プロローグ リア充、逃げる
小説初投稿になります。
土砂降りの雨が降っていた。
近くで激しい雷鳴がいくつも轟いている。
もうどれだけ走っただろうか、はぁ、はぁ、という自分の息遣いも忘れて、当てもなくただひたすら走っていた、というか、逃げていた。
右手には和柄の竹刀袋にはいった竹刀が一本。
一歩一歩足をつけるたび、雨水でぬかるんだ泥水がぐじゅ、ぐじゅ、と音を立てていく。
激しい風雨、轟く雷鳴、自分の呼吸、泥水の足音
顔に雨水と汗が混じったものを手で拭いながら後ろを振り向かず一心不乱に走っていた。
遠くから地鳴りのような足音が聞こえる現状の中で迫りくる恐怖を振り払うように。
「なっ・・・!」
目の前の光景が走っている思考と体を急激に停止させた。
底の見えない深淵の谷があったのだ。
谷の向こうの山道までは約10メートルはあるだろうか、
どう考えても人の脚力では飛び越えられない距離だ。
目の前に広がるのは深淵の谷。
背後から来るのは見たこともない異形の巨躯の集団。
「だけど、あんな奴らに捕まるわけには・・・・!」
頭の中が真っ白になった。風雨や雷鳴の音さえ感じることも忘れ、ただ立ち尽くし逡巡することしかできなくなっていた。
そうこうしてるうちに巨躯の足音が迫ってきた。
こちらがもう逃げきれないと悟ったのか、ゆっくりと忍び寄ってきた。
「もうあきらめろ、お前はここまでだ。」
野太い声が響く。その声は大よそ人には出せない響きをもった獣の唸りのような声だった。
ゆっくり後ろを振り向く。
全身が赤黒く隆々とした筋骨、巨木のような手足、そこから浮き出る禍々しいほどの血管、そしてその顔にはまっ黄色に汚れた牙を持ち、見るものに畏怖を与えるのには十分な存在感だった。
右手には両脇に刃がついた斧を持ち、巨躯の背中には自身の倍はあろう大弓を拵えている。
思い出した、現実世界のゲームや映画で見たことがあるが確かこれはオークという生き物だった気がする。だが、ゲームや映画で見たものは成人男性と似たような身長だがそれと比べるとだいぶ体つきが大きい。3メートルはあるだろうか、それに加え筋骨隆々な体躯、巨木のような肢体は物語のそれとは逆に誇張したかのような威圧感と畏怖を携えている。
「人間のくせに随分と逃げたな、だがもうここまでだ。」
オークが巨大な斧を持って近づいてくる。
醜い笑みを湛え獣のような声で語りかける。
「ここで大人しくお縄につけば命は取らねぇ、だが抵抗すればそのちっちぇえ首が簡単に吹っ飛ぶぜ、どうするよ小僧」
抵抗すれば殺されるということはここで捕まっても後々確実に命の保証はない。
だが後ろを見れば深淵の谷、もうどこにも逃げ場はなかった。
絶望に付していると赤黒いオークの仲間だろうか、手下だろうか、体の色は違うが緑や茶色の似たような体格のオークが続々と集まってきた。
その多くは嘲るようにこちらを見て笑っている。
というか、なんで俺、こんな訳わからん世界に勝手に召喚されて、こんなキモイ奴らに追いかけられて、どうなってんだよ、元の世界に帰りてぇよ、これ、夢じゃないのかよ、なんなんだよこの訳わからん現状は。
いくつもいろんな言葉が脳裏を過る。
だが、頬を叩く風雨が、近く遠くに響く雷鳴が、そして迫りくる恐怖が、夢だという、夢であってほしいという思惑を簡単に否定した。
戦うしか、ないのか-----。
ゆっくりと現状を受け入れるしかなかった。
和柄の竹刀袋に入った竹刀をゆっくり抜くと剣道の基本の構えである正眼に構え、オークの目を睨みつけた。
オークたちの侮蔑を湛えた笑い声が響く。
赤黒いオークはそれを見て嘲笑するかのように口を開く。
「なんだ、そのふざけた棒切れは、この俺と戦うのに、そんな棒切れとはなめてるのか貴様!」
赤黒いオークはそう言うと斧を投げ捨て地鳴りのような足音を鳴らし近づいてくる。
息を整える間もない。
「う、うわあああああああああああああああああああ」
剣道の稽古でも出したことのないような恐怖と絶望を混ぜたような声で竹刀を振りかぶり、迫りくるオークの頭上目掛けて一気に振り下ろした。
だがいとも簡単にその竹刀は巨木のような右手に捕まれており、振り払うかのように竹刀を奪われた。
振り払われた勢いで地面に叩きつけられた。全国大会優勝の実績なんか何の役にも立たなかった。
赤黒いオークは奪った竹刀を物珍しそうに見ている。
「見たことねぇ奇妙な棒切れだな」
嘲笑うかのように吐いた言葉の後、両手で一瞬のうちにバキッと折ってしまった。
竹刀といえど竹を組み合わせたものだから当然硬い、それを大した力もかけず簡単にへし折ってしまう。改めてこの化け物の圧倒的な力の前に絶望した。
折れた竹刀を投げ捨てると再び向かってきた。
「さ、これでもう丸腰だな小僧」
こっちに向かってくる、捕まりたくない、もうダメだ。
思考が絶望に染まり、再び純白の帳が脳裏を覆うのと同時に振り返って走り出していた。
声も出さず深淵の谷に向かって飛び込んだ。
その時だった。
自分の胸を一本の何かが貫いた。先端に返しがついた矢じりが目に飛び込んできた。
かはっと赤黒い血を吐きながら底がどこかもわからない深い真っ暗な谷に落ちていった。
それが俺、蒼沼祐太の最後に見た光景だった。
読んでくれてありがとうございます。