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033.『二強』との模擬試合

強くなったのに何故か不幸なゼン君

頑張れゼン君!

作者も応援、(だけ)してるぞ!



 ※



 『豪岩グレート・ロック』のビィシャグと、『聖騎士パラディン崩れ』のシリウス、二人の男は、勢い込んで来たものの、ギルドマスター・レフライアに相対して座っているのが、年端も行かない、十歳そこいら位にしか見えない少年である事に戸惑っていた。


「こ、この小僧が、あの『流水』の弟子だっていうのか……」


 ビィシャグはこれでも結婚していて息子がいる。(お相手は、大柄な獣人族の女性だった)


 その息子より明らかに小さい……いや、息子は確か7歳なので、背が上なだけだが、それにしても戸惑いが大きかった。


「『三強』が雁首揃えて一体どういうつもりだ!」


 レフライアは立ち上がり、二人のA級冒険者を厳しい目でねめつけた。


 ギルドの最上位者への無礼な振る舞いは、厳罰を受けてもおかしくない程の逸脱行為だ。


「うぅ、それは……」


 明らかに気圧されるビィシャグだが、シリウスは別だ。ゼンを平気な顔で見つめている。

 

 座ったままでいる、一見すると、ただの子供にしか見えない相手、だが、その中身はまるで別物だ。


(これが、卿の選んだ後継者、という事か……)


「シリウス卿!元貴族である貴方までもが……」


 シリウスは、右手をあげ、手の平をレフライアに向ける事で彼女の発言をさえぎった。


「失礼、ギルドマスター。無法な行いなのは百も承知。それでも我等は知りたいのですよ。『流水』が、今どうしているか、今後どうするかを……」


「……あなたの気持ちも分からなくはないけれど、それで横紙破りをしていいと言うものではないでしょうに」


 レフライアは苦々しく思う。


 彼等『三強』(今は『二強』と言うべきか)は、この強者が多く集まるフェルズの冒険者達の中でも確かに別格な存在ではるが、それを特権意識として、自分を特別視されても困るのだ。


 ギルドマスターとしては、厳格な態度でのぞまなければならない。


 と、それを止めたのは、意外な事に、対面に座ったゼンだった。


「ギルドマスター。俺は、構いませんよ。少し師匠の話をするぐらい」


「そうは言ってもゼン君……」


「ごねられて時間を浪費する方が俺、困るんです。他に色々やるべき事があるんですし」


 確かに、ゼンの主張は正しかった。


 今この二人をいさめても、後でまた何か絡んでくるのは確実なのだ。なら、早めに済ませる方が得策なのだろう。


「いいわ、『流水』の弟子が許可してくれたのを、あなた達はせいぜい感謝なさい。私だけ相手だったら、罰金どころじゃ済まさない所よ……」


 レフライアは不機嫌な顔で座り、ビシャグに命令する。


「あなたは、自分専用の”椅子”を持ってきなさい。うちの職員じゃあれは運べないんだから!」


「え、いや、俺は立ったままでも……」


「あんたみたいにうすらデカいのに横で立たれていると、邪魔で目障りなのよ!


 いいから行って!」


 ビィシャグはギルマスの怒りに首をすくめ、ドアをかがんでくぐると、ドスドス音を立てて走って行く。


「ギルドマスター、そろそろお二人のお食事が届きますが、どうしましょう?」


 トリスティアがおずおずとギルドマスターに言う。


「……とりあえず、この邪魔者達を追い払ったらね。ごめんなさい、どこかにフキンをかけてとっておいて。あ、『二強』にお茶はいらない。すぐに帰ってもらうから」


 もうなんだかぶぶ漬けでも出しそうな位にレフライアは不機嫌だった。


 そうして、ビシャグが別所にある彼専用の椅子(単なる丸太)を持って、テーブル横に座り、シリウスは、元々このソファは長椅子タイプで、3人ぐらいは余裕で座れる物だったのでゼンの横に腰かける。


 ビシャグの体重ではどんな椅子もすぐ壊れてしまうから彼専用丸太なのだった。


「で、なにがお聞きになられたいんですか?」


 ゼンは率直に尋ねる。こんな所で時間を無駄に費やしたくないのだ。


「とりあえず『流水』が今いる場所と、後は半年後に行われる”闘技会”に来る気があるのかないのか、であるな」


 ビシャグもうんうん頷いている。


 弁舌はシリウスの方がたつので、彼は聞き役のようだ。


「師匠が今いるのは、烈央帝国の南方にあるゴルゴバ砂漠です。闘技会は……多分、出るつもりはないと思います」


 ゼンはよどみなくスラスラ答える。闘技会の所で間があったのは、『二強』の二人が物凄い目で睨んでいたからだ。


「何故だ!何故彼は、闘技会に出ないと、そう思うのだ!」


 ゼンとしては、そう激しく詰め寄られても困るだけなのだが。


「えーと、ですね。一応ギルマス宛てに、師匠の手紙を預かってますが、多分それにも何も書かれていないと思うので……」


 ゼンは腰のポーチから、師匠に託された手紙を、対面のレフライアへ手渡す。


 レフライアはすぐその場でペーパーナイフを使って封書を開け、中の便箋に目を走らせる。


「……確かに、書かれているのはゼン君の事だけね。試験して適当な冒険者ランクに放り込んでくれ、だの、後、専門的な教育を望むならさせてやって欲しい、とか、そんなところ」


 レフライアは非常に言い放つ。手紙に何も書かれていない、というのは眼中にない、あるいは、もう闘技会の事を覚えてすらいないのかもしれない。


「なななな、なんで、奴は戻って来ない!負け逃げ等、俺は認めんのだぞ!」


 ビシャグは興奮して、褐色な肌なのに分かる程顔を赤くして、よっぽど頭に血が昇っているのだろう。大音量で叫ぶ。負け逃げとか斬新な言葉まで作って。


「……君は、ゼンと言ったな。彼が何故、フェルズに戻らないか、闘技会に出ないのか、弟子である君なら、分かるのではないか?」


 ビシャグとは違って、シリウスは表面上は冷静さ取り繕ってゼンに尋ねる。


「……聞いても怒らないと言うのなら、俺の予想を言いますけど?」


「?何故、我等が怒ると思うのだ」


「お二人には気に入らない答えだと思うので」


 センは子供ながら辛らつだ。


「……構わないから言って欲しい」


「……では言います。師匠はもう強くなり過ぎているので、闘技会の様な”子供のお遊び”みたいな物に参加する意義を見出せないんだと思います」


「こ、子供のお遊び!?」


 ビシャグが気色ばみ。


「強くなり過ぎた、だと。我等とて、ここフェルズで厳しい鍛錬を日夜費やしている!」


 シリウスが心外そうに反論する。


 この論点の違いが面白い、ビシャグが”闘技会”の非難めいた言葉に反応したのに対し、シリウスは、ラザンと自分達の”強さ”に対してのみ抗議している。


 つまり、彼にとってもラザンの事以外では、”闘技会”は”子供のお遊び”に成り下がっているのだ。


「それでも、です。師匠は、名前は明かせませんが、修行の旅の途中でS級の人と居合わせた事があります。


 そして、手合わせを望んで戦って、師匠は相手を降参させました。つまり、S級に勝ったんです」


 その話はレフライアも初耳だった。魔獣等の討伐なら、その被害に困っていた住民からの証言や、素材の売買等である程度こちらにも情報が伝わっていたが、対人戦ともなると、その情報はそれに立ち会った者にのみ限定されるからだ。


「ロギア公国のツァンケル荒野で、地形が変わる程の戦闘行為が行われた、という話は伝わってないですか?」


 世界中のギルドと連絡を密に取り合っているレフライアにはすぐその話が分かった。


「……確か、その近くの冒険者ギルドから報告があった件ね。


 その荒野に、夜中恐ろしい程の爆発音が響き渡り、大地は地震の様に震え、周辺の住民はこの世の終わりかと恐怖したとか……。


 そして夜が明け、音のした荒野に行くと、一夜の内に隕石が数発落ちでもした様な、大規模な破壊跡を確認されたとかで、冒険者が何名か調査に駆り出されたけど、何が原因なのか究明出来ずに、謎のままになっているわ」


 その謎が、今判明してしまった訳だ。


「それが、師匠とS級冒険者が戦った痕跡です」


 つまりS級同士の強者が本気で戦い合うと、そうした惨状になると言う事だ。フェエルズの闘技場等、防御結界のあるなし関係なく丸ごと崩壊しそうだ。


「……そのS級冒険者の、職だけでも教えてもらえないだろうか?」


 青ざめた顔で、それでもシリウスは気丈にゼンへと尋ねる。


 ゼンは少し迷ったが、その情報で相手の特定を出来ないと思ったのか、案外素直に答えた。


「『魔法剣士』、でした」


 魔術、魔法の類いと剣術の両方を使える職業だ。


 中途半端な実力だと、どっちかつかずの弱い戦士になりかねない職だが、極めれば話は別だ。ちなみに、シリウスのパラディンも、神術系統よりとは言え、それに近い職と言える。


 つまりラザンは、シリウスの上位互換の様な相手と戦い、勝利したのだ。その意味は重い。


 ゼンはまだ話を続ける。少年は師匠自慢なら一晩でも話すネタが尽きない自信があった。


「ゴルゴバ砂漠でも、グランド・サンドワームの変異種か上位種なのか分からない、山の様に大きな魔獣を、一刀のもとに斬り捨てていましたから」


「一刀って、ゼン君、話を盛ってない?そんな、山みたいな魔獣なら、A級以上の冒険者が数人がかりで何度も攻撃してやっと倒せる位じゃない」


「師匠は、旅の最後の方で、そういう”剣技”に開眼したんです。物理障壁だの魔法障壁だの耐性だのを無視して、敵を斬り裂く”剣技”に……」


 技の詳細は、ちょっと教えられませんけど、とゼンは言う。上位剣士の固有技なら。当然それは極秘だろう。


 これまでの話は、ゼンの師匠自慢とも取れる、普通なら鼻につく内容なのだが、それが全然嫌味に聞こえないのは、彼がラザンを……師匠を心の底から尊敬していて、純粋に目を輝かせながら語っていた為だった。


「地元の冒険者に協力してもらったのは、それの解体作業だけでしたね」


 ラザンはフェルズにいた時から化物的なところがあった剣士だったが、もはや本物の人外の領域へと足を踏み入れた様だ。


 なればこそ、ゼンが闘技会を子供の遊びと言ったのも合点がいくと言うものだ。


 彼はもう、S級どころか、SS(ダブルエス )級な強さを確実に身に着けているのだ。


「お二人とも、今、”気”を抑えていると思うんですが、師匠も普段は”気”を抑えています。


 でも、全然お二人のとは違うのが分かるです。雲泥の差、と言ってしまうと悪いんですが、そういう事なので……」


 二人が受けた衝撃は、見てるこちらが哀れに思える程の落胆ぶりだった。


 彼に追い付き、追い越す事を目標に研鑽を積んで来たというのに、強敵ライバルは遥かなその先の遠く彼方まで、一気に距離を突き放していたと言うのだ。


「じゃあ、納得も出来たようだし、お引き取り願おうかしら。


 私達はこれから食事があるし、午後はゼン君に軽くクラスの検定の為に模擬試合をしてもらうから。ゼン君には悪いけど、形式的にでも試験をしておかないと、いくらラザンの推薦があるとはいえ、試験なしで高位のクラスにする訳にも、ね」


「いえ、俺は、”旅団”のみんなと一緒ならそれでいいので、ちゃんと検定は受けたいと……」


 ゼンとレフライアが仲良く先の予定を話していると、突然シリウスが勢いよく立ち上がった。


「話に割り込む様ですまないのだが、その検定の模擬試合、我にやらせてもらえないだろうか?」


 急に訳の分からない事を言いだすシリウス。その言葉に正気づいたのか、ビシャグまでもそれに便乗する。


「俺もだ!俺も、その小僧と戦ってみたい!」


「……なに馬鹿な事を。自分達が、何を言っているのか、本当に分かっているの?この子は、冒険者登録すらまだの13……ぐらいだったかしら?」


 一応ゼンはうなずく。鑑定具でこの頃計っていないが、大体間違っていない筈だ。


「の、成人前の子供なのよ。それでも登録をするのはラザンの推薦あっての特例処置。


 貴方達は、このフェルズで今や『二強』の、つまり最強の存在。『流水』の弟子とはいえ子供をいたぶるつもりなの!」


 シリウスとビシャグは、13とは随分幼く見えるものだな、とか二人で話しつつ。


「いや、ギルドマスター、どうか落ち着いて聞いて欲しい。我は別に、彼と勝負がしたい訳ではない。いたぶるつもりもない。


 ただ、話だけでは理解出来ない、今の『流水』の強さを、少しでも彼から感じ取れたら、と思っているのだ。だから、力も抜くし、気も程ほどにしか使わん。


 我等にも、彼の『流水』を直に見る機会を与えて欲しい……」


 シリウスの表情は切実なまでに真剣だ。


「貴方達の気持ちも分かるけれど、ギルドマスターとして、そんな無茶な検定の許可は……」


 ゼンはもう本当に深く大きなため息をついていた。


「俺は師匠じゃない。俺と戦ったって、師匠の強さなんて感じられる訳もない。逆にガッカリするのが関の山だと思うんですが……」


「……それは、戦う我等がどう感じるか次第だ。君に正確に言い当てられる物ではないと、我は思うぞ」


 シリウスもビシャグも真面目な表情で、そこには嘘偽りのない真実がある。


 レフライアはもう口出ししなかった。ゼンの対応に任せるしかないだろう。


(断れば、彼等はちゃんと納得して引き下がってくれるだろう。でも……)


 なんとなく、先程までの落胆に暮れる二人の様子を思い出し、同情してしまうゼンだった。


 偉大な師匠の身近にいて、越えられない高い壁に悲嘆を覚えるのは彼もなのだから。


「……別に、いいですよ。本当に本気を出さない、流すような試合。


 お二人には物足りない物になるでしょうけど、それでいいのなら……」


 そして、ゼンのお腹は計ったようにグ~~と鳴って空腹を訴えた。


「昼食後、食休みを取ってからでお願いします」



 ※



 場所は、西風旅団が実力判定をしてもらった、あのギルド訓練場だ。


 形式も大体同じ様なものだが、問題は、場内にいる冒険者達が、何故か誰も自分達の訓練等せずに、この模擬試合を観戦するつもりの様だった。


 そして、観戦客は、訓練に来ていた冒険者だけではない。ゼンが昼食を取っている間に誰かが話を広めでもしたのか、訓練場にはかなりの観戦客であふれ、まるで小規模の闘技会、とでも言うのが相応しい感じになっている。


 2階の通路まで人で溢れている。大体が冒険者、そしてギルド職員の様だ。


 一般人はギルドの訓練施設なので入れないのが不幸中の幸いなのか。


 本当にどこで話を聞いたのか、ゼンをフェルズまで連れて来てくれた竜騎士のケインまで観客の中にはいた。


 こちらに嬉しそうに手を振っている。土産話が増えた、とか思っていそうだ。


 そして、それ以外の懐かしい4人の気配もある。すぐに駆け寄って再会を喜びたいのだが、こうも人目のある場所だと恥ずかしい。


 試合が終わったら、ギルマスにどこか部屋を借りて、ゆっくり旧交を暖めたい。


 だから、あえて今はそちらを見ない様にした。


 緊張した心がゆるんで涙を流してしまうかもしれない……。


「ゼン君、本当に良かったの?普通に検定試験受けた方がいいと、私は思うのだけれど」


 レフライアがまだ心配して声をかけてくれる。


「あのお二人が、師匠にこだわる気持ちも、なんとなく分かるような気がするんです。


 強い人に憧れて、その高みを目指す人にとって、師匠はまぶしい存在だから」


「強くなったとしても、あの最低男はそんないい存在じゃないと私は思うけど、男にとってはそうなのかしらね」


 レフライアは、長年彼女に苦労をかけ続けてきた駄目剣士を思い出す。ロクでもない過去しかない印象だ。


「レオ、貴方は検定官として審判をして。見るのは勝敗ではなく、あくまでゼン君の実力判定だから。わかってるかしら?」


 この模擬試合の審判役であり、ゼンのクラス試験の検定役ともなるのは、あの実力判定の時の元B級冒険者、レオだ。


 レオは、多分西風旅団のおまけとしてついて来たポーター( 荷物持ち)の事なんて覚えていないだろう、とゼンは思っていたのだが、どうもそうではないらしい。


 やたらとゼンに久しぶりだな、覚えてるぜ、君もだろう?とやたらアピールをするレオは、悪いがかなりウザかった……。


 恐らく、ゼンの無名時代を知っている事が誇らしい事だと思っている様だ。


(俺は、そんな大層なもんじゃ、ないんですけどね……)


 やはり、『流水』の弟子に対する周囲の期待や熱狂、羨望等の重圧が凄い。


 フェルズを旅立った時は、こんな風になるとは夢にも思わなかった。


 勿論、『三強』で『流水』な師匠の偉大さは分かっているつもりだったが、スラムという狭い世界から普通の商人であったゴウセルに見いだされ、それから冒険者達の世界に来たゼンの認識は不十分だったのだ。


 フェルズでくすぶっていたラザンの強さの本領が、広い世界で十二分に発揮され、認められた成果と言う事も出来るのだが。


 模擬試合の形式は、実力判定の時とは多少違った。


 武器は、重力調整のついた木の武器を使うのは同じだが、それ以外のところが色々違った。


 相手が『二強』、A級冒険者である為だろう。


 試合をする二人、それぞれには、闘技会のようなギルドの専属術士による防御壁が付与される。ただしこの模擬試合では、防御壁が受けたダネージは数値等ではなく、受けた箇所に赤い線なり点等で現わされる。


 つまり、胴体を斬られる様な斬撃を受ければその場所に赤い線が、突きを喉元に受ければそこに赤い点がクッキリと防御壁に色がつく訳だ。


 模擬試合はこうして、いくつの有効打を相手から与えられるか、相手に与えるかで勝敗を見る。


 ゼンの場合はクラス検定なので、勝敗そのものに意味はないが。


 後、使う木剣にも術士による防御膜が付与される。A級の攻撃では、使う木剣も消耗してしまう為、まがりなりにも魔具である木の武器を使い捨てになど出来ないのだ。


 つまり、この模擬試合は、防御壁という厚い鎧を身にまとい、武器にも痛まない様に分厚い布を何重にもくるんだ武器で戦う、安全で内容の分かりやすい試合となるのだ。


 深刻な怪我、打ち身等は理論上起こりえない筈であった。


 そして、試合時間は5分。検定の模擬試合は、本来10分なのだが、『二強』でA級な二人と戦うのだ。合わせて10分でいいだろう、とゼンを気遣ってギルドマスターが決めた。


 大勢の観客が見守る中、まず最初に、『豪岩グレート・ロック』のビィシャグがゼンと戦う。


 木製の、訓練用の戦斧を構えるビシャグは、何処か楽しそうな様子だ。


 いたいけな新人をいたぶるのが楽しいんですか?と思わず聞きたくなる位に。


 ビシャグがゼンへと襲い掛かる。


 その、余りに大きい背丈、体格の差は、まさに巨人がいたいけで小さな人間に襲いかかる惨劇を思わせる光景だ。


 体格的に圧倒的に不利に見えても、ゼンは、ビシャグの斧の動き、身体の動きに合わせて木剣でそれを受け止め、後方へと受け流す。


 言っては悪いのだが、やはりビシャグは『流水』と相性の悪い、言い方を変えればひどく戦いやすい相手だった。


 力は確かに凄いが、動きや力の流れが直線的で素直で読みやすい、合わせやすい動きなのだ。ゼンの流水でも余裕で対応可能だった。


 ビシャグが本気を出してないせいもあるのだろう。彼はゼンの剣、『流水』の剣を楽しんでいるようなフシがある。


 それだけ、ラザンとの再戦を望み、ゼンとの戦いで仮想ラザンの気分を味わっているのかもしれない。


 5分、という時間はかなりあっと言う間に終わる。


 ビシャグが虚をつく様な動きをしない戦士なのが有難かった。


 多分、対ラザン用のとっておきの何かを隠していた様だが、ゼンに対しそれを使う様な大人げない真似をしなかったので助かった。


 ゼンの意識としては、何とか無難に攻撃をしのげた、位の感覚だったのだが、周囲の感想はまるで違った。


 誰も、同じクランの大柄な冒険者でも圧倒されるその重い攻撃を、ビシャグの半分以下の背丈の少年が、軽々と受け、そして流す。


 その光景は驚嘆に値する物だった。


 そして、双方ともに、攻撃された時に防御壁に残る赤い跡が何もない。つまりは、一撃も受けていないのだ。


 彼と同等以上の訓練相手になれるのはシリウスだけだったのに、『流水』の弟子は、それを軽々とやってのけた。そう周囲には見えたのだ。


 ゼン自身にとってはまるで軽い行いではなかったのだが。


(あー、おっかない。あんなのを、師匠は闘技会で受けてたんだ。力を抜いてあれなんだから、俺としては二度と相手にしたくない相手だ……)


 そして、5分程の休憩の後は、シリウスの番だ。


 彼もまた、ビシャグとの戦いの動きを見て、目を輝かせ、かなりやる気な感じが溢れていた。


 ゼンとしては、勘弁して欲しいなぁ、と言うのが正直な所だ。


 もう検定試験を2回やるだけ、と諦めるしかない。ラザンに相手にされない二人を不憫に思ってしまった自分が悪いのだから。


 ウッカリ模擬試合なんて受けなきゃ良かったと思っているのだが、そうした態度はおくびにも出さず、剣を構え、シリウスの攻撃の様子見をする。


 高速の連撃が、2発3発と続けて来る。


 戻しの早い攻撃は受けられても流す事はほとんど出来ない。


 あちらに合わせてこちらも牽制の連撃を放つが、同じように受けられる。


 そうした攻防がしばらく続く。ただし同じものではない。だんだんスピードを上げている。ゼンも合わせて速度を上げる。


 周囲はただただ息を飲んで見守るばかりだ。


 A級以上の物にしか、その攻防は音でしか認識出来ない。それ程の速さだった。


 A級の冒険者達でも、その攻防は、ブレた剣の動きを追うのがやっとで、正確な動きを掴めた者はいなかった。


 そしてーーー、5分の時間が終わる直前に、シリウスはそれまでにない”闘気”を込めた重い一撃を放ち、ゼンもそれに合わせた”気”で迎え撃つ。


 両者の木剣が、二人の中間地点で粉々にはぜて消えた。


 破片はギルド専属の術士が張っておいてくれた防御壁に弾かれ、ダメージにはならなかった。


 模擬試合の木剣には、防御の膜が施されている。でなければ、やわな木の武器等、すぐに消耗して使い捨てになってしまう。


 で、あるのにも関わらず、二人はその防御膜を打ち消すほどの攻撃を放ち、木剣を粉々にしてしまったのだ。


 この訓練場が使われる様になってから、長い年月がそれなりに経っているが、この様な事が起きた事は一度たりとなかった。


 ギルド史上類を見ない程の快挙?、と言っても大袈裟ではなかった。


 それでも、シリウスはまるで本気ではなかったのだが。


 ビシャグ同様に、ラザン相手の前の、軽い練習相手、とみてある程度の実力だけしか見せていなかったのだ。


 それに付き合わされたゼンにとっては余り嬉しくないものだが、本気を出さなかったのは有り難かった。恐らく自分には対応不可能な事になっていただろうから。


 いや、事前の話でそれは約束されていたのだから、そんな事が起きる訳もなかったのだ。


 確かに彼等は師匠の”ラザンよりも”弱い剣士、戦士だったが、少なくとも自分が及ぶような相手ではなかったとゼンは思う。


 長く『三強』と言われていたのも伊達ではないのだろう。


 ゼンとしては、相手に合わせた結果で、木剣が壊れてしまっただけの話だったが、正直こんな風な結果になるとは思わなかった。


 魔具である木剣を壊して、自分は叱られてしまうのだろうか、と恐れおののいていたのだが、周囲は何故か歓声と感嘆でどよめいている。


 またも防御壁には、どちらも赤い跡は残されていない。


 破片が飛んだ跡は攻撃判定がされなかった様だ。


 つまり、シリウスの常人では目で追えない程速い連撃でさえ、『流水』の弟子は一撃も受けていないのだ。それは驚異的ですらあった。


 観戦をしていた冒険者達のほとんどには見えすらしない速い攻防にも驚かされたが、ギルドの専属術士が付与した防御膜をものともせず、シリウスと同等の攻撃を繰り出して、木剣を破壊してしまうその実力。


 『流水』の弟子に、誰もが驚嘆し驚愕し、実感していた。大陸中で活躍している『流水』とその弟子の噂は本当だったのだ、と。


 師匠の威光で自分までもが同一視される事を避けたい、と思っていたゼンは、この模擬試合によって図らずも、その名声をより確かな物にしてしまっていた事に、彼はまだ気づいていなかった………。



レ「邪魔が入って話が進まないわね、もうじれったい!」

ゼ「早くゴウセルやみんなに会いたいです……」


シ「……我は。悪役なのだろうか?しかし、この誤解、甘んじて受けようではないか!」

ビ「いや誤解じゃねーだろ、別に。迷惑な事してるのは確かだからな……」





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