173.生還帰還(4)
次でフェルズ戻ります。
※
ゼンのリハビリは、順調に進……まなくなった。
中々、身体の重さ、けだるさが抜けないのだ。
アルティエールは、ゼンの眠っていた四日間の内に、普通の状態に戻ったと言う。
それなのに、自分は……。
メインでジークを動かしていたのは自分だから、それだけ負担が大きかった為の、後遺症か何かなのだろうか。目が覚めた朝方等は、調子がいい気もするのだが。
いや、まだ四日経った訳でもない。日課として、例の島に行って、ミンシャ、リャンカと念話で連絡を取っているが、西風旅団もまだ迷宮から戻っていないらしい。
急ぐ必要はないのだが、焦りは出て来る。
もし、このまま身体が戻らなかったりしたら、冒険者としてやって行けるかどうかも、怪しくなってしまう。
それは、絶対的に困るし、なんとかしなければ、と強く思う。
ゼンは、リハビリ室で運動をしながら、相変わらず付き添いの様に来ている二柱の神々に尋ねる。
「……俺の、生命力は戻って、魂の補完、というのがなされたらしいのは聞きましたが、その……寿命、とかはどうなったのでしょうか?」
【ああ、あの『刃無き剣』と呼んでいたものを使った代償について、だな】
「……そうです」
月面で、あのそれなりに大きな剣……何の刃のない白い棒にしか見えなかったが……は、十数年、下手をしたら二十年以上分は寿命を使ったと思われる。
月の星霊に力を送るのにも使い、完全に剣を使い切ってしまった。
【『流水』とは本当に、不可思議な剣術じゃな。自らの魂から、あの様な物を具現化出来るとは……】
ゼン自身もそれは思う。『流水』の創始者は、どんな天才だったのだろうか。
【その件についても、心配は無用だ。そなたの魂は、加護を受けた時の、『その』状態に戻っておる。寿命もしかり。ヴォイドの件についてのマイナス要素は、そなたの身体に残る事はないであろう】
「そうですか、分かりました。ありがとうございます」
なら、しっかりと運動をしていれば、元の状態まで戻せるだろう。
「そう言えば、ジークは、前の格納庫にいるんですか?自分の事にかまけていて、失念していましたが、会いに行かないで、スネたりしてないですか?」
【……う、うむ、ジークの事は、じゃな。今はヴォイドとの戦いで受けた、内部機構のダメージによる損傷の修理、調整をしておるのじゃ。繊細な作業じゃて、会いに行くのは遠慮して欲しいのじゃがな】
「損傷って、どこか壊れましたか?」
【うむ。障壁ごしとは言え、あれだけの打撃を何度も受けたのじゃ。見た目に変わった所はなくとも、内部の機械類にダメージがいっておったのじゃよ。お主も、操縦席で激しい衝撃を感じておったじゃろ?】
「……そうでしたね。月面での、偽機神との戦い。俺が弱ってたせいもあって、好き放題に殴られてました……」
あの時は、ヴォイドの生命力の接触吸収、ジークの操縦の負担に、起死回生の武器として偶然出せた『刃無き剣』による負荷と、三重の弱体要素が合わさって、ゼンはフラフラのグダグダだった。
【べ、別に、その件で責任を感じる事など一切ない。そなたは、自分に任された仕事をやり遂げた。ジークの損傷は、名誉の負傷、とでも言うべきものだろう】
何故か慌てた風な、二柱の神々の反応は、それだけジークの損傷が大きかったから、なのだろうか。直ったら、すぐに会いに行ってやらなくては、とゼンは思う。
特に、ジークにはお世話になったが、ここを出たら、もう会う事もないだろう。
今生の別れ、となってしまう。ジークが納得するかどうかは分からないが、機神を使わなければならない様な事態など、早々起こり得るものではない。
ミーミルも言っていた。
【恐らく、この“世界”にヴォイドが来る事は、もうないじゃろうな。ヴォイドが儂等の世界を探し当てるのにも、かなりの時間を必要としている事もあるが、ここはもう、本流から外れた支流の、云わば本命とは違う“世界”になったのじゃ。奴等が狙うのは、本流の世界故、こちらは目標外となる】
そして、古代ムーザル文明の超兵器である機神は、この施設ごと神々に封印されていたのだ。当然、フェルズに持ち出せる訳などなく、ゼンもそんな無茶を言う気はない。
例の、討伐任務の報酬、と言っても無理だろうし、何を相手にしようと、余裕で勝ててしまう機神を私有したいとも思わない。
世界征服が目標の様な、悪の組織の一員だったら、そう考えるのかもしれないが、ゼンは平和と平穏を好む一庶民だ。(本人の認識)
今回の戦闘の主役であり相棒。名残惜しく、残念でもあるが、致し方なき事なのだ。
ミーミルは更に、
【今回のヴォイドとの戦闘の、貴重な情報は全て、本流の神々にも共有されておるので、あちらも更に厳重なヴォイド対策を講じられるようになった。恐らく、機神1体を使うだけの、危うい防衛とはならぬじゃろう。
お主のお陰で、様々な観点から得られたヴォイドの情報は、本流の世界でも有効に役立たせられる筈じゃ。お主は、この世界を救ったのみならず、本流の世界に訪れるであろう次の厄災への対抗手段を生む原動力ともなった。大いに誇って欲しいものじゃて】
とか絶賛してくれるが、もう自分とは無縁となった世界の事を言われても、正直ピンと来ない。
ゼンは、「はあ、そうですか」と気のない返事をするだけだった。
宇宙という、想像もしなかった世界での馬鹿げた戦闘をしなかった世界。羨ましいと、思わなくもないが、そちらはそちらの自分が、違う苦難に合い、それでも頑張っているのだろう、そう思える、確信出来る。なら、問題はないのだ。
違う世界にいる自分の、健闘を祈る。それ位しかする事はない。
※
問題の四日目。
とは関係ないが、今ゼンは、ムーザルの研究施設の治療室にそのまま泊っていた。
別に部屋を用意する、と言われたが、どうせすぐに出て行く身の上。
そのまま治療室のベッドを使わせてもらって、泊る事にしたのだが……。
何故か、その脇にはアルティエールがいる。
ゼンが目を覚ました初日は、それまで看病してくれて、不安にさせた償い、という意味もあって、好きにさせていたのだが、自分の部屋に戻る様子がない。
基本、一人用の狭いベッドなので、自分の部屋に戻ってくれ、とゼンが言うと、
「もうわしは、三番目の妻確定じゃ。お主らも、日替わりで同衾しておったじゃろ?」
と、のたまう。
「同衾って……。それはそうだけど、あそことここじゃ、ベッドの広さが違うじゃないか」
フェルゼンは、部屋そのものが広かったので、備え付けのベッドも大き目の物だった。
だから、ラルクスの様に結婚しても、そのまますぐに同室で同棲して行けるのだ。
広すぎるから、と各パーティーでは、気心の知れた者や、女性同士等が同室にするところもある。例えば、同郷のエルフの三人、ハルア、エリン、カーチャは三人同室だ。
確か、爆炎隊の女性二人も同室だったと覚えている。もっとも、爆炎隊は6人パーティーで、一つのパーティーに割り振られた一画の部屋が5部屋だったせいもあるが。
ともかく、向こうとはベッドの広さが違う。この研究施設の居住区画の部屋は、みな単身用で、一人用のベッドの部屋しかなかった。
なので、どこに移ろうと一緒なのだが、アルは頑として譲らず、ゼンが目覚めてからは、毎日一緒の狭いベッドで寝起きしているのだ。
何が楽しいのやら……。
ゼンとしては、甘い香りやらして来て、ひどく落ち着かないのだが。
昔、アリシアに抱き着かれたまま眠っていた事があった。
現在では、サリサとザラなのだが、何故女性というのは、こうもいい香りがするのだろうか。
しかも、人それぞれ違うようなのだ。
これは、体臭なのか、風呂に入った時に使う洗髪液のせいなのか……
男なんて、ただ汗臭いだけなのに、なんとも不思議な話だ。
本能的に擡げかかる何かを抑えて、ゼンはそんなに嫌でもない自分も、不可解で困る。
現状は、余り深く考えない様にしている。
意味は大体分かっているが、ハッキリと意識してしまうと、歯止めが効かなくなりそうで、怖いからだ。
意識を鎮静化させて、無理矢理睡眠に入るゼンだった。
※
6日目……。
昨日も、それ程変わらなかった。今日もだ。
身体が動く感じはするのだが、重さが抜けないので、従来の動きが出来ない。
リハビリ室で、それを無言で観察している?二柱の神々。
そして、ニマニマとゼンのリハビリ運動を、見守っている、のではなく、冷やかしている様なアルティエール。
どうにもおかしかった。
朝目覚めて、朝食を料理して、準備している時は別に普通なのだ。
いざ、リハビリ運動を始めると、決まって身体が重くなる。
昼食や夕食の料理をしている時も、運動の疲労すら、余り感じない。
料理とかは、それ程大した運動量ではないからか?
にしても、余りにおかしい。
ゼンは心を静め、自分の身体の状態を“気”で走査する。
……何もおかしな所はない、って、なんだこの全身にまとわりついている魔力は!
「アル!変だ変だ思っていたら、重力魔術使ってたんだな!」
こんな、味方しかいない場所で、ゼンもすっかりそんな事をされるとは思わず、意味不明な盲点をつかれていた。
「あちゃぁ……、バレてしもうたか」
アルティエールはまるで悪びれない。顔をしかめ、苦笑しているだけだ。
「バレて、じゃないよ!こっちは何かの後遺症かと、真剣に悩んでたのに!」
「いや、戻ってしもうたら、もうゼンを独占出来んじゃろうが」
口を尖らせ、左右の人差し指を立てて、指先でお互いをつつている。まるで子供が悪さを見つけられた時にする様な仕草だ。
「そ、そんな馬鹿な事の為に……」
ゼンは呆れ返って、しばらく言葉も出ない。
「―――今まで1カ月間ぐらい、ずっと二人だったじゃないか!俺、アル以外の人の顔、長いこと誰も見てないんだぞ!」
「うむ。二人だけの楽園じゃな。お邪魔虫な四角形がいなければ」
信徒のくせに、また何かひどい事を口走っている。
「ともかく!この術を解いてくれ!」
ゼンに強い口調で言われ、アルはかなり渋々、重力魔術を解く。
すると、ゼンは今まで通りの……むしろ、術で重石のある状態だったせいか、今までよりも軽快で素早い動きが出来ている気がする。
一通り、軽く走ったり、全力疾走したり、『流歩』で高速移動したり、『流水』の動きをイメージした型をいくつか試し、どうやら完全に元に戻っていると確信出来た。
「……じゃあ、荷物まとめてすぐに帰ろう」
「えぇぇっ!べ、別に、今すぐでなくとも、明日でも良いないかや?」
「引き延ばされた分、早く帰りたくなった」
「いやいや、悪ふざけたをしたのは謝るのじゃ!だから、今日ぐらいは!」
「嫌だ。そんな事言って、食事に下剤とか毒とか混ぜられたら嫌だし」
「そ、そんな事はせんわい!」
ゼンとアルが、あーだこーだと言い合っていると、二柱の神々が、フワフワと二人に近づいて来た。
【すまぬが、ゼン。フェルズに戻るのは、明日の昼過ぎにしてもらえないだろうか?】
「え……。テュールまで、何故ですか?」
【それは、ジークの調整が、それぐらいで終る予定じゃからじゃよ】
ミーミルがテュールの言の捕捉をする。
「あ、そっか。確かに、ジークに、お別れの挨拶はしたいですね」
それは、ゼンにとってかなり大事な事だった。
「おお、それがあったのかや」
喜色満面の笑顔になるアルにとっては、どうでもいい事ぽかった。
「……なんなら、アルはずっとここに残っていてもいいんだよ」
「嫌じゃ!なんでゼンは、そんな意地悪言うのじゃ!」
やいのやいの言い合う二人。
【【………】】
二柱は、この二人は、これが痴話喧嘩と言われるものだと、解っていない様だと推察していた。
西風旅団、悪魔の壁攻略中
階層ボスを倒していく四人
「「「「………」」」」
「「「「弱っ!」」」」
リ「階層ボスって、こんな楽な相手だったのか」
サ「一体しか出ないから、基本的に楽勝だって、ゼンが言ってたじゃない」
ラ「言ってたな。なんか、集団でボコるから、弱い者いじめしてる気分だ」
ア「君たち、亀をいじめるのは止めなさい~」
3「「「……?」」」
リ「ま、まあ、楽な事はいいんだけどな」
ラ「うむ。好きに苦労を望むのは冒険者じゃないだろ」
サ「そ、そうね。でも、強化トレントにはビックリだったけど……」
ア「前の大木に比べたら、別種みたいに弱かったね~~」
3「「「別種だから」」」
攻略は順調に進んでいた……
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をご自由にお願いします。筆者のやる気と好感度がマシマシで上がります。(エき早




