイトとバカやって、そして唯花と一緒に帰って、家で風呂入って、寝て・・・・・。
そこからだ、何かがおかしな状況になったのは・・・・・。
唯花がいきなりいなくなって、それで家を飛び出して、そしたら何故か橋の上に全裸の唯花がいて。
「祐太君・・・・。・・・・ね、あたし・・・、・・・・・だから」
あの時の唯花の言葉を思い出した。そしてあの時の表情も、今にも泣きだしそうな、悲しさを湛えたあいつは、俺に何を伝えたかったんだろう。
そして、あの謎の光がぶつかってきて、俺は今ここに・・・・。
過去を反芻してみても、この世界にいる現状が紐解けずにいた。
そう考えていると馬車に積んである木箱があるのに気づいた。蓋からはみ出して見えるそれは・・・トマトに、ニンジン、ジャガイモ、トウモロコシだろうか、その他見たこともないような形の野菜や果物が見えた。
それらを目にした途端、また俺の腹の中の牛がいびきをかいた。
とにかく今は腹を満たして、村に着いたらゆっくり休んで、また唯花を探そう。
そして必ず元の世界に帰ろう。
馬車に揺られながら、中で独りそう決意し、村までの到着を待った。
だがこの時、俺は知る由もなかった。馬車を操縦している老婦の表情にーーーーーー。
読んでくれてありがとうございます。