第二話 保湿寺
寺の跡取りの生まれた事がないので妄想で筆を進めてみました。
「ちょっくら着換えてくるわ」
公志はそう言うと、茉奈果の頭をクチャクチャと掻き回し、シャワールームへと消えて行く。
茉奈果は少し頬を赤らめながら
「ちょっと!早くしなさいよ!置いて行くよぉ!」
そう叫びながら、少し口角を上げてはにかむ。
「茉奈ちゃんさぁ、最近はどうだい?」
「相変わらずかい?」
僧侶とは思えない程伸ばした髪の毛、両サイドを刈り上げ、残りはロン毛、汗に濡れてワンレングスになった前髪の隙間から、鋭い眼光を少女に向けながら、しっとり和尚は低く、よく通る声で少女に問う。
「おじ様のおかげで、学校に居る間ぐらいは見ないで済んでいます。感謝します。」
公志に対するソレとは、明らかに違う尊敬の色を含めた声色で、少女は返す。
「そうか」
眼の光が殺気めいた物から、穏やかな色に変わると
「カカカ バカ息子にも仕込んであるしな」
「なんなら公志の部屋に一緒に住んじまってもいいんだぜぃ 面倒臭くなくてイイじゃねぇか うん!もうそうしちまいな! コレで俺もおじいちゃんかぁ トイザらスの近くに引っ越すかな? カーッカッカッカッ」
驚く程デカイ声で、口を『イーッ』とした形のママまくしたて、悩みなんかこの人には絶対ない!そう思わせる笑い声を響かせるしっとり和尚。
ボンッ!と言う音が聞こえそうな、赤く焼けた鉄のような色に、顔を瞬時に染めながら
「じょじょじょ、冗談でひょ?」
「なんであんなヤチュと! まっぴれゴメンだファラウェイウェイウェイ!」
何も無い空間を掻きむしるように、両腕を振り回しながら、噛みながら良く分からない事を叫ぶ茉奈果に、片目を閉じて投げキッスをすると、左手をヒラヒラと振りながら、しっとり和尚は格技場の隣の本堂へと歩いていってしまった。
「まったく……」
微笑みながら吐き捨てる茉奈果。
本堂へ続く廊下から、シャワールームへと目線を移すと、着替えを終えた公志がコチラへ歩いて来るところだった。
「行くか」
無表情に、感情の起伏を感じない公志の呼びかけとも、独り言とも分からない声に
「うん♡」
オクターブ高い声で茉奈果は応えると、恋人が当たり前にそうするように、公志に寄り添い、寺の門まで歩くのだった。
「はぁ、面倒臭ぇな」
寺の門から外へ出る手前で二人は立ち止まり、公志は吐息と一緒に呟く。
「仕方ないでしょ! さぁ、始めましょう?」
眉をハの字に寄せながら茉奈果が言うと、
「へいへい」
公志が応え、二人は同時に手を合わせ、複雑に指を組み合わせ始める。
そして、二人同時に
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前!」
「ホント、面倒臭ぇ」
公志は毒づく、
「だからぁ、仕方ないでしょ? 私達『特異』なんだから」
「さ、学校に行こう?遅刻しちゃうよ?」
茉奈果が諭すように促すと
「へいへい はぁ、面倒臭い」
そう言いながら、公志は歩き出し門の外へと踏み出した。
茉奈果も小動物のような小走りで、後を追う。
二人のいつもの朝の光景だった。
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『特異』
有り体に言えば、『霊能力者』と言う事で良いのだろう。
公志と茉奈果の場合はそれで良いと思う。
実際には、何かの能力に秀でる代わりに、何かの能力値が著しく低い人達の総称である。
例えば、数学的な能力が神の域に達していながら、心の成長が子供の域から出られない人。
例えば、お金を儲ける能力に秀でていながら、人との繋がりに絶望的に恵まれない人。
公志の家の宗派では、こう言う人達を総じて『特異』と呼ぶ。
公仁がいうには、神の力を与えられる代わりに同程度の力を神が持っていく、『神の等価交換』と言う事らしい。
二人が通う高校、『京魅大学付属御殿場高等学校』は街の中心部から少し離れた場所にある。
寺のある富士山側の山のエリアを降り、駅のある街の中心部を抜けて、箱根へと差し掛かる少し手前の小高い場所に建てられた比較的古い学校である。
「しっかし、こうじ君の特異も厄介よね」
駅から学校へ向かう長い真っ直ぐな道を歩きながら茉奈果が言うと
「仕方ないだろ、今日は月の位置が悪いんだよ。」
「茉奈果は親父に九字を仕込まれてからは楽になったみたいだな。」
公志は、本当に仕方ないのだと言う風に言い放つと、茉奈果の調子を確認するように言葉を発した。
「うん♡」
「おじ様のお陰で、見えていないみたい」
「こうじ君程には、星の影響も受けないしね♫」
茉奈果は心底嬉しそうな笑みを浮かべ、身体をくの字に曲げながら、公志の顔を覗き込むと、
「大丈夫?」
と、問う。
「ああ」
と、ぶっきらぼう。
公志の特異、正真正銘の神々の力を使える代わりに、通常では考えられない程の方向音痴なのだ。
星の運行次第では、近所のコンビニへ出掛けただけで迷子になるレベルである。
「もし、見えたり聞こえたりが始まったらスグに俺に言えよ?」
「憑依なんてされて、人前で除霊なんて事になったら厄介だからな」
抑揚のない声でそう言う公志。
茉奈果の特異、いわゆる霊媒体質である。
ただその力は強く、半端な霊媒では感じる事すら出来ない霊でさへ、まるでそこに人が居るかの様にハッキリと見えてしまうのだ。
九字で結界を張らなければ、この田舎街全体が渋谷のスクランブル交差点のように混雑して見えてしまうらしい、もちろん声も聞こえてしまう。
星の運行次第では、メダカの霊も見えるらしい。
少し重たそうに、公志が続ける。
「とにかく、人は…特に俺達の年代は霊だの何だの好きだからな」
「騒ぎになるのは勘弁だ。 それに…」
茉奈果はキョトンとした表情で公志の顔を覗き込む
「それに、騒ぐだけで信じてなんかいないんだ」
「俺達が真剣に語れば語るほど、頭のおかしな人みたいに扱われる」
「だから、秘密にしないと………だから騒ぎは……な?」
少し困った表情を浮かべ、茉奈果の眼を真っ直ぐに見つめ、同意を求める公志。
「うん」
晴れやかな表情をギュッと真剣な顔に一変させ、強く頷く茉奈果。
二人はその後、無言のまま下りが終わり、上り始めた長く真っ直ぐな坂道を、学校へ向けて歩き続けた。
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いつも始業ギリギリで教室へつく二人。
クラスメイトはとっくに席に付き、担任の登場を待ついつもの風景。
この日は違っていた。
ザワついていた。
教室の前には黒山の人だかりが出来ている。
なんだか見通しがイイな
公志はそう思った。
茉奈果もそう思った。
人だかりが出来ているのに、見通しがイイ?
おかしな話しである。
二人はスグにその理由に気が付いた。
ガラスがないのだ。
二人が通う、京御高15HRの校庭を覗く窓ガラス、公志達がいる廊下側のサッシのガラス、廊下から中庭を覗く窓の窓ガラス。
全てが砕け散り、床に散乱していた。
クラスメイト達が話す声が聞こえてくる。
「また聞こえたらしいよ」
「夜警の警備員さん、辞表を出したらしいよ」
「マジで?コレで何人目だよ!」
「だけどさぁ、今までは声だけって話しじゃなかった?」
「警備員さんの話しだと、白い影が見えたって」
「やだ、こわぁい」
「白い影が揺れて、助けてーって悲鳴が聞こえたって」
「それと同時に窓ガラスが全部吹っ飛んだらしいよ」
「警備員さん、もう怖くてやってられない!って涙目だった」
公志と茉奈果は首筋にピリピリするものを感じながら、会話の中へと入って行った。
公志は小さく呟いた
「まったく、面倒臭い」
読んでくださって本当にありがとうございます。
無知の妄想が生んだ作品故、突っ込みどころも多いかとは存じますが、少し位相のズレた異世界の話しとでも思って、どうかご容赦くださいませ。