白き閃光
剣道全国大会優勝から一週間後、蒼沼祐太は悠々と校舎に向かって歩いていた。七月の初夏の空は晴れ渡り、雲一つないからっと晴れたその空の色は自分自身の心を映したかのように晴れ渡っていた。
高校の校舎が見えてきた。幾千高校の校舎には「蒼沼祐太、剣道全国大会優勝!」と書かれた大きな懸垂幕が掲げられ他の部活の功績を記した幕を圧倒するかのようにたなびいていた。
校舎に入り下駄箱で靴を履き替えようとするとパラパラと暖色系の封筒が4、5枚落ちてきた。「蒼沼祐太君へ」と丸い柔らかな文体で書かれた手紙である。
またか・・・と思いながら捨てるような無粋なことはできないのでこっそりと鞄の中にしまう。
「あ、おはよう祐太」と同時に登校してきた元チームメイトの今野に声をかけられる。
焦ったようにガサゴソと鞄に手を突っ込む様子を見ていた今野は寄ってきて、「お、祐太君、まぁたラブレターですかぁ?」と肘打ちしながらからかうように話しかけてくる。
小学校から同じ道場で剣道を通して付き合いのあるこいつには嘘をつけない。
「ま、まぁな・・・」と俺はそういうと「ま、とりあえず、この前の大会はお疲れ、ちゃんと休めたか?」と無理やり話題を変えようとするとそれを察した今野が更ににやついた顔で物ありげな表情をする。
「いやぁ、やっぱモテる男は格が違いますねぇ、彼女がいるのにこれかよ、まったく、そのモテモテを少しは俺らにも分けてほしいもんだねぇ」
というと元チームメイトの男子部員が続々と集まってきた。
「まったく、大会明けに早々にこれかよ・・・」
「ほんとモテるよなぁ・・・お前」
「全国で優勝して更にモテに拍車がかかったか・・・」
「唯花ちゃんってものがありながらお前というやつは・・・リア充爆発しろ・・・!
朝っぱらから男子メンバーの怨嗟に似た声を聞いていると、その怪しげなやり取りを見ていた美鶴舞菜が走り寄ってきて、俺たちの会話に加わろうと近寄ってくる。
「祐太、おはよう!この前の大会はおつかれ!」
そういうとそのやりとりと俺の少し挙動不審な空気を察したのか、「ははーん、まぁたラブレターもらったんだ、すごいねー」とこちらも男子と同じにやけ顔の表情を見せる。
「な、なんだよお前ら・・・」と後ずさっていると、視線の先に唯花が登校してくるのが見えた。
「と、とりあえず俺先行くわ!またあとでな!」と強制的にそいつらとの会話を終了させ唯花の後を追った。後ろから怨嗟のオーラが感じ取れたが気にせず走り出した。
唯花を追って廊下を歩いているとすれ違う元クラスメイト達やたむろって話している現クラスメイト達が温かい笑顔で「優勝おめでとう」や「大会おつかれ」といった労いと祝福の言葉を口々にかけてきてくれる。それは温かい輪となり廊下を温かい拍手で包まれた。
「いやぁ、祐太君はほんっっと勝ち組ですなぁ・・・」
いつのまにか追いついてきた今野がそういうと後ろに控えるチームメイトや舞菜達も加わってきた。
「よっ、王子様の凱旋だぁ」
「さっ、王子様のお通りだ、道を開けな!」
今野や舞菜達がそういうと俺の背中を押し出すように教室へと連れ込んだ。
「王女様、王子様をお連れしました。」今野がそう言って唯花の前へかしずく。
「おはよう、唯花。」俺は普通にいつも通りで挨拶を言う。
唯花はみんなが見てる前だから照れくさいのか目を逸らしながら「う、うん、おはよう」とでつぶやくように小声で発する。
それをみてる周りのクラスメイトは惚気を見せられてにやつくものや羨望の眼差しを向ける者、相変わらずヒューヒューと囃し立てるもの、呆れたようにため息をつくもの、女子なんかは顔を手で覆っているものなどそれぞれの反応をしている。呆れてため息をつくものなど各々に感想を漏らしていたが朝の予鈴が鳴りそれと同時に入ってきた担任の姿が見えると同時に各々席に着いた。
担任教師がいつも通りの挨拶を始めるとホームルームでまず俺の大会での優勝を讃えてくれた。
再び教室が歓声と拍手に包まれる中、俺はもう一つうれしい報告を受けた。それは剣道の強豪校である国士丈大学からの推薦を言い渡されたのである。
午前の授業が終わって昼の休み時間、俺は唯花や舞菜、元チームメイトたちと中庭のテーブルで昼食をとっていた。俺が食べているのはもちろん唯花が作ってきてくれた弁当である。
「ど、どう祐太君、唐揚げ味付け変えてみたんだ、あと卵焼きしょっぱくないかな・・・?おいしい・・・?」
相変わらずおどおどした様子で唯花が尋ねてくるがおいしくないわけがない。唯花は人見知りで少し引っ込み思案なところもあるが、芯が強いのだろう、付き合ってから一度も欠かさず毎朝弁当を作ってくれる。まぁそのせいで家の母からは嫉妬されたりしているが彼氏としてこんなに尽くされているのだからやっぱり俺は幸せ者だ。
そして、相も変わらずだがやはりこいつらはこの光景をからかうお約束みたいなやり取りは変わらない。
「そういえばさ、さっき担任も言ってたけど祐太、国士丈大から推薦きたってまじ?」
今野がそういえば、みたいな口調で訪ねてくる。
「いいなぁ国士丈ったら剣道の名門大じゃん、あそこ確か頭もいいんだべ?偏差値も相当高いしさ」
「まぁ祐太は剣道も強いけど勉強もできるもんね、この前の中間だって学年で一位だったんでしょ?
さすが、そこらの剣道バカたちとは違うわねー。」
舞菜がおどけた口調で言う、前々からそうだが舞菜は男子メンを少々軽んじてる発言をすることがある。しかもなぜか俺のことだけは上げて周りを落とすみたいな言い方だ。まぁ、大よそ事実なのだが・・・。
「祐太君、やっぱり国士丈大行くの?」
唯花が訪ねる。恋人として彼氏の進路が気になるのは当たり前か。そう尋ねた彼女の表情にはどことなく寂しさを湛えていた。
「ああ、行くよ。もちろん、大学でも剣道したいし、もっと強くなりたいし。」
「そっか、そうだよね・・・」
「あれぇ、もしかして唯花も祐太と同じ大学に進学するつもり・・・?」
また舞菜がおどけて覗き込むように唯花に聞いてくる。唯花はおとなしいからいつも舞菜にまかれてしまう。
「う、うん、やっぱり、大学でも祐太君と一緒にいたいし、国士丈って東京だよね?だとするとやっぱり上京して一人暮らしにもなるだろうし、そうなったら、尚更誰かの支えとかが必要になるし、だから・・・その・・・」
唯花が急に口ごもり始める。「だから、その・・・なんですかねぇ・・・」と今野が記者の真似よろしく鼻を伸ばしながら唯花にマイクを近づけるジェスチャーを始めたが俺と舞菜が手刀を彼の脳天に食らわせ、それを制した。うぐぅ・・・と声を出し、今野が倒れる。
「もし祐太君がよかったらなんだけど、大学上京と同時に・・・同棲できたらなって、思ってる・・・。」
一瞬の静寂の後、またしても周りの奴らのため息や怨嗟にも似た雰囲気が空気を変える。
はいはいわかった、みたいな感じで一同呆れかえっている。何度このようなやり取りを続けただろうか、だけどそのたびに、それだけ唯花に、たった一人の女性に愛されているということを実感した。
ああ、やっぱり俺は幸せ者だ・・・、と同時に倒れている今野がリア充爆発、しろ・・・と虫の息で語っている。おーい、生きてるかぁー。
「はいはい、もうすぐ昼休みも終わるし、ちゃちゃっと食べて、撤収しましょ!」
舞菜はポニーテールを振りながらパッパッと撤収する。他のメンバーもそうだな、と片付けの準備を始めた。
昼食後、俺は久しぶりに唯花と放課後デートをする約束をとりつけた。大会や勉強などで最近唯花とスキンシップを図るのが少なくなっていたから今までの気分転換にちょうどいい。
午後の授業まであと十分弱、教室に戻るため廊下を歩いていると二十メートルくらい先から一人の女子が歩いてくる。
ショートカットで眼鏡をかけその眼や目つきから感じる印象はじっとりとした暗い印象を湛えているが切れ長のその瞼からのぞく瞳は力強い目をしており、それが全体的に他社を寄せ付けないような雰囲気を見るものに与えている。
文庫本を片手で持ちながらその本から目を離すことなく廊下の隅を歩いている。
確か・・・名前は、紫月愛羽。教室でもずっと本を読んでいる子だ。
俺たちが朝のホームルームが始まる前に教室で軽くふざけているときも我関せずと教室の隅の席で黙々と本を読んでいた。彼女の空間だけ世界と周りの温度が違うような異質な雰囲気を漂わせていた。
彼女が教室で誰かと話しているのを見たことがない。というか、彼女の素性自体、クラス委員の俺ですらよくわからない。わかっているのは彼女が今年の始業式の日に東京から転校してきた、というくらいしか情報がない。転校初日もみんなの前でぼそぼそと名前を言ったっきりそれ以来、クラスのほとんどの連中が彼女の声を聞いたためしがない。
転校してから数日間は舞菜を始め、クラスの中でも一部の積極的な女子やみんなで仲良く、的なモットーを信条としている男子からもいろいろ話しかけられていたがそのことごとくを無愛想な言い方で返し、なかには聞かれたことに対して無視することもあった。とにかくどんな相手とも会話をしようとしないのだ。
その無愛想で暗い表情からそのうち誰も寄り付かなくなり、クラスでも孤立することになった。
彼女は一番早くに登校し、たった一人で黙々と読書をしていた。下校時も放課後の予鈴が鳴ると同時に、まるで操作されているかのように席を立ち、一番早くに帰る。
そういった印象から彼女のことを校内に住み着く妖怪の類といった名称で呼ぶものもいれば、未来から来た殺人ロボットのような形でからかう連中もいた。
クラスの一部の詮索好きな男子たちは面白半分で彼女の帰宅時に後をつけたりもしていたらしいが途中で見失い、道端で倒れているという事件もあった。男子たちは三日間ほど学校を休んだ。
なぜ彼らが倒れていたのか、当人たちもはっきりとした記憶がなく、気づいたら倒れていたのだという。そういった経緯からか彼女といたずら半分に関わったから祟られた、とか帰宅時に逆に捕まって呪いをかけられた、などといった噂もたてられることになった。どこに住んでいるかも、家族構成も誰もわからない彼女のことを一部のクラスの連中は不気味な存在と感じ始め、彼女と話しかけることはおろか、彼女の席の周りに近づくことさえも拒否を示すようになった----------------
と、いうのが目の前から歩いてくる異質なクラスメイト、紫月愛羽である。
そういえば、今年の県大会の会場に彼女らしき人物を見たことがある。俺たちが陣取る観覧席とコートを挟んでのちょうど向こう側の位置に彼女らしき人物がいたような・・・、いや、もしかしたらただの似ている人違いだったかもしれない・・・。そう考えていると、俺の後ろにあるトイレに向かうのだろう、前から歩いてきた俺とすれ違う、その、瞬間、
「あなた、今夜、気をつけて。まっすぐ、帰りなさい。」
ぼそっと、だがはっきりと、一つの氷柱のような鋭利さと冷たさを纏ったような声がした。彼女がその一言を発している瞬間、時が止まったような、だがその声が,水面に波紋が広がるように片耳を通して全体に広がってゆく。
え、と思わず聞き返したが、もうすでに俺の脇を通り過ぎ女子トイレに吸い込まれるように入っていった。
紫月さんに話しかけられるのは初めてだったが、それにしても、なんだ、今の一言・・・。
今夜、気をつけて・・・?一体なんなんだ?夜道に刺されるとでもいうのか?なんのこっちゃわからん。
教室に戻るとすでに戻っていたのだろう、昼食を一緒に食べたメンバーがいた。
「なぁ祐太、今日久々にカラオケとかいかね?」
「そうそう、祐太の戦勝祝いとして久々にパーッとやろうぜ!」
と、部活や試合から解放されたチームメイトたちがテンション高く話しかける。
「あー、めっちゃ行きたいんだけど、今日は唯花となぁ・・・」
というとやはり男子メンの蔑むような表情が返ってきた。
「なんだ、お前三年間一緒に戦ってきた戦友の祝杯を蹴り、女を選ぶというのか」
色のない声で今野がそういう。
「いや、唯花だって三年間、俺たちの為に頑張ってくれたしさ、最近デートもご無沙汰だったから、彼氏としてそこはちゃんと答えてやんなきゃなぁ・・・って思ってさ・・・」
「って言ってるけど唯花ちゃん、今日、祐太、の祝賀会やるんだけど一緒にこないかなぁ?」
チームメイトの一人、秋山が俺の後ろに席がある唯花に声を投げる。しかも俺の名を強調して。
「あ、い、いいよ。私、大丈夫。」
「行けるってことでオケマルゥ?」
「あ、はい、オケマルです」
唯花が少し焦ったように返す。慣れない言葉だからだろうか、秋山は最近はやりの言葉を使う癖があるちょっとチャラい奴だ。しかもちゃっかり唯花も便乗してるし・・・こいつと関わって変に毒されなきゃいいんだけどな・・・。
「ほら、唯花ちゃん行けるってさ。愛しの彼女が来るっていうのに主役の彼氏が来ないなんてことはないよなぁ~?」
秋山が無精ひげを撫で俺の机に尻を置きながら訪ねる。
「わぁかったよ、行くよ行くよ。」
俺が若干呆れたように返すと、今野が耳元で「大丈夫大丈夫、適当にファミレスで飯食って、そのあとカラオケでも行って、後は解放してやるからさ、好きなだけちゅっちゅっすればいいだろ」
「お前、何言ってんだよ。」
俺は少し焦りと呆れを交えて答えたが後ろを振り返ると唯花は瞳をぱちくりさせていた。今の会話は聞かれてなかったみたいだ。まぁ唯花とそういうことは人目を忍んでよくやってきた、もちろん俺らはまだ高校生だから一線は超えないようにはしているが家で二人きりの時だとなかなかお互い危ないものがある。唯花もだめだと知りつつ流されてしまう傾向にあるからそういう時は男である俺がなんとか流れに抗って生殺しよろしく食い止めるしかないのだ。もし高校生でそういう体験をしてなんかの間違いで発覚、あるいはできこ・・・なんてなったら大変だ。今までの名誉も栄冠も推薦もすべて水の泡だ。唯花にも、唯花の家族にも責任を取らなきゃいけなくなるからな。
だけどそんな心配も他所に、こいつらメンズのしたり顔をみてると自然とまぁ、いいかという気持ちになる。
よし、大会も優勝して、大学も決まったことだし、今日は思いっきり遊ぶか!
んで、その後はたくさん唯花を可愛がろう。ここ2か月ほど「ご無沙汰」だったし、幸い、今日は両親は結婚記念日で旅行中だ。あ、でもあいつがいるんだっけか・・・。まぁでもそこらへんは空気読むか・・・。今までも何回か親がいない頃合いを見て家に上げてたし・・・。
俺はこれから仲間たちと遊ぶワクワクと唯花を求めるドキドキが混同した状態で午後の授業を受けることになった。
今日の授業がすべて終わり、ホームルームも終わったころ、放課後をしらせる予鈴が鳴った。ガラッという音を立て、誰よりも早く起立したのはやはり紫月愛羽だった。
彼女は一直線に帰っていった。
そういえば、なんで彼女は俺にあんなことを言ったんだろう、今夜、気をつけて、まっすぐ、帰りなさい・・・?寄り道するな、ってことか?なんかの忠告にしてもそれに見合うような心当たりがない。うーん、ほんとにわからん、まぁ、でもやっぱり紫月さん変わってるからあまり気にしないでおこう。
その後俺は剣道部の元チームメイトや唯花、舞菜率いる女子剣、その他後輩達など十五人近くの大人数を引き連れてファミレス、カラオケとはしごして遊んだ。大会前は練習で忙しく皆で遊ぶ余裕などなかったが、大会が終わり、もうすぐ夏休みを控えていることもあって今まで以上に楽しく過ごすことができた。全国大会優勝と剣道部部長という実績と立場から全額おごるようタメからも後輩からもせがまれたが生憎芸人の上下関係ルールではないので呆れながらもお断りした。
ファミレスでもカラオケでもみんな楽しそうにしている。
唯花はあまり歌が得意ではないが頑張って歌っていた。舞菜はその竹を割ったような性格からアップテンポのあるロック調の歌ばかりを歌っていた。あんなに歌って喉を傷めないのだろうか・・・。
剣道の気合で大声を出しているからなのか、他の部員もそういった曲ばかりを歌っていた。
最近はやりのネタ感丸出しの歌、少し前に流行ったアイドルソング、いろんな歌を歌っていく。俺は楽しさに身を預けるようにこの時間を満喫した。
こんな楽しい時間や毎日がずっと続けばいい、そして、唯花とずっと一緒にいたい。
これから高校卒業とか大学進学とかで忙しくなったり、離れ離れになる人たちもいるかもしれないけど、唯花とだけはずっと一緒にいたい、俺はそう思いながら今この一瞬を全力で楽しんだ。
「んじゃあねぇー祐太、唯花のこと、しっかり送るのよ!」
「じゃあなぁー!祐太、また来週!」
元チームメイト達の元気な声が通学路に響く。流石に通学路だからか、卑猥なジョークを発する者はいなかったが今野と秋山がそれを匂わす行為をジェスチャーでしていた。早速舞菜に首根っこを引っ張られていたが・・・。
カラオケは盛況のうちに幕を閉じ途中まで一緒だったメンバーとも別れ、唯花と二人きりになった。
大会前は閉校ギリギリまで練習をしていたし稽古が終わってからもマネージャーである唯花は道場の戸締りや後片付けなどきっちりマネージャーとしての業務をこなしてくれた。その時は夜の20時を過ぎていたため流石に女子一人をこんな夜遅くに返すわけにはいかないし、俺も唯花の業務が終わるまで待っていた。だからこうしてずっと俺は帰宅時は唯花と一緒に帰っている。
帰り道、俺は唯花を連れ添って家まで歩いていた。
二人で過ごすときは必ず手をつなぎながら歩いている。
通り過ぎる様々な年代の(主に若い男性達から)睨まれて気まずくなるが、隣の唯花を見てるだけでそんな視線、どうでもよくなってくる。
俺はふと、紫月愛羽に言われたことを思い返してみた。心の中でくすぶっていたあの一言が今になってよみがえってくる。俺は唯花に尋ねてみた。
「昼休みの終わりころさ、ちょっとビックリしたことあってさ、クラスに紫月愛羽って子、いるじゃん、その子にいきなり帰り道気を付けて、なんて言われたんだよね。あんま話したことない子にいきなり最初に話しかけられたのがそれだったから、ちょっとビックリしたよ。」
「え・・・祐太君、紫月さんに話しかけられたの・・・?」
唯花が少し驚いたように目を開きながら言う。
「まぁね、クラス委員の仕事で何度か話しかけたこともあったけど、俺ですらまともに相手してもらえなかったこともあったから、向こうから話しかけてきたのは意外だったな。でもその第一声が今夜気をつけてって言われて、一体何のことだろうね・・・?」
唯花に聞いてもどうしようもないことだと知りつつ、このもやっとした事実を共有したいと思った。
さっきまで楽しかった雰囲気が一変したかのように静まり返った。この話題、出さなきゃよかっただろうか・・・。唯花が少しばかり沈んだような表情をしている。その少し沈んだ表情からゆっくりと言葉が紡がれる。
「うん、紫月さんね・・・私も話しかけたことあって、いろいろ質問したことあったけど、でも無視されちゃった・・・。私、話しかけて無視とかされたの初めてだったから、その時はなんか存在を否定されたみたいで、ちょっとショックだったかな・・・」と落ち込んだように語っていた。唯花は人見知りで大人しいがクラスで取り残されている紫月さんを見て思うところがあったのだろう、そんな優しい唯花が勇気を振り絞って話しかけたのだが、やはり他のクラスメイト同様、ことごとくスルーされてしまったようだ。
「だから・・・私なんかあの人、無理、かな・・・。」
その時俺は一瞬、え、と思った。唯花から他人に対して無理、といった言葉を聞いたことがなかったからだ。しかもその表情は忌み嫌うような、何かしらの因縁をもったような言い方だった。
唯花はまず他人の悪口や影口を言ったことがない。それにどんなに嫌なことがあってもそれを表情に出すようなことは未だかつてなかったことだ。そんな唯花が今、見たこともないような苦い表情をしている。
「唯花、大丈夫・・・?」俺は唯花のそんな表情を気にしつつ訪ねてみると、「あ、あ、うん、大丈夫だよ。」と取り繕うように唯花が返す。
とりあえず話題を変えよう。家に着くまで何か別の明るいような話題はないだろうか・・・。
とかなんとか搾り出すように話題を考えているが気まずい雰囲気がその思考を邪魔する。
いかん、俺が余計な話題を出したせいで場が硬直しちまったじゃねぇか・・・。どうしよう。
「あの、祐太君、私も思ってたけど紫月さん、どう見てもやっぱり普通じゃないからあの人の言ったこと、あんまり気にしないほうがいいよ。この前だってなんかいろいろ事件みたいなのあったじゃん。祐太君もあんまり変なことに巻き込まれてほしくないし・・・。あたし、大会も終わって推薦も決まったっていってもまだあたし、祐太君と一緒にいたいし・・・。」
どうしたんだろう・・・こんな流暢に、感情的に喋る唯花は初めてだぞ・・・。少し怯えているかのようだ。
「だ、大丈夫だよ、唯花。変なことに巻き込まれたりなんかしないって。落ち着けよ。」
「う、うん・・・。」伏し目がちに唯花が頷く。
やっぱり唯花なりに俺のことを心配してくれているのだろうか・・・。唯花は心配性で臆病なところがあるからいろいろ考えてしまうのだろう。そうだ、折角唯花を家に誘うんだし、夕飯の話でもするか。
「唯花さ、今家に食材いろいろあるから帰ったら二人でなんか作ろうよ。」
「う、うん、そういえば祐太君と一緒にご飯作るのって久しぶりだね。」
「そうだな、いつも唯花に作ってもらってばっかだったからたまには二人で一緒に作って食べようよ。俺が料理得意なの、知ってるでしょ?」
「うん!祐太君の作るご飯、おいしいもんね!あたし久しぶりに祐太君のカレーが食べたいなぁ。」
「よし、なら夕飯は一緒にカレーを作ろう!」
久しぶりの、幸せな共同作業だ。俺と唯花は料理の話題に花を咲かせ、家まで歩いた。
帰宅すると玄関の灯りが点いていた。扉を開けると唯花と同じサイズのローファーがあり、すでに妹は帰宅しているようだ。
「あ、おかえり、兄貴。」タンクトップとハーフパンツといった格好で現れる。風呂上がりで髪をタオルで乾かしながら口にはアイスを加えながら脱衣所から出てきた。
「おう、ただいま。」
「凛音ちゃん、こんばんわ。」
後ろに控えてた唯花を見て俺の妹、凛音はギョッとした表情をつくり、加えていたアイスを落としそうになる。
「ちょっと!唯花さん来てんの?なんであんたそういうこと連絡しないかなぁ!?馬鹿じゃないの!?」
「ご、ごめんね凛音ちゃん、いきなり来ちゃって。」
唯花が慌てたように謝る。
「いや、唯花さんはいいんですよ全然!全てはそこのバカ兄貴が悪いんですから!」
俺に指をさしながら吼える。
凛音は俺と同じ高校に通う一年生。中学までは剣道をしていて市区町村の試合や県大会など俺と同じく毎回タイトルを飾り全国大会でもベスト8にまで上りつめるなど、実力は確かだ。
俺より遅れて剣道を始めたものの、メキメキと腕を上げ、小中学生の頃は俺も負けることがあった。
だが全国大会から数日後、下校中に交通事故にあって以来、足を悪くし、日常生活には支障はないものの、もう竹刀を握っての激しい運動はできなくなってしまった。
そんな過去もある妹だが、俺を含め唯花や両親のサポートとケアもあってか今では昔の生意気さを取り戻している。
「お前なぁ、彼女の前でくらい、兄貴を立てろよ・・・。」
「うっさい!この剣道バカ!たかが全国一位風情に立てるものなんかあるか!」
いや、一位風情ってなんだよ・・・。けなしてるようで的を外してるな・・・。
「はぁ・・・まったく・・・。」と首にタオルをかけながら近づいてくると俺の耳元で
「いいわ、あたし友達の家に転がり込むから、お風呂も沸いたばっかだし、あんたは唯花さんと一晩、ごゆっくりどうぞ。」とにやついた顔で囁く。俺と唯花の関係についてはこいつも知ってる口だ。凛音は学校でもいかにもやんちゃな友達が多いらしく、学校が終わってからも街に繰り出してはギャル的活動に勤しんでいる。本人的にも剣道ができない分、こうして青春を発散しているのだろう。幸い、いきなり夜中でも泊めてくれるような友達がいるくらいには交友関係は広いらしい。
そのことに関して家の両親の心中は穏やかではない。だから夜中に未成年が出歩くのはもうちょい警戒してほしいが・・・。
「凛音ちゃん、ほんとにごめんね、あたしのために気を遣わせちゃって・・・・。」
唯花が胸の前で手を合わせながら申し訳なさそうにしている。
「いや、いいんですよ全然、ちょうどあたしも友達と遊びたいなぁって思ってたところですから!あたし、着替えたらすぐ出かけますんで、お気になさらず、兄貴と頑張ってくださいねー!」
と言いながら二階の自室へと駆けていった。しかも頑張るって、何を頑張るんだよ・・・。
俺と唯花がリビングで料理の準備をしている間、階段を駆け下りる音がした。凛音だろう。バタン!と勢いよく閉まる扉の音がした。
「凛音ちゃん、行っちゃったね・・・。なんか申し訳ないなぁ・・・。」
「大丈夫だって、あいつも気まずいだろうし、こっちのほうがお互いのためなんだよ。」
俺はそう言いながらジャガイモの皮をむいている。唯花は小さな手で一生懸命に米を研いでいる。
今日の夕飯はカレーだ。以前唯花を家に入れたとき俺が作ったカレーを気に入ってくれた。だから今日は一緒に料理するがてら、蒼沼家秘伝のカレーの作り方を伝授しているのだ。
カレーを作って二人で食べ、その後は適当にバラエティー番組を見ながらリビングのソファーで二人でくつろいだ。唯花は疲れているのだろうか、隣でこくこくと首を揺らしていた。俺の左肩に首を預けたりしていてお疲れのようだ。俺はそんな唯花の頭を抱き寄せ、ゴールデンタイムに放送しているクイズ番組を見ていた。何の気もない時間だが、将来的にもずっとこんなありきたりだけど平穏で幸せな日常が続いてほしいと思った。
そんなこんなで過ごしていると時計の針が10時を指していた。
「唯花、俺風呂入ってくるわ」
そう言ってソファーから立ち上がると、目を覚ましたのだろうか、唯花は目をこすりながら、
「あ、うん。」
と、寝ぼけたような、寂しいような、そんな一言が聞こえた。
風呂場で頭をシャンプーでこすり、シャワーで流していると不意に戸を開く音が聞こえた。
「祐太君、ごめんね、入っていい?」と唯花の声が聞こえた。
「え、唯花?入ってきたの?」俺は目を瞑った状態で上ずった声を出してしまった。その声が風呂場に反響する。
「う、うん、祐太君と一緒に最近一緒に・・・その・・・お風呂とか入ってないし、たまには背中洗ってあげたいなぁって思って・・・その、だめかな・・・?」
唯花がそう言いながら背後にまわる。
唯花を背後に感じた瞬間、二つの柔らかい物体が背中に触れた。
「う、おお・・・」
こんな経験は初めてではないが、唯花の小ぶりな体系からふくよかな胸が押し付けられる。
「祐太君の背中、やっぱりたくましくてすごく硬いね・・・・。」
そう言いながらいつの間に手にしたのだろうか、泡のついたスポンジで丁寧に俺の背中をしごいている。俺は久しぶりに唯花に背中を流してもらった。風呂場という静寂の密室にひたすら背中をしごく音が聞こえる。時に水滴が落ちる音も聞こえるがその音すら甘美な響きとなって二人の世界を包んでいる。今までも何回かこんなことしてきたけどやっぱり、ドギマギするな・・・。
俺はそんな二つの快楽のはざまで心中悶えながらされるがまま唯花に背中を流してもらった。
どれほどそうしていただろう、二人で浴槽に入りながら何も話さずただ沈黙の状態が続いた。
唯花は俺と向かい合う形で浴槽に入っている。
俺もこんなこと久々だから真っ裸のまま、何を話していいかもわからず、そんな沈黙に耐え切れず、先に風呂を出た。このままだといろいろ理性が我慢しきれず決壊してしまいそうだ。
「祐太君、先、出るの?」
「ああ、これ以上は上せちまいそうだし、先に出るよ。」
「あ、じゃああたしも」
唯花が咄嗟に浴槽から出ようとしたので俺も咄嗟にそれを制止してすぐ脱衣所に入った。
「唯花はゆっくり入ってていいから」俺はそう声をかけるとバスタオルで体をしごくように拭き、急いで着替えてリビングに戻った。
リビングでくつろいでいると風呂上がりの唯花がやってきて「祐太君、なんで先上がっちゃったの?」と少し不貞腐れたような態度でテレビを見ている俺の前に立ちふさがった。
「いやぁだってあのままだとのぼせちゃうし、なんかあの沈黙が気まずかったからさ・・・はは。」
「もう、二年以上付き合ってるんだからそんな沈黙なんて私は気にしないよ。ずっとあのままでも私は良かったのに・・・もっと祐太君とお風呂に入っていたかった・・・。」
「いやぁ・・・そうだよな・・・実は先に風呂から上がったのも・・・その・・・いろいろ照れくさくてな・・・。」
「祐太君、それって・・・」
「いやぁ、最近唯花と風呂に入るのも久々だったからなんか照れくさくなってさ!なんかサウナ状態で熱くなったから、もう限界でさ、あ、あははは・・・。」
下手な言い訳を発してしまった。流石に唯花も興覚めするだろうかと思ったが、
「うん・・・、そうだよね、私も久々に祐太君と入ったから、そこはお互い様だよね・・・。」そう言う唯花の顔は赤らんでいる。また沈黙の空気が流れ、テレビのお笑い芸人のコメントがリビングにこだましている。また気まずくなった・・・。
「唯花、そろそろ、寝ようか。」
俺はいきなり話題を変えるようにそう、きりだした。
俺の隣で唯花が寝ている。唯花の着ている寝間着は中学の頃の半そで半パンのジャージ姿だ。
胎児のような態勢で寝ている唯花と見つめあう。唯花の一際大きい眼が照れたような表情になる。ゆっくりと唯花のサラサラとした長い黒髪を手ですくい、頭を撫でる。そうすると唯花は懐いた猫のように甘えた表情と声を出す。唯花は頭を撫でられるのが好きなのだ。
程よい疲れと心地よいまどろみが意識を包む。隣で唯花が静かな寝息をたてている。
「良かった・・・今日も何とか一線を守ることができた・・・。」
心の中で独りごちる。唯花が寝てくれたから良かったものの、あれ以上はやばかっただろうな・・・。
そんな思春期特有の考えに浸りながら、つらつらと眠気に包まれた。
いつの間にか寝てた、という奴だろう、ふと、何の気もなく目が覚めた。
ベットの後ろに窓があるのだが、まだ日は射していない。
いつもは途中で目が覚めるなんてことはない。増してや今日のように疲れている日で、明日が休みというなら尚更、午前の遅い時間まで眠っていて唯花に起こされたりもしている。ゆっくりと上体を起こした。不思議な感覚で目が覚めたにも関わらず、真っ先に今何時だろう、なんて考えてしまう自分がいた。いきなり目が覚めたからだろうか、まだ眠気が残っていて頭が重い。こんな不完全燃焼みたいな寝起きは初めてだ・・・。
そう思いつつ隣を見ると、ベッドシーツと包布が折り重なるような皺ができているのに気づいた。
唯花が、いないー。
トイレにでも行ったんだろうか、というか、あいつも目を覚ましてたのか。そうだ、戻ってきたら寝てると見せかけて飛びついて、的な性欲丸出しのことを考えてしまったが、やめよう・・・。そんなことを考えながら唯花が戻ってくるのを待った。
ボーっと、天井の丸型蛍光灯を見ていた。ただそこに焦点を当てていだけ。彼女が戻ってくる間に自然と眠りに落ちるだろうと思ったが、一回途切れて半ば覚めてしまうと中々眠りにはつけないみたいだ。変に目が覚めた状態でいるのもただモヤモヤがつのっていくだけで、また余計なことを考えてしまいそうだな・・・。
それにしても、唯花、遅いなぁ・・・。トイレにしては長いし、薄い寝間着で寝てたから冷えて具合でも悪くしたのかな・・・。俺は少し心配になってベッドから状態を起こした。俺も唯花と同じようなTシャツに下はハーフパンツの寝間着だ。起き上がるとハンガーに掛けてあるパーカーのチャック付きのジャージを羽織った。もし唯花が冷えてたら、これをかけてあげよう。
そんなかっこつけたことを考えながらトイレのある一回まで下りた。
「唯花、いるか、大丈夫か?」
軽くトイレの戸をノックしながら訪ねてみた。返答はない。
トイレの扉は施錠すると赤いマークが表に表示されるが青の状態だ。鍵をかけ忘れているのだろうか、俺は再度、「唯花、いるのか?大丈夫か?」と言いながら何回かノックをしてみた。
だが応答はない。流石に心配になってきた。
「ごめん、唯花、少し開けるぞ。」そう声をかけ、ゆっくりとトイレの戸を開けたー。
のだが、中にはいなかった。真っ暗な個室の中にいつも通り蓋の閉まっている便器があるだけで・・・というか、トイレの消灯が消えていることに今更気づいた。
トイレにいないーーーとなるとリビングにいるのだろうか、リビングを覗いてみたが、そこも真っ暗でテレビも点いてはいない。それじゃ・・・一体どこにいるんだ・・・?
二階は俺と凛音の部屋しかないし、一階は両親の部屋だ。トイレにもリビングもいないとなると・・・
俺は咄嗟に玄関へ向かった。唯花のローファーは・・・ない・・・。
外に出てるのか・・・?それにしても一体なんでこんな時間帯に・・・?というか、唯花はこんな深夜に勝手に出歩くようなことはしない。俺は唯花の唐突な行動に懐疑を抱きながらクロックスを履き、外に出た。
「唯花、唯花!」
俺は走りながら真夜中の住宅街という状況にいるのも忘れ、彼女の名前を叫んでいた。
俺の家は住宅街のほぼ真ん中の位置にある。だから四方のどこに向かったのかは全然分からなかったが咄嗟に家を出て走り出した方向はやはり、いつも学校まで歩いている通学ルートだった。
その道を走っている最中、俺は不意にとあることを思い出した。
「あなた、今夜、気をつけて」
その声が、脳裏に反響する。この言葉の真意はわからなくてうやむやにしてたが今になって得も言われぬ不気味さとなって全身を駆け巡る。
意味はわからないが、俺に何かあるならまだいい。俺の周りの人たちや、特に、唯花に何かあったら居ても立ってもいられない。もしなにかあったら後悔じゃすまないだろう・・・。やっぱり、あの時、あの人にこの言葉の意味をちゃんと聞けばよかったのかな・・・?
俺は焦って走りながら、そんなどうしようもないことを考えていた。
どれだけ走っていただろうか、住宅街を抜け、駅へと続く大通りにたどり着いていた。
その大通りには今より二百メートルくらい先に川をつなぐ百メートル程の大きな橋がある。
その橋には両脇に街灯が立ち並んでいるが、おかしいことに灯りは点いていなかった。
こんな真夜中に点いてないってことはないんだけど・・・。
そんな目の前の光景に懐疑的な感情を抱きつつ、俺は橋の方向へと歩いて行った。
やはりクロックスは走るのに適してない。普段履き慣れていないもので全力で走ったからすぐ足を痛めてしまった。左足を引きつりながら橋まで向かっていると、その橋の真ん中辺り、今まで伏せていたのだろうか、ゆっくりと立ち上がったような動きで黒い人影のようなものが視界に入った。
あれは・・・・。もしかして・・・。
少し遠くても暗くてもわかる。全体的に小ぶりだが、しなやかな肢体、華奢だがスラリとした手足、大きくもないが小さくもない、均等の取れた胸、尻。
もしかして・・・・・、唯花か?
まさか、なんで、こんな時間に、しかも・・・服着てないのか・・・?
なんで、こんな時間帯に、しかも全裸で、橋の上に・・・?まだ唯花と決まったわけではない存在に対していろいろな感情が綯い交ぜになった状態で俺はその黒い影に向かっていった。
「唯花!」
俺はそう彼女の名を叫ぶ。流れる汗もそのままに、息を切っていることも忘れている。まだその黒い影が唯花と確信したわけではないし、今でもこんな状況が信じられないが、今までと違う非日常のような状況に理解が追い付いていないがそれでも、唯花を探してここまできた。
「おい・・・唯花・・・なのか・・・?」
辺りの普段点いている橋の両脇に設置されている街灯は一本も灯りを灯してない。だからはっきりとはわからないため、俺は恐る恐るその黒い影に尋ねた。
「祐太、君・・・」
か細い声が聞こえた。どこか怯えたような声。でもわかる。間違いない、唯花の声だ。
一瞬我が目を疑った。唯花は何も纏っていない、生まれたままの姿で橋の中央にいた。
気でもふれたとしか思えない唯花の行動だったが、夜の静寂な世界と、俺たち二人しかいない橋の上で、まるで夢とも思われる状況で、
「唯花、お前、一体、何を」
おもむろにそう口にしたその瞬間、その夢とも現実とも区別のつかない意識を覚醒させるかのように、唯花の背後から謎の大きな白い光が射すのが見えた。
全裸の唯花に光が集中している。唯花は立ってこちらを見ている。怯えともとれる表情の顔から一滴の涙が零れるのが見えた。その大きな白い光を宿している物体はSF映画で見るような巨大な戦艦のそれと姿形が似ていた。その戦艦のような物体が突然、轟音を立て、風を巻きはじめた。
「祐太君・・・・。・・・・ね、あたし・・・、・・・・・だから」
轟音のせいで唯花の声が途切れ途切れにしか聞こえない。巻き上がる風が唯花の長い黒髪を揺らす。
舞い上がる砂塵を右手で顔を抑えながら、なんとか唯花の元へ向かおうと歩きだす。
だが巻き上がる風が向かい風になって中々前へ進めない。
「唯花!唯花!唯花ぁぁぁぁぁ!!!」
俺はそう叫びながら、砂塵を両手ではねのけながらなんとか一歩ずつ前進する。
もう少し、もう少し、徐々に唯花との距離を詰める。
二人の距離にして7メートル位の距離まで来た。
「唯花、お前、」
そう次の言葉を吐こうとした瞬間、激しかった轟音も豪風も止み、水を打ったかのように、時が止まった。白い光に照らされる唯花の顔を見た。
何かを憂いたような、物憂げな表情。悲しさを湛えた瞳ーーーーー。
そして、ゆっくりと唇が動き、何か言葉を発した。
だが声は聞こえなかった。何を喋ったのかわからない。
ぼんやりとした意識の中、訳も分からず「唯花、」と口に出した途端、大きな白い光を纏った物体が白き閃光を放ち、こっちに向かってきた。
俺は、目の前が真っ白になった。